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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク) 作者:Gibson

第10章 トータルウォー

第116話


「おっす、オラ太朗。今、絶賛戦争中!!」

 航空巡洋艦プラムⅡの艦橋に響く、元気一杯の声。太朗は大型スクリーンの正面に立ち、それに映し出された周囲の光景をじっと眺めている。

「なによ、やぶからぼうに。それを言ったら私だって戦争中だわ」

 シートの上で、いわゆる体育座りをしたマールが返す。その横では疲れ切った様子のアランが葉巻を口にしており、足元ではエッタがシートへ寄り掛かるようにして寝息をたてている。

「いやね、今月に入ってからもう7度目の出撃じゃん? 随分戦争臭くなってきたなぁと……それにこんなんだからな。ぶっちゃけ空元気でも出さねえとやってらんねぇよ」

 太郎発案による無差別食糧支援テロ以来、エンツィオはEAPに対する攻勢を本格的に強めてきていた。恐らく想定外の攻撃を受けた事による焦りから来るものだろうと誰もが予想したが、実際の所はわからなかった。

 既に大規模な会戦が4回行われ、小さな物を含めると数えきれない程の数と場所で戦闘が行われていた。太朗はEAP第二艦隊の参謀としてサクラに助言を行い、EAP第一艦隊には引き続きベラが直接戦闘に参加している。太朗はベラと共にEAP側の戦力として誰もが認める働きをしているはずだと自負していたが、それでも戦況は悪化の一途を辿っていた。数においても質においてもEAPはエンツィオ側に圧倒されており、人材についても同様なようだった。いくら太郎が頑張っても、全体からすれば微々たる物だ。

  ――"ドッキングシステム 完了:対象 E747補給艦"――

 BISHOPの表示が、補給艦とのドッキングを終えた事を伝えて来る。大型スクリーンの片隅に表示された船外モニターがライザの乗る補給艦を映し出し、無数のケーブルがプラムⅡへ向かって伸ばされる様子が見て取れた。それらがやがてプラムをしっかりと捕縛すると、各種修理用の小型工作艦が補給艦から吐き出され始める。

「……触手プレイみてぇだな」
「久々に聞いたわね。あんたのさいってぇな表現」

 ぼそりと呟いた太郎に、半分閉じた目で突っ込みを入れるマール。太郎は触手プレイが銀河帝国においても健在である事にいくらか満足を覚えると、腕を組んでため息を吐いた。

「EAP、エンツィオの損害比率が、大体6対4だっけ?」

 スクリーンを見つめながら、太郎。その質問に、足元で8の字を描きながら転がっている小梅が答える。

「今の所は、ですがね。ミスター・テイロー。本格的な攻勢が開始した時点ではおよそ5対5でしたので、悪化の一途を辿っております。相手側が攻勢を強めたという事もありますが、EAP側の対処が遅れているという点が大きいでしょう」

「防衛計画の見直しが、なんだかんだで間に合わなかったからなぁ。頭の固い連中のせいでこうなったと考えると、やりきれねぇな」

「新しい概念が浸透するにはどうしても時間がかかるものですよ、ミスター・テイロー。それに、貴方は良くやっています。ミス・サクラを連れたエンツィオ潜入と情報収集によって、少なくともEAP首脳陣へ事前に警告を行う事が出来たのですから」

「そんなもんかなぁ……もっと良い方法があったんじゃねぇかって、考える度に吐きそうになるぜ」

「責任を感じるのは結構な事ですが、貴方のせいではありませんよ、ミスター・テイロー。これをやったのはエンツィオであり、貴方ではありません。反省は己を研磨しますが、折れてしまう程に削る必要も無いでしょう」

 小梅の格言のような言い回しに、肩をすくめて見せる太郎。彼はふうと息を吐いて腰に手をやると、プラムⅡの船体にぶつかって進路を変える凍りついた死体を目で追った。

「やりきれねぇなぁ……」

 目を閉じ、下へ俯く太郎。大型スクリーンには破壊された宇宙ステーションの残骸が広がっており、各所から可燃ガスの燃える光が瞬いていた。破壊されたモジュールの間からは構造体がむき出しになっており、それぞれがあらぬ方向へ折れ曲がっていた。太朗にはその様子が、まるでワインドの船のようだと思った。

 今から44時間前。エンツィオによるアリゾナ星系に対する奇襲攻撃が行われた。

 多くのステルス艦によって構成された敵の部隊は巧みにEAPの哨戒の目を潜り抜け、ほとんど気付かれる事無く防衛線を素通りした。元より地政学的な重要度が低いという理由で大した部隊を配置していなかったという点もあるが、事前に行われた別の場所での大規模な攻勢に意識が向き過ぎていたというのがその原因として大きいだろう。さらに太郎から言わせてもらえば、地政学的な重要度が低いというのは既に過去の話だった。その重要度を決定する判断材料の中に、ステーションに対する直接攻撃は考慮されていなかったからだ。

「これが頭の固い連中の目を覚ます冷や水となれば良いのですがね、ミスター・テイロー」
「や、そうなってくれないと、さすがに亡くなった人達がうかばれねぇよ」

 防衛線を抜けた敵艦隊は2つの部隊に分かれ、それぞれアリゾナ第1と第3ステーションに対する攻撃を実施。第1ステーションは駆けつけたEAPの防衛部隊によってなんとか壊滅を免れたが、第3の方は徹底的に破壊されてしまった。太朗達主力艦隊が援軍に到着した頃には既に攻撃から4時間が経過しており、それは無防備なステーションを破壊するには十分過ぎる時間だった。結果、大規模な工業ステーションがひとつ壊滅し、1万2千名もの命が失われた。

