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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク) 作者:Gibson

第10章 トータルウォー

第118話

「やめてテイロー。絶対に反対だわ。許可なんてできっこない」

 両手を広げ、太朗の前進を阻むマール。その顔は真剣そのもので、悲しそうに顔を歪めている。足元には小梅がゆらゆらと揺れており、そこには3人しかいなかった。

「マール……頼むよ。これがベストだって、わかるだろ?」

 目の前のマールへ、困ったような顔で笑みを向ける太朗。それに対し、かぶりを振って否定するマール。

「駄目よ。これ以上やったら、あんた何を失うのかわからないのよ?」

 頑とした様子で、きっとした視線を向けてくるマール。太朗は彼女の視線を真っ直ぐに受け止めながら、「わかってる」と答える。

「わかって無い!! 上書きされるのが何なのかわからないのよ? もしかしたら、もしかしたら――」

 溢れ出した涙が、マールの頬を伝う。

「私達の事も忘れちゃうのかもしれない!! みんなや、みんなとの思い出も!!」

 巨大な装置だけが置かれた広い部屋に、マールの叫び声が響き渡る。エンジンの低いうなり声と、換気装置から聞こえる僅かな風の音。

「…………」

 マールの目を見たまま、じっと黙りこむ太郎。彼はしばらくそうした後、ゆっくりと口を開く。

「言ってなかったけど、前にもやった事がある……謝らなくちゃだよな。ごめん」

 そう言うと深々と頭を下げる太郎。そんな太郎に、「知ってるわ」とマール。驚いた太郎がはっと顔を上げる。

「いつからか急に民間軍事やステーションの統治機構に詳しくなってたもの。気付くわよ……勉強してるって言うのも嘘じゃないんでしょうけど、それだけじゃあまりに不自然だったわ。それともあんた、自分が天才だとでも言うつもり?」

 怒ったような、それとも拗ねたような。なんとも言えない複雑な表情で太朗を見据えてくるマール。太朗は思わず謝罪の言葉を口にしそうになるが、唇をかみ、ぐっと堪える。

「さっきのごめんは、黙って勝手にやった事に対するごめん。オーバーライドをした事については、謝らない」

 確固たる意志が伝わらないだろうかと、真剣な眼差しの太郎。マールはそれを黙って受け止め、じっと太郎を見つめている。

「あれは、必要だったからやったんだ。楽をしたいとか、儲けたいとか、そういうんじゃない……俺はさ、自分じゃない誰かの命を背負う以上、その資格と覚悟が必要だと思うんだ。普段エラそうにふんぞり返ってる分、やる事やらないとな」

 視線を上げ、マールの背後にそびえる巨大な装置を見やる太郎。

「あの頃の俺は帝国の事なんて何も知らず、ただ戦艦を動かす事だけしか出来なかった……でも、それじゃダメなんだよ。何かに失敗して、それから行動じゃ遅いんだ。だって、死んだ人は生き返せられないだろう? 最初に使った時だって……あぁ、最初じゃないか。ワインドに襲われた時だってそうだよ。あんときはたまたまうまく行ったけど、場合によっては間に合わなかったかもしれない」

 再び視線を下げ、赤い目をしたマールを見つめる太郎。

「今回も、同じだよ」

 太朗はゆっくりと足を踏み出すと、俯いたままのマールの横を通り過ぎる。

 11万8934人。対エンツィオ戦争で生まれたこの驚くべき犠牲者数は、まず間違いなく今後も増え続けていく事だろう。

 やれる事があったのに、やらなかった。

 太郎が最も恐れているのは、それだった。
 彼は傲慢になるつもりは無く、客観的に自分を見た上で、自分が良くやっているはずだと思っていた。恐らく周りもそう思っているだろうし、実際に結果も伴っている。事実EAPの中で最も戦果を上げているのは、彼の率いる艦隊とベラのそれだった。食糧支援による攻撃は確実に相手へ打撃を与えたはずだし、総力戦に対する警告はEAPへ少なくない貢献をしている。最悪の結果が待っていたとしても、きっと自分を非難する者はあまりいないだろう。

