第百九十五章 無二の答え
鬱展開とか鬱エンドとかって、読むと「くっそ、作者死ねぇえええええ!!」ってなるのに、書くとめっちゃくちゃ楽しいのはどうしてなのか
あ、だから世の中から鬱エンドやダクソがなくならないのか
「リンゴ。とにかく外に出てきてくれ。ちゃんと話をしよう」
「り、リンゴさん! 悩みがあるならわたしが聞きますから!」
「早く出てこないと貴様の分の朝ご飯も僕が食べてしまうぞ!」
トラップ部屋の扉に向かって俺、イーナ、サザーンの順で呼びかけるが、効果はなかった。
この部屋は鍵がなければ出入りは不可能だが、外からの音が中に届くのは間違いない。
この様子では、リンゴが中から自分で出てくる可能性は低そうだ。
「……どうしたのですか?」
そうやって扉の前でああでもないこうでもないと騒いでいる内に、ミツキまでやってきた。
「ああ。実は、さっき……」
少しだけ迷ったものの、俺はサザーンとの約束のことも隠さず、手早く状況を説明した。
「成程。そうでしたか」
リンゴのように取り乱されたらどうしようと思っていたのだが、ミツキの反応は意外にも淡白なものだった。
「あんまり驚かないんだな」
「ええ。想像はついていましたから」
あっさりと言ってのけるミツキ。
やはりバレバレだったということなのか。
「本当は、リンゴさんも気付いていたはずです。
いえ、多分、彼女が一番それを意識していたと思います」
「リンゴが……」
確かに、最近になって一番態度が変化したのはリンゴだった。
しかし、だったらなぜあんなに動揺したのか、ということにもなってくる。
首をかしげる俺に、ミツキは優しい口調で言った。
「リンゴさんも、貴方を困らせたくてこんな事をした訳ではないでしょう。
そんな彼女がどうしてここまで思い詰めてしまったのか。
……分かりますね?」
いつだって自分よりも俺のことを優先にしてくれていたリンゴが、こんな思い余った行動に出たのだ。
よっぽどのことがあったのだと、俺にだって分かる。
「だったら、優しくしてあげて下さい。何しろ、彼女は――」
ミツキはそこで一度言葉を切ると、俺の目をまっすぐに見つめ、真剣な顔で言った。
「――貴方のたった一人の、妹なんですから」
「いや、違うけど?」
というかその誤解、まだ続いていたのかよ。
この世界がゲームだという説明をした時にリンゴとの出会いについても話したので、俺たちが兄妹だという誤解はもう解けたと思っていた。
ただ、そういえば最初からミツキは俺とリンゴが血のつながった兄妹ではないことは勘づいていた。
いや、というか兄妹要素ゼロだったのだが、とにかくミツキの頭の中では天涯孤独なリンゴのために、俺がリンゴを義理の妹にした、みたいなストーリーが出来ていたらしく……。
キメ顔でひどい誤解を口にしたミツキはその後、猫耳を折り曲げ、「見ないでー! わたしを見ないでー!」と全力で主張していた。
まあ、ミツキの誤解はともかく。
「……いよっ」
部屋に入った俺が片手をあげてあいさつをすると、部屋の端でうずくまっていたリンゴはハッとして起き上がった。
焦った様子で俺から距離を取ろうとするが、部屋の中に逃げ場なんてあるはずもない。
結局部屋の角まで逃げたところでどうしようもなくなり、石板を抱えたままそこに座り込んでしまった。
出会った当初は無表情そのものだと思った顔には、今は様々な感情が浮かんでいる。
不安や怯え、罪悪感に、ほんの少しの安堵。
それは、リンゴが成長したおかげなのか。
それとも俺が、リンゴの感情を読めるようになったおかげなのか。
リンゴと一緒に過ごした短くも濃密な時間を思い返し、束の間感慨にふける。
「夢幻蜃気楼で壁抜けしてきたんだ。
ここではスキルが使えないから、俺も閉じ込められたってことになるけど」
夢幻蜃気楼を使った時、その転移先がスキル無効化空間であった場合、即座にスキルがキャンセルされてその場所に移動出来るのは図書館でやった通りだ。
ただ、外からスキル無効化空間に入るのは容易だが、当然それは一方通行の移動手段。
魔力がなかったり乱れている場所では転移石も使えないし、結局この部屋から俺が出るためには、リンゴが持っている屋敷の鍵を使う必要がある。
……まあ、実際には大して心配してはいないんだけど。
「ここ、いいか?」
怯えるリンゴを出来るだけ刺激しないように、ゆっくりと近づいて、俺はリンゴの隣に座り込む。
俺が隣に座るとリンゴはやはりピクリと肩を震わせたが、うつむけて顔をあげようとはしなかった。
「……まったく、リンゴも意外と考えなしだよな。
