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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク) 作者:Gibson

第11章 エンドオブウォー

第132話


「こいつが……こいつが、今回の戦争の?」

 目隠しをされたまま椅子に座る老人を見つめ、太朗が呟く。会議室にいた一同は老人と共に尋問室へとやってきていた。

「立場的にはどこにも属してはいないようだがね。間違いなく黒幕だろう。ロレンツォ提督の供述とも一致するしね。それにこいつは電子戦技術と生体兵器の専門家だ。エンツィオの不自然な電子戦技術の特化にもいくらか説明がつく」

 まるでゴミを見るような目で、老人を見下ろすファントム。そのあまりに冷たい視線にぞわりと怖気が走る。

「殺しちゃダメですよ?」

「……わかってるよ」

 ファントムは老人に近付くとそのアイマスクを引き剥がし、首元に何か注射のようなものを刺した。しばらくすると老人が何度か咳き込み、その薄みがかった緑の瞳が開かれた。

「……なるほど。私は捕まったのか」

 周囲を見てすぐに状況を理解したらしく、老人は不機嫌そうに顔を歪めた。

「そうなるね。ちなみにお前は俺を良く知っているはずだ。これから尋問を行うが、素直になってくれるんだろうね?」

「……そうだな。自分で考えた拷問を受ける気にはなれんからな」

「というわけだ、テイロー君。後は君に任せたよ」

 一歩下がってそういうファントムに、頷く事で答える太朗。ふたりの意味ありげなやり取りが気になったが、とりあえず今は置いておく事にした。

「何から……そうだな。お前の目的は何だ?」

 太朗の質問に、「目的?」と首を傾げる老人。

「何かあったんだろう? 何かをする為に、エンツィオを利用したんじゃないのか?」

「自らの権力を拡大し、それを行使するのは、それ自体が目的と成り得る事だ。残念だったな。お前らが納得するような大層な理由など無いよ」

「……名誉や、自己顕示欲か?」

「自分に対して、という意味でならそうだな。若いのに随分と難しい言葉を知ってるようだ」

 にやにやと、人を見下したように笑う老人。太朗は老人の物言いにイラつきを覚えたが、それは老人の姿を見れば自然と落ち着いた。縛られ、断頭台に送られる事が決まっている老人がいくら強がって見せた所で、それは滑稽にしか映らない。

「俺はあんたの事は良くしらねぇけどさ、別にこういった形じゃなくてもやれたんじゃねぇのか? あんた帝国軍のお偉いさんだったんだろ?」

「ふん。あの腐りきった帝国軍にいたところで、出来る事などたかが知れている。私はだね、若者よ。帝国などとは比べ物にならない、もっと大きな存在と出会ったのだよ」

「…………はい?」

「お前らなど……いや、帝国でさえも、彼女の前ではただの小さな瞬きに過ぎない。彼女の偉大さに触れれば、人の命に価値など見出さなくなる」

「いやいや。えっと、何? 宗教的な話?」

「宗教!! 自らが理解出来ない物は全て宗教か。あの方はそんな漠然としたものでは無いよ。誰でも見る事が出来るし、触れる事さえ可能だ。どこにでも居て、どこにもいない。ほら、すぐそこにもいるぞ」

 縛られてはいるがいくらか自由に動かせる手を上げ、老人は太朗の後方を指さす。それに対し、馬鹿馬鹿しいとかぶりを振る太朗。この尋問室は完全に密閉されており、誰も外から入る事は出来ない。
 そのはずだった。

「…………え?」

 首をまわした先にいた、ひとりの女性。太朗は何かの見間違いだろうかと目を擦るが、その女性は確かにそこに居た。若く、美しいが、表情の無い冷たい顔をした、裸の女性。

「いや、え? ちょっと……え?」

 混乱した頭で、助けを求めるように入口の扉を見やる太朗。そこには扉へ寄り掛かるアランがぽかんと呆けており、口元には葉巻がだらしなく垂れ下がっていた。彼は扉と女性とを交互に見比べており、どう入ったのかアランにもわからないようだった。

「動くな。何者だ。答えろ」

 女性に向かい銃を構えたファントムが鋭く発する。しかし彼も混乱する所があるのだろう。声に若干の迷いを感じる。

「…………」

 女性は周りの様子を一切気にする様子を見せず、しずしずと歩みを進める。その姿はひどく幻想的で、太朗には彼女が青白く光っているように見えた。

「止まれ!! 聞こえないのか!!」

 緊張を孕んだ声を張り上げるファントム。そしてそれに続く、巨大な発砲音。太朗は耳を抑え、鼓膜を揺るがす轟音に顔を顰める。

「……なんか、やべぇな」

 ファントムは足へ向けて発砲したようだったが、女性に撃たれた様子は見えない。警告の為にわざとはずしたのだろうかと予想したが、どうやらそういうわけでも無いようだった。2度、3度と続く発砲音。

「なんなんだこいつはっ!!」

 太朗が初めて聞く、明らかに同様した様子で叫ぶファントムの声。銃の狙いは既に女性の胸元へ向けられており、弾丸は急所を貫いているはずだった。

(なんか、なんかやばいぞ)