 しかし、例えそうだったとしても、それでも自分はこう思うはずだと太郎は思っていた。「あの装置を使っていれば、もっとなんとか出来たのではないだろうか。さらに犠牲者の数を減らせたのではないか」と。誰も責めはしないかもしれないが、自分自身は別だ。

「我ながら、損な性格だよなぁ」

 それにもしかしたらこの禍々しい装置を使用せずとも、何か他の手法があるのかもしれない。ひょっとすると、より効果の高い何かがあるかもしれない。自分が銀河で最高の頭脳を持っているというわけで無い以上、誰かがより良い何かを見つけてくれるかもしれない。

 だが、それがオーバーライドを使わない理由になり得るだろうか?

 苦笑いを浮かべると、シートへゆっくりと腰を下ろす太郎。これで4度目になるだろうか。

「……じ、じゃぁ私がやるわ!! あんた何回もやってるし、私なら――」
「それは難しいでしょう、ミス・マール」

 マールの言葉を遮るように、ランプを明滅させる小梅。

「この装置は、どういった理由かは知りませんが、ミスター・テイローの脳に最適化されています。ミス・マールにオーバーライドを施す事も不可能では無いでしょうが、極めて危険です」

 小梅の言葉に、再び黙り込むマール。

「……そう……そうだわ!! あんた、フィフティーマテリアルズしか知らない情報が、この装置の中にあるわけないじゃない!!」

 冷静に考えればネガティブな案であるはずなのに、まるで良い事を思いついたかのようにマール。

「ところがどっこい、あるさ。たぶんな……そうだよな、小梅」

 地面に転がる球体へ向け、問いかける太郎。

「…………」

 何も言わず、ゆらゆらと揺れている小梅。

「帝国軍の士官学校に関する情報は、そのほとんどは一般公開されてないんだ。アランとファントムさんに確認したから、間違いないと思う。HADや何かについての一部の知識もそう……でも、ここには入ってる」

 自らの頭を指示し、指でとんとんと叩く太郎。同じように、シートの手すりも叩く。

「なんでかはわからない。でも、欲しいと思う情報は必ず入ってる。あらゆる情報を与えてくれるけど、代償として記憶を持っていく。まるで悪魔の取引だ」

 目を閉じ、冷凍睡眠装置と同じ形をした窪みへと納まる太郎。小梅は太郎の質問には何も答えなかったが、無言で装置へとケーブルを伸ばしていた。

「ミス・マール。よろしいでしょうか?」

 くるりとまわり、マールの方へと向き直る小梅。マールはしばらく俯いたままで考え込んでいた様子だったが、やがて何かを決意したかのような表情で顔を上げる。彼女は太郎の元へ歩み寄り、太郎の手を握る。

「……もう、勝手にすればいいわ……えぇ、そうよ。そのかわり、もしこの馬鹿が私の事をちょっとでも忘れてたりしたら、その度に思い出すまでひっぱたいてやるんだから」

 そう言って、涙目で強がった笑顔を見せてくるマール。太朗は彼女の手を強く握り返すと、「大丈夫さ」とこちらも強がって見せた。太朗は眠りへ落ちる前に笑顔を作る事が出来た事を、感謝した。



 エンツィオ同盟政府軍最高司令官のひとりであるロレンツォは、新たに追加された勲章の数々にも関わらず、浮かれる事が出来ないでいた。

「約1割の完全損失か……危機的状況ですね」

 彼の持つ端末にはある地点から急激に下降を開始し始めたグラフ曲線が描かれており、それは現時点を示す位置においても下りを示し続けていた。

「3次産業を主とする企業が艦隊を引き上げ始めている……思ったよりも影響は大きそうだな。会戦による損失よりも、むしろこちらの影響の方が大きい」

 ロレンツォの向かいに座る老人が、狭い部屋にしわがれた声を響かせる。ロレンツォは端末をテーブルの上へ戻すと、漏れそうになったため息を我慢した。

「サービス業は資源を必要としませんからね。束縛が緩んだ途端にこれだ。我々は戦わずして戦力の1割を失った事になる……とても笑えませんね」

 筋金入りの軍人であるロレンツォは、その古傷だらけの顔を手で拭った。彼は窮地に立たされており、嫌な汗が止まらなかった。

 ロレンツォは現エンツィオ同盟政府を構成する3つのアライアンスの内のひとつ、ロマーノアライアンス領で生まれた。彼の父はアライアンスのトップであるロマーノコープの社長であり、彼は生まれる前から軍人として生きる道を期待されていた。
 そして実際にその通りとなったし、彼はそれに満足していた。父は根っからの悪党だったが、家族には優しかった。
 少なくとも、息子である彼によって処刑されるまでは。

