第百九十三章 危機一髪
隔日更新とはなんだったのか……
少しゲームに人間性を捧げすぎてしまった
深夜、なんとなく胸の辺りに重みを感じ、俺が目を開くと、
「なっ、わ、うわぁああ――む、むぐっ!」
目の前に長い金色の髪を垂らした幽霊がいて、俺は悲鳴をあげた。
しかし、その幽霊は叫ぶ俺の口を封じ、窒息死させようと……って。
「ま、待って! ち、違うよ! これは、違うから!」
俺の口をふさぎながらわたわたと焦る金髪の幽霊。
それは、まがうことなく、
「……ふぇいら?」
俺の仲間の一人、ヤンデレ気味のトレジャーハンター、レイラだった。
「あ、お、起こしちゃって、ごめんね。
全然、そういうつもりじゃなかったんだけど……」
「いや、まあ、それはいいけどな」
眠る前に見た邪神大戦の映像記録のことが気になって、眠りが浅かったのかもしれない。
起こされたこと自体は、別に気にしていない。
「だけど、わざわざ訪ねてきたってことは、俺に用事だったんじゃないのか?
何かあるなら遠慮せずに……って、レイラ?」
レイラはどこか熱に浮かされたような目で、自分の手のひらをじっと見ていた。
俺が名前を呼ぶと、跳ねるように顔をあげて、
「あ、わっ! ち、ちがっ! な、舐めないよ!」
意味の分からない弁解をする。
……謎ではあるが、レイラの奇行をいちいち気にしていても仕方ない。
俺はもう一度、同じ質問を繰り返した。
「それで、レイラは俺に何の用があったんだ?」
「あ、あの、用事、って訳じゃないんだけど」
なぜか、ばつの悪いといった顔をするレイラ。
「え、ええとね。私、夜眠る前はソーマの等身大の人形を使って、三時間くらいソーマとの会話の練習をするのが日課なんだけど……」
「そ、そうなんだ……」
何だか今の時点でもうツッコミどころしかないが、俺はぐっとこらえて相槌を打った。
「で、でも、そうするとたまに、こう、もやもやっとしちゃう時が、あ、あってね」
「え? それって、エッチな気分になるとか?」
「ち、違うよ! それはなるけど、そうじゃなくて!」
え、なることはなるんだ……と思わなくもなかったが、口を挟まずに話を聞く。
「ほ、ほら。今こうしてる間にも、ほかの人がソーマに会ってるんじゃないか、とか、そういうこと、考えちゃって……」
「あ、ああー」
設定的にレイラは嫉妬深い性格だし、俺の周りには今、なぜか女の人が多い。
そんなことを考えてしまうこともあるのだろう。
「それで、ね。そういう時は、ちょっと無意識の内に、あれを出しちゃうことが、あってね」
「あれ?」
俺が首をかしげると、レイラは屈託のない笑顔で何かを俺の眼前に差し出した。
「うん、これ!」
「なっ、わ、うわああああ!!」
「あ、嘘! 嘘だから!」
叫ばれてレイラはあわてて後ろ手に隠したが、それは明らかに刃物、俺のトラウマ製造機、デスブリンガーだった。
「つ、つまり、無意識の内に『うわきものに死を!!』を使っちゃうってことか?」
何とか気を取り直して俺が尋ねると、レイラは「たぶん……」と言いながら照れくさそうに頬をかいた。
てへっ、みたいな顔をしてるが、頬をいじってる手には思いっきりデスブリンガーが握られていて、なんというか物騒極まりない。
「そ、その、ね。これが出てきた時は頭の中がカーッとなってどうしようもないんだけど、最近はちょっとだけ、コントロール出来るようになってね」
「え。そうなのか?」
「うん。もやもやっとして壁を突き抜けてソーマの枕元まで行くんだけど、気付くと目の前にソーマの寝顔あって、それを見たら全部がどうでもよくなっていつのまにか止まってるんだ」
