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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク) 作者:Gibson

第10章 トータルウォー

第112話




 ダクトの出口を阻むようにして立っていた人影は、やがて一歩脇へとずれると、出口の方へ向かって手を仰いだ。

「予想通り、こちらへ回り込んでおいて良かった。今頃連中は商業ブロックから住宅ブロックにかけてを捜索中のはずだよ。少し暴れてやったからね」

 やがて光に慣れ始めた目が、人影を勝手知ったる男の姿へと変え始める。

「ファントムさん!! 驚かせないで下さいよ。マジで終わったかと思ったじゃないすか」

 苦笑いを浮かべ、出口で笑みを浮かべているファントムへ声をかける太郎。マールは胸を押さえて大きく息を吐き、タイキは手にしていた銃を再びどこかへ収納した。

「それはこっちの台詞だよ、君。まさかこんなに早く騒ぎを起こすとはさすがに思っていなかったよ。もうちょっと慎重にやれなかったのかな」

 少し呆れた様子で、ファントム。太郎は「いやぁ、はは」とそれに乾いた笑いを返す。

「ちょっとうまい具合に偶然が重なったんで、確かに調子に乗ってたかも……って、なんの音っすか!?」

 何かくぐもってはいるが、大きな低い爆発音。慌てて低く身構える太郎に、どうという事も無く首を巡らせるファントム。

「公共施設のいくつかに、爆発物を仕掛けておいたんだ。あからさまな見た目にしておいたから、一般人が巻き込まれる事は無いと思う。警備員の誰かが不用意に触れたんだろうね。勉強不足な奴だ」

 何の感慨も無さそうにそう発するファントム。太郎は呆れたとばかりに口をぽかんと開けると、「爆発物?」と尋ねる。彼は拳銃ひとつでここへ潜入したはずで、手荷物等は持っていなかったはずだった。

「ん、注意を向こうに逸らせる為にね。幸いに銃器の販売が行われてたんで、材料には事欠かなかったよ。銃弾の推進剤を集めると、ちょっとした工夫で爆薬に出来るのさ。安いし、どこででも手に入るし、短時間で作れる。2百キロ近い重さになるから、持ち運ぶのは普通の人間には難しいだろうけどね……まぁ、しばらくは連中、爆弾とのにらみ合いさ。良い時間稼ぎになる」

 いくらか手振りを交えながら、そう太郎へ説明するファントム。太郎はそれに関心のため息を発すると、彼が元特殊部隊の人間だという事を改めて認識する。

「おもしろそうなんで、今度ご教授願いますね……それより、そっちはどうでした? 何か収穫ありました?」

 事の本命はそれだと、ファントムに尋ねる太郎。ファントムはそれに親指を立てて答えると、「合わせたい人間がいる」と後ろを指し示す。

「まったく、教科書通りさ。こうこうこういう状況であれば、こういう組織が発達し、こういった結果を生む。ひとりひとりの行動は予測が付かないけれど、集団になると話は別だ。予想通り、反同盟組織が見つかったよ。いわゆるレジスタンスという奴だ。予想外な事と言えば――」

 言葉を区切り、太郎へ視線を向けてくるファントム。

「ここのステーションマスターがそうであるという事かな。同盟は、どうやら手綱を操り切れていないようだ。付け入る隙がありそうだね」



 ファントムに先導され、堂々と市庁舎へと辿り着いた太郎、マール、タイキと、そして小梅。途中で周辺警戒を行っていると思わしき警備員の群れとも遭遇したが、簡単にやり過ごす事が出来た。アランがプラムから逐一警備員の配置状況を知らせてきてくれていたので、せいぜいが少し物陰に隠れる程度のものだった。

 また、ファントム自身の誘導も手慣れたもので、危険と思われる兆候は全て事前に排除してくれた。監視カメラやセンサーの類があればそれを回避し、時には破壊、時にはダミーの映像を流し込んでいた。通れない道は無く、障害と呼べる物は存在しないかのようだった。垂直に張り出した壁を登る際等、太郎とマールを両手に抱えた状態で、彼は5メートルもの跳躍を簡単に行っていた。

「…………」

 無言で、先頭を行くファントムの後頭部を眺める太郎。色々と聞きたい事やわからない事はあったが、今この状況で口に出すのは憚られた。なぜこんなに早く、そうだと確信を持てる地下組織と接触出来たのか。そしてどうして相手はこちらを信じたのだろう。なぜ、彼はたかだか翻訳機のお礼ごときでここまでの事をしてくれているのか。いくら彼が妹を大事にしているからとは言え、危険を冒してまで礼をする程の事だろうか。

「……元帝国軍特殊部隊は伊達じゃない、か。なんで俺なんかについてきてくれてるんかな」

 ぼそりと、誰にも聞こえないような声で太郎。
 人によっては銀河一とさえ呼ぶらしい、凄腕のハンター。それを命じる事は決して無いとは思っているが、やれと命じればこのステーションにいる全ての人間を皆殺しにする事も出来るのだろう。

「逆に考えてみてもいいんじゃないかな」

 前を向いたままのファントムが、誰にともなく発する。マールやタイキが、いったい何の話だとばかりに首をかしげる。

「君が俺を引っ張り込んだのは事実だが、君について行くという決定をしたのはこちらだと考える事も出来る。俺が君を、君が俺を。同じ事だね。理由については、そうだね。いつか話す時が来るだろう…………ほら、ついたぞ。ここから先は君が主役だ」

