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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク) 作者:Gibson

第11章 エンドオブウォー

第121話

「おかしい……何かがおかしい。今度は何をやらかすつもりだ?」

 エンツィオ同盟A艦隊は旗艦、インフェルノのブリッジ。ロレンツォは手にした端末から目を上げると、疲れた目を指で軽く抑えた。船のまわりには破壊されたEAPの艦艇がいくつも漂っており、時折炎や閃光を発していた。

「昨今の作戦行動は、ほぼ全てと言って良いレベルで成功しています。EAPは誕生から現在に至るまで、これほど酷い損害比率での戦いをした事は無かったはずです。相当参っているのでは無いでしょうか」

 ロレンツォの参謀が、至って冷静に発する。

「わかってる。それは間違いないだろう……しかし、本当にそれだけなのか?」

 参謀に答えるというより、ひとりごとのようにぼやくロレンツォ。参謀の言う通りここ最近の戦いはどれもエンツィオ側の勝利で終わっており、確かにEAP側が窮地に立たされているだろう事は間違い無さそうだった。

 守りが有利であった時代は、とうの昔に過ぎ去った。

 守る側というのはどこから敵が来ても良いようにとまんべんなく戦力を配置する必要があるのに対し、攻める側は好きな場所へ全戦力を投射する事が出来る。宇宙要塞でもあれば話は別だが、戦いというのは攻める側が有利となる。攻撃は最大の防御であるというのは、何も穿った見方をした言葉では無い。

 EAPは明らかに不利な状況へと陥っており、常識的に考えれば彼らこそが積極的な攻勢に出る必要があった。しかし彼らはどこもかしこも守勢に入っており、ロレンツォからすればまるで勝つ気が無いかのようにしか見えなかった。守りに入ればいくらか被害は抑えられるが、代わりに戦況を逆転させる事も出来ない。

「守勢に回る事で得られるのは、せいぜいが時間を稼ぐ事だけだ……EAPは何を待ってる?」

「援軍……でしょうか?」

「援軍? ありえんな。どこから何を呼ぶというんだ。ニューラルネットの崩壊で移動するだけでもひと苦労の時代だぞ。少なくとも、帝国は絶対に動かんはずだ……あの方がそう言っていたからな」

 参謀の意見を否定し、大きく手をあおぐロレンツォ。あの何でも知っているとでも言いたげな目障りな老人は、少なくとも嘘を言った事は無かった。信頼はしていないが、信用はしている。

「このまま行けば、アルファ星系はもう間も無くだ。スターゲイトを破壊し、流通を止める。EAPは崩壊するが、内需型経済の我々には影響は無い。そしてその後は……くそっ、簡単な事のはずだ」

 誰かへ言い聞かせるように、ロレンツォ。既にアルファ星系への道のりの半分程までをも貫いており、艦隊は十分な戦力を有していた。
 EAPは破壊されたステーションの報復だといくらかの一般企業も参戦を始めていたようだったが、それも失われていく艦艇の数には遠く及ばない。ステルス艦隊による爆撃は相手の生産力を削り、周辺宙域から大量の避難民を発生させている。多くの企業は土地を離れ、EAPの瓦解はもう間近のように思えた。

 しかしそれでも募る、まるで真綿で首を絞められている様な焦燥感。危機感を煽る、漠然とした不安。

「勝っている……勝っているはずなんだ!!」

 ロレンツォはそんな不安を吹き飛ばせやしないだろうかと叫んだが、残念ながらそれは上手く行きそうに無かった。



 間接照明に照らされた、薄暗い応接間。そこにはふたりの男がテーブルを挟んで向かい合っており、それぞれは内心と裏腹に楽しそうな表情を見せていた。

「なるほど……では、お帰り頂けますかな。基地につくまでに階級がいくつか下がっているかもしれませんけどね」

 豪奢な服を身に着けた男が、軍服姿のもうひとりに発する。男は50マテリアルズを構成する企業の社長で、アルファ方面宙域は彼の企業の管轄だった。

「穏やかじゃありませんね。それに、私が脅しに怯むような男に見えるかな?」

 軍服姿のディーンが、片眉を上げてそう返す。

「はは、どうでしょうね。興味がありませんし、どうでも良い事です。どうせ貴方には何もできませんよ」

「ふむ。なぜそう思う?」

「これはこれは。まさかコーネリアス元帥の事をご存じないとは言わせませんよ。ディーン"大佐"」

 男は大佐の部分を強調してそう言うと、横柄な態度でソファへと寄り掛かる。ディーンはその態度にかなりイラついたが、気にする事は無いと無視する事にした。こういった手合いはどこにでもいる。

「えぇ、もちろん存じていますよ。私の派閥と対立している事も、50マテリアルズに閣下の息がかかっている事もね。しかし、だからこそ、相談なのです」

「いえいえ、相談する事など何もありませんよ。我々はたかだか大佐ごときに――」

「アーロンマッシュ法による炭素繊維の合成」

 男の言葉を遮るように、ディーンが発する。男は信じられないとばかりに目を見開くと、その口をわなわなと震わせ始める。

「いいか、良く聞け無能。私はレイザーメタルの精製法を知っており、気分次第でそいつを銀河中にバラまく事が出来る。たかだか大佐と言ったが、それがわざわざここへ通された理由を考え無かったのか?」

