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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク) 作者:Gibson

第10章 トータルウォー

第119話

 脳波の状態を読み取って睡眠と覚醒を判断する装置が、何の飾り気も無い単純なブザーを鳴らす。BISHOPには太郎が覚醒した旨の報告が表示され、各種バイタルは彼の健康状態が問題無い事を示している。

「…………んっ……いででっ。なんだこりゃ。寝違えたなんてもんじゃねぇぞ」

 装置から身を起こし、体中を走る痛みに顔を顰める太郎。軽く眩暈がし、いくらか吐き気が残っている。歪んだ視界には巨大な装置から延びるいくつものケーブルが映り、彼は自分が何をしていたのかを思い出す。

「……テイロー? おはよう……その、大丈夫?」

 太朗の膝に寄り掛かるようにして寝ていたマールが顔を上げ、心配そうに太朗の顔を覗き込んでくる。ふとももには彼女のぬくもりが残っており、太郎はもったいない事をしたか等と考える。彼女はずっと付き添っていてくれたのだろうか?

「おうさ……でもちょっと具合悪いから、部屋でひと休みしたいかな。関節がいてぇ」

 体調とは裏腹に、笑顔を浮かべて答える太郎。今までのオーバーライド時には無かった強い不調。

「そう……20時間も寝てたものね。当たり前だわ。部屋まで運んであげるから、大人しくこれに乗りなさい」

「20時間……いやいや、自分で歩けるから大丈夫よ。って、車椅子? こんなんあったんか」

「そりゃあ、戦闘艦だもの。怪我人が出る前提の色んな物が載せてあるわ……ほら、いいからつかまんなさい」

 マールはそう言うと太郎へと身を寄せ、脇をかかえるようにして持ち上げてくる。太朗は伝わってくる体温にどぎまぎしながらも、されるがままに車椅子へと乗り移る。フラットな形に変形された椅子は高さが調節してあり、何の苦も無く移動する事が出来た。

「車椅子っていうか、ストレッチャーも兼ねてるのか。便利やね……マールさん?」

 何やら真剣な表情で固まっているマールへ、下から見上げる様にして太朗。マールは唇をかみ、不安気な様子で太朗を見つめている。

「ねぇ……その……忘れてない? 私達の事とか、えぇと……色々……色々……」

 口にするのが恐ろしいといった感じだろうか。普段の彼女には見られない、おどおどとした口調。目が泳ぎ、まつ毛が伏せられている。

「……うーん、俺はこんな弱々しい女の子は知らないなぁ」

 太朗の声に、はっと顔を上げるマール。眉間にしわが寄り、悲しげな顔色。

「……俺の知ってるマールたんはこう、いつも得意気で勝気な女の子だからな。何かあればスパナでぶっ叩いてくるような、パワフルかつビューティホーで……って、ア、アハハ、何言ってんのかわかんねぇな。や、大丈夫大丈夫。ちゃんと全部覚えてるから」

 元気付けの為に冗談を飛ばそうとした太朗だが、マールのあまりに深刻な様子に慌てて誤魔化す事に。

「……そう。じゃぁきっと、また地球の事を忘れたのね……テイロー、ごめんね……何も助けてあげられなくて……ごめんね」

 太朗の頬にぽたぽたと温かい雫が落ち、伝って後ろへと流れていく。マールは悔しそうに顔を歪めており、目には大粒の涙が浮かんでいた。

「…………」

 太朗にはどうして彼女が謝る必要があるのかわからなかったが、手を伸ばし、マールの腕をそっと握る事で答えとした。彼は自室のベッドへ運ばれるまで、ずっとそうしていた。



「合金だ」

 マール、アラン、ライザ、ファントム、ベラ、そして小梅の揃った太郎の自室。お見舞いに来ていた一同に向かい、ベッドへ横になったままの太朗が発する。

「チタンとアルミ。それとダイアモンドを基本として、炭素繊維を特定の流れに沿って混ぜ込む。ぶっちゃけ、主な組成はシールド装甲版とほとんど一緒だなこれ。キーになってるのは炭素繊維に流れを作る方法と、ダイア粒子を劣化させずに混ぜ込む方法。その為にいい感じに不純物の混じったチタンを使用する所の3つだな。レイザーメタル鉱石って、この特殊なチタン原石の事みたい……つーか、最初にこれ見つけた奴は何をどうしてこうなったんだ。工程が複雑すぎて面倒ってレベルじゃねぇぞ」

 横になったままの姿勢で、いくらか呆れた表情の太朗。そんな彼の説明に、戸惑った様子で驚きの表情を見せる一同。その中で唯一冷静な表情のままのアランが「うちで作れそうか?」と尋ねてくるが、そんな彼にベラが強烈な蹴りを加える。椅子ごと吹っ飛ぶアラン。

「そんなだからいつまで経っても童貞なんだよ、あんたは。まず心配しなきゃいけないのは坊やの方だろうが……なぁ坊や、大丈夫なのかい?」

 アランへ向けていた鬼の様な顔と打って変わり、心配そうな表情で太朗の顔に手をあててくるベラ。最近忘れがちであったが、ベラがスペースマフィアである事を改めて思い出す太朗。

「アハハ……あい、大丈夫。体の方はなんともないみたいだし、記憶の方もしっかりしてる。ちっちゃい頃の事とかをちょっと忘れちゃってるみたいだけど。オーバーライドのせいで忘れたのか、ただ昔の事過ぎて思い出せないのか、そのあたり良くわかんないくらいの、せいぜいそんなもんだよ」

