第114話
太郎の放った一言に、しんと静まり返る談話室。そして数瞬後、一斉に各々から否定の言葉が持ち上がる。
「おいおい、無理に決まってるだろう。何を言ってるんだ」
「食糧生産など、特殊なノウハウの塊だぞ。どこから情報を提供させるつもりだね」
「そうよ、それにそんな事が出来るんなら、とっくに彼ら自身でやってるはずだわ」
「おもしろい考えだとは思うが、どうだろうね。それは現実的なのかな?」
がっかりとした様子で、次々と太郎へ問い詰めるように言葉を投げかけてくる一同。しかしそんな様子も、静かに発せられた小梅の一言で再び静けさが戻る。
「なるほど、そういう事ですか」
短いが、良く通る声。信じられないといった様子で小梅の方を見る一同。そんな一同の注目を戻すべく、「問題は」と続ける太郎。
「食糧生産そのものの知識が難しく、ノウハウが必要で、設備の作成にも多額の資金と時間がかかるって事だよな。まぁ、こんなんでも食糧生産部門を抱える身だし、それくらいはわかってるっす」
にやりと笑い、「でもさ」と太郎。
「育成が早く、高カロリー。味は実証済みで、毒の類は一切無し。1気圧1Gで育成が可能で、温度変化もプラスマイナス30度もあれば十分。必要なのは栄養剤と水だけだから、設備は全部一般的な宇宙ステーションのそれがそのまま転用可能というチートっぷり。ぶっちゃけ必要なのは容れ物だけなんじゃねっていう魔法の穀物の提供があればいいんよね?」
どうという事も無く、「そうだよね?」と太郎。それに対し、怒りにも似た表情を見せ、その場で立ち上がるサクラ。
「馬鹿にしてるのかね!! そんな都合の良い食糧など!!」
しかしそんな彼女に被せるように、マールがはっとした様子で声を上げる。
「…………お米!!」
戦時という事もあり、フル稼働での営業を続けるタカサキ造船の造船所。EAP領内に存在する多数の工場が船舶の作成を続ける中、ここニイガタ星系では一風変わった船の量産に追われていた。
「なぁおい。これって、何に使うんだ?」
造船所で働く作業員が、巨大な造船ラインを流れる無数の塊を見てつぶやく。
「さぁなぁ。上に聞いても知らぬ存ぜぬだし、おおかた囮にでも使うんじゃないかって噂だな。爆薬でも詰めて突っ込ませるんじゃないか?」
仲間の作業員が、あまり興味も無さそうに答える。
「タレットを積むスペースも無いからなぁ……生命維持装置と、それにエンジン。デブリ焼却ビームが二基ついてるだけって、戦争に追われて移民でもするつもりか?」
まったく意味がわからないと、首をかしげてぼやく作業員。
既にこの謎の船舶は数百基が生産されており、今後もまた未定量の生産を続ける予定となっていた。未定量というのはすなわち、作れるだけ作れという事だ。
この円筒形の船は、かろうじて船であると呼べるだけの最低限の設備がついているだけで、他にはいっさい何も無かった。放射線を防ぐ為に最低限の外殻はついているが、飾り気も無く、装甲としての能力は全く無い。それどころか、一部の装甲は紫外線や可視光線の透過を許してしまっている始末だ。
また、モジュール式の船舶で無い為、発展性も皆無である。一応は外付けとして他のモジュールをドッキングさせる事も出来るようだが、エンジンからの電気出力が弱い為、タレットやシールドをつなぐ事は出来ない。
「冷凍睡眠装置も無しにか? それはさすがに無いだろう。それに居住性がゼロじゃねぇか。それと中身のあの棚は何だよ。まさかあれに人を乗せるってか? 冗談じゃねぇぞ」
船の内部の大部分を占める、長細い棚と配管。配管は等間隔に穴が開いており、何かを流し込むのだろう事は想像が出来たが、それが何だかは想像すらつかなかった。
「社長。ライジングサンという会社から、船舶の提供が届いています……その、いったい何と言って良いのか。EAPに所属してはいないようですが、同盟とは敵対関係にある会社のようです」
エンツィオ領内の星系で建築事業に携わる男は、部下からの報告に眉をひそめてみせる。全くもって、意味がわからなかったからだ。
「なんだそりゃ。船舶? 罠か何かか? というか、どうやってここまで運んできたんだ?」
「いえ、中身を検分しましたが、そういった物は何も。搬送ルートについても不明です。中身についてはご丁寧にも説明書きがありまして、実際にその通りのようです」
「おうおう、なんだってんだ。ちょいと見せてみろ……これか。苗と栽培に必要な……」
BISHOPを使用し、部下から送られてきた説明書きとやらに目を通す男。男は不信感に染まった顔でそれを読み始めたが、次第に顔色を変え、最終的には驚愕に目を見開く事になる。
「お、お前、この事を誰かに話したりしたか? 上への報告は!?」
「い、いえ。まだです。申し訳ありません。今すぐに――」
「やめろ!! いわんでいい!! 連絡だ……すぐ仲間に連絡しないと!!」
男は震える手で通信を開くと、すぐさま暗号回線による情報共有を行った。
「緊急回線……マードックからだな……見ろ!! 彼の所にも届いたようだぞ!!」
レジスタンスが使用している秘密回線に報告されていた内容は、彼の所有する星系において起こったそれと全く同じ物だった。既に何十という報告が集められており、それらは全て同様の内容を物語っていた。