要するに、妄想であふれた嫉妬心が、一人でいる俺を見て治まるおかげで『うわきものに死を!!』が止まる、ということか。
ゲームではなかった仕様だが、これも現実化の影響だろうか。
「って、だったらもし俺の隣に誰かいたら止まらないってことじゃないか?」
「だ、大丈夫だよ! その時はちゃんと頑張って相手の方を刺すから!」
それは、全然大丈夫とは言わないような……。
恐怖のせいか、リアルに胸の辺りがぞわわっとした。
ま、まあ、俺の隣に誰かが寝てるとか、ぶっちゃけありえない仮定だろう。
とりあえずその心配は横にうっちゃっておくことにする。
「じゃあ、今日偶然来ちゃっただけで、特に用事はなかったってことか?」
「……あ、あの、実は、その、今日だけじゃなくて」
「え?」
予想外の言葉に固まる俺に、レイラはもじもじとしながら話し出した。
「その、最近、毎晩来てて、寝顔とか見て、たりして」
「毎晩!?」
「う、うん。ソーマの寝顔を一晩中眺めて、日の出くらいに朝ご飯の支度をするのが最近の私の日課なんだ」
完全に計画的犯行だった。
「いや、というか、一晩中眺めてるって、それじゃあレイラはいつ寝てるんだよ」
俺が至極まともな質問をすると、レイラは虚を突かれたというように目をぱちくりさせ、やだなぁとばかりに笑った。
「ソーマの寝顔を見てるんだから、寝なくても全然大丈夫だよ」
「いや、そのりくつはおかしい」
まあ、この世界は睡眠不足もポーションで治るので、問題はないのだろうが、釈然としない。
知らない間にレイラに毎晩寝顔を見られていたというのも、正直あまり心穏やかにはなれない事実で……。
「あ、ま、待て! 寝てる俺に何か、変なことしてないよな?」
「そ、そんなことしないよ! 私、ソーマには指一本触れなかったよ!」
……よかった。
考えてみればレイラは、いや、少なくともこの世界のレイラは、ヤンデレはヤンデレでもちゃんとした思いやりと倫理観を持ったヤンデレだ。
俺がやられて嫌なことはやらないと、俺は信頼している。
思わず疑ってしまって悪かったなと思っていると、レイラはさらに強弁した。
「私のしてたことなんて精々寝顔を見たり、顔を近づけて匂いをかいだり、ソーマが吐いた息を吸ったりしただけだよ!」
「だ、だよな。やっぱりそんな変なことは……って」
匂いをかがれるのも随分アレだが、最後のは何だ。
俺が吐いた息を吸って何が楽しいのか?
というか、そんな発想に至る経緯が分からない。
「ん?」
どうかした、と言わんばかりに邪気のない顔で首をかたむけるレイラ。
どうやら彼女にとっては俺が吐いた息を吸うのは極当たり前のスタンダードな行為で、特に疑問をさしはさむ余地はないらしい。
「な、何でもないよ」
この辺は突っ込んで聞くと精神的ダメージを負いそうだ。
俺は聞かなかったことにした。
「と、とにかく、悪いけど今後は俺の寝顔を見るのは禁止な」
「え、ええっ?」
いや、そんな驚いた顔されても。
「当然だろ。ほら、明日はとうとう邪神大戦の最終話なんだし、今日はもう早く寝ろよ」
実際のところ、邪神大戦の記録を見るのは夜になるからあまり関係ないのだが、方便という奴だ。
だが、俺の言葉はレイラに思わぬ影響を与えたようだった。
「……そっか。もう、終わりなんだよね」
レイラの明るかった顔が一気にしぼんでいく。
その急激な変化に、俺も少し動揺してしまう。
「やっぱり、レイラも今回の話はショックだったのか?
