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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク) 作者:Gibson

第10章 トータルウォー

第110話



 柔らかい小ぶりなロールパン3つに、柑橘系のジャム。単純な味付けのコールスローと、ありふれた合成肉のベーコン。そしてそれらとは別に、栄養補助の為の錠剤が8錠。配給食として配られたそれは軽い朝食のようなメニューだったが、男によるとこれでも豪勢な方との事だった。

「別に文句をつけるわけじゃないすけど、体動かす労働者やなんかはもうちょい量が欲しい所でしょうね」

 口ではそう言ったが、実際の所贅沢な食事に慣れた太郎にとっては物足りない事この上なかった。どうやらマールも同様のようで、いくらか不機嫌そうな表情で食事をしている。栄養補助の錠剤は胃の中で膨れるので、わずか数分もすれば満腹感が訪れる事にはなるが、それで満足感を得られるかは別問題だった。

「まあ、そうだろうね。港湾労働関係者やなんかには、やっぱり不評らしい。でも、これでも以前よりはずっとマシになったんだよ。今日なんてベーコンすらついてるからね……いや、ほんと。同盟政府は頑張ってると思うよ」

 男は太郎達とは対照に、満足げな笑みを浮かべて食事をしている。太郎は「そうなんですか」と当たり障り無く答えると、味気のないパンをちぎって口に放り込む。塩分の存在をほとんど感じられないそれは、確かにジャムでも付けない事にはとても食べられたものでは無かった。

「根本的な話になりますけど、いったいどうしてこんな事になったんすか? 配給って事は、要は食料不足になってるって事ですよね?」

 アイスマンであるというある意味真実をついた設定から、何の気兼ねも無く疑問を口にする太郎。そんな太郎の疑問に、男は「帝国さ」と答える。

「半年程前になるのかな。丁度ニューラルネットのダウンが起こった頃だったと思う。帝国がこのあたりの直轄経営を始めるとやらで、色々と理不尽な要求を突きつけてきたんだ。大規模な増税から資源の無償提供まで様々だね。当然そんな要求を呑めるわけが無いから、同盟はそれを拒否したんだ。そしたら奴等――」

 フォークをトレイに置き、太郎へ人差し指を向けてくる男。

「見せしめに各地の農業ステーションを破壊しやがったんだ!! 大勢死んだんだぜ!? それだけじゃない。ミラノの採掘星系をはじめ、主だった資源供給元の施設も軒並みやられちまった。ピサ星系は同盟軍が取り返したんでギリギリなんとかなってるけど、それでも経済の需要からすれば微々たるものだよ」

 怒り心頭とばかりに、声を荒げながら説明する男。声が聞こえていたらしい付近のテーブルに座った客達が、うんうんと同意するように頷く。

「まじでか……そこまでやんのかよ……」

 太郎は語られた内容に衝撃と怒りを覚えたが、それは帝国軍に対してでは無く、エンツィオ同盟に対してだった。

 男の語る内容がどの程度の真実を語っているのかは不明だが、少なくとも「帝国軍が」という部分に関しては明らかに嘘だと思われた。帝国軍がそんなまわりくどい手法をとるとは思えない――同盟軍自体を正面から叩き潰せば済む話だ――し、あの腐敗しきった帝国軍が新しい領土を得る為に積極的に行動をする事自体が疑問だった。いち部隊が略奪を行う為にやるにしてはエンツィオ星系はあまりに巨大で、すぐに露見して大問題になるだろう。

「という事は、その。食料や資源は、エンツィオ政府が管理してるんすかね?」

 当然の疑問として、太郎。男はそれに「当然さ」と答える。

「同盟政府が頑張ってくれてるおかげで、なんとかやっていけてるって感じだよ。トラサルディーコープ達とはずっと戦争してた間柄だけど、やっぱ同星系仲間って奴だね。いざって時は協力して、今では大事なお仲間さ。昨日の敵はなんとかって所かな」

 いくらか自慢げな様子で、胸を張る男。内情を知っている太郎としては、それに苦笑いを返すのがやっとだった。自作自演。マッチポンプ。様々な言葉が頭に浮かぶ。

「なるほどねぇ……今は一挙団結して、帝国を追い出そうって所っすか……資源と食料とを脅かされたんじゃ、抵抗しないわけにもいかないっすね」

 内情をある程度知っている者にしか通じない皮肉を込めて、溜息がちに発する太郎。男は当然そんな事を知る由も無く、うんうんとそれに頷く。

「正直、帝国と事を構えるなんて恐ろしい事、誰もやりたくはないんだけどね……本当はこんな事言っちゃいけないんだけど、同盟政府がどこまで本当の事を言ってるのか怪しい所でもあるしね」

