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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク) 作者:Gibson

第10章 トータルウォー

第111話

 裏路地へ入りしばらくいくと、やがて表立って店を構える事の憚られる類の商店が顔を覗かせ始める。売春や麻薬の販売といった、いわゆるそういった裏社会の店々。表通りからさして離れていない場所でこうも堂々と商売をしているという事は、このあたりのステーション条例ではそういった品々は合法なのだろうと太郎はあたりを付ける。

「真昼間だってのにまぁ、賑わってら」

 太郎達は先ほど昼食を済ませたばかりで、まだ照明の明るさは昼のそれを示している。銀河帝国における都会と呼べるデルタにおいてもそうだったように、太郎の知っている常識と同じくこういった店は夕方を過ぎてからが本番だった。しかしここでは既に人通りが多く、商業区の表通りよりも多いのではと思える程だった。

「ちょっとテイロー、余所見してると危ないわよ。はぐれたりなんかしたら、ひとりで帰れるの?」

 カト族であるタイキを先頭に、その後を走るマールが太郎の手を引きながら発する。太郎はひとり置いて行かれた自分を想像すると、ぶるりと震えた。

「後ろはどうだ、来てるのか?」

 ふたりを先導するタイキが、振り向きざまに聞いてくる。太郎がさっと後ろを確認すると、遠めに先ほどの警備員の姿が見て取れた。

「来てる来てる……って、なんかぶつぶつ喋ってるっぽいぜ。独り言って事は無いよな」

「きっと応援を呼んでるんだわ。変に逃げたりしない方が良かったのかしら……」

「後悔は後でいくらでも出来るんじゃねぇのか。さっさと足を動かせ。人間はトロいんだからよ」

 いくら人通りが多いといってもそれは相対的な話であって、人ごみと呼べる程に密集しているわけでは無い。何気ない風を装って紛れ込むのはどう考えても不可能で、逃げに徹するのが良さそうだった。

「くそっ、まずいな。正面からもきやがった」

 先頭を走るタイキが急ブレーキをかけ、さっと左の路地へ向けて方向転換をする。太郎とマールも慌ててそれに従うと、ちらりと先ほどまで向かっていた商業区奥へと目を向ける。そこには数人の警備員の姿が確認出来、彼らが自分達を探しているのだろう事は容易に想像がついた。

「おいおい、あいつら武装してんぞ!! 俺らが何をしたってんだ。飯食っただけじゃねぇかよ!!」

 敵国のスパイであるという事を棚に上げ、走りながら文句を飛ばす太郎。そんな太郎に「いいから早く!!」と激を飛ばし、遅れがちになる太郎の腕を引くマール。太郎は女性に遅れをとっている自分に恥ずかしさを覚えると、今後は真面目に体力トレーニングをしようと心に決める。

「なんてこった、こっちにもいやがるぜ。どうなってんだ。いくらなんでも早すぎるだろうが」

 タイキがその場で立ち止まり、二本足で伸び上がるようにして前方を覗き込む。太郎は肩で息をしながらその場でひざをつくと、どうしたものかとあたりをきょろきょろと伺う。

「町中が、元々、警備員であふれかえってた、とかじゃねぇの……あれって、どうなん……ダクトだよな」

 息切れから途切れ途切れにそう言うと、鉄で囲まれた商業区の壁に存在する大きな金網を指し示す太郎。タイキはそれをすばやく一瞥すると、腕を伸ばし、金網の接合部へ向けて1発2発と光線銃を打ち放つ。彼はどうやっているのか助走のままに壁へ張り付くと、爪を使って金網を力強く引き剥がした。

「うわぁ……内心カト族が護衛になんのかよとか思ってたけど、訂正だな。すげぇ」

 太郎はそう言いながら壁へ向かい走ると、落ちた金網のフレームを壁に立てかけ、それを足場にダクト内へとよじ登る。登り切ると同時に下へ腕を伸ばし、マールの体を引き上げる。

