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東日本大震災で津波とともに人々を襲った火災。
流された住宅や、がれきが燃える津波火災です。
焼失した面積は分かっているだけで東京ドーム120個分。
その火の手は、安全なはずの避難所にも襲いかかりました。
各地で避難所が燃え上がり、人々が逃げ惑う事態となりました。
「火災が起きなければ、まだまだ(命を)救えたんじゃないかと思いますね」
出火の原因はボンベから噴き出したプロパンガス。
そして海水につかった自動車にもリスクが潜んでいることが分かってきました。
エンジンを切っていても、部品から発火するおそれがあるのです。
消防局調査担当者
「流された車両が何百台も燃えてしまう。
一度火がつけば大変な事態になる」
津波火災が大都市で発生した場合、東日本大震災を上回る被害が起きると見られています。
明らかになってきた津波火災の脅威。
どのように備えればよいのか検証します。
宮城県石巻市で起きた津波火災。
現場は避難所に指定されていた学校でした。
海から600メートル離れた門脇小学校です。
地震の直後、50人以上が避難していました。
当時、校庭には住民の自動車およそ100台が止まっていました。
津波が押し寄せてきたのは地震発生から35分後。
校庭の自動車を校舎のほうに押し流しました。
住民の1人が積み重なった自動車が燃え上がるのを目撃していました。
濱谷勝美さん
「校庭の2~3か所から燃えてましたね、赤い炎と黒い煙ですね。
1台ボンと燃えると、また次の車に移るような感じで、油に(火が)ボンとつくような感じ」
そのとき、校舎の屋上にいた駒井清利(こまい・きよとし)さんです。
火のついた住宅が校舎に迫ってくるのが見えたと言います。
「これではだめだなと、何とか学校から出なきゃと。
脱出ルートを探した」
校舎の1階は完全に水没。
火災から逃れるには、校庭とは反対側の裏山に登るしかありません。
しかし2階の屋根と裏山の間には距離がありました。
駒井さんはとっさに教壇を橋渡しに使うことを思いつきました。
駒井さん
「ちょうどここですね、(教壇を)置いたのは。
2枚並べてみなさんを脱出させた。
その間、窓越しにはオレンジ色の炎と爆発音、4~5回くらいは音がしましたね」
全員が裏山に避難し終わった直後、校舎は激しく燃え上がりました。
駒井清利さん
「火災も、だから本当に想定外と言ったらいいんだか。
もしこの山がなければ、脱出ルートがない。
まさか自分たちがこうなるとは、全然ね…」
安全であるはずの避難所が、なぜ津波火災に襲われたのか。
その後の研究によって、火災が発生した場所には特徴があることが分かってきました。
東北各地で調査を行ってきた名古屋大学の廣井悠(ひろい・ゆう)さんです。
石巻市で浸水した地域に門脇小学校の周辺で火災が起きた範囲を重ねてみます。
すると火災は高台で津波がせき止められた場所に集中していました。
岩手県大槌町でも津波が高台でせき止められ、火災が発生しました。
さらに廣井さんの調査では、頑丈な建物が危険だと分かりました。
高台と同じように自動車や、がれきをせき止めてしまうからです。
名古屋大学 廣井悠准教授
「高台の際や強固な建物の手前のあたりで燃えている事例が多くありました。
これは波の上で火のついたがれきが、波によって押し流されて、それで強固な建物や高台などに集積して、周りのがれきと一緒に燃えてしまう」
もし、南海トラフの巨大地震で大阪や名古屋に大津波が押し寄せたらどうなるのか。
大都市でも津波火災の大きな被害が出るおそれがあります。
高台が少ない平野部では、浸水が想定される地域に人々が逃げこむための津波避難ビルが指定されています。
3階建て以上の学校やマンションなど、鉄筋コンクリートの頑丈な建物です。
しかし、こうした避難ビルがかえって津波火災に見舞われやすいとする専門家もいます。
都市の火災を研究している京都大学の桶本圭佑(ひもと・けいすけ)さんです。
桶本さん
「高層ビルが高台のような役割を果たして、がれきをせき止めて、そこで火災が発生する可能性があります」
桶本さんが考える最悪のシナリオです。
自動車が流され、頑丈な建物でせき止められます。
がれきとともに燃え上がり、津波火災が発生。
避難ビルへと燃え移ります。
浸水した地域では消火活動が難しく、火災が拡大していきます。
京都大学 桶本圭佑助教
「安全だと思って避難した津波避難ビルが、火災によって被害を受けることは絶対に避けないといけないと思います。