こういう場所に籠城する時は、ちゃんと食料持ち込まないと駄目だぞ」
出来るだけ明るい口調で言いながら、俺が懐からジェムを取り出し、「マジカルポケット」と唱えると、そこに次元の裂け目が現れた。
そこに手を突っ込み、その中からさっきレイラにもらったばかりの朝ご飯を取り出す。
「ほら、マジカルポケットのジェム。
魔法無効化空間でも道具が取り出せて便利だぞ。
リンゴも一つ持っとけよ」
湯気を立てる朝ご飯にも見向きもせず、あいかわらず無反応なリンゴのポケットに無理矢理マジカルポケットのジェムを詰め込む。
それでもリンゴは何のリアクションも取らなかった。
(参ったな……)
出来たばかりの二人分の朝食を前に、俺は途方にくれた。
朝食とこのジェムが会話のとっかかりになるかと思ったが、今のリンゴに絡め手は通じないらしい。
やはり、本音で話し合う以外、この状況を打開する方法はなさそうだ。
「……悪かったな」
俺が謝罪の言葉を口にすると、今まで全く動かなかったリンゴは途端に頭をあげ、ブンブンと首を振った。
リンゴとしては、俺は悪くないと言いたいらしい。
だが、そんなことはない。
「本当は、ちゃんとみんなに、リンゴにも、元の世界にもどる方法を探してるんだって、話すべきだったんだ。
だから……ごめん」
俺が頭を下げると、細くてひんやりとした手が頬に当てられた。
強い勢いで、リンゴが口を開く。
「ち、ちがう! ソーマは、わるく、ない!」
「リンゴ。だけど……」
俺がまだ納得出来ていないでいると、リンゴはようやく話し出してくれた。
「…ほんとうは、きづいてた。ソーマが、サザーンといっしょに、かえるほうほうをさがしてる、って」
レイラと、そしてミツキの読みはやはり当たっていた。
どうやら俺の秘密なんて、仲間たちにはバレバレだったらしい。
まあ、帰る方法を探していること自体はもうみんなにも伝えていた。
リンゴたちに隠しおおせる訳はなかったか。
「…もし、ソーマが、とおくにいっても。
わたしは、ソーマがみつかるまで、さがすだけ。
だから、ソーマがかえれるように、おうえん、しようとおもった」
「それは……」
それは確か、俺たちがこの屋敷にやってきて、すぐの頃。
俺が故郷に帰って見つからなくなったらどうするか、という問いに対して、リンゴは「しぬまでさがす」と答えた。
その時はまだ、リンゴはこれほどまで感情が育っていなかったし、俺もその答えを本気にしていなかった。
だが、今あらためてその答えを聞かされると、その言葉の重みに、俺にかけてくれる想いの深さに圧倒される。
「……でも」
しかし、リンゴの話はそこで終わりではなかった。
リンゴは痛みに耐えかねるように、服にしわが寄るほどギュッと、自分の胸元を握りしめた。
「ソーマがいなくなるってかんがえると、どうしても、ダメだった。
むねが、いたくなって。うまくいきが、できなくなって。
ソーマと、はなれたくないってことしか、かんがえ、られ、なくなって……」
もしかすると……。
魔術師ギルドの一件の少し前から表に出てきていた、リンゴの体調不良。
それはまさか、俺が元の世界に帰ってしまうという精神的ストレスのせいだったのか?
驚いてリンゴを見ると、その綺麗な顔の上を流れる物があった。
それは、ぽたり、ぽたりとあごの下に伝い、滴となって床に落ちていく。
「リンゴ……」
リンゴは、泣いていた。
泣きながら、それでも何かの義務感に駆られるように、その小さな口を動かす。
「ほんと、は、ソーマをこまらせること、するつもりじゃ、なかった。
なのに、でも、だか、ら……」
リンゴらしくない、ぐちゃぐちゃでボロボロな言葉を吐き出し、そして、最後に……。
「――ごめん、なさい」
その綺麗な青い髪を揺らし、リンゴは深く深く頭を下げた。
「…………」
俺は、何も言えなかった。
いや、言えるはずもなかった。
リンゴはそれこそ身体の具合を悪くするほどに苦しんで、悩んでいた。
石板を取って逃げ出したのは、どうしようもなく行き場をなくした想いが暴発した結果だろう。
第一、石板がなくなったとしても俺が帰る手段が失われる訳じゃない。
そりゃあ少しくらいは困るかもしれないが、たぶんサザーンは石板なしでも俺に協力してくれるだろうし、はっきり言って時間稼ぎ以外の意味はない。
言ってみれば、石板を取ったのはリンゴが初めて俺に見せた、小さな小さなワガママだ。
そんなもの、誰にも責められるはずがない。
それでもリンゴは、俺の邪魔をしてしまったと、俺に迷惑をかけたと、泣きながら謝っているのだ。
そんなリンゴに、俺がどんな言葉をかけられる?
