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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク) 作者:Gibson

第9章 ファニーウォー

第104話

 近頃ため息の回数が増えて来たなと、状況に不釣り合いな考えが頭に浮かぶ太郎。彼は小梅が定期的に朗読する被害報告に苦い表情を作ると、このままではいけないと顔を上げる。接敵判定が出ているRS4にいくつかの被害が出始めており、まごついている暇は無さそうだった。

「RS1からEAP2へ。司令官殿、まだいらっしゃいますかね?」

 顔をぱちんと叩き、落ち着いた声色で太郎。その声から遅れる事数秒、通信機から「"あぁ、いる。いるぞ"」と焦った様子の声が返る。

「そいつはよござんした。ちなみに質問なんですが、指揮権を誰かに委ねたりとかって難しいですよね?」

 焦りやいらつきを出来るだけ抑え、努めて普通に発する太郎。

「"一体何の話だ……君が代わるとでも言うのか? 出来るわけがないだろう"」

 通信機からの返答。太郎はそらそうだとひとり頷くと、少し上を見上げる。

「ではですね、ちょいと秘密のお話がしたいんで、こいつをインストールして下さい。レコーダーには残らない形での暗号ソフトなんで、使い捨てですが便利っすよ」

  ――"プログラム送信 対象EAP2 暗号通信ver1.1"――

「"君は何を――"」
「セットして下さい」

 一字一字を、はっきりと発する太郎。通信機の向こうから沈黙が訪れ、しばしの時間が流れる。

  ――"暗号通信プログラム:ひみつ3号 通信リンク……接続"――

 太郎のBISHOPに流れる、新しい通信が繋がった事への報告。太郎はほっと一息つくと、目をつぶって意識を集中する。マールと小梅は太郎の動向をうかがっているのだろう、何も言わずに戦闘操作を行ってくれている。

「はい、では今から独り言を言います。これは"誰にも聞かれていませんので"、司令官ご自身の考えとして頂ければよろしいかと」

 頭の中で「ただしマールと小梅以外はな」と付け足す太郎。いくらかの間の後に、「"なるほど"」という返答が返る。

「EAP2のシールド艦部隊を除き、打撃艦を全て転回。敵正面部隊から全力で逃げます。後ろにワープしてる連中はうちの会社の艦隊が前線を受け持っているので、シールド艦が無くともさして被害は受けないと思います」

 レーダースクリーンへ目を向け、今一度状況を確認する太郎。

「そのまま我々と合流し、機雷除去を担当した各艦隊を拾い上げます。CE艦隊からATT艦隊へ抜けるルートが良いでしょう。敵の戦艦がワープインするまでしばらく時間があるはずですので、十分間に合うはずです……くそっ、揺れたな。小梅、状況は?」

 船に感じた衝撃に、マイクをオフにして首をめぐらせる太郎。

「敵に砲艦がいるようですね、こちらへ向けて狙撃を開始したようです。揺れたのは回避行動によるもので、被害は受けておりません」

「テイロー、そろそろ撃ち合いになるわよ。出来るだけ早く終わらせてね」

 太郎はふたりに親指を立てる事で答えると、再び通信機へ向かって口を開く。

「続けます。戦力的に第二波が到着したら、恐らくこちらに勝ち目はありません。第三、第四の波が来ないとも限りませんし、ここは撤退して相手を観察するべきだと思います。オーバードライブによる撤退はまとまった数で順次行い、追撃されたら反撃。その後再びオーバードライブで離脱します」

「"なるほど……しかしそれでもしつこく追ってくる場合はどうする?"」

「そうならないとは思いますけど、なったらなったで構いません。相手の主力は追撃へのワープにも時間がかかるはずで、追撃戦も今ここにある戦力と同等のもので行われる形になります。であれば、見ての通り我々が有利です」

 ファントムが少し前に指摘した通り、敵はワープによる奇襲へ特化した装備を整えてきているらしい。損害の割合は明らかにこちらが有利で進行しており、援軍の存在さえ無ければ勝ちは確定しそうだった。

「"ふむ。しかし、その、なんだ。不利になる前に撤退などしたら、臆病だとみなされないか?"」

 通信機からの声に、叫びだしそうになる気持ちを抑える太郎。

「大丈夫です。有利な時に戦い、不利な時に撤退するのは当たり前の事です。むしろこれだけの数を相手に優勢を保ったまま、被害少なく退却できれば勲章ものだと思いますよ。僕が保障します」

 太郎の発言に何か思案でもしているのか、しばらく沈黙が続く。太郎はもうひと押し出来ないだろうかと考えをめぐらせると、思いついたそれを口にする。

「さらに言えば、現在地の座標は残っているわけですから、撤退後に相手戦力の分析を行う事も出来ます。ドライブ粒子の活動具合や何かから、いくらか推測できるはずです。前線哨戒としては申し分無い戦果です。これ以上は難しいと思いますよ?」

 そう言い切ると、再び揺れた船体にびくりとする太郎。今度の衝撃は大きく、明らかに被弾によるものだった。

「敵の狙撃です。シールド残量93%。接敵まで残り280秒。3番艦が小破、観測装置に異常が発生しているようです」

 小梅の報告に、ディスプレイへと目を向ける太郎。敵の群れの中には、後退しながら砲撃を続ける船舶の姿。

「あれか……追いつけ、ねぇわな。前線ぶち抜いて追うならともかく。タイキさん、あれをなんとか出来ますか?」

「"任せとけ。きつい一発をお見舞いしてやるぜ」

 太郎の要請を受け、進路を変更する爆撃隊。太郎は艦載機の便利さについてを改めて感心するも、すぐに気をEAP2の方へと戻す。敵を攻撃するのは大事だが、それよりも優先しなければならない事がある。