 立ち止まった彼の前には、ひとつの扉。電子プレートには"市長室"との表示がされており、その横には小さく"在籍中"と書かれていた。



「ようこそ、はじめましてミスター・テイロー。オットーのステーションマスター、ブルーノです」

 市長室に辿り着いた太郎達はすぐさま隣の応接間に通され、そのままステーションマスターと顔を合わせる事になった。もったいぶった挨拶を交わす事も出来たが、それは暗黙の了解で省略された。ファントムがいくら時間稼ぎをしてくれたとは言え、それでも時間と共に安全は失われていく為、脱出までに急ぐ必要があった。

「はい、はじめまして。カツシカのステーションマスター、テイローです……えぇと、その。何から話していいものやら」

 考えをまとめる間もなくここへ連れてこられた為、どうしたものかとまごつく太郎。そんな太郎に、ブルーノが小さく笑みを見せる。

「何か疑問があれば、その都度聞いて頂ければ結構ですよ。まずは我々についてお話しましょうか」

 齢60近いだろうか、顔に皺が刻まれてはいるが、鋭い眼光のブルーノ。彼はそう言うと紙とペンを取り出し――驚いた事に――簡単な組織図を描いてみせる。

「電子媒体は記録に残ったり、流出する危険がありますからね……今現在、エンツィオ方面はこういった構成になっています。3つの大規模アウトローコープと、その参加の企業群。そして我々のような、一般の企業達。同盟政府は危機下の平等をうたっていますが、あんなもの欺瞞にすぎません。奴らライフラインを人質に、富を吸い上げているんですよ」

 大規模アウトローコープを頂点としたヒエラルキーピラミッドを描きながら、怒りの表情と共にそう語るブルーノ。彼は同様のピラミッドをもうふたつばかり描くと、それぞれの頂点を線でつないで見せる。

「これが、エンツィオ同盟。そしてこれが――」

 次は頂点では無く、三角形の下部にある一般企業群を結ぶブルーノ。

「我々レジスタンスです。もっともレジスタンスとは名ばかりで、実際の所は情報共有組織に過ぎません。まともな対策を得る前に戦闘艦艇は取り上げられてしまいましたので」

 残念ながらといった様子で、そう語るブルーノ。太郎が「取り上げられた?」と疑問を発すると、ブルーノは「えぇ、そうです」と頷く。

「対帝国防衛の為にという名目で、半ば強制的に艦隊の派遣が決められたんです。断る事も一応は可能ですが、そうした場合に資源の割り当て優先度が限りなく低い位置に置かれるだろう事は間違いないでしょう。実際、そうなった企業がたくさんあります」

 そして「そうなった企業の行く末は暗いでしょうね」と続けるブルーノ。太郎は「なるほど」と腕を組んでうなり声を上げると、さらなる疑問を発する。

「資源って言っても、部品や製品も当然含むわけですよね……2次産業の割合からすると当たり前か。連中、どうやってそんな状況を作り上げたんですか? 規模が大きすぎません?」

 全ての取引を監視するなど明らかに不可能であり、表で禁止されれば裏にまわるだけでは無いかと太郎には思える。大都会であるデルタでさえもそういった取引は存在しており、日夜帝国から委託された警備会社とのいたちごっこだった。
 そんな太郎の疑問にブルーノはひとつため息をつくと、「ネットワークです」と続ける。

「ニューラルネットの崩壊後、エンツィオは軍が使用していた独自のネットワークをすぐさま公開しました。誰も彼もが混乱している最中での出来事でしたので、すぐさま皆が飛びつきましたよ。素早い軍の対応を誰もが賞賛しましたが、今考えるとこの状況への布石だったのでしょうね。既にこの付近のネットワークは彼らの物で統一されていますので、情報は全て軍に握られているでしょう」

 ブルーノはそう言うと、皮肉めいた表情で付近の端末をにらみ付ける。太郎はブルーノの語る内容を飲み込むと、どうなっているのかと質問を続ける。

「ネットワーク……ちょっと待って下さい。その、ニューラルネットの上にでは無く、完全に独立したネットワークを持ってたんですか? 軍が? 何の為に?」

 帝国軍でさえ、自前のネットワークなど小規模なものしか擁していない。旧ニューラルネットのセキュリティは十分に信用が置けていた為、わざわざ独立したものを用意する必要が無かったからだ。本当に致命的な情報のみ、独自のものを使用する。

「わかりません。ですが、確かにあったのです。帝国は例のように通信網をカバーしましたが、それはあくまで中枢近辺にすぎません。このあたりの超光速通信の復旧は絶望的でした……そんな状況での軍からの申し出です。誰も断れませんよ」

 そう言って、ひとつため息をついて見せるブルーノ。太郎がマールの方へ視線を送ると、彼女は「わかっている」とばかりにゆっくりと頷いてきた。また、ネットワークだ。

「実際の所、帝国と事を構える事を望んでいる者などほとんどいません。あぁ、少なくとも一般企業においては、ですが。しかし前述の通り、従わざるを得ないんですよ。資源、食料、ネットワーク。これ無しに生きていける企業など存在しませんから……ミスター・テイロー。どうかこの事実を持ち帰り、しかるべき手段で広めて下さい。もしかしたら、助けの手を差し伸べてくれる企業が現れるかもしれません。期待は出来ませんが、何もしないよりはマシでしょう」


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