福島事故「健康影響少ない」は本当?
福島原発事故の健康影響について、国連科学委員会は「被ばく線量は少なく、健康への明確な影響はないとみられる」ことを骨子とする報告書案を5月末に発表した。これまでも、世界保健機関(WHO)や民間団体が影響の推測をまとめてきたが、今回の報告は他と比べても「安心」の度合いが高い。この報告書をどう読むべきか。京都大原子炉実験所の今中哲二助教らに聞いた。(出田阿生、中山洋子)
「国連科学委の報告書案に記された数字で計算すると、福島原発事故により、少なくとも日本全体で2050人のがんによる死亡が増えることになる。これを多いとみるか、少ないとみるか」
京都大原子炉実験所(大阪府熊取町)の今中哲二助教はこう語る。今中助教は、原発事故直後から福島県飯舘村に入って放射性物質の測定などの調査を続けてきた。
今中助教が注目したのは日本全土でどれだけ被ばくしたかを表す「集団実効線量」の推計だ。甲状腺の集団実効線量は11万人・シーベルト(生涯の被ばく線量)、全身でみると4万1千人・シーベルトとなっている。
国際放射線防護委員会(ICRP)は「1万人・シーベルトで500人のがん死が起きる」とみている。全身の集団線量に当てはめると、がん死の増加は2050人だ。
この数値をチェルノブイリ原発事故後の旧ソ連や欧州諸国の約6億人分のデータと比較すると、福島原発事故による被ばく量は、甲状腺は約20分の1、全身が約10分の1という結果になる。
「大したことはない」と安心したくなるが、こうした一連の数字をどう読むべきだろうか。
「無視できる数とは言えない。当てはまった人は、事故という人為的な原因で死を迎えるのだから」(今中助教)
健康影響を語る際、被ばくとの因果関係が明白ながんや白血病のみを取り上げがちだ。この報告案もそれを踏襲する。
しかし、被ばくによる健康影響には、いまも不透明な部分が大きい。チェルノブイリ原発事故後には、子どもの免疫低下や心臓疾患の発生が見られた。今月初旬、ウクライナを視察してきた今中助教は「被ばくの人体への影響は多様だと実感している」と話す。
この報告書案と対照的なのが、今年2月末にWHOが発表した報告書だった。「大半の福島県民にがんが明らかに増える可能性は低い」と結論する一方、一部の乳児は甲状腺がんや白血病などのリスクが生涯で数%から約70%増えると推計。15年後は1歳女児の甲状腺がんの発生率が浪江町で約9倍、飯舘村で約6倍になると予測した。
WHOは前提条件を「計画的避難区域で事故後4カ月避難せず、県内産の食物だけを口にした」とした。「想定が過大だ」と論議を呼んだが、WHOの公衆衛生環境担当マリア・ネイラ氏は「過小評価の危険を最小化したかった」という。
報告書案でもう一点懸念されるのは、この推計の根拠とされたデータの信頼性だ。一例として、子どもの甲状腺被ばくについての数値がある。
この数値は、政府が2011年3月下旬、飯舘村や川俣町、いわき市などで、事故当時に県内に住んでいた15歳以下の子ども1080人を対象に実測し、まとめた。
今中助教は同時期に飯舘村に入って調査していたが、空間線量を測定すると村役場の屋外で5マイクロシーベルト、室内で0.5マイクロシーベルトだった。ところが、政府の調査で子どもの首に測定器を当てて測った数値は「0.01マイクロシーベルト」などと記されていた。
今中助教は、これほど周囲の放射線量が高い場合には、そうした微量の放射線は測定することは不可能だと指摘する。
甲状腺に集まる放射性ヨウ素の半減期は8日。事故直後に測定しないと測れなくなる。今中助教は「真っ先に取り組むべきは、最も影響を受けやすい子どもの甲状腺被ばくなのに、検査数があまりに少なすぎる。旧ソ連でさえ、約40万人の子どもの甲状腺被ばくを調べた」と振り返る。
健康影響に否定的とみられる報告書案だが、一方で100ミリシーベルト以下の低線量被ばくでも「がんの増加について科学的根拠が不十分でも、調査を長期間継続すべきだ」としている。今中助教は「被ばくの影響が完全に解明されていない以上、この姿勢は重要」と話す。
「国連科学委員会は厳密さを追求する組織。だが、行政には健康を守るための予防原則が求められる。科学的な厳密さより、これからどんな影響が出てくるか分からないという視点が大切だ」
今回の報告書案について、チェルノブイリ事故後、現地で甲状腺がんの治療にあたった医師で、長野県松本市の菅谷昭市長は「事故直後のデータが不在での推計値。『健康に影響がない』と言い切るのは早計にすぎる」と指摘する。
同事故でも、国際原子力機関(IAEA)が小児甲状腺がんの増加を放射能の影響と正式に認めたのは、事故から10年後だった。「福島の場合、事故から2年しかたっていない。影響がないとは疫学調査を重ねて初めて言えることだ」
子どもたちを放射能から守る全国小児科医ネットワーク代表の山田真医師も「土台となる数字の調査は後手後手に回り、きちんと実態を把握できるか疑問視されてきた。そのデータをもとに、どこまで正確な推計ができるのか」と危ぶむ。
5日に公表された福島県の18歳未満の甲状腺検査結果では、がんやその疑いのある子どもは27人(5月末現在)。小児甲状腺がんは100万人に1~2人の割合で発症するとされているが、福島の調査では疑いも含むと「6500人に1人」になる。だが、県の検討委員会は「被ばくの明らかな影響とは考えていない」と強調する。
今回、初めて公表された市町村別では、2229人が検査した川俣町で2人、川内村が262人に1人といった数字が並んだ。
山田医師は「原発に近い川俣町では1000人に1人の割合。甲状腺がんの発生が被ばくリスクに比例している可能性が高い」と分析。「チェルノブイリでは甲状腺がんを患ったのは子どもだけではない。大人も検査するべきだ」と提起している。
国連科学委員会 被ばくの程度と影響を調べるため国連が設置した。各国の核実験で放射性物質が拡散し、被ばくへの懸念が高まっていた1955年に発足。関係者の間には「核実験の即時停止を求める声をかわす目的だった」という指摘もある。報告書はICRPの基礎資料になる。ICRPのメンバーと重複する委員もいる。
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