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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク) 作者:Gibson

第10章 トータルウォー

第113話


 市長室を去り、桟橋へ向かって歩みを進める4人とひとつ。それぞれはレジスタンスを名乗るここのステーションマスターから得られた情報について考えているのだろう。口を開かず、黙々と足を進めている。

「随分と浮かない顔だね。やりにくくなったかな?」

 街の騒音と足音のみが聞こえる中、沈黙を破るようにしてファントムがそう発する。

「そらまあ、ね。総力戦だなんだって色々計画を考えてたけど、浮かれてたんだろな。どれも練り直し、かな……ステーションに核攻撃とか、無理でしょ」

 そう言って、言葉を区切る太郎。彼が自分の考えを軟弱なのだろうかと自問し始めた時、マールが彼の代わりにそれを答える。

「エンツィオ星系の人々全部が敵ってわけじゃないのなら、出来ればその人達と争うのは避けたいわ。総力戦については理解したつもりだけど、だからと言ってなんでもかんでも敵として扱うのはどうかと思うの……もちろん、出来る範囲での話だけど」

 悩ましいといった様子で、口をへの字にするマール。太郎は全く同感だとそれに頷くと、目指すべき着地点はどこなのかを考え始める。

「戦争に勝つって言うのは、戦略的な目的を達成出来たかどうかによるよな……当然必要ならそうすっけど、何も正面きってぶちのめす事だけが勝利ってわけじゃ無いわけだ」

 独り言のように、考えを進めながら語る太郎。

「うちらの目標ってのは、第一にカツシカが生き残る事。同義としてEAPが生き残る事で、相手の艦隊を全滅させる事じゃない。当然相討ちは駄目だな。恨みや意地で戦争してるわけじゃねぇから。むしろ選択肢としては、負けても生き残れればそれも有りと……現実的に考えると、さすがに無理だろうけど」

 太郎はかつてディンゴの時にもそう思ったように、圧政の元に平和が訪れるとは思っていなかった。

 それどころか、太郎としてはエンツィオの政治形態はディンゴのそれよりも酷いと感じていた。ディンゴは強権的で、独裁的で、それこそ感情ひとつで人を殺すような所があったが、最終的には領土。すなわち民衆の発展を目的とした手段として、そうしている所があった。それで民衆が幸せになれるかどうかはわからないが、少なくとも自分の懐を潤すだけの私利私欲で星系を運営するような真似はしていない。

 今も生きているライジングサンとホワイトディンゴの間に結ばれた不可侵条約は、その代償としてディンゴ領内での同額の商取引を行うという制限がついている。間接的にいくらかはそうなるが、決してディンゴ個人にクレジットをそのまま支払っているわけでは無い。つまりは、領内に対する経済対策だ。

「まぁ、難しいだろうね。とすると、やはりエンツィオをどうにかするしか無いかな?」

 ファントムが、何やら楽しそうな口調で発する。太郎はそんな彼の様子に口を尖らせながらも、どんどんと考えを進めていく。

「そうっすけど、問題はその"どうにか"って所っすよね……方法はともかく、同盟自体を完全に解体させるか、もしくはEAPに対する侵攻を諦めさせるか。最悪EAPが飲まれても、カツシカからアルファ星系にかけての帝国間通路が無事ならそれも勝利になるんかな?」

 そう語りつつも、まだ別の選択肢も存在するのではないかと考え続ける太郎。

「あ、そうだ。帝国にエンツィオ国家成立の承認を取るっていうのも、可能性としては有りか。限りなく低いだろうけど、そうなればエンツィオがEAPやらアルファやらにこだわる必要も無くなる」

 意外と良い案では、と太郎。そしてそれに、「難しいだろうね」とファントム。

「そんな例を許してしまったら、銀河中で独立運動が起こってしまうよ……あぁいや、既に起こっているのかもしれないが、火に油を注ぐ形になるだろうね。帝国は怠惰だが、自身の利益が脅かされるとなれば話は別だ」

 淡々とそう語り、まるで教授が生徒へ送るような視線を向けてくるファントム。太郎はそれに「ぐぬぬ」とうなり声を上げると、さらなる思考の海へと沈んで行く。

「そうすると……あぁいや。駄目か。EAPを……違うな。エンツィオ……レジスタンスがいるなら、やっぱり内部から……でも、武装船も無しに何が出来るっつんだ……」

 ぶつぶつと、集中しながら太郎。途中で何度も躓いて倒れそうになるが、その度にマールが腕を引いて助けてくれる。

「…………あ」

 やがて偽装作業船を泊めた桟橋が見え始めた頃、宙を見上げて声を漏らす太郎。自然と全員の足が止まり、視線が集まる。

「そうだ……そうだよ!! 別に解体させる必要も、決戦で打ち破る必要もねぇじゃん!!」

 力強く、そう発する太郎。彼はマールの「じゃあどうするの?」という質問に、彼女の方へ指を突き出して答える。

「同盟の価値を、あっても無くてもいい位に下落させちまえばいいんだ!!」



 渡航制限。緊急時に発令される当たり前の対処だが、今回の騒ぎに限っては"何故だか"それが適用されなかった。爆弾騒ぎと不審者についてはすぐさまステーションマスターの元に報告が送られていたはずだったが、市長はそれに対する対策を有効に取る事が出来なかった。むろん選挙で選ばれたわけでも無い星系の所有者たる彼がそんな事で首になったりする様な事は無かったが、いくらか立場を悪くしたのは間違い無いだろう。

