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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク) 作者:Gibson

第11章 エンドオブウォー

第120話

 徹底的に磨き上げられ、鏡のように光り輝く大理石。木製の調度品。ツタを使用して編み上げられた最高級品の椅子には、齢60は超えているだろうか。軍服を着たひとりの男が楽しそうな笑顔を浮かべて座っている。そこから少し離れた場所には、膝をつき、頭を垂れるディーンの姿。

「なるほど……概要はわかった。つまり君は、私の側につくという事でいいんだね?」

 実に嬉しそうに、男が笑顔を見せる。それに「はっ」とキレの良い返事を返すディーン。

「畏れながら閣下の庇護の下、軍と帝国に対する貢献が出来る物と確信しております」

「うむ、よろしい……そうだな。今の地位は、君にとって相応しく無い物だ。君のように優秀な人間には、それ相応の立場を与えねばなるまい」

「はっ、恐縮であります」

「ふふ……確か、例の新兵器の導入に対する評価がまだだったな。口実はそれで良いだろう。いくらか異例にはなるが、襟章に星をふたつばかり追加しよう。それでいいか?」

「はい、閣下のお心遣いに感謝致します」

 顔を下げたまま、隠し切れない笑みを浮かべるディーン。公式な物ではないが、言質はとった。これで自分は、一段飛ばして階級を上げる事になる。やっかみも多いだろうが、元より承知の事だ。

「この話は、他の者には漏らしていないな?」

「はっ、閣下の下へと、真っ先にご報告させて頂きました」

「よろしい。今後も他へは漏らさないように……特に、コーネリアス元帥の関係者には絶対に知られないようにせよ」

「はい、心得ております」

「うむ。では下がれ。今後に期待しているぞ」

「はっ、これにて失礼致します」

 男の指示に従い、きびきびとした動きで踵を返すディーン。扉を開ける前に一度振り向くと、踵を鳴らして敬礼をする。そうして「失礼します」ともう一度発すると、その部屋を後にした。

「……これで私も派閥入りか。いずれ避けられなかった事態とはいえ、どう出るかな」

 元帥執務室と書かれた扉を後にしたディーンは、廊下を歩きながら今後について考えを巡らせる。彼はこれまで軍内における派閥に属した事は無く、中立的な立場にあった。派閥へ属する事に対し不安はあったが、しかしそれを上回る期待も存在した。

「出来るだけ秘密裏に事を運ぶ必要があるな……いずれコーネリアス派にも気付かれるだろうが、そうなっても認めざるを得ない段階にまで事を進めてしまえばいい」

 天井を仰ぎ、ぶつぶつと呟くディーン。
 彼が先ほど謁見したラインハルト・フォン・ビスマルク元帥は帝国軍内に有力な派閥を形成しており、コーネリアス派とはその敵対関係にあった。コーネリアス派は軍内における最も巨大な派閥であり、本来であればディーンもそこへ属する事を考えていた。しかし手にしたカードは強力で、彼はそれを最大限に利用するつもりだった。

「恩を売るのであれば、苦境に立たされている者の方が良い」

 ここ150年間において斜陽を続けていたビスマルク派であれば、自分の持っているカードを最も高く買ってくれる。それは危険な賭けだったが、彼は躊躇する事無く決断していた。迷いは慎重さを与えてくれるが、今の彼には必要無かった。彼は自分が勝負の時にある事を、当然ながら他の誰よりも自覚していた。突き進まねばならない。

「テイロー殿には感謝せねばならんだろうな……いや、それとも恨む事になるのかな?」

 レイザーメタルの精製法という特大の爆弾をもたらした男を思い描き、にやりと笑うディーン。その爆弾は相手に対する強力な力となるだろうが、下手をすれば自らを粉々に打ち砕くだろう。彼は偶然発見したという太朗の言い分を全く信じていなかったが、それはどうでも良い事だった。誰かがそれを発見し、こちらに提供するつもりがあるという事だけで、十分だった。

「忙しくなるな」

 彼はうんざりとした調子で発したつもりだったが、それは上手くいかなかった。



「オーライ、オーライ……はいストップ。エッタ、ここはどう?」

 宙域における詳細マップを見つめながら、船を微調整する太朗。慣れない船種の操作はとまどいもあったが、基本的な操船はプラムのそれと同じだった。戦闘でもあれば話は別だろうが、少なくとも今回の目的を果たす分には十分だ。

「えぇ、テイロー。ここが一番騒がしいわ。まるで虹色のカーテンが風に揺れてるみたい……でも、エッタは好きじゃないわ。これじゃステーションの中にいるみたい。うるさくて、うるさくて、嫌よ」

 目を閉じたエッタは不機嫌そうに口を尖らせると、床に腰を下ろしたまま足をばたつかせる。太朗は「すぐ離れるから」と申し訳なく手を合わせると、すぐ隣を併走していた船へとジョイントチューブを伸ばす。船から船へ移動する為の、単純な仕組み。

