米国の最富裕層1%の税引き前所得は2010年に全体の約20%を占め、1970年代の10%未満の水準からほぼ倍増となった。同時に、これら最富裕層に対する連邦所得税率の平均は著しく引き下げられた。現在と将来予想される財政赤字を考慮すると、上位1%の最富裕層はもっと税金を払うべきではないだろうか。米国の所得が特定の層に現在かなり集中しているため、見込まれる税収入は大きいはずだ。
しかし上位1%の最富裕層は税率が引き上げられれば、支払う税金が増えるのを嫌がり、課税所得額を縮小させることはないのだろうか。 そうなると結局、税収はほとんど増えないか、もしくは減ることもあり得る。換言すれば、最大の税収を獲得できる税率はすでに有名なラッファー・カーブのピークに近いのか、もしくはもう過ぎているのだろうか。
ラッファー・カーブとは課税所得の“弾性”という考え方を表わしたものだ。つまり、税率に応じて課税所得額は増減する。最富裕層は当然、低い税率に合わせようと、寄付やキャピタルゲインの現金化のタイミングをずらすなどして、課税所得額を減らそうとする。インカムゲインをキャピタルゲインに転換して、高い税率を避ける向きもある。しかし既存の研究は、実際の仕事にはさほど変化がないことを示している。
現在の税率と弾性に関するわれわれの分析によると、最大の税収を得るための連邦所得税の最高税率は、メディケア(高齢者などを対象にした公的医療保険)や州および地域による税金を加味すれば、50~70%の範囲が妥当だろう。よってわれわれは、少なくともレーガン政権1期目の税率であった50%に達するまでは、税率の引き上げが税収増につながる可能性が高いと結論する。また1970年代の税率70%まで引き上げることも可能かもしれない。納税回避の機会を減らすためにキャピタルゲインと配当の税率も一緒に引き上げるべきだ。抜け穴をふさぎ、制裁を強化すれば納税回避をさらに防げるだろう。
ただ最高税率を引き上げることで経済成長は著しく減速しないだろうか。戦後の米国では、高い最高税率と高い経済成長率は車の両輪だった。実際、米商務省経済分析部によると、最高所得税率が比較的低かった1980~2010年の1人当たりGDP年間成長率(人口調整済み)は平均1.68%だが、一方、最高所得税率が70%かもしくはそれ以上だった1950~80年の平均成長率は2.23%だった。
国際的にも、高い最高税率が低い経済成長を招いた事例はない。また、経済協力開発機構(OECD)加盟国において、1970年代以降の経済成長と最高税率の引き下げの間に明らかな相関性はない。
たとえば1970~2010年の間、1人当たりの実質GDPの年間成長率は米国で平均1.8%、英国で平均2.03%だったが、両国ともこの間、最高税率を大胆に引き下げた。フランスの平均成長率は1.72%でドイツは1.89%であったが、この2国は最高税率を高水準で維持した。高い最高税率が実際に経済成長を促すことの証明にはならないが、その半面、高い税率が成長を減速させるという証拠にもならない。
税収が何に使われるのかを見極めることなしに、税収を増やすことによる経済成長への最終的な効果を評価することはできない。仮に税収の一部が財政赤字の削減のために使われれば、貯蓄からもっと設備投資へ資金が流れ、経済成長をさらに確かなものにする。高い税金を払っている層が彼らの貯蓄を取り崩したとしても、この効果が相殺されるわけではない。彼らの高い税金のかなりの部分は消費から回されるとみられる。
税収の増加分の一部が教育やインフラ、研究などのハイリターンが見込める公共投資に使われれば、経済成長がさらに進む。過去数十年におよぶ公共投資への無関心さはリターンが相当なものになることを示唆している。
効果が大きく阻害されることがあるとすれば、それは投資の好機に資金を確保できる個人の能力が制限されたときだ。調査によると、起業する際の問題は融資を得ることだという。また高等教育が受けられるかどうかは両親の経済事情に影響を受けるうえ、高等教育を受けたために得られる所得のプレミアム(上乗せ)は大きい。投資のための資金にアクセスできるかどうかは高所得者層よりも低所得者層にとって大きな問題だ。ビル・ゲイツ氏が裕福になるまで、マイクロソフトは投資の資金を得ることに問題はなかったようだった。
よって、すでに豊かな所得層の税率の引き上げは、これから豊かになるであろう所得層に対する税率の引き上げほどには、経済成長に打撃を与えない。
最富裕層に見合った税率の引き上げそれ自体は、持続不可能で長期的に問題を抱えた財政の解決にはならないが、この問題に取り組むための道具として使わない理由もない。
(ピーター・ダイヤモンド氏はマサチューセッツ工科大学(MIT)の名誉教授でノーベル経済学賞の受賞者。エマニュエル・サエズ氏はカリフォルニア大学バークレー校の経済学教授でジョン・ベイツ・クラーク賞の受賞者)