保証金とは、フランチャイズ契約に関連して発生するロイヤルティ等のフランチャイザーのフランチャイジーに対する債権を担保するために、フランチャイジーからフランチャイザーに対して、通常は契約締結時に一時金として交付される金銭であり、フランチャイズ契約の終了の後にフランチャイジーにフランチャイズ契約に関連して発生した債務不履行、場合によっては不法行為等によるフランチャイザーに対する債務があればその額を控除した金額を、そのような債務がなければ全額を、フランチャイザーはフランチャイジーに対して返還しなければならないという性質の金銭です。 【青林書院「フランチャイズ・システムの法律相談」62頁】
冒頭から、「分かりやすさが第一」とは真逆の分かりにくい文章で恐縮です。とはいえ、冒頭の文章は、「分かりやすさが第一」という、このブログの素材として、引用しているのです。だから、分かりにくければ分かりにくいほど、このブログの素材としての適性を備えていることになるのです。
さて、「分かりやすい」文章にするには、元の文章が何故「分かりにくい」のか、まず、その原因を把握しなければなりません。
原文の「分かりにくさ」の原因の第一は、何と言っても、「フランチャイザー」「フランチャイジー」という紛らわしい言葉が頻繁に登場していることでしょう。
それぞれ、フランチャイズ「する人」、フランチャイズ「される人」、という意味には違いないのですが、語尾の「ザー」と「ジー」の違いから、どちらを指しているのかを即座に理解するのは、普通の日本人には困難です。いくら頭で、一般論として英単語の語尾の「er:アー」は「する人」、「ee:イー」は「される人」とわかっていても、「フランチャイザー」という単語を目にすれば、「フランチャイザー」→「ザー」→「アー」→「する人」→「フラインチャイズする人」→「フランチャイズの本部」といった翻訳作業が必要です。たとえ一瞬であれ、「日本語を読む」ことに加えて、このような「翻訳作業」を読者に「強いる」のは、この上なく不親切というほかはないでしょう。
この「翻訳作業」を不要にするには、最初から、日本語として直感的に理解できる言葉を使えばよいのです。
保証金とは、フランチャイズ契約に関連して発生するロイヤルティ等の本部の加盟店に対する債権を担保するために、加盟店から本部に対して、通常は契約締結時に一時金として交付される金銭であり、フランチャイズ契約の終了の後に加盟店にフランチャイズ契約に関連して発生した債務不履行、場合によっては不法行為等による本部に対する債務があればその額を控除した金額を、そのような債務がなければ全額を、本部は加盟店に対して返還しなければならないという性質の金銭です。
翻訳作業は不要になって、原文より分かりやすくなったものの、これでも、まだまだ、分かりにくい文章であり、本ブログの素材としての価値は未だ失われてはいません。
分かりにくい文章、悪文の典型例として、多くの文章技術の本で取り上げられているのが、「長い文章」です。「長い」というだけで、読者には、相当な負担となります。読みやすい文章は、一文50字程度までとされていますが、冒頭の文章は、一文で250文字を超えている、超長文です。以下、原文を4つの短文に分け、適宜、必要な修正を施してみました。
保証金とは、フランチャイズの本部が、加盟店に対する債権を担保するために、加盟店から徴収する金銭です。徴収の時期は、通常は契約締結の時点です。契約の終了後、本部は保証金を加盟店に返還することになりますが、その際、フランチャイズ契約に関連して発生した債権があれば、その額を控除することができます。保証金から控除できる債権は、フランチャイズ契約から生じるロイヤルティ請求権等に限らず、フランチャイズ契約に関連して発生した不法行為等による債権も含まれます。
以下、修正に際して配慮した点につき説明します。
◆一つの文に情報を過剰に盛り込まない
最初の一文は、保証金の目的、誰から誰へ支払われるのか、2点について述べています。
原文は、もう一点、「通常は契約締結時に一時金として交付される」という支払時期の点にも触れています。しかも、その中で、「通常は」と、通常でない場合もあることを読者に想定させ、その文だけ、読者の負担となっています。
最初の一文では、交付の時期については、触れずに、端的に保証金の概要を示す。次に、第二文で、交付の時期について、例外を示唆しながら、説明する、という流れなら、読者の負担も軽減されます。
◆強調すべきことを的確に強調する-中立的な言葉ではなく価値に満ちた言葉を用いることにより強調-
原文は「交付される」となっていましたが、「徴収する」に変更し、本部が「取り立てるもの」であることを明確にしました。その方が、保証金の「目的」すなわち、本部の利益を確保するためのものだ、ということに、よりストレートに結びつくからです。
なお、「分かりやすさが第一」とは全く逆の方向ですが、実態を覆い隠そうという意図がある場合は、価値中立的な言葉を敢えて用いるというテクニックもあります。たとえば、「侵略」を「進出」と言い換えたり、「撤退」を「転進」と言い換えるなどの用例です。
◆強調すべきことを的確に強調する-文の途中ではなく文末に記載することにより強調-
原文は、文末が「返還しなければならない性質のものです」、となっているのに対し、修正案の第3文の末尾は「控除することができます」となっています。保証金の目的からすると、「控除できる」という点に意味があります。日本語は、一般に、文の末尾が重要なものと認識されていますから、修正案では「控除できる」ということを文末に持ってきたのです。他方、原文は、「控除できる」という話が文の途中に出てきて、文末で「返還しなければならない」と本部側の義務について述べているため、保証金を返還するという本部の負担が強調されてしまい、本部の債権を担保するという、保証金本来の目的が希薄になっているのです。
文末に記載することにより強調するという手法は、至る所で有効です。
次の例を見て下さい。
・私はカレーが食べたいです。
・私が食べたいのはカレーです。
どちらが、とにかく「カレー」が食べたいんだということが伝わってくるでしょうか。
・・・
とにかく「カレー」が食べたいんだということが伝わってくるのは、どちらでしょうか。
・・・
同じ質問でも、質問に答えなければいけないという気にさせるのは、どちらでしょうか。
◆視点を固定する
たとえば、金銭は誰が見ても金銭ですが、債権・債務は、権利者から見れば債権、義務者から見れば債務、と呼び名が変わります。一つの文または近接した文の中で、同一の対象を債権と呼んだり債務と呼んだりすると、読者は混乱します。権利者なら権利者という一方の立場で貫けば、混乱は起きません。原文は、債権、債務の両方が用いられていますが、修正案は、債権で統一しています。
◆補足 「加盟店」か「加盟者」か 具体的イメージを想起させる表現を用いる
前述の「フランチャイジー」の言い換えですが、公正取引員会のホームページでは、以下のような記載があります。
我が国においては、フランチャイザー(以下「本部」という。)とフランチャイジー(以下「加盟者」という。)から構成されるフランチャイズ・システムを用いる事業活動の形態が増加してきているが・・・
【公正取引委員会事務局「フランチャイズ・システムに関する独占禁止法上の考え方について」】
さすがに公取委です。カタカナを漢字に置き換えるなど、「分かりやすさが第一」と考えているようです。
でも、「フランチャイジー」は「加盟者」とするより「加盟店」とする方が分かりやすいでしょう。というのは、「加盟店」だと、具体的な店舗、日常よく目にするコンビニ店とかファーストフード店が想起されて、「分かった気」になるのに対して、「加盟者」だと、具体的な店舗ではなく、その背後の抽象的な運営主体を指しているよう思えて(実際、それを指しているのですが)、なんとなく「分かった気」にはならないからです。
些細と言えば些細なことですが、このような些細な点でも、より具体的なイメージを抱きやすい表現を用いることによって、「分かりやすさ」は増すのです。