第122話
「どういう事だね、ミスター・ラインハルト!! これは帝国に対する裏切りでは無いのかね!!」
帝国軍臨時会議における開始直後の第一声。会議場には帝国の重鎮達が集まっており、そこは事実上銀河帝国における中心だった。ここで決められた事を覆す事が出来るのは、ただひとり。会場の奥にある敷居の向こうは皇帝陛下しか存在しない。
「おやおや、非難される理由が全くわかりませんな、ミスター・コーネリアス。少し落ち着いたらどうですか」
帝国内に5人しか存在しない元帥の内のひとり、ラインハルトが何食わぬ顔で返す。それに対し、怒り露わに声を荒げるコーネリアス。
「貴様……いいか? 君も知っての通り、レイザーメタル市場は帝国の根幹を成す部分だ。それに手を付けるなど、背信行為と呼ばずして何と言えば良いのだ!!」
会議室に響き渡る怒声。ラインハルトは"自分を棚に上げて何を言ってるのだか"と思いつつも、口には出さないでおく。公然の秘密を破るのは、例えそれが誰もが知っている事実だったとしても、不利益しか生まない。特に、こういった公式の場では。
「もちろん存じてますよ、コーネリアス元帥。ですから、あくまで精製物の納品は軍内部に限定しているわけではないですか。民間市場への影響はほとんど無いはずです……確かに、軍内部での消費だけでも相当な量があるでしょう。しかし50マテリアルズの企業規模からすればさしたる痛手にはならないはずですよ?」
先任であり、20近くも上の相手ではあるが、焦らず、飲まれず、丁寧な発言をするラインハルト。彼は「それどころか――」と続ける。
「帝国は、ようやく50マテリアルズのくびきから解き放たれたと考えても良いのでは無いですかね。色々と制限付きとは言え、自前の精製工場が持てるのです。その利益は計り知れません。それは帝国政府の相対的な立場の向上に繋がっているはずですが、皆さんそうは思いませんか?」
あたりを見回し、わざとらしく笑みを浮かべて見せるラインハルト。会議場のかなりの人間が満足げに同意の頷きを見せ、彼はほっとひと息を付く。頷かなかったのは、ほとんどがコーネリアス派の人間達。事前に話を通しておいたので当たり前の流れではあるが、いざ本番で予想外の何かが起こらないとも限らない。
「ふんっ……あえて。そうだな……あえて、50マテリアルズという特定の企業のみに負担を強いる政策など必要無いはずだ。誰もが知っての通り、彼らはここ1000年において軍部に従順な姿勢を見せている。わざわざその信に背くような真似をしていては、臣下の企業に不信が広がるではないか」
先ほどよりもトーンを落とした声で、コーネリアス。それに対し、「逆です」とラインハルト。
「我々が、何時、何処で、企業からの信頼による統治を始めたんですか? そんなものはありませんよ。帝国軍と政府は、その武力をもって彼らを管理する事で統治しているんです。その管理からはずれていた50マテリアルズの方が異常であり、これでようやく彼らはその他企業と平等になるのです」
断固とした声で、ラインハルト。彼を見つめるコーネリアスと真っ直ぐに視線がぶつかり合い、会場に緊迫した空気が流れる。
「……あの地方は現段階では不可侵となっていたはずだ。それを破った件についてはどうだ」
旗色が悪いと思ったのか、話題を移すコーネリアス。ラインハルトはそれにニヤリと笑うと、肩を竦めて見せる。
「我々は戦闘艦を一隻たりとも送り込んでいませんよ。"ただ実験用の店舗を置いただけです"。それを侵攻とは、これまた酷い言いがかりですな」
「しかし、あれは完全な重武装宇宙要塞だ」
「工場の人間に対する最低限の防衛力です。近頃はワインドの活動が活発であり、まさか丸腰で放り出すわけにもいかないでしょう」
「ではわざわざあの地を選んだ理由は何だ」
「最も都合が良かったからです。かの地域は、レイザーメタルの供給に難を示しておりました。理由は知りませんがね。そして付近にたまたま建設中の要塞があり、その愛国精神溢れる素晴らしい所有企業が格安で我々に提供する意思があったのです。まるでお膳立てされてでもいるような状況に、まさか乗らないわけにもいかないでしょう。そしてコーネリアス元帥、あなたが先ほど言った理由もありますよ。該当地域において競合企業は無く、我々の実験が負の影響を及ぼす可能性が限りなく低いという事です」
前もって用意しておいた答えを、すらすらと述べていくラインハルト。彼はコーネリアスの表情に何か変化が起きないだろうかと観察していたが、その兆候は全く表れそうになかった。
(出来レースか……くだらん)
コーネリアス元帥は狡猾だが、感情を自由自在に制御出来るようなタイプでは無い。とすると、この不利の中での落着き様は、恐らく事前に50マテリアルズから報告があったと考えるのが妥当だろう。
ラインハルトは今回のレイザーメタル工場の作成にあたり、50マテリアルズに対する事前報告を行っていた。情報を上げてきたディーンを使い、要求を飲ませる。帝国軍はレイザーメタルを一般市場へ向けて販売しない代わりに、軍内部での生産販売を行う。そして特定のアウタースペースにおける一定期間内、そのノウハウ蓄積の為の精製販売を認めさせた。