「ありがと。でも、どうするの。ダクトって事は別の区画と繋がってるでしょうけど、そっちも抑えられたら袋のねずみよ?」

「……あー、言われてみりゃそうだな」

「あの場でつかまるよりはマシだろう。それより嬢ちゃん。特別許可をしてやるから、俺の尻尾を離さずに握ってろ。人間はたぶん、少し進んだら何も見えなくなるぞ」

 ダクトの奥は暗がりに消えており、どこまでも続いていそうな程だった。タイキの言う通りしばらく進むとあたりは完全な闇に閉ざされ、見えるのは入り口方面から漏れる僅かな光とタイキの赤く光る瞳くらいなものとなった。またそれも、途中で曲がり角を折れると完全に見えなくなってしまった。

「うぉぉ、おんぼろ宇宙船で目覚めた時の事を思い出すな……ところでタイキさん、さっきから何の音っすかね」

 暗がりの中、マールの手を握りながら疑問を口にする太郎。先ほどから狭いダクト内に何かを打ち合わせるような音が響いており、出所はタイキがいると思われる場所からだった。

「気にするな。音の反響で道を確かめてんだ……それよりまずいな。この先は行き止まりかもしれねぇ。送風機の音がする」

 囁くように、落ち着いた声でタイキ。太郎は自分にも聞こえるだろうかと耳を澄ませるが、何も聞こえなかった。

「枝道があるかもしれないわ。とにかく先へ行きましょう。今更引き返せないでしょうし」

 少し不安げな声色のマール。太郎は確かにその通りだと頷いたが、この暗闇では頷いた所で誰も見えやしないなと思い至る。しかしまだ見えているのか何なのか、手が引かれた事でタイキが前進を始めた事がわかった。

「……送風機って、どういう物なん。エアコンのフィルターみたいなやつ?」

 歩きながら、太郎がぼそりと尋ねる。段々と正面から感じる風の流れが強くなってきており、タイキの言う送風機の音も徐々に聞こえ始めていた。

「違うわ。ステーションの隔壁に使われてるのは、巨大なプロペラを回転させるタイプのはずよ。安いし、効率的だから」

 太郎の前方から、マールの声。太郎はなるほどと答えると、頭の中に大きな扇風機を想像する。

「残念ながらわき道は無かったな!! 行き止まりだ!!」

 タイキが足を止めたらしく、前を行くマールの前進が止まる。すぐ近くから巨大な何かが回転する大きな音が響き、油断するとよろけそうな程の風圧を全身に感じる。

「これ、タイキさんの銃で壊せないっすかね!! 主軸あたりを狙って!!」

 風と機械音に負けないよう、声を張り上げる太郎。するとすぐに「無理に決まってんだろ!!」との声が返る。

「ねえ!! 一瞬だけでも明かりをつけられないかしら!! BISHOPは通じて無いけど、端末に直接アクセス出来れば止められるんじゃないかしら!!」

 太郎達と同様に、声を張り上げるマール。太郎は「直接ったって……」と疑問を差し挟むが、途中で自ら答えに行き着く。我々にはそれが出来る心強い仲間がいるではないかと。

「フフフ、どうやら天才AI小梅様の出番が来たようですね、ミス・マール。お任せ下さい。このようなダクトごとき、ものの数秒でアクセスしてみせましょう」

 マールが立っているあたりから、今まで黙りこくっていた小梅の声。彼女はその特異な性能から、人前での発言を禁止されていた。不用意に人目を引く必要も無いからだ。

「よし、それじゃ天井へ向けて1発撃つぞ。一瞬だが照らされるはずだ。全員伏せろ。影が出来ちまうからな」

 タイキはそう言うと、二人が床へ伏せた瞬間に光線中を放つ。その明かりはほんの一瞬で、太郎には白い線が横切ったという事しかわからなかった。

「一瞬どころじゃねぇぞ。そんなんでわかるんか?」

「えぇ、大丈夫ですよ、ミスター・テイロー。構造は把握しました。制御版があるようなので、そこまで運んでもらってもよろしいでしょうか。円筒形の床を設計した者には怒りを覚えますね。転がって端へ向かう事が出来ません」