「社長、バイオ工学部門からの報告が届いています。例の穀物等について、毒性、またはそれに類するあらゆる危険性は認められなかったとの事です。というより、説明書に書かれていた通りの物だという事です」
「っっよし!! 急いで生産に入れ!! 同盟政府が行動を開始する前にだ!! 他の船舶の生産は全て停止して構わん!!」
「す、全てですか? しかし同盟政府が何と言ってくるかわかりませんよ?」
「構う物か!! いいか、確かに送られてきた船自体は徴収されるかもしれん。本来は贈与された以上は我々の財産のはずだが、まぁ連中の事だ。確かに難癖つけてそうしてくるに決まってるだろう」
男は一息つくと、興奮に染まった顔であくどい笑みを見せる。
「だがな。新しく作った船や何かについては、まったく、完全に、我々のものだって事だ。なんせ著作権もへったくれも無い、ただのちっぽけな船を作るだけだからな。同盟政府がそれをどうこうする名目が立たない。いいか? 俺たちは単純に、ようやく食糧不足から解放されるぞともろ手を上げてよろこんでりゃいいんだ。もしそれでも取り上げるだのなんだのとなったら――」
にやりと笑い、さらに顔を歪めるレジスタンスの男。
「同盟政府は完全に求心力を失う事になる。それだけは連中、絶対に避けるはずだ」
そしてそれは、彼の予想通りになった。
エンツィオ同盟政府は完全管理下に置いたネットワークにて苗と船の存在をいち早く手に入れた――全ての苗がレジスタンスのみに送られたわけでは無い――が、物が物ゆえに対応に出遅れてしまった。同盟政府が帝国のように単一の組織として判断を下せれば話が違ったかもしれないが、エンツィオ政府は3つの勢力によって成り立っていた。
それに何より領民は飢えており、それを取り上げるというのは根幹を揺るがす大問題に発展する恐れがあった。
そして最終的には不審船の摘発を決めた同盟政府ではあったが、それが決まるまでの2週間が致命的な遅れとなってしまった。既に各星系に苗が出回ってしまい、新造船が造られてしまっていたからだ。
さらに不審船に積まれていた苗の特性があまりに異常で、それは人が住める領域であればあらゆる場所での栽培が可能だというのが致命的だった。普通であれば、その植物が生まれ育った星の環境を再現する為の複雑な装置が必要で、一般の人間がおいそれと手を出せるような物では無い。植物は高価で、貴重なものだった。
しかしこの苗に関してはそれが全く当てはまらなかった。ひと月も経過した頃には、一般船舶の中はおろか居住ステーションの片隅で栽培されるケースまでもがある程で、これら全てを取り上げる事は事実上不可能だった。味や、そもそも自然食品という馴染みの無い食糧に人々は戸惑っている様子だったが、それはもはや時間の問題だった。
「いいんですか、社長。本来であれば、恐らく相当な利益が見込めた商品ですよ?」
ライジングサン食品開発部の部長であるハインラインが、太郎へ向けて控えめに発する。彼の手にしているチップには地球産食料品の栽培における取り扱い説明書一式が情報化されており、それはエンツィオ星系へ向けて発つ全ての船舶に搭載されていた。
「ん、ちょっと予定は早まったけど、結局は周りに持ってかれる運命だったろうからね。苗ってほら、そのまま次の生産に使えるじゃん?」
機械のリバースエンジニアリングどころか、種から全く同じ物を簡単に増やす事が出来る。これは実際の所、商品としては致命的と言える弱点でもあった。完全に加工してある米等として売れば話は別だが、それでもたかが知れていただろう。DNAは誤魔化せない。
「それでも数か月から数年はアドバンテージを持てたはずですが……しかしまあ、こういったやり方もありですかね」
太郎はエンツィオ星系へ向けて地球産食料品とその栽培ステーションの原型モデルを送ると共に、いくつかのDNA上の重要な配列についての特許を獲得していた。それで徴収できる使用料はごくごく微々たる物だったし、支払の期日は未定というアバウトなものだった。ゆえに実際に支払われるかどうかは極めて怪しい所だったが、最悪ゼロでも構わないと彼は思っていた。これらは儲けるためでは無く、いわば戦略兵器として使用しているからだ。
「うん。ちょびっとでも支払ってくれる企業があれば、それなりの額になんじゃないかな。今後は現地でも作られるだろうし……まぁ、EAPの初期出資が無ければ100%無理だったろうけど」
生産を完了して送り込んだ小型農業ステーションの数は、ゆうに1000を超えていた。太郎はこれらを各エンツィオ星系内の企業に"無償提供"し、苗も含めてその構造から組成まで全てを同梱させている。もし食糧事情が厳しい星系に届けば、きっとその情報を有効活用してくれるだろうと。
「しかしまぁ……問題はこっちだぁな」
視線を手元に落とし、握りこんだ小さな石ころを弄ぶ太郎。それはレイザーメタルと呼ばれる特殊な金属の鉱石であり、銀河帝国での生活においてあらゆる場所に使用されているものだった。
「資源に関しては、ぶっちゃけ全く見当が付かねぇ。どうしよ、これ」

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。