…………。
…………。
…………。
…………。
思い切り、息を吸い。
そして、思い切り、吐く。
もう、結論を先延ばしにするのは終わりだ。
邪神大戦の最終話がどうだとか、帰る方法が確実じゃないとか、そんな逃げ口上はもう要らない。
ここまで自分をさらけ出してくれたリンゴに報いるには、それしかない。
そしてそこまで決めてしまうと、不思議なことに今まで散々に悩んでいたはずの答えは、するりと意識の表面まで浮き上がってきた。
「……リンゴ」
まだ頭を下げたままのリンゴに、声をかける。
「俺は、やっぱり真希を連れて元の世界に帰るよ」
その、言葉に。
リンゴの身体が隠せない衝撃に揺れたが、それでも頭をあげることはしなかった。
そして……。
「だけど――」
俺は、その震えも全て、まとめて受け止めるように、リンゴの身体を抱き寄せた。
「――俺は、絶対にこの世界に帰ってくる」
腕の中の華奢な身体が、ピクリと震える。
それが怯えによるものではないことを祈りながら、俺は言葉を続ける。
「こっちの世界か、向こうの世界か、ずっと、迷ってた。
どっちの世界も大事だから、決められないし、決めたくなかったんだ。
……だけど、迷うこと自体が俺らしくないって気付いた。
やっぱり二者択一で両方を選んでこそ、猫耳猫プレイヤーだってさ」
勇気を出して、胸に収まった青い瞳を見つめる。
「ソー、マ……」
涙で揺れるリンゴの目には、俺が映っていた。
きっと、俺の目にもリンゴの姿が映っているだろう。
「もちろん、簡単にはいかないと思う。
もしかすると時間がかかるかもしれないし、確実にもどれる保証なんてない。
それでも……」
あらん限りの気持ちを込めて、俺はリンゴに尋ねる。
「――俺を信じて、待っていてくれないか?」
リンゴの目から、また新しい涙がこぼれる。
だがそれは、顔を伝い落ちる前に、リンゴ自身の手によってぬぐわれた。
曇りのなくなった透明な瞳が、俺をまっすぐに見つめる。
「…わたしは、ソーマを、しんじる」
その答えに、俺は心底ほっとした。
リンゴの背で、いつの間にか固く握りしめていた拳をほどく。
「……ありがとう」
身勝手なことを言っているという自覚はある。
やっぱり、リンゴにはつらい思いをさせることになってしまうかもしれない。
そうは思う、思うが……。
「でも、あんまりおそかったら、わたしがそっちにいくから」
迷いもてらいもなく、こちらをまっすぐに見つめる澄んだ目を見ていると、これが俺にとって、そしてリンゴにとっても最善の方法だと、素直に信じることが出来たのだった。
「…ソーマ。これ」
そう言って、リンゴが差し出してきたのは屋敷の鍵だった。
これを使えば、トラップ部屋の扉を開けてみんなと合流することば出来る。
それで、一件落着だ。
俺は少しだけ迷った後、リンゴの手から鍵を受け取り、そしてその鍵を、
「おっと手が滑った」
棒読みの台詞と共に部屋の端に投げた。
「…ソーマ?」
突然の俺の奇行に、リンゴはびっくりして俺を見る。
そのとがめるような視線から目を逸らしつつ、俺は言った。
「リンゴは見かけによらず頑固だからな。
説得には少しくらい時間がかかっても仕方がない」
それでもまだきょとんとした顔をしているリンゴに、笑いかけた。
「だから、さ。……もうちょっとだけ、ここにいようぜ」
その言葉に、やっとリンゴは理解した顔をして、
「…うん!」
素直な、まるで年相応の女の子のような明るい声で返事をすると、俺に飛びついてきたのだった。
心が折れそうだ… 、 この先、不意打ちがあるぞ
ということで、驚愕の連続更新!
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