第105話
「さすがタカサキ造船の副社長。大戦果ですな」
にこにことした、しかしいかにも作り笑顔の男がサクラへ向かって語りかけてくる。サクラは彼が確かどこぞの外交担当だったはずだと記憶の中にあたりをつけるが、正確な所はわからなかったし、どうでも良かった。彼女はいくらかうんざりとした気持ちになりながらも、それに「運が良かっただけだ」と微笑を浮かべて返す。
このちょっとしたパーティーが出来そうな広さのある広間はEAPの要塞内に作られた社交場で、関連企業の様々な重役が顔を見せていた。立食形式の会場は多数のテーブルが林立し、所狭しと料理が並べられている。
隣の会場にはリトルトーキョーのトップがおり、戦争における今後の流れや何かを話し合う事になっているらしい。向こうの会場は父が代表者として赴く為、自分は単なる社交を行う為の顔に過ぎない。
「まさか、運だけでああはなりますまい。EAP第2戦功勲章の授与は間違いないという話ですぞ。巡洋艦3に駆逐艦8。その他艦艇が22という数は、この戦争が始まって以来の大戦果ではないですか」
先ほどの男では無く、彼女を取り巻いている別のひとりが発する。彼が同意を求めるようにあたりを見回すと、集まった人々がそうだそうだと揃って頷く。
「まぁ、その、なんだ。状況からしてああする他無かったというだけの話だ。あの時はがむしゃらだったし、正直良く覚えていないな。だから、あまり突っ込んだ質問はよしてくれよ?」
話の流れが戦いの事に及ぶ前に、先手を打っておくサクラ。彼女はいまだにあの時の指揮が最善だったかのかどうかなどわからないし、どうでも良いとさえ思っていた。今回の司令官職務は次期タカサキ造船副社長に対する箔付けの為に行われたもので、次回以降は裏方へまわる予定となっていた。それに戦果のほとんどは、ライジングサンという輸送会社が叩き出したものだ。
「しかし、まさか敵が来るとは思わなかったな……」
誰にも聞こえないよう、小さくぼやくサクラ。
そもそもあの宙域は重要度で言えばかなり低い場所のはずで、戦闘が起こる可能性は限りなく低いものと思われていた。EAPは建造した要塞の通り道としてそこを選んだだけで、戦略的な何かがあったわけでは無かった
「そうですね。もしかすると、相手にとって重要な何かがあったのかもしれませんよ。どう思われますか?」
顔をよせるようにして、にやりとした笑みをみせる取り巻きの女。サクラはその女が聴覚強化されたアンドロイドだった事を思い出すと、うかつな発言をした自分を心の中で嗜める。
「さあ、ね。見当が付かないし、ついたとしてもこの場で言えるような事でもあるまい……む、失礼。父上がお越しになったようだ」
彼女はどよめきと共に顔を巡らせる群衆の姿から父の到来を察知すると、良い機会だとばかりにそう断りを入れて向こうへと歩き出す。父へ会えば憂鬱な気持ちになる事がわかりきってはいたが、この場で下手なボロを出すよりはずっとましのように思えた。
サクラは、父が苦手だった。もっと言えば、恐怖の対象だった。
誰もが彼女を甘やかす中でも、父だけは別だった。サクラは父から父親らしい事をされた記憶が無いし、ほとんど話をした事も無かった。あったとしても業務上に必要な事柄か、もしくは彼女を叱るための説教かのどちらかだった。厳格な父の教育には今でこそ感謝も出来るが、大人になるまでそのありがたみなどわかるはずもなく、ただただ憎んでいた時期もあった。
「お父様、お久しぶりです。お変わりないようで、安心しました」
帝国における最敬礼とされる、5本の指を揃えた形で相手へ向ける礼をするサクラ。ただし目は伏せ、顔は見ないようにする。見てしまえば圧倒されてしまい、何も言えなくなってしまう。
「サクラか」
しわがれてはいるが、力強い声。サクラの視界の隅には彼女と同じ黒い髪が見え、恐らく以前と同じ髪型にしているのだろう。後ろに束ねた長い髪の毛先がゆらゆらと揺れている。
「話は聞いたぞ。随分と活躍したそうだな」
ゆっくりとサクラへ向かって足を進めてくる、タカサキ造船22万をとりまとめる最高権力者。齢74を数えるサクラの父は彼女のすぐ目の前で足を止めると、すぅと音を立てて息を吸った。サクラは恫喝されるのではと反射的に思い、びくりと肩を竦ませる。
「良くやった!!」
関連企業の重役が集まる会場の中、広いフロアの隅々まで響く大きな声。
「……はい?」
大声に驚いた彼女だが、それも今はより大きな驚きにかき消されてしまった。彼女は父が自分を褒めてくれるなどというのはいったいいつぶりの事だろうかと考えるが、そもそも褒められた記憶自体が存在しないという事に今更ながら思い至る。
「そんな顔をせず、胸を張れ。お前の判断で多くの社員が命を救われたはずだ。今後も艦隊はお前に任せる。期待しているぞ」
タカサキ造船社長はそう言うと、くるりと踵を返して歩き去っていく。サクラは出口へ向かう父の背中を呆然と眺めていたが、心のどこかから徐々に溢れ出てきた歓喜に身を振るわせる。
