|
秋晴れさんは、教学研鑽をされたいという気持ちは汲みますが
「御本尊様」とか「末法の本仏」という、所属する宗教の教義の根幹部分に対して、
宿坊殿を「身延読み」だとか蔑んでおいて、いざ自分が意見を聞きたい人が
おなじように「創価学会と違う」解釈をされている場合はなぜ蔑まないのですか?
逆に創価学会を誹謗中傷して止まない大月天管理人に対しては、けっこう丁寧に
応対をされているどころかねぎらいの弁まで送られている。
(ご自分の発言が大月天管理人に都合良く利用されていることについては問いません)
この差はなんでしょうね。
秋晴れさんが大勝利さんの肩をもとうとしているとかそういった批判ではなく
自分が学びたいというだけの為に都合良く言辞や態度を切り替えているように
見えるのです。
さて、話しは変わりますが
大聖人当時の天台宗の過ちやそれに関係する人王・天皇の没落ついては「神国王御書」
に明確ですので、日蓮大聖人御書講義の第三十六巻をご参考にされるとよろしいのでは
ないかと思います。
大勝利さんは
※大聖人幼少時代の清澄寺は、なんらかの念仏が信仰中心だったことが、
道善房が阿弥陀仏を5体も造立したことなどから伺えると言うことです
と主張されました。驚かれるかもしれませんが平安期の叡山天台宗でも念仏を
する座主はいました。
道善坊の師事した僧が誰かは定かではありませんが、日蓮大聖人は天台清澄寺の
修行とともに、叡山天台を喝破されています。
|
|