「なんとかここで追い返せたが、さらに奥へ行かれていたらと考えるとぞっとするからな。連中も、これで対策せざるを得ないだろう。奥はEAPの心臓部に繋がってる……元々はそっちが本命だったのかもな」

 眉間に深いシワを寄せ、クマの出来た目を擦りながらアラン。
 太朗達救援部隊はここへ駆けつけてからかれこれ30時間もの戦闘を続けており、その後10時間を周辺警戒へとあてていた。逃げに徹する相手を駆逐するのはどうしても時間がかかってしまうし、隠蔽能力に優れた相手を前に、迂闊に気を抜く事も出来なかった。結果、既に丸2日近くを起き続けている事になっている。
 そして今、ようやくライザ率いる輸送・補給部隊が到着し、予備戦力との交換を行う事が出来そうな算段が立ちそうな所だった。それは太郎達にとって、今何よりも必要としている物だった。

「"さぁ、テイローさん。休憩に入ってもよろしくてよ。後はこちらに任せて下さって結構ですわ"」

 通信機に映る、ライザの姿。疲労の限界が来ていた太朗には、彼女がまるで女神のように見えた。もちろん、他の面々も同様だった事だろう。



「既に攻撃に遭ったステーションが12。壊滅的な打撃を受けた物が6。人的被害は10万かそこいらだけど、失った物は大きいよ。どこも工業ステーションだから、EAPの生産能力は結構酷い事になってるさね」

 葉巻を加えたベラが、その鋭い眼光で端末を睨みながら発する。EAPの移動要塞における会議室にはライジングサンの首脳陣がずらりと顔を揃えており、星系管理の為に残らざるを得ない幹部を除いた全員が集合していた。全部で20名程がいるだろうか。

「損害想定は約12%と想定されています。今後も攻撃が続くとなると、目減りしていく一方でしょう」

 テーブルの上の小梅が、くるりと回りながらランプを明滅させる。球体のボディにはそこかしこに細かい傷がついており、戦闘の激しさを物語っているように太朗には思えた。

「結局、テイローの言った通りになったわね。相手はEAPの土台から削ろうとしてる……もう誰もこの考えに疑問を持つ人はいないわよね?」

 周囲をぐるりと見渡しながら、確認をとるマール。一同は揃って頷き、一通り同意の声があがる。

「少なくとも俺達と、大将の言葉を信じた少なく無い星系に関しては被害を免れたな。攻撃されたのは、どこも対策をしなかった防衛能力の低い星系ばかりだ。しかし同時に、残念な事実も持ち上がる。EAPはスパイ合戦でも敗北してるって事だ……うちは別だがな」

 情報部の長であるアランが言う。防衛能力の低い場所ばかり攻撃されたという事は、内部からそういった情報を流している人間がいるという事だろう。

「EAPに、我が社が保有する秘密経路を一部公開するというのはどうでしょう。スパイを送り込む上で、これ以上に無い情報になると思いますが」

 クラーク統合参謀本部長が、太朗の向かいより発する。それにベラが「冗談じゃないさね」と眉をひそめる。

「信用できないね。既にスパイがいるんじゃぁ、そいつごと持ってかれる可能性もあるよ。いざそれを使う時に待ち構えられでもしたら、それこそたまったもんじゃないさね」

 ベラの意見に「同感だ」とアラン。

「食糧支援の際に、エンツィオに対する秘密経路の結構な数を使っちまってる。それに諜報における人的資源はただ送ればいいってもんでも無い。時間をかけ、その場に浸透していくもんだ。今更感が強いな」

 彼はそう言うと、太郎の作成した特製地図を壁に備え付けられたスクリーンへと映し出す。エンツィオの主要な星系に対するルートのみが抜き出されたそれには、いくつもの経路に赤いバツ印が付けられている。それらは簡易農業ステーションを送り込む際に使用した物で、相手に知られている可能性がある経路だ。

「まぁ、アランがそう言うんだから間違い無いんだろうけど、観測手を送り込むなりなんなり何も出来ないわけでも無いっしょ。本部長の言う通り、いくつかは向こうにも公開しよう。EAPからすりゃ結構な助け舟になると思うぜ」

 太郎が指を上げ、発言する。すると同意と否定の声がいくつも上がるが、ファントムが咳払いをしてそれを鎮める。

「社長の言う通りだ。それと、何も新しいルートだけを送る必要も無い。既に使用したルートだったとしても、EAP側にとっては貴重な情報になるはずだ。それがリスク覚悟で使用する形だったとしてもね。使用済みルートを基本にし、いくつか未使用ルートを補填する形でどうだろうか。EAPだって全員が間抜けなわけでは無い。上手い事使う奴がいるだろう」

 落ち着いた声で、諭すようにファントム。すると「そういった形でなら」や「既出ルートであれば」といった声が上がり、ほとんどの者が合意の姿勢を見せる。太郎としても反対する理由は無いので、手元の端末で議決の欄にチェックを入れる。

「とりあえず決定、っと……さて、ほんじゃ今会議における最重要項目の話し合いといきましょか」

 ひとつ息を吐き出し、手元の端末で資料を呼び出す太郎。

「残るふたつの問題。すなわち、ネットワークと資源について。こいつをどうするか、皆の意見を聞かして下さいな」


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