 暗がりの中に、ランプの明滅。太郎は途中でマールにぶつかりながらも小梅の元へたどり着くと、彼女の支持に従って壁際へと向かう。マールにぶつかった際に何かやわらかい物に触れた気がしたが、それは勤めて忘れる事にした。鼻の下を伸ばすのは、後でも出来る。

「…………アクセス完了しました。小梅に頭を近づけてもらえば、BISHOPへのアクセスが可能です。ダクトの制御機器は、ハフマンD-442システム。ミス・マール、ご存知で?」

 しばらくの後、小梅からの朗報。マールは小梅に「当然!!」と答えると、床を這うようにして小梅へと頭を近づける。

「銀河中で一般的に使われてるシステムよ。機械工学を専攻した人間なら誰でも知ってるわ……あぁ、ロックがかかってる。ねぇテイロー、手伝って。あんたならすぐにはずせるわよね」

 マールの要請に、「よしきた!!」と太郎。彼は恐らくマールがそうしているように床へ這い蹲ると、淡い小梅のランプへと顔を近づける。

「お、ホントにBISHOP使えるな。ちょい待ってね、外すから。よし、外れた」

「相変わらずおかしい早さね……あぁ、待って。多段セキュリティみたいよ。そこでそのまま解除し続けて。その度に言うから」

「あいよぅ……うーん、フローラルな香り。明かりが無い分、色々想像しちゃう。至近にマールの顔かぁ」

「……ぶっ飛ばすわよ!!」

「ぶっ飛ばしてから言わないで!!」

 やがてマールの指示に従い3つ程のセキュリティを突破すると、プロペラの制御までたどり着いたのだろう。今まで聞こえていた機械音が止み、風もその勢いを無くす。

「さっさと行きましょう。時限式で再起動するようにしておいたから、2分もすれば再び回り出すわよ」

 タイキの先導に従い、プロペラの間を通過する2人とひとつ。太郎が助かったという安堵から一息を吐くと、マールの言った通り、送風機が再び稼動を開始した。

「さっき、ついでに空調地図も確認しといたんだけど、向こうの出口はひとつみてぇだぞ。待ち構えられたりしてねぇかな」

「どうかしらね。ダクトを止められるなんて思ってないでしょうから、さすがに無いんじゃないかしら」

「同感だ。だが、最悪待ち構えられてるって可能性も無くはねぇだろうな。そうなったら強行突破するしかねぇだろうな」

「いえ、恐らく大丈夫ですよ、ミスター・タイキ。先ほどのアクセスでミスター・アランからの情報提供を頂いております。警備状況は商業区のダクト入り口へ集中している状態だそうです。ダクト入り口を破壊した際に銃を撃ったのが功を奏したのでしょう。向こうは増援を集めているそうです」

 小梅からの報告に、安堵の息を漏らす3人。太郎は「悪魔的なハッカーだな」というタイキに同意の言葉を発する。敵の警備システムに潜り込むなど、普通は不可能だ。

「見て、出口だわ!!」

 送風機を抜けてからしばらく、暗闇の中で時間と距離の感覚が無くなっていた太郎の元に、白い光の点が見え始める。太郎がようやくここを出れるという思いから駆け出し始めると、タイキとマールも遅れじとその後を追ってくる。

 しかししばらくして出口に近付き目が慣れ始めた頃、ふと視界の中に黒い塊が現れる。出口の光を遮るように現れたそれは、逆光の中、やがて人の姿をとり始める。慌ててたたらを踏んで立ち止まった太郎達に、その人影は短く「ご苦労様」と呟いた。


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