第103話
「100以上って……敵の主力艦隊が来たんか?」
レーダー上に映る、雨の日の水たまりのような波紋の群れ。その中にはひときわ大きいものがいくつか見られ、太朗は敵が戦艦クラスを投入しようとしている事に気付く。
「"こちらRS4。20秒後に接敵する。どうやら状況はあまり芳しく無いようだね。撤退を前提に救助を優先する"」
通信機から、ファントムの声。太朗はそれに「お願いします」と返すと、いまだに方針すら打ち出せていないEAP2に憤りを覚える。
「逃げるも攻めるも良しですが、どちらつかずが最も愚策と言えますね。ミスター・テイロー、如何しましょう」
磁力で制御盤へと固定された小梅。太朗は小梅へひとつ頷くと、指揮系統制御プログラムをBISHOPに走らせる。
「何にせよ包囲だけは避けないと。数的に撤退するはずだから、回避優先で艦隊を合流させよう」
――"艦隊制御 ランダムシフト"――
――"船体制御 シールド優先"――
――"船体制御 オーバードライブ優先"――
太朗の指示に従い、整列した艦隊が不規則に加減速を繰り返し始める。敵の砲撃はこちらに向いてはいないが、真っ直ぐ進んでいては狙撃される可能性も高い。
「っとと、こいつも忘れないようにしないとな」
――"船体システム 対線モード"――
もう一度同じ轍を踏むつもりは無いと、EMP対策されたモードへと切り替える太朗。一時的に船体能力は下がるが、相手に電子戦機がいないようであれば元へ戻せばいい。太郎はちらりと小梅の様子を伺うが、球体のそれから表情を読み取る事は出来なかった。
「RS4が敵グループと接触。砲撃を開始したわ」
マールの報告に、「そんじゃ急がないとな」と太朗。彼は意識の大部分をタレット制御システムへ向けると、目を閉じて集中し始める。
――"ロックオンシステム 起動"――
――"捕捉機構多重制御……スタンバイ"――
――"目標捕捉 対象:18"――
「レールガン発射!! キャッツのみなさん、よろしく頼んます!!」
「"キャットワン、発艦する"」
「"キャットツー、行って来るぜ"」
「"キャットスリー、任せといて"」
「"キャットフォー、飯はまだかな"」
通信機より返る、カト族達の返答。太朗は彼らの為に航空機制御用のプログラムを立ち上げると、脳の中を駆け廻る雑多な情報にいくらか顔を顰める。
「電子戦仕様にしたから、情報量が増えたんか……しんどいな」
それぞれ6機ずつの編隊となった、合計24の艦載機。そして発射された6つの弾頭を同時に制御する太郎。ゴンとタイキの率いる12機が敵へ向かって突き進み、残りの12はRS1艦隊の周囲へと散開する。
「RS3、RS4より多数のドローンの射出を確認。RS4はそのまま敵性グループE2へ向けて前進。RS3は作業船の収容を一部諦めたようです。進路を我々の方へ変更」
いつもよりせわしなく明滅する小梅のランプ。太郎は各種制御の傍らそれを把握すると、頭の中に位置関係を叩き込んでおく。
「テイロー、ファントムから脅威度判定の報告が来たわ」
「サンキュー、さすが頼りになるやね」
マールからBISHOP越しに送られてきたそれには、優先して排除したい敵の序列がリストとして記載されていた。太郎は一覧から最優先と記されているものを抜き出すと、即座にレーダースクリーンの座標と照らし合わせる。
「電子戦機と思われる機体……こいつか。喰らいやがれ」
座標と数値の羅列を頭の中で映像に変換し、敵艦へ向けて自らを突進させる太郎。無数に放たれる焼却ビームの網を潜り抜け、視界一杯に船体が広がるまで操作する。
「攻撃命中、有効弾3。E2-4大破、同8中破、同5小破。ひとつは回避。ふたつ程焼かれましたね」
小梅の報告にまずまずだと納得しながらも、小さく舌打ちをする太郎。
「さすがに距離があるとビームにやられやすいな……それに焼却ビーム自体の数も多い?」
「気のせいだと思いたいけど、相手の船舶サイズからすると確かに多い気がするわね。デブリ帯ってわけじゃないはずだし、対策されたのかも」
「あなどれねぇ相手って事か……嬉しくねぇな。次弾射撃用意」
ならば手数を増やすだけさと、すぐさま次の弾頭を装填する太郎。タレットの温度グラフが徐々に下降していく様を眺め、そわそわと規定値を下回るのを待ち続ける。
レールガンに限った話では無いが、砲は発射の際に大量の熱を発生させる。連射をすれば熱で砲身が歪んでしまい、まともな照準がつけられなくなってしまう。さらにレールガンは加速中の弾頭とレールが常に接触している必要がある為、歪んだ際に接触が途切れてしまえば加速もそれだけ中断してしまう。逆に凸部でもあろうものなら弾頭がレールを削り取ってしまう為、その後の使用にも支障をきたしてしまう。
「キャットワン、キャットツーが爆撃進路……投下まで残り5秒。4,3,2……弾着。E2-5中破。同14は小破ですが、エンジンを破壊したようです。被害は随伴機が2。片方は帰投が可能との事」
「よっし、受け入れ準備と艦載機の補充急いで……あれ、なんだ? マール、5番タレットがおかしい。装填できない」
「5番? ちょっと待ってね……弾頭が挿入口に引っかかってるわ。すぐ撤去するから待ってて」
「んな時にジャムって……開発部の報告だと5万分の1の確率とかじゃなかったか?」
「常に安定した環境で使用した場合の数値ですよ、ミスター・テイロー。RS4-8中破。同3小破。いわゆる、カタログスペックというやつです」
「あぁー、そういう事ね。もうちょっと予算増やして、実践に即したデータとってもらわねぇと駄目だな」
太郎は帰ったらさっそく実行しようとそれを頭の中に留めると、刻一刻と移り行くレーダースクリーンの表示へと目を向ける。現在RS4がE2に対して殴り込みをかけており、両者の距離はどんどんと縮まっていっている。双方ともに被害が発生しており、時折集団の輪から外れて逃げる船や、前進についていけずに脱落する艦の姿が見てとれる。
「"こちらRS4。NY1の残存艦隊と合流した。これよりそちらへ向かって後退するが、その後の展開はどうなってる"」
「こちらRS1。残念ながら旗艦からは何の連絡も来てねぇっす。ぶるって盛大に漏らしてんじゃねぇかな?」
「"そいつはまた……とりあえず周辺にありったけの反ドライブ粒子を散布しておいた。しばらくは時間が稼げるはずだから、さっさと決めてもらってくれ"」
「RS1、了解。十中八九逃げるだろうから、そのつもりでよろしくです」
太郎はため息まじりにそう答えると、再びEAP2へ向けて通信を繋げる。
「あ~、もしもし。こちら――」
「"こちらEAP2。状況を知らせてくれ。何がどうなってる!?"」
通信機から聞こえる、悲鳴のような声。太郎はその大きな声に顔をしかめると、先ほどの通信手とは違う声に誰だろうと訝しむ。
「どうなってるって……敵の主力と思わしきグループが強引に後ろ側へワープしようとしてて、こっちは艦隊が包囲されないように頑張ってるトコじゃね?」
「"包囲……逃げた方がいいのか? どうすればいい?"」
「……あぁいや。それを俺に聞かれても困るんだけど。つーか、責任者か作戦決定権がある人に代わってくれないかな。遊んでる場合じゃねぇからさ