かくて、彼らは集う・2
曲の出展は機動戦艦ナデシコお洒落クラブドラマCDより
1942年5月20日、ヴェネチア
『マエストロ(師)・フェラーリ・・・完璧です!』
アルは呟いた。そこには二つのタイプの改良型魚雷艇が置かれていた
一つは普通の水中翼船、もう一つは大きなサーフボードを下に敷いたようにしてあるしろものだ
『コンセプトとしては着脱式を意識させてもらった。3トンの船体への改装による重量増加は、より船体の大きな魚雷艇と較べて、速力を大きく減じてしまうからな』
頬が少しこけたエンツォ・フェラーリ技師は、伸びをするように、その体をのけぞらせた
『提案から実質三日で、ここまで美しい造型が出来るなんて』
志摩がしきりに感嘆する。さすがはレース大国イタリア、としか言いようがない
『おお!あんたか?魚雷艇を飛ばそうだなんてイカれた事を考えた馬鹿は!』
フェラーリは志摩の肩を叩く
『久々の面白い仕事だった。ドゥーチェが金に糸目をつけなくていいようにしてくれたしな』
どうやらフェラーリ本人は十分な儲けを得たようだ
『マエストロ・フェラーリ、前々から思っていたのですが。F1も、戦闘機も、あなた方はどうすればこのように機能的な美をこの世界に現すことが出来るのですか?』
どうやらアルは、レーサー時代のフェラーリからのファンであるようだった。完全に陶酔してらっしゃいます。ただの女好きかと思っていたが、意外だ
『私は何もしとらんよ』
フェラーリは片目をつぶって断言した
『私やスタッフはただ単純にエンジンをいじっているだけさ』
そう言って笑う
『形を作るのは風、風がマシンを彫るのさ。航空機もF1もそれは変わらない』
アルは目を輝かせてそれを聞いている。好きなんだろうなぁ・・・
『では、カタパルトで実際に飛ばしてみましょう』
そう、出来るかどうかを試さずに魚雷艇をただ乗せる訳にはいかない。理論値と現実は往々にして違う物だから
・・・そしてそれは事実だった
『そうか、着脱式では航空機のように操作が出来ないし。突風が吹けば横転してしまうのか・・・!』
実験は完全に失敗だった。水中翼をつけたタイプの魚雷艇は、つけた水中翼によって横風であおられ、片方の足が先に着水してしまい、着脱式故の構造のもろさに過重が加わった事でポッキリ足が折れてしまったのだ。あとは重心の移動により横転するのは当然の話だ
一方、サーフボードを模した板の上に乗せられたタイプの魚雷艇の方もまた失敗だった。着水まではサーフボードは耐えられた。横風にも幅の広さと重量から、水中翼比較的強い。だが、波に乗りすぎる為か、魚雷艇が着水して発進しようとした所、波に乗り上げる形での発進となり、空中に飛び出して一回転して落下、おじゃんになってしまったのだ
『波を見計らって発進したらいいんじゃないか?マエストロの改造はけして間違ってないと思うが』
アルはそう言ってフェラーリを弁護した
『中佐・・・外海で波を考慮しないというのは出来んよ』
波待ちをしていて突入のタイミングがズレたならば、敵艦隊に対応の時間を与えてしまう。小型水雷艇に防弾等存在しない・・・機銃に対応されたらひどい事になる。そうさせない為のカタパルト射出とフェラーリの改造なのであるのに、これでは・・・
『試験結果をみるに、ボードの方を重点的に考えよう。あまり水中翼を取り付ける事に凝り過ぎたかもしれん。ボードの方は波を割れるよう、頭を重くしたら良いかも知れないな』
フェラーリは唸ってそう言った。彼にとって出来自体は間違いの無いものだが、(波乗りの)性能が良すぎて、こうなるとまでは予測出来なかったようだ
『フェラーリ技師、それでどのくらい日数がかかりますか?』
重量配分の変化・・・全体の改修が必要になるに違いない
『・・・三日、いや、二日でやってみせる』
『そのあと試験、量産・・・技師の事ですから、これも数を揃えられる造りでしょうが、間に合うか・・・』
あと、いくばくの時間も無いのだ。敵艦隊の来襲まで
『それは我々への挑戦か?』
むんずとフェラーリに両肩を掴まれ、睨まれる
『しかし・・・』
『不可能を可能にする。それが技術者の仕事であり醍醐味だ。しかし、とか。これでは、とか。自分で言うのならともかく、他人の限界を勝手に決めるんじゃない!』
『う・・・』
この場合はフェラーリの方が正しかろう。諦めたらそこで試合終了なのである
『技術者にとってそれは苦痛であり、侮辱なのだ!いいだろう!今日もシェスタ(昼寝)はキャンセルだ、ちょっと待ってろ!』
ドカドカとフェラーリは行ってしまった
『しびれるぜ・・・不可能を可能にする。か・・・口説き文句に加えとくか』
アルは何やらメモ帳を取り出し書き込んでいる。全部口説き文句ですか、それ・・・
『私は技師に、とてつもなく無礼な事を言ってしまった』
フェラーリ技師を怒らせてしまった。なんたる失態だ
『ん?よかったんじゃないのか?やる気満々だったぜ?』
発破をかけた、アルはそう思ったらしい
『いや、せっかく制作していただいたのにケチをつけて』
『あれに乗る奴は命がかかってるんだ、それは言うべき事だろ?設計そのものに間違いがあるというのなら相手になるがな』
しゅっしゅっとアルはシャドーをしてみせる。志摩とアルの反応は、もらった兵器に人を合わせる日本と武器を合わせる欧州の違いと言った所であろうか
『それにマエストロ、笑ってましたよ?燃えるんですよねぇ、お前はそこまでだ、とか言われると』
ラテンの血が騒ぐらしい
『そんなものなの・・・かな?』
志摩が、納得してよいものやらと首を傾げる
『そんなに気にしてたらハゲますよ?大佐』
アルは確信した。目の前の男は全くもって指揮官、いや、何らかの長向きでは無い人物だ。首席では無い参謀あたりで、適当にプレッシャーを与えないように使ってやるのが、一番の適職だろう・・・というより、このままであれば、確実にどこかでトチって死ぬな、うん
『ともかく、しっかりしてくださいよ大佐』
『う、うん』
まぁアルにしても、未亡人の言葉には惹かれるが、悲しむ女を見たくは無い。志摩にはしっかりしてもらわねば困る。
不意に視線を外すと、遠くの海面で、発着艦訓練をRe2001を使って行う大鷹級の一隻を眺めることが出来た。海域に投入可能な機数を増やすための中継基地になれないか試すためだ
『しっかし、魚雷艇がダメだったら、どうしたもんやら・・・我々の艦だけ逃げますか?手と手を取り合って』
アルは冗談を飛ばす、しかし志摩は上の空だ。なんだ?