「頼むぜ。出来れば置き去りにするのは避けてぇぞ……」

 このままEAP2が常識はずれの行動をとり続けるのであれば、太郎は問答無用で逃げ出すつもりでいた。自殺に付き合うつもりは無いし、社員に対する責任もある。しかしそうなると、当然他の艦隊。つまり他社にも大きく影響が出る事になってしまう。ライジングサンの艦隊は、現艦隊群の25%の戦力に相当する。

 祈るように、待ち続ける太郎。2発目のレールガンを放ち、ロックオンを行い、艦隊への支持を送りながら。

「"確かに君の言うとおりではあるが――"」

 通信機からの声に、力が抜けそうになる太郎。しかしふと閃いた決定打が、彼の顔をはっと起き上がらせる。

「俺は、リン・バルクホルンと個人的な繋がりを持っています」



「んんっ、第一シールド艦隊、第二シールド艦隊を後退。残りの艦艇は全て145度転回。目標RS1艦隊付近」

 タカサキ造船の副社長であるサクラ・マ・タカサキは咳払いと共にそう言い放つと、艦橋に広がった沈黙に慌てる事となった。

「さ、さぁ、早く取り掛かるんだ。言われた通りにしろ!!」

 指をびっと伸ばし、副官へ向けて強く発するサクラ。副官はしばらくの間呆けたようにサクラを見ていたが、はっとした様子で「了解!!」の声を返して来る。

「本当に周りにはバレてないのか……凄い暗号化能力だな」

 BISHOPでアクセスした通信記録には、先ほどRS1の艦長と行ったやり取りは一切記録されていなかった。見ると通信機器は少々複雑なノイズを受け取った形となっており、通信と認識されていないようだった。

「艦長、質問があります。このままでは敵のワープイン地点へ向かう事となりますが?」

 いくらか懐疑的な目と共に、彼女の副官。サクラはそれにふんと鼻を鳴らすと、レーダースクリーンを指差す。

「友軍を救出し、一旦この場は離れる。恐らく敵は主力艦隊を差し向けてきているはずで、我々に勝ち目は無い。ここは偵察と割り切り、本隊に情報を持ち帰るべきだ」

 RS1の艦長に言われた通りの事を、つらつらと述べるサクラ。副官は何か思うところがあったのか、わなわなと震え始める。

「サクラ様……大変御立派になられて……おい、聞いたか!! 威力偵察だ!!」

 副官は涙目になりながらも、まわりの部下へ向かって声を張り上げる。サクラは数年ぶりに会った副官が昔と変わらないままでいる事に、そしてRS1とのやりとりがばれていない事に安心感を覚える。

「あれからもう5年も経ったのか……」

 ぼうっとそう発すると、タカサキ造船イプシロン支社での慌しい日々を思い出すサクラ。

 サクラはEAPの根底を支える大企業の社長令嬢として、何不自由なく育った。大抵の物は望めば手に入ったし、誰もが彼女の前では跪いた。母方の血筋には帝国貴族の流れを汲む者がおり、やんごとなき人々との社交を行う事もあった。

 それが終わったのは、彼女が支社長としてイプシロン星系へ赴任する事となってからだった。

 帝国の中枢にあたるそこには彼女を甘やかす人々はおらず、実力が全てを支配する完全な競争社会だった。彼女はEAPの存在するアルファ方面星域にいた頃と同じ様に采配を行ったが、その結果は散々だった。あやうく支社のイプシロン撤退すら仄めかされるような事態になり彼女は打ちのめされたが、しかし同時に自分というのもを冷静に見詰め直す事も出来た。その後彼女は5年をかけて支社を立て直し、副社長という座を掴むに至った。

「しかし、それが仇になるなどとは普通思わないだろう……」

 ひとり、ぼやくサクラ。

 彼女は帝国中枢での5年間で経営と造船についての知識を十分に得る事が出来たが、逆にアウタースペースでの生き方というものを学ぶ事が出来なかった。帝国中枢では戦争などという野蛮な事態は一切起きないし、ワインドもほとんど見かけない。いたとしても、大抵は護衛の警備会社がなんとかしてくれた。

「いまは考えても仕方の無い事か……しかし、実際問題これからどうすれば良いのだ? もう一度相談してみるか?」

 ちらりと視線を動かし、通信機を見やるサクラ。RS1の社長がどんな人間かは知らないが、間違いなく戦い方というものを知っている風だった。リスト上には運送会社とあるが、彼女はそれを信じていなかった。どこの世界に、保有する船の50%が戦闘艦で構成された運送会社があるというのか。

「テイロー・イチジョウか……イチジョウという響きからすると、アルファ方面出身か? いや、偽名の可能性もあるな……というか、何者なんだこいつは」

 なぜこんなに個人情報が少ないのだろうかと、険しい顔で思い悩むサクラ。船内データバンクにある情報は帝国が発行しているものだけで無く、調査会社や何かが調べた第三者からの物も含まれている。それでもデータが無いという事は、よほどうまい事記録を抹消したのだろう。

「帝国軍……それも何か、相当特殊な立場だろうな。そうそうできる事じゃない。うん、そうに違いない」

 サクラは自分の考えにとりあえず納得すると、再び通信機を手にする。社長である父親から教わった古くからのことわざが、彼女を強く後押しした。

「モチは、モチ屋だ」

 この言葉を発するたびにいつも思う「モチとは何だろう」という感想と共に、彼女は先ほど受け取った暗号関数を再び実行した。


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