本来であれば軍の力をもって好き勝手やっても問題無かったろうが、しかし自由にやった場合に起きるだろう混乱は出来るだけ避ける事が望ましかった。コーネリアスを代表に、50マテリアルズと繋がりのある軍権力者も多く、下手をすると内戦が起きる危険性もある。ラインハルトからすれば、これは情報の価値からすれば大幅な譲歩と控えめな要求だと思っていたが、そればかりは仕方が無かった。
(しかし、目的を果たすには十分な効果がある)
軍内部におけるコーネリアス元帥の影響力の低下。そして自身の影響力の向上。この2点においては、それは十分すぎる程の効果があった。もちろんコーネリアスが絡んだ50マテリアルズの談合はこれからも続き、元帥は強い影響力を持ち続けるだろう。しかしそれは以前程強いものでは無くなるだろうし、そしてその程度の下降が望ましかった。あまりやりすぎると、彼らが暴走する危険性がある。
「ふむ……まぁ、筋は通っているか。では御前において、採決を取る」
コーネリアス元帥の言葉に従い、会議場に集まった元帥全員が手元の端末を操作する。ラインハルトも同様にそれを操作すると、賛成へ一票を投じた。
「そんな……そんな馬鹿な!! 話が違うぞ!! どうなっている!!」
膝を付き、ほとんど泣き叫ぶように発する老人。彼はすがりつくようにホログラフの人影へと這い寄ると、血走った目でそれを睨みつける。
「悪いな。事情が変わった。まさか精製法を知っている人間が軍内にいるとは想像できまいよ。想定外の事態だ」
ホログラフの人影はつまらなそうにそう言うと、肩を竦めて見せる。
「そんな……しかし、いくらでもやりようがあったろう。何故ここなんだ。何故ここにあのような工場を置くことを許した!!」
錯乱しているともとれるような、しわがれた声の老人。彼の質問にホログラフが答える。
「50マテリアルズの総意だよ、君。先方がそれを条件に、かなり大幅な譲歩を見せてくれた。おかげで我々は許容範囲内の損失だけで現状を維持できるんだ。断った場合にどうなるかなど、想像したくもないね。本来であれば51番目になってもおかしくは無かったのだ。それも帝国主導のな」
老人を突き放すように、めんどくさそうな顔で手をあおぐホログラフ。
「せいぜい頑張る事だな。君に残された選択肢はさして多くは無い。どこかへ逃げるか、アルファ星系を落すかだ。要塞については諦めろ。あれをどうこうしようとすれば、帝国は必ず何らかの形で報復にやってくるだろう」
オットーステーションのマスターであり、そして対エンツィオレジスタンスであるブルーノ。彼は自身の執務室で、古臭い型の携帯電話を手にひそひそとあたりを気にしていた。
「この通信は、本当に安全だと考えて良いんだね? ミスター・ファントム」
ブルーノの質問に、電話からの声が返る。
「"もちろんさ。これは君らのネットワークを介していないからね。直接拾っている"」
「直接? 君は今カツシカにいるのだろう? どうやればそんな事が?」
「"どうも何も、専用の高速通信網を限定された範囲で用意しただけさ"」
「……ますますわからないな」
「"ふふ、単純な話さ。帝国がネットワークの中継に使用してる超光速通信連絡船をいくつか用意したんでね。貴方が今使っているその携帯電話同士のみで使用出来る形にしてある。ちょっと贅沢な通信帯域の使い方という所さ"」
「そんな事を……では、これらの中身も全部?」
「"そうだ。スーツケースにはそれぞれ同じ物が入ってる。君が信用出来ると判断した人間のリストを作ってくれれば、こちらで手配した運び屋が届けてくれるだろう"」
「なるほど……それで、我々はどうすればいいのかな。君らの戦列に並べと?」
ブルーノの深刻めいた声に、笑い声が返る。
「あはは……いや、失礼。その必要は無いよ。そちらで反旗を翻してくれればそれはそれで助かるが、あまり効果的では無いね。すぐに鎮圧されてしまうだろうし、無駄な被害が増えるだけさ。君らの船は、もっと有効活用してもらいたい」
「そうか……詳しい話を聞かせてもらっても?」
「もちろんさ」
ファントムはそう言うと、具体的な行動内容についてを語っていく。ブルーノは当初いったいどんな無茶を要求されるものかと身構えていたが、それは話の内容を聞いて行くうちに驚きと安堵へと変わっていった。
「そんな手が……単純だが、確かに効果的だ。君は何者なんだ? なぜこんな事が思いつくんだね?」
感心をもって、ブルーノ。それにファントムが楽しそうに返す。
「それが仕事だからさ」
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大変申し訳ありませんが、書籍化作業や仕事の都合から、
しばらくの間、更新がいくらか遅めになりますorz

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