 いよいよ異常な事態だと悟った太朗は、素早くマールの元へ走る。彼女を後ろ手に庇うように立つと、じりじりと扉へ向かって後退した。

「あぁ、偉大なる母よ……結局私めは、貴方の言葉を理解する事が出来なかったようです。どうか罰をお与え下さい」

 陶酔しきった顔で、救いを求めるように発する老人。やがて女性は老人の前に立つと――

「なんだってんだ……なんだってんだよ……」

 老人の頭部を打ち砕き、忽然とその姿を消してしまった。



 マールの発した短い悲鳴以外を除けば、そこには静寂が続いていた。誰もがそこで起こった事態について行けずに混乱していた。

「今のは何だ……」

 沈黙に耐えきれなかったのだろうか。アランがぼそりと呟く。

「わかんねぇよ。じぃさんは……駄目だろうな、さすがに」

 太朗は真っ赤に染まった尋問席へ目を向けたが、慌てて再び反らした。頭部の損壊した人間など、見ていて気分の良い物では無い。

「部屋のレコーダーへアクセスしてみました、ミスター・テイロー。しかし残念ながら、ここにいる我々の他にこの部屋へ入退室した記録は一切残っておりません。どういう事でしょう?」

 小梅が無表情な顔で、伺うように顔を向けて来る。しかし太朗は、わけがわからないとばかりに肩を竦めるのが精一杯だった。

「俺はずっと扉に寄り掛かってたんだぞ……最初からこの部屋に居たって可能性は無いのか?」

「いえ、それは無いでしょう、ミスター・アラン。生体センサーはあらゆる者の存在を否定しております」

「人では無いね。集団幻覚か、ホログラフを利用した兵器。想像もつかないが、何かそういった方向で考えた方が良さそうだ」

 しゃがみこんだファントムが、何か床をいじりながら発する。覗き込むようにして見ると、そこには銃痕と思われる拳大の穴が開いていた。

「弾丸は全て狙った通りの場所を通り、そして着弾してる。一分のズレも無しにだ。調べればわかる事だが、弾頭に床材以外の付着物はついていないだろうね。賭けてもいい」

「えっと。つー事は、弾は相手をすり抜けたって事っすか?」

「そうなるね……自分でも、言ってて信じられないが」

 首を振り、降参だとばかりに目を瞑るファントム。太朗は彼の語る事実が意味する所を考えたが、答えは出てきそうに無かった。

「ね、ねぇ。誰か……その、小梅の他に、BISHOPへアクセスした?」

 怯えた様子でマールがおずおずと尋ねる。一同は互いを見合わせた後、首を振る。

「おかしいのよ。小梅のレコーダーへのアクセスの他に、大量の通信記録が残されてるわ。それもBISHOPを使った」

 マールの指摘に、一同は揃ってぼうっとした表情を見せた。太朗も同じようにBISHOPへアクセスすると、該当の通信記録を確認した。

「なんだこれ……暗号、じゃ無さそうだな。何の規則性もねぇ」

 少し期待するように太朗の方を見ていた一同が、残念そうに息を付く。

「考えられるのは、記録を抹消する為にランダムノイズで上書きしたって所だろう……だが、しかし……」

 難しい顔をして、腕を組むアラン。馬鹿馬鹿しい考えだとばかりに言葉を詰まらせる彼に、ファントムが続ける。

「君が考えているのは、BISHOPを用いた遠隔兵器って所かな? 突拍子が無いとは思うが……理論上は可能なのかい?」

「理論上はな。BISHOPは脳に直結されてるわけで、幻覚を見せる事もそりゃ可能だろう。だが、こんな形で頭を吹っ飛ばすってのはどうなんだ?」

「帝国が新しい兵器を開発したという可能性は?」

「……俺が軍にいたのは10年も前の話だ」

「アラン、いい加減にしろ。今は非常事態だ」

「……くそっ!! あぁ、無いよ。そんな話は一切聞いて無い。兵器開発部にはそういった兵器の研究をしてる連中もいるが、いまだ手探りの状態だ」

 険しい顔で、叫ぶようにアラン。太朗は何故そんな事がわかるのか気にはなったが、雰囲気的にとても聞けそうな様子では無かった。

「……EAPに、どう説明すれば良いのかしら」

 マールの言葉に、苦い顔を作る一同。

「レコーダーのデータ一式と共に、そのまま話すしか無いだろう。信じてはくれないだろうがな」

 失笑気味のアランに、ネガティブな同意の声がいくつか漏れる。太朗はEAPとの軋轢が生まれるだろう事を残念に思ったが、かといってどうしようも無かった。
 この事を理由にエンツィオとの裏の繋がりを勘ぐられる事だろう。ひょっとしたら黒幕扱いされる可能性すらあり得る。この戦争で最終的に最も得をしたのはライジングサンであり、今でも疑われている節があるのだ。

「とりあえず、遺体を片付けようか。無駄だとは思うけど、解剖で何か見つかるかもしれない。冷凍睡眠装置に入れて、戻り次第医者に見せよう……そうだ、この人が生活してた場所がエンツィオにあるはずだよね? 場所はわかる?」

 太朗の質問に、「あぁ、わかるはずだ」とファントム。最悪の状況下での唯一の朗報かもしれないそれへ、一同は安堵の表情を見せる。

「ちょっとした研究所になっていたはずだ。現地のレジスタンスに保全を命じておいたから、恐らくそのままに……あぁいや、わからないか。急いだ方が良いかもしれない」

「……あぁ、そういう事か。もしコレが口封じの為だとしたら、そっちもやばいかもって?」

「そういう事さ。死体の方は任せてくれ。君は急いで舵をローマへ向けて欲しい」

 太朗はファントムに頷いて見せると、艦橋へ向けて駆け出した。何が何だかわからなかったが、出来る事があるのであればやっておくべきだった。


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