「まぁ、お陰でどさくさに紛れて脱出できたわけだけど……これ、市長いなかったらどうやって逃げてたんすか?」

 ようやく見慣れたプラムⅡの談話室へと戻ってきた太郎が、離れ行くステーションを眺めながら発する。船体は光学ジャミングによる疑似ステルスが行われており、誰もプラムに注意を払う者はいなさそうだった。もちろん作業船が突然消え去ったという不審な記録は管制塔のシステムに残されているはずで、いずれ問題になる事は間違い無さそうだった。しかしプラムの乗組員達にとっては、今すぐでさえ無ければどうでも良い事だった。

「脱出方法はいくつも考えてあったよ。巡視船を奪う。管制システムを破壊する。君の作った星系地図を考えると、少し離れてしまえば誰も追ってはこれないという強みがあるからね。簡単なものさ。最も安全な方法は、他の商船のカーゴに船ごと格納してしまう事だろう。あの作業船は、ボタンひとつでほぼ四角い形に変形できるようになってるんだよ」

 そう言うと、「使う機会は無かったがね」と笑って見せるファントム。太郎は感心のため息でそれに応えると、「今後も便りにしてますぜ」と笑顔を返す。

「ねぇテイロー、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないの?」

 会議テーブルに身を乗り出し、頬を膨らませたマール。太郎はそれに「オッケー」と答えると、指を一本掲げてみせる。談話室に集まったアラン、ファントム、サクラ、マールの視線が集まり、静けさが訪れる。

「最も重要な点は、全体に対する割合が圧倒的に大きい一般企業。これがエンツィオに同調してるわけじゃないって事」

 アラン、ファントム、そして太郎がそれぞれ持ち帰った情報はどれも整合性がとれており、信用出来る情報と言えそうだった。そしてそれらは、一般企業がエンツィオに従う理由がどれも「仕方が無い」といったネガティブな物である事を示していた。

「そんで全企業に対する首輪は、食糧、資源、そしてネットワークの3つ。いわゆるライフラインだな。こいつを握る事で、奴らは無理やり権力を握ってるわけだ……だったらさ。この3つをどうにか出来れば、一般企業がエンツィオに従う理由も無くなるってもんじゃね?」」

 簡単だろ、といった調子の太郎。それに対し、「不可能だ」と声を上げるサクラ。

「言いたい事はわかる。一般企業の協力が無ければ、確かにEAP側の勝利は間違いないだろう。しかしだ。実際問題、その3つをどうやって解決するというんだ。恐らく億を超える人数だぞ?」

 サクラに続き、「俺もそう思う」とアラン。

「EAPは金満だが、無限に金があるわけじゃない。たとえば食糧ひとつとっても、いったいどうやって向こうへ輸送するつもりだ。お前の地図があれば密輸じみたやり方でいくらかは送れるだろうが、全体からすれば焼石に水だぞ?」

 いくらか呆れた様子ではあるが、何かに期待したような眼差しのアラン。それに「どうせ何か考えてるんだろう?」といったような信頼を感じ、にやりと笑って見せる太郎。

「いくら食糧生産を握ってるつっても、全てが全てそうだってわけじゃないと思うんよ。全部の農業ステーションが壊されたわけじゃないし、現状でもいくらかは自活してるはずだよね?」

 質問というよりは、確認といった調子で太郎。それに小梅が「そのはずです」と続ける。

「先ほどミスター・アランが輸送に触れましたが、全食糧を特定の場所のみから同盟領全てに輸送するのは現実的ではありません。同盟領内だけの話においても同様です。消費は莫大な量に上りますから、全食糧を同盟政府が握っているという可能性は限りなく低いでしょう」

 ランプを明滅させ、くるりと回って見せる小梅。そんな小梅に「そうそう」と太郎。

「食糧生産の全部を支配する必要は無いんよ。ほんのいくらかでもそれぞれの生産量が需要を下回るだけで、後は自由に余剰分を生産できる奴。つまりは同盟政府が、最も強い発言権を持てるから。ほら、株式だって全体の5%だけしか所有してなくても、他の所有者が全部それ以下ならそれだけで筆頭株主なわけじゃん?」

 太郎の説明に、「なるほど」とアラン。

「つまり億の人間全てでは無く、需要に対する不足分のみを供給出来ればいいって話だな? だが、それでも莫大な量だ。用意できたとしても、やはり輸送で躓く」

 同じ事だぞと、眉間にシワを寄せるアラン。そんなアランに、肩をすくめて見せる太郎。彼は極めて軽い口調で、アランに答える。

「だったら、現地で作らせちまえばいいじゃん」


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