東日本大震災の教訓をふまえて、津波火災に対する安全性も合わせて考えていく必要があると思います」
東日本大震災では、最近の特集番組でもそうなんですけれども、あまりにも津波災害そのものがすさまじいので、あまり相対的にほかの災害が目立ってないんですけれども、実は津波のあとに津波火災が各地で多数発生しまして、その燃えた面積でいうと、実は阪神・淡路大震災での焼失面積よりも大きいという事実があります。
●小高い丘のふもとで津波火災は発生しやすいか
そういうパターンで発生した所も数多くあります。
特に三陸のリアス式海岸のような地形の所はそういうパターンが多いんですけども、一方、仙台平野のように平べったい平野部分でも、実は津波火災が起きてるんですね。
それは中野小学校という例がありますけれども、広い、周りに高台のない所にポツンと津波避難場所としてあるんですけれども、そこに堅ろうな建物の所に、がれきが寄せ集まってきて、たきぎで囲まれているような状況というのがあったんです。
実際は、そこに市街地火災が迫ってきまして、200メートルぐらいまで迫ってきて、結局はそこで止まったので、助かったんですけれども、大変危険な思いをされたという事例があります。
●津波火災 避難ビルは安全か
残念ながら、現状では津波火災は想定に入っていないんですね。
津波避難ビルの指定基準というのがありますけれども、堅ろうな建物であるとか、特に地震の揺れとか、津波の破壊力に対して丈夫であるということはもちろん大事なんですけれども、この中で言いますと、高さ方向の建物3階建て以上、3メートルの津波想定だと4階以上になりますけれども、それで果たして十分かなという思いはあります。
津波火災の危険というのは、こうした堅ろうなビルであっても、水位が高いもんですから、この間の地震では燃えた、流されたがれきが、1階や2階部分の中に突っ込んできて、中で燃え出すと。
仮に中に入ってこなくても、ふき寄せられますので、がれきが燃えて、その炎が3階ぐらいの窓までは、到達している例があるんですね。
ですので、少なくとも1階分余計に取って、5階、6階ぐらい以上の高さのビルがほしいと思います。
(避難場所として適切な建物には)高さが必要だと思いますね。
仙台市消防局で鑑識を担当している加藤健治(かとう・けんじ)さんです。
市内で発生した津波火災の現場をくまなく調査してきました。
加藤さん
「かなりの台数の車両が燃えているという特異な現場の1つでありました」
津波火災は仙台港に集中していました。
20件の津波火災のうち自動車によるものは実に16件に上りました。
建物や、がれきに比べて激しく燃えていたことから自動車が出火原因だったと加藤さんは見ています。
仙台市消防局 加藤健治係長
「津波に流されて、その車両から燃えてるというのは、火災調査の担当をしててもですね、認識としては珍しいケースですので、『何でなの?』という感じはありましたね」
海水にガソリンが漏れ出したという想定の実験です。
自動車の電気系統がショートすると簡単に引火します。
「火がつきました」
海水につかった自動車はガソリン以外の原因でも出火することが分かってきました。
名古屋市消防局で火災のメカニズムを研究している井澤義仁(いざわ・よしひと)さんです。
井澤さんが注目したのはオルタネーター。
バッテリーを充電させる発電機です。
このオルタネーターをバッテリーにつないだまま、仙台港で採取した海水に浸します。
すると気泡が次々に発生しました。
水素です。
その水素を容器に集めます。
火花を発生させると爆発が起こります。
オルタネーターはバッテリーと接続されていますが、エンジンが止まった状態では電気は流れていません。
ところが海水は電気を通しやすく、オルタネーターの内部にしみこむと電気が流れます。
海水の主な成分は塩化ナトリウムと水。
電気が通ることで化学反応が起こり、水素が発生します。
では、何が水素に火をつけるのか。
井澤さんが注目したのはクラクションです。
震災では津波に流された自動車のクラクションが鳴り続けていました。
クラクションが鳴ると、その内部では通電による火花が発生します。
水素をプラスチックケースに入れ、その中でクラクションを鳴らすと…。
クラクションの中の火花が水素に引火したのです。
名古屋市消防局 井澤義仁さん
「水素の発生ということを今回、非常にこれは危ないなということに気がつきまして。
めったにない現象だからといって、危険を見過ごすわけにはいかないものですから」