 太朗の説明に、安堵の表情を見せる一同。そして太朗もまた、別の意味で安堵の息をもらした。皆、信じてくれているようだと。

 学生時代の思い出が、ほぼ消えている。

 小さい頃にどこそこで遊んだとか、どんな学校へ行ったとか。親や友人の事は前の段階で既に失われていたが、今度はそれがことさら酷くなっている。知識や常識から推測する事で「あの頃、こういう行動をとったはずだ。こういう経験があったはずだ」と漠然とした過去を見る事は出来るが、それを実体験したという事実が消え去っていた。
 そして太朗はそれを悲しいと思う事が"出来ない事"に、悲しみを覚えた。それそのものを忘れてしまっている為に、失われた物の価値がわからないからだ。

(次は、多分ねぇな。これ以上はヤバイ)

 太朗にオーバーライドの知識は無いが、直感的に彼はそう判断していた。既に出来上がった彼という人格が今の段階でどうこうなるとは思えなかったが、これ以上となるとわからない。自分という人間を構成している思い出や記憶。そして知識をいじっていけば、いつか取り返しのつかない事になるだろうというのは目に見えていた。人は日々変わっていくものだが、それは穏やかなものだ。

「だから大丈夫って言ったろうが。うちの大将はそんなヤワじゃねぇってな……あぁ、蹴るな蹴るな。俺だって当然心配はしてるさ。だが、大勢の命がかかってる事でもあるんだ。確認しなきゃならんだろ」

 再び威嚇を見せたベラから、距離をとるようにしてアラン。太朗はそんなやりとりに笑い声を上げると、まぁまぁとベラをなだめる。

「貴重な童貞仲間が減るとあれなんで、アランはそのままにしといていいよ……んで、うちの工場で出来るかどうかって話だけど、多分出来ると思う。ただし品質については微妙かな。1級品を作るには、さすがにノウハウが足りないだろうから」

 サムズアップと共にそう発する太朗に、「おぉ」と声を上げる一同。

「テイローが大事な物を犠牲にしたんだもの。そうじゃなくちゃ困るわ……ライザ、準備の方は?」

 少し悲しげな笑みのマール。それにライザが「えぇ」と続ける。

「準備出来てますわよ。兄に頼んで、軍の方で協力して頂ける事になりましたわ。最初こそ断られましたけど、レイザーメタルの下りを話したら即決でしたの。とっておきのを用意するって言ってましたから、期待してよろしくてよ」

 ウィンクと共に、ツインテールを揺らすライザ。彼女の答えに、どうやら先は明るいぞと希望の表情が広がっていく。

 レイザーメタル自社精製における最も大きな問題点。それは、フィフティーマテリアルズの存在だった。

 彼らは情報を秘匿し、それを守ろうとあらゆる手を打っている。50社はそれぞれがメガコープであり、アランによれば帝国最高権力者でさえもその一員であるという。これと正面からぶつかるなどもっての外だった。

「堂々とレイザーメタルの製造販売を行った場合、彼らと戦争になる可能性があるね」

 会議においてファントムが指摘した、最悪の想定。これはライジングサンとEAPの活動宙域が、アウタースペースである事が原因だった。

 例によって彼らがそれらを独占する法的な根拠は全く無いが、同様にアウタースペースにおいて敵対企業へ宣戦布告してはいけないという法的根拠も全く無い。帝国中央で堂々と製造販売すれば彼らも新しい企業の参入を認めざるを得ないだろうが、今回は事情が事情ゆえにアウタースペースでの工場運営が必要となって来る。

 不義の戦争は周囲から猛反発を受けるだろうが、フィフティーマテリアルズがそれを気にするとは思えない。それに恐らく適当な理由――例えばライジングサンが企業スパイを用いて秘密を盗んだ――を言いながら宣戦布告をしてくるのだろう。太朗達は弁明して言いがかりであると切り返す事も出来るだろうが、それが周知される前に会社は無くなっている事だろう。

「では、ダミー会社を通してそれを行うってのはどうだ。表向きはライジングサンとの関わりを一切消しておくんだ。そして戦後にタイミングを見て合併なりなんなりすりゃあいい。問題はレイザーメタルの精製法を偶然発見してもおかしくないだろう設備を持っていて、50マテリアルズの圧力を吹き飛ばせるだけの後ろ盾が存在する企業でなけりゃ駄目だって事だ……まぁ、そんなふざけた企業を持ってるのは、軍だけだろうがな」

 ファントムに対し、アランが返した案。それにライザが食いつき、ディーンへ相談という形になった。

「兄も一応はここの株主にあたるわけですし、事情を知ってからは随分協力的でしたわ。基本的には軍の管轄にするという点が、きっとお気に召したのね」

 少し皮肉まじりに、ライザ。戦後に生み出されるであろう莫大な利益を考えると、ディーンの帝国軍内における地位向上にも役立つという事なのだろう。もしかしたら、ディーンがその会社を直接運営するのかもしれない。

「ふふ、てことはあれだね」

 口元を歪ませ、人の悪い笑みを浮かべるベラ。それを見たファントムが「あぁ」とそれに続ける。

「反撃の開始だ。好き放題やってくれた礼を、彼らにしてやろうじゃないか」


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