「今後も増え続けていく事だろう。政府は色々と対策をとってはいるが、解決には至らんだろう。儂も実際に確認したが、あれらの植物は異常だ。どうにもならんよ」

 老人はグラスを手に取り、アルコールの入った赤い液体を煽る。齢100を重ねるその老人の姿に、ロレンツォは古から伝わる吸血鬼の話を思い出した。

(実際、吸血鬼のようなものか)

 目の前に座る老人は、エンツィオ同盟における事実上の支配者である。
 彼は同盟において何の役職も持っていないし、一般市民や政府の役人でさえ彼の事を知る者はほとんど存在しなかった。彼が持っているのは、金と、そして知識であり、それは同盟政府を支配するのに十分な量があった。誰も彼の正体を知らなかったが、それはどうでも良かった。彼自身も同盟政府も、きっとお互いを利用していると思っている。そして両者共に税という形で、領民の生き血を吸い上げている。

「あの植物には、政府の連中も頭を抱えているようですね。管理して放出していた食糧資源が、大量の在庫となって倉庫を圧迫しているようです。まさか今更大量放出するわけにもいきませんから、処分せざるを得ないでしょう」

 この状態で大量放出などすれば、領民は強烈な不信感と共に政府を攻撃するのは間違いないだろう。彼らはきっとこう叫ぶはずだ。「それだけあるのに、どうして政府はもっと前に出してこなかったのか?」

「そうなるだろうな。これをやったのは確か、ライジングサンのテイローと言ったか。イレギュラーな存在だ……消せないのか?」

 視線を上げ、ロレンツォを見つめる老人。

「既に何度も試みてはいますが、難しいでしょう」

「何故だ?」

「彼の身辺警護に"あの"ファントムが当たっています」

「ファントム? ファントム…………まさか、冗談はよせ!!」

 驚きに目を見開く老人。ロレンツォは、この老人にも驚く事があるのだなと少し愉快さを覚える。

「いいえ、本当です。何があったのかは知りませんが、彼は行動を起こす事にしたようです」

「なぜ今更になって?」

「わかりません。彼と繋がりのある人間は、皆口が堅いですからね」

 ロレンツォの答えを受け、うなり声と共に黙り込む老人。ロレンツォは100を超えてもまだ自分の命が惜しいのだろうかと、憐れみを持った目で老人を見つめる。

「……ふん、まぁよい。それよりも施設攻撃については改めて念を押しておけ。今の段階で帝国に介入されるのはまずい」

「はい、心得ています。第1級施設と、帝国籍を持つ人間の多いステーションは攻撃対象からはずしています。いくらか巻き込まれている者がいるかもしれませんが、それは仕方が無いでしょう。帝国もアウタースペースでの死傷者をいちいち気にしたりはしません」

 第1級施設と帝国臣民への攻撃。これはアウタースペースであろうと無かろうと、例外無く禁止されている行為である。破れば帝国軍による容赦無い懲罰が待っているが、実は臣民については微妙なケースが多い。わざわざ危険に満ちたアウタースペースくんだりまで足を運ぶ自殺志願者の面倒までは、さすがに帝国といえど見ていられないという事だ。
 第1級施設はアウタースペースと帝国を結ぶ主要経路。すなわちスターゲイトと、経済的な中心地となっているステーションくらいでしか、ここアウタースペースには存在しない。対して中央方面では、その80%が第1級施設に指定されている。残りの20%は、個人が所有する施設となる。

「念の為だ、改めて厳命せよ。どこかの能無しが暴走せんとも限らんからな。他のステーションは――」

 悪辣な顔を歪め、笑みを作る老人。

「徹底的に破壊して構わん。あくまで勝利を至上命題とせよ」


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