ほら、光の王女とか、たくさん仲間が死んじゃったし……」
本当は、聞くつもりじゃなかった質問をした。
しかし、その答えは意外なものだった。
「王女様のことだったら、私はあれもいいと思うよ」
「あれもいい、って……」
「だって、剣になってずっと好きな人と一緒にいられるんだよ。
それは悪くない終わり方だと、私は思うな」
共感は出来ない。
ただ、レイラらしい考え方だとは思った。
「明日、邪神大戦のお話は、終わりになるけど。
世界が救えたなら、仲間が全員死んじゃって、主人公が一人になっちゃっても、それはそれで、幸せな終わりだと、思う。
だって、一番、つらいのは、大好きな人が生きているのに、もう会えなくなっちゃうことだって思う、から」
「レイ、ラ……?」
一瞬だけ、レイラが何の話をしているのか、見失う。
彼女の口ぶりは、まるで……。
「……ソーマは、これからしたいことって、ある?」
「え?」
突然の話題転換についていけない。
それでも居心地の悪い沈黙を破ろうと、俺は必死に考えて、言葉を絞り出した。
「そう、だな。まず、西の沼地にいるモンスターとは戦ってみたいかな。
俺が知らない敵もいるっていうし、いや、別に倒さなくても問題ないとは思うんだけど」
「……それ、だけ?」
「え? いや……」
そう口にするレイラの顔が妙に寂しげで、俺はさらなる言葉を探す。
「そのあとは、そう、だな。ええと……最強、でも、目指してみる、とか」
「さい、きょう?」
「あ、ああ」
俺はもともと、ゲームにおいてキャラ強化厨的なところがある。
高難易度や縛りプレイでギリギリの戦いをするのも嫌いではないが、ゲームクリア後などに特に意味もなくドーピングアイテムを使ってキャラクターの能力値をあげるのは割と好きだ。
まあ、それで強くなりすぎた結果、戦う相手がいなくてすぐに飽きてしまうまでがデフォではあるんだが。
だが、それはゲームでの話。
この世界の仕組みはまるっきりゲームだが、同時にここは仮想ではない現実の世界だ。
一人用のゲームで無駄に強くなるのとも、ネトゲで俺TUEEEして自尊心を満たすのともまた違う。
まごうことなき現実の世界で最強の存在になる、というのはやはり心躍るものがある。
この世界にはまだ邪神というとびきりの存在がいるので、最強を目指すならしばらくは退屈しないで済むかもしれない。
(ただ……)
それは、あくまで「やりたいこと」であって、「やらなくてはならないこと」ではないと気付いてしまった。
言うなればこれは、「クリア後のゲームのやり込み」みたいなものだ。
あらためて考えてみると、はっきり言って、俺がこの世界に留まらなくてはいけない理由はない。
もし、俺の状況をフィクションにたとえるとしたら……。
その物語は魔王を倒した時に、あるいは少しおまけしても魔術師ギルドの陰謀を潰した時に、きっととっくに終わってしまっていたのだ。
「ソーマはやっぱり、故郷に帰るつもりなんだね」
「えっ?」
「まだ、ソーマが私にロイクって名乗ってた時、教えてくれたでしょ。
故郷は遠くにあって、帰らなくちゃいけないって」
自分の考えに浸っていたところに投げかけられた言葉に、俺は思わず目を見開いた。
「な、何で……」
レイラには帰ることはもちろん、俺が別の世界から来たことすら話していないはずなのに……。
驚く俺に、レイラは寂しげな笑みを返した。
「大好きな人のことだから、見てれば分かるよ。
誰も何も言わないけど、ほかの人もみんな、気付いてると思う」
全然、気付かなかった。
けれど、思い返してみれば、最近のリンゴやイーナ、ミツキの態度は少しおかしかったような……。
「否定、してくれないんだ」
レイラの声に、ハッとする。
彼女は瞳に涙をいっぱいに溜めながら、切なげな顔で俺の目を見ていた。
――その表情に、覚悟を決める。
「レイラに、話しておかなきゃいけないことがあるんだ」
「……うん」
そうして俺は、本当はもっと前にしておかなければいけなかった話をレイラにした。
俺と真希がどうやってここに来たのか、これからどうするつもりなのか。
元の世界に帰る手段についても、俺と真希しか帰れないだろうということも、それが一方通行の帰還手段だということも、全部話した。
説明をしている間、レイラは一言も口を挟まなかった。
だが、全ての話が終わった後、レイラはぽつりと漏らした。
「ここに残ることは、出来ないの?」