『・・・っ!』
口をパクパクさせて空母の方を見ている
『・・・どうしました?』
そんな、酸欠の魚みたいに
『技師を戻してください!改良は必要ありません!』
同日、チレニア海
美しい夕日が日伊の潜水艦群を照らし出す。併走する先頭の二艦は、日本の伊号潜水艦だった
『確かに、イタリア海軍は現存する大型潜水艦の全てを失っても構わないとされては、我々だけ脱出用に残ってる訳にはいかんな』
伊号潜水艦の艦長は後ろを見ながらそう呟いた
『艦の集合、終わりました。一隻の欠けもありません』
先任が報告する
『右から行きます。オタリア、ピエトロ・ミッカ、ピエトロ・カルヴィ、ジュゼッペ・フィンチ、エンリコ・タッツォーリ、アトロボ、ゾエア、バルバリゴ、ダンドロ、エモ、モチェニーゴ、モロシニ、ヴェニエロ、コマンダンテ・カッペリーニ、ブリン、グリエルモッティ、アルキメーデ、アルビーノ・バニョリーニ、レジナルド・ジュリアーニ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ルイジ・トレーリ、アミラリオ・カーニ、アミラリオ・ミロの合計23隻です。舌噛みますね、これは』
艦長は微笑んで、現在は水測室となっている水上機格納庫の上に腰掛けたレーヴァテイルに声をかける
『おい!音姫さんよ、これまでで最多のお客さんだ。目一杯の歌を歌ってくれや』
『はい!』
ぴょんと格納庫から降りて、そのレーヴァテイルは潜水艦の艦首へ移動する。彼女のステージはそこだった
ブオオォーン!
上空を三発機であるSM79の四機がオーバーハングした。最後の上空直掩である。そして、先頭を進む伊号潜水艦二隻のへ先に、レーヴァテイルが一人ずつ立った。ジブラルタルへ向かう日伊合同潜水艦隊。彼女達は沈みゆく太陽に照らされ、流線形で出る所のでた身体の陰影を浮き彫りにしている。まるでフィギュアヘッドだ
♪~陽炎の向こう横切る 旅人の声が聞こえる
若いトゥルバドール キスを投げて 私、恋に落ちたの
さぁ、あの月をさらって ここまで運んでおいで
青い瞳が笑う まるで神秘の海
深く底知れぬ 意地悪な瞳
灼熱の楽園に 逃げ惑う蝶 虹の色
幾千の色彩が 色褪せるまで空に舞え
羽根をすくう風 蹴散らして 朝日の中を行け~♪
『先任、蝶は欧州では魂を意味する様に言われる事があるようだ』
『は?』
先任が艦長の唐突な言葉に首を傾げる。Iris、まあ普通は知らんか
『色褪せるほど、魂を燃やし尽くしたいものだな』
作戦内容の事を言っているのだろう。ほぼ必死の作戦である。先任は笑った
『艦長の手なら、必ずや出来ると思っております』
『そうか』
それに・・・と先任は続ける
『船乗りを海底に引きずりこむセイレーン本人が我々の仲間なんです。勝ちますよ、必ず』
イタリア艦の方から歓声が聞こえてくる。総員上甲板で聞いてくれているらしい。なるほど、セイレーンが我々の仲間なら、これだけ心強い事は無いという事か
『キュ~♪ありがとうございます~!』
我らの音姫が、一曲歌を歌い終わるとそう言って頭を下げてから手を振る。それに歓声に口笛やアンコールが加わった・・・いや、共に歌おうとしている。自分の故郷に伝わる歌、好きな音曲、恋愛歌、内容は様々だ
『ふふっ・・・そうだ、な。さて、今は直掩も居てくれる。験かつぎに日暮れまでしばらくは好きにさせてやろう。先任、こっちも交代で全員を上甲板へ』
『はい、わかりました』
先任は笑みを浮かべて敬礼し、司令塔の中へ入っていった
こうして日伊潜水艦隊の間で行われた歌合戦で・・・生還率24%という、イタリア防衛最初の作戦は始まったのである。凄惨さを押し潰すほどの美しさを、その目に焼き付けて
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