「褒められた……褒められた!!」
取り巻きは既に父の後を追っており、ここにはいない。彼女はならば構うものかと、人目もはばからずにそう叫んだ。
「えーっと、どうも~? 御招待にあずかりましたテイローでございます~?」
照明の落ちた薄暗い部屋へと、ゆっくりと足を踏み入れる太朗。彼はもしかしたら部屋を間違えたのだろうかと不安になるが、BISHOPの表示は間違いなくEAP2司令官の部屋となっていた。
「すげぇ部屋だな……ディーンさんとこもそうだったけど、金ってのはある所にはあるんやね」
まるでヨーロッパにあるホテルのロイヤルスイートルームのような、高級感に溢れた豪奢な部屋。家具は全て細かい彫刻の掘られた木製で作られており、部屋のそこかしこに観葉植物の大きな鉢植えが置かれている。太朗は覗き込むようにして植物が本物である事を確認すると、その広葉樹の葉を指先でなんとなしに弄る。
「植物に興味があるのか?」
部屋の奥から聞こえた、聞き覚えのある声。太朗は特に植物が好きだというわけでは無かったので、「そうでも無いっすね」と声の方へ向かって発する。
「そうか、私もだ。まわりが勝手に置いているだけで、普段は目を向ける事すら無いな……やあ、実際顔を合わせるのは初めてだな、ミスター・テイロー。タカサキ造船の取締役、EAP2司令官を担当したサクラだ」
開け放たれた扉から現れたのは、黒い髪と瞳の美女。顔立ちは日本人のそれと良く似ており、恐らく炎か何かを模しているのだろう。左の目元に入った紫のタトゥーが非常に印象的だった。
「えぇと、はい。初めまして。先日の戦闘の際は、その。生意気な口をきいて申し訳なかったっす」
遭遇戦の際のやりとりを思い出し、バツが悪いと頭をかく太朗。こんな美人ならもっと優しく言うべきだったなどと思っていた彼に、「とんでもない」とサクラ。
「正直に言って、非常に助かった。戦いというものがあまり得意でなくてね。知っているかもしれないが、お飾りの司令官というやつさ……あぁ、かけてくれ」
ふんと鼻を鳴らしてそう言うサクラ。太朗は「はぁ」と気の無い返事をすると、促されるがままにやわらかいソファへと腰を下ろす。
「えぇと、戦いが得意ではないとの事ですけど、他の司令官もそうなんですか?」
今回呼ばれた理由が何だかは知らないが、とりあえず聞いておかねばと思っていた事を質問する太朗。そんな太朗に「似たようなものさ」とサクラ。
「EAPは基本的に平和主義をうたってる。大抵の事は金で解決してきたし、周囲に圧力を与えるような行動は出来るだけ慎んできた。経済規模に対する軍備が異常なまでに小さいのはそれが理由だな。避けられない揉め事は中央大手の警備会社に委託してきたし、実戦経験のある者などほとんどいないんじゃないか?」
羽織ったショールをゆらしながら、太朗の対面に腰掛けるサクラ。太朗はショールの合間から見える、ネグリジェだかなんだか知らないが、薄手の派手な服装にドキリとする。
「はぁ……でもそれだと、今回のような事態に対処しきれないっすよね。今までどうしてたんですか?」
いくら警備会社に委託するといっても、アライアンス同士の正面衝突に対応してくれるような企業などいない。銀河最大の超巨大企業であるギガンテック社ならそれも可能かもしれないが、委託費用は天文学的な額になるのは間違い無いし、そんな大軍を招き入れてしまえば、そのままEAP側へ矛先を向けないとも限らない。
「今まで? いやいや、こんな事は今まで無かったはずだ。戦争というのは、経済摩擦の延長線上にあるものだ。であればその摩擦を解消するか、他の点でメリットをくれてやればそもそも戦争を行う必要すら無くなる。しかし今回のこれは……なんと表現していいのかわからんな。あいつら、金目的では無いのだろう?」
わけがわからないといった体で、肩を竦めて見せるサクラ。太朗は彼女がどうやら嘘を言っているようでは無さそうだと判断すると、これはまずい事になったと冷や汗をかく。
「えぇ……そうですね。エンツィオは独立と生存を賭けた戦いをしてるわけですから、並み大抵の事では折れたりはしないでしょうね。というより、どちらかが倒れるまで徹底的にやるつもりだと思いますよ。総力戦になりますね」
亡命者の話が本当だとすればだが、エンツィオは対帝国に対する独立を目的としていると言っていた。であれば問題の解決方法としては帝国へのルートの封鎖しか残されておらず、それは他の星系の人々からすれば容認できる内容では無いはずだった。そんな事をすれば周辺星系の経済は破壊され、大量の餓死者が出る。
腕を組み、ううんと唸る太朗。しかしそこへ、文化の違いから来る強烈な一撃がサクラより発せられる。
「総力戦とは、いったい何だ?」

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