 少し声を抑え、まわりを伺うようにする男。彼は「実際問題」と続ける。

「今でも反対してる企業が沢山あるよ。いや、反対の方が多いくらいかな……同盟政府に大きな借りがあるのは確かだけど、彼らは彼らで横暴な所があるし、信用出来ないと思ってる人々も多い。でも、仕方ないさ。君の言う通り、そのふたつが無ければ企業も人もやっていけないからね。あぁ、僕がこんな事言ってたってのは内緒で頼むよ?」

 ウィンクと共に、少し苦い顔をする男。太郎は男に合わせて神妙な顔つきをすると、当然さとばかりに頷いた。

 その後も食事を終えるまで様々な話をした太郎だったが、それ以上の情報は出てきそうになかった。しかし得られた情報は貴重であり、太郎としては満足だった。今の所、亡命者から得られた情報と照らし合わせても矛盾している箇所は無く、情報の信憑性は高そうだった。アランによるステーションデータバンクに対するハッキングや、ファントムの裏社会への接触。そういったものと組み合わせれば、さらに良い結果を得る事も出来るだろう。

「本当にお世話になりました。見ず知らずの他人なのに良くして頂いて……本当にお礼はいいんですか?」

 店先での別れ際、改めて頭を下げる太郎。太郎はお礼としていくらかのクレジットを支払うつもりだと提案したが、男はそれを頑なに断った。困っている人を助けるのは当然だという男の言葉に、いくらか太郎の良心が痛む。

「さっきも言ったけど、いらないよ。アイスマンとなると色々大変だろうけど、頑張ってね」

 爽やかな笑みでそう言うと、恐らく職場へと帰っていくのだろう。商業区の奥へ向けて歩み去っていく男。太郎はもう一度ばかりお礼の言葉を投げかけると、マールとタイキとを連れて歩き始める。

「行き当たりばったりだけど、運が良かったわね。貴重な情報だわ」

 太郎の横を歩くマールが、いくらか興奮気味に発する。太郎はそれに同意すると、得られた情報についての意味を考え始める。

「エンツィオはどデカイ自作自演をもって、エンツィオ方面領にある食料と資源の供給元を手に入れた。そんでもって、それを盾に各企業を従わせてると……細かい手法はわかんねぇけど、何年もかけて周到に準備したんだろうな。普通、ボロが出るぜ」

 ぶつぶつとひとりぼやくように、太郎。それにマールが「そうね」と頷く。

「エンツィオ方面だけでも、何百という星系があるわ。それら全部を騙してるんだとしたら、とんだ天才詐欺師ね。ニューラルネットの崩壊っていう好条件があったからこそ出来た芸当でしょうけど……でも、そうなるとおかしいわね」

 顎へ手をやり、不満そうに口を尖らせるマール。太郎はそれに「んだぁな」と同意すると、前々から思っていた疑問を口にする。

「やっぱりよ。まるで、ニューラルネットが崩壊するのを知ってたんじゃねぇか、ってタイミングの良さだぜ。結局ネットがダウンした理由は今でも不明なままだし、こりゃあひょっとするかもしれねぇなぁ」

 エンツィオの欺瞞戦争から始まる計画的な準備は、どれもニューラルネット崩壊より以前から始められていた事だった。たまたま偶然が重なったという可能性も考えられなくは無いが、通信の遮断という要素は彼らにとって必須の要素のように思える。とすると、あまりに都合が良すぎるのでは無いだろうかと。

「そうね……でも、どうやったのかしら。ニューラルネットはあくまで通信網システムの総体であって、何かの装置や中枢があるわけじゃないのよ? どうやったらダウンなんてさせられるのかしら」

 太郎にというよりは、独り言のようにマール。太郎にはそんな専門的な事がわかるわけが無いので、とりあえずそんなものなのかと頷く。

「あのアランが"わけがわからん"って言ってたくらいだからなぁ……」

 ぼんやりと、思い出しながら太郎。
 ふたりがそんな、思考の海へ没頭し始めた頃。今まで黙りこくっていたタイキがふと足を止め、振り返る。

「……おい大将、そこの横道に入るぜ。その後は駆け足だ。桟橋までの道は頭に入ってるな?」

 低いトーンの、緊張感を孕んだ声。太郎は何事かとタイキの視線を追うと、少し離れた先にあるふたつの人影に気付く。ひとつは、明らかに警備関係の人間と思われる制服を着た男。そしてもうひとつは、先ほどまで共に食事をしていたあの親切な男。

「あぁ~、なんかミスったのかな。それとも、何かの親切心から通報してくれたとか?」

 男は警備員に何かを囁くと、太郎達の方へと指を指し示す。警備員は指先を追うとひとつ頷き、無線機と思われる何かを取り出し始めた。

「どっちでもいいわ。さっさと逃げましょう。捕まったらきっと、ロクな事にならないわ」

 太郎の袖を掴み、不安気な様子でマール。太郎はそれに、全く同感だった。


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