「これで第一段階は終了だな。残り3つもうまい具合にバラして配置しよう……アラン、そっちはどう?」

 顔を上げ、通信機へ目を向ける太朗。すぐさまアランの顔がモニタへと表示され、彼は人の悪い笑みを見せてくる。

「"問題無さそうだぞ、大将。感度良好、バンドも十分だ。高い金を払っただけあったな"」

 アランはサムズアップと共にそう言うと、太朗の元へその証明となるデータを転送してくる。太朗はそれに一通り目を通すと、どうやらうまく行きそうだと息を漏らす。
 このある意味特殊と言えるだろう高価な船はライジングサンの余剰資金に陰りを見せる程度には大量のクレジットを必要とし、そして今回の作戦には欠かせない物だった。

「ねぇ、本当に護衛を付けないの? 撃沈でもされたら冗談じゃ済まない額よ?」

 船の調達価格を知るマールが、不安そうに太朗へ目を向けてくる。

「前にも説明したけど、見つからない事の方が優先。こいつは戦闘についてはからっきしだろうけど、隠れる分にはプラムよりずっと優秀なはずやね。さあほら、さっさと乗り移ろう」

 腰を上げ、マールとエッタを扉へと促す太朗。彼はしばらくこの船に留まる事になる数名の社員へ目を移すと、指を揃え、最敬礼を送る。彼らは警備部から選り抜かれた、優秀な乗組員達だ。

「それじゃ、よろしく頼みます。繰り返すけど、重要な任務だけど任期がかなり長めになると思う。大変だろうけど、頑張って下さい」

「はっ、この任務の重要性はよく理解しているつもりです。社長、後はお任せ下さい」

 太朗は自身に満ちた笑顔を浮かべる乗組員に笑顔を返すと、ジョイントチューブへ向かって廊下を早足に歩き出す。やらねばならない事は多く、時間は人の命と等価だった。



 正面に大きくとられた窓から、青い宇宙を見つめるひと組の男女。窓の外には無数の船舶が忙しそうにそこかしこを行き来しており、それらの中心には巨大な球体が存在していた。

「ドライブ粒子、十分な量があります。ドライブ時間はおよそ1時間後と予想されています」

 ふたりの後ろから、畏まった様子の部下が発する。ふたりはそれに頷く事で応えると、再び視線を窓へと向ける。

「上手く行きますかね……正直不安で仕方が無いです」

 少し俯きがちにリン。

「上手くいくさ。婿殿の発案なのだからな」

 対照的に、疑う事など何も無いかのようにサクラ。リンはそれに対して小さく笑いをもらすと、彼女を羨ましいと思った。

「そうだと良いんですが……今回のこれをやるにあたってEAP全体でもかなりの数の船舶と資金を使っています。直接戦力は、今まで以上に苦戦する事になってしまうでしょうね」

「それはまあ、仕方ないだろう。限られたリソースで遣り繰りしなくてはならないのは、戦いも商売も同じなんじゃないか?」

「えぇ、それはそうなんですが……何分前例が無い事なので、戸惑ってしまいます。特に今回のこれを持ちかけられた時は、正直どうしたものかと頭を抱えましたよ。下手をすればアライアンスが傾きかねません」

 困った様子で、頭をぽりぽりとかくリン。それを横目に見て、ふんと鼻を鳴らすサクラ。

「最高司令官が堂々としておらずにどうする。細かい事は下が考えればいい事だ。司令官の仕事は、何もかもを理解したと言わんばかりの表情で堂々と構えている事だと私は教わったぞ」

「あはは……確かにそうかもしれませんね。僕は苦手ですが、似たような事を昔父にも言われました。わからない事があっても、絶対にそれを表に出しちゃいけないって……テイローさんはその辺、はっきりわからないと言いそうですけどね」

「うむ。まぁ、婿殿は特殊だからな。我々と違い、部下に"放っておけない"と思わせる事で士気を保っている。それも才能だろう」

「我々と違い、ですか? あぁいえ、なんでもありません」

 リンは「貴女もそうなんじゃありませんか?」という視線をサクラに送るが、当の本人が全く気付いていないようなので尻すぼみに消える。

「……でも、確かにテイローさんは特殊かもしれませんね。僕はあんな社長を他に見た事がありません。適当だったり、行き当たりばったりだったり、子供みたいだったり、荒唐無稽な話を持って来たり」

 エンツィオ戦争が始まって以来の数々の注文を思い出し、苦笑いを浮かべるリン。太朗は決してEAPにおいて誰もが知る英雄というわけでは無く、彼の実力を知っているのは限られた人間達だけだった。
 それは彼がいくら作戦立案を行おうとも、それを実行させるだけの影響力というものがEAP内には存在しないという事でもある。ゆえにリンは時には自分の発案だと偽ったり、時に関係各所を何度も説得したりとする事で、出来る限り太朗の思い描く戦略を実現しようと努めて来た。彼はかつてディンゴ相手にそうだったように、今回も彼がEAPの危機を救ってくれるものと信じていた。

「あっはっはっ、そうだな。私もだ。あんな社長は見た事がない。だが――」

 リンの言葉を受け、楽しそうに笑うサクラ。彼女はリンの方へと向き直ると、屈託のない笑みを浮かべる。

「それでも、あの人ならなんとかしてくれる。そう思わせるだけの何かもまた、婿殿にはある」

 実に良い笑顔で、はっきりと断言するサクラ。リンはそれに全く同感だったので、「はい」と短く答えた。


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