さらに、自動車は時間を置いて出火していたものもありました。
仙台港周辺の津波火災では、津波到達から1時間以上あとに出火したケースが6件、翌日以降に燃えだしたケースは5件ありました。
その原因は電気系統の部品にあると指摘する専門家がいます。
JAF・日本自動車連盟でさまざまな事故調査を行ってきた相川潔(あいかわ・きよし)さんです。
相川さんは8年前、高潮により発生した自動車火災を調査しました。
その中には浸水から14時間経って燃え始めたケースもありました。
相川さん
「これは高松で、実際に冠水して燃えた車ですね。
車内から燃えてますけど、ちょうどこの辺りがよく燃えてるんですね。
この付近には車内にヒューズボックスがあるんです」
ヒューズボックスはバッテリーからさまざまな部品に電気を送る役割を果たしています。
相川さんはヒューズボックスが海水につかり発火したと考えています。
相川さん
「昨年の3.11でもやはり、津波とかかぶってますね。
ですから、それでこういう現象が起きて出火した車も当然あると思います」
ヒューズボックスはどのような状況で燃えるのか。
まず、ヒューズボックスをバッテリーに接続したまま海水に浸しました。
すると、基板に使われていた銅が溶け出します。
1時間後、水槽からヒューズボックスを取り出します。
津波が引いたという想定です。
表面には銅のさび緑青(ろくしょう)が大量に付着していました。
緑青と海水によって基板の表面に電気が通り、発熱します。
その後、車内に海水が残っていて乾きづらい状況を想定し、海水をかけました。
電気が流れ続けたことでさらに発熱。
くすぶり始めます。
実験開始から2時間半、炎が大きく燃え上がりました。
他のメーカーの製品でも実験を行ったところ、いずれも発火しました。
くるま総合研究会 相川潔さん
「(最近の車は)電気系統自体が非常に複雑になって、部品数も多くなっているので、やはり塩害や何かで火がつきやすくなるということはあると思いますね」
実は、私は火災学会というところで調査してるわけですけれども、その中ではメーカーの方にも参加していただいております。
先ほどのビデオにもありましたけれども、実際にふ頭に置いてあった
1400台ぐらいの車の約半数が、車しかないのに、燃えだしたという事実があるわけですね。
津波に浸った車が燃えているわけです。
ですので、やはり、実際に海水に浸ると車には出火のリスクがあるのだという事実をちゃんと目を向けて、私どもも、火災研究者だけでなく、ぜひメーカーの研究者や技術者と一緒に、解明を進めていけたらなというふうに思ってます。
一般の人が出来ることには限界もあるんですけども、水が引いたあとに出来ることはあります。
1つは決して自動車を動かさないこと。
(エンジンをかけない?)そうです。
安全を確かめてもらうために、車修理工場に持っていくというのがだめなんですね。
待ってて、まず来てもらって、点検してもらってから行くということが大事ですね。
(エンジンかけたとたんに火が…)出るということがありますね。
もう1つはもっと身近に出来ることなんですけども、車にはバッテリーっていうのが、皆さんよく知ってる部品ですけども、バッテリーを外すと、外すといってもこのものを取り出してもいいんですけど、一番簡単なのは、このバッテリーのマイナス端子ですね、これは青色とかあるいはここにあるように、黒色で示されてますが、これをひねって外すということだけでも、安全です。
赤はですね、これを外してもショートして火花が出ることがあるんですね。
ですから、必ずマイナス端子のこの黒、青のほうを外すと心がけてほしいと思います。
●津波火災にどう備えるか
いくつかあるんですけども、私、今回の東日本大震災で起きた津波火災の主な出火原因を整理しますと、1つは、流された家屋とともに引きちぎられたプロパンガスボンベから漏れたガスに、なんらかの着火エネルギーで火が出始めたというのは、かなり多数あったと思うんですね。
これについては、実は現在、もうすでにプロパンガスボンベの出口のところでガス放出防止装置というのが開発されてますので、これを一刻も早く普及していくことによって、解決が進むんじゃないかと思います。
それから、あと今、先ほど被害想定、国の被害想定が出ましたけれども、その中には津波火災の想定、入ってないんですね。
ですから、これから市町村で被害想定とか地域防災計画を定めるときには、ぜひとも津波火災は、特に南海トラフは津波が出ますので、この津波火災を前提にして、ぜひとも検討を進めてほしいと思います。