「…………ばっ、馬鹿な!! そんな事をしてみろ、帝国が傾くぞ!!」

「大声を出すな。ただでさえ耳障りな声が余計響くだろう……先ほども言ったが、だからこその"相談"だ。私も銀河中に混乱をばらまきたいわけでは無いし、ラインハルト元帥閣下も同様だ」

 机に乗り出した男に対し、冷たい目を向けるディーン。彼の中で目の前の男はもはや交渉相手でもなんでも無く、ただのつまらない事務処理をするだけの男に成り下がっていた。

「堂々と51番目として我々を迎え入れろなどと言うつもりも無い。君らが許容するとは思えないし、軍を割ってまでそうしたいというわけでも無いからな。いいか、良く聞け」

 ディーンはそう言うと机にどかりと脚を乗せ、男を下目使いで見下ろす。普通であれば怒り出しそうなものだったが、男はただまごつくだけで何も言わなかった。

「本来であれば――」

 男が何も言えずにいるのを眺め、ディーンが続ける。

「51番目として認めざるを得ない状況を作り上げてから、君たちにこれを話す事も出来たんだ。それをやらずにこうして相談を持ちかけたという点を、その足りない脳みそで良く考えるんだな」



「これでアンタへの借りはチャラだ。そう考えていいんだな?」

 受け取ったスーツケースを開き、その中身を確認する男。

「ふふ、もちろんさ。俺には、君が何についてを言ってるのかすらわからないね」

 フードの隙間から、含みを持たせた笑みを浮かべるファントム。彼は足元に置かれた大量のスーツケースをあごで指し示すと、「これら全部を頼む」と発する。

「全部って、冗談……じゃねぇよな。あんたはつまんねぇ冗談は言わねえ……わかった、任せとけ。そいつも情報も、責任持って俺様が運んでやらぁ」

 男はそう言うと、いくらか引きつった笑みで親指を立てて見せる。それを見て、満足だと頷くファントム。

「運び屋としての腕は衰えて無いだろうね」

 腕を組み、小さく首をかしげるファントム。男はそれに「おいおい」と続ける。

「俺を誰だと思ってんだ。あんたの依頼をこなしたのも2度や3度じゃないんだぜ? それより旦那、何かおもしろい情報があったりはしないか。これだけの事をやるんだ、でっけぇ花火を打ち上げるつもりなんだろ?」

 にやにやと、親しげな笑みを浮かべる男。ファントムは無視してその場を去ろうとするが、EAPの人的資源を考えて思いとどまる事にした。彼らに協力者がいないのであれば、自分のそれは大事にしなくてはならない。

「これは独り言だが……近々ナポリ宙域の経済活動が数倍に膨れ上がる予定だったかな。ありったけの現金をかき集めて、付近のステーション運営権を買うと儲かるかもしれない。公開販売しているのであれば、スターゲイトの運営権も良いな」

 小さな声で、淡々と呟くファントム。

「そんなど田舎の権利を買ってどうするってんだ。そら安く買えるだろうが……いや、了解だ。あんたを信じるぜ。借りを返したつもりが、また借りる事になっちまいそうだな」

 男はそう言うと、さっそく段取りに入るのだろう。BISHOPでは無く、携帯端末を使った昔ながらの方法でどこかへ連絡を取り始めた。



「おい……なぁ、俺は夢でも見てるのか?」

 サルベージャーの男が使い慣れた作業船の中で、相棒に向かって語りかける。視線は窓へ向けたままで、操船の手は完全に止まっていた。

「さぁな。いつも寝ぼけてばかりのお前の事だ。違うとも言い切れねぇよ……ただ、目の前のどデカイ要塞についてを言ってるんなら、夢でもなんでもねぇな」

 エンツィオ同盟領のはずれに位置する、ナポリ星系。戦略的にも経済的にもほとんど価値の無い地方の為、普段であれば日用品を運ぶ輸送船と対ワインド用の小さな戦闘艦が時々運行してくる程度の場所だった。最近ではニューラルネット崩壊のあおりを受け、ほとんど人が寄りついて来ない。完全な幽霊星系と言えた。

 そんな忘れられた土地に、突如として巨大な宇宙要塞が出現していた。

「どうやって運んで来たんだ……というか、いったい何なんだアレは」

 呆然とした表情で、ひたすら窓の向こうを凝視する男達。

「俺が知るかよ……そうだ、政府に連絡しないとまずいんじゃないか?」

「なんで俺達が。ステーションの管理委員がやるだろう……っと、待て。なんだ?」

 通信機のランプが明滅し、どこからか通信が入っている事を示す。しかし付近に船舶は無く、出所は目の前の要塞に間違いなさそうだった。

「なんだってんだ…………」

 男はどうするかを迷ったが、結局はそれを取る事にした。今起きている事の異常さが大きすぎた為、好奇心に抗う事など出来そうに無かった。

 そしてオンにした通信機から、明るい女性の声が流れ出す。

「本日オープン、レイザーメタル持ち込み精製工場。Lチタンを持ち込んでいただければ、その場で安心、安全、格安加工。持ち込み時には石ころだけど、出ていく時にはインゴット。なお、このサービスはエンツィオ同盟領に属する企業にのみお届け致します」

 通信機からの声に、驚きを持って顔を見合わせるふたり。
 しかし男たちが最も驚いたのは、その後に続いた言葉だった。

「提供は、帝国軍開発管理局がお送りします」


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