「それは……だけど俺は、真希を元の世界に、送らないといけないから」
そして、真希を一人だけ元の世界に放り出すなんてことも、やっぱり俺には出来ない。
「だったら、さ。……帰る前に、私を殺してくれないかな」
「な、にを……」
突然の言葉に、俺はレイラの顔を覗き込んだ。
想像以上に暗い目がそこにはあって、俺は思わず言葉を失った。
「だって、私。ソーマがいなくなったら、どうやって生きていったらいいか、分からないよ」
その重すぎる言葉に、俺は答える言葉を持たなかった。
だが、そうであっても。
俺は何かを言わなくてはいけなかった。
そっと、手を伸ばす。
ベッドに並んで腰をかけたレイラの手に、俺は自分の手を重ねた。
「ソー、マ?」
驚いた目をするレイラに、俺は一語一語、はっきりと気持ちを込めていった。
「俺は、それでもレイラには、生きていてほしい」
「……うん」
答えは小さく、か細かった。
それでもうなずいてくれたことに、ひとまずはほっとする。
「すぐ、いなくなっちゃう訳じゃ、ないんだよね?」
「ああ。色々と準備もあるし、もうしばらくはこっちにいるつもりだ」
「……よかった」
大きく息をつくと、レイラはちらっ、ちらっと俺の様子をうかがってきた。
少しだけ気持ちが持ち直してきたらしい。
安心した俺がどうかしたのか、と俺が問いかけると、どこか照れくさそうにレイラが口を開いた。
「あの、ね。私が頑張れるように、ソーマに一つ、お願いしてもいい?」
「何だ? 俺に出来ることだったらいいぞ」
「いいのっ!?」
「え、あ、ああ……」
レイラの食いつきに、ちょっとだけ腰が引ける。
けれど、いつの間にか俺が上に置いていたはずの手がレイラにしっかりと握られていて、それ以上逃げられなかった。
「ちょっとね、プレゼント、してもらいたいものがあって……」
「プレゼント?」
「あ、でも、高価な物とか、そういうのじゃ全然ないから。
そ、それに、絶対大事に、ソーマの次に、世界で二番目に大切にするから……」
大げさだな、と思ったが、俺が渡したネクラノミコンをあんなに大切にしていたレイラなら、そのくらいしそうだから困る。
「それで、レイラが欲しいのは一体なんなんだ?」
「う、うん。その、ね……」
俺が尋ねると、レイラはいつもはうつむきがちな顔をあげ、キラッキラの笑顔で言った。
「――私、ソーマの子供が欲しいなっ!!」
「あ、危なかった……」
俺は扉を閉めると、どさりとベッドに腰を落とした。
最後は土下座する勢いで頼んだら帰ってくれたが、もう少し積極的に攻めてこられたらコロッとやられていたかもしれない。
「いやぁ。まさか、レイラがあんなに凄いなんて……。
うん。あんな、に……」
思わずさっきの一幕を色々と反芻し、
「おっと、そうじゃないだろ」
ハッと我に返った俺は、にやけそうになる顔を無理矢理引き締めた。
「俺も、ちゃんと考えなきゃいけないな」
これからのこと、元の世界と、こっちの世界のこと。
真希を理由に思考を停止させるのではなく、もっと真剣に。
明日の邪神大戦の記録の最終話が、その道標になってくれるだろうか。
「なんにせよ、全部明日だな。……あれ?」
言いながら俺はベッドに身を投げ出して、そこで妙なことに気付いた。
背中に当たった感触が、少しだけおかしかったのだ。
「何だ、これ?」
見ると、布団の一部が盛り上がっているように見える。
位置的に枕ではないし、ここに何か入れていただろうか。
不思議に思った俺が、布団を持ち上げてみると……。
「く、くまっ!?」
そこにはプルプルと震えるくまがいた。
どうして、と思ったが、そういえば思い当たる節はあった。
くまは夜、たまに俺の布団の中にもぐりこんでくる。
レイラが俺の部屋にやってくる前に、くまはいつものように俺の布団に入っていたのかもしれない。
そういえば俺が目を覚ましたのは胸の辺りに重みを感じたせいだし、レイラが「一緒に寝てる相手がいたら刺す」と口にした時、やはり胸の辺りで変な感触があった。
あれが、ノンケだろうとくまのぬいぐるみだろうと、俺の傍にいる奴は容赦なく刺しちゃうレイラの言葉に怯えていたせいだとしたら……。
「い、命拾いしたな、くま」
俺が声をかけると、よっぽど恐ろしい思いをしたのか、くまは俺にひしと抱きついたのだった。
おれはやった! つまり この先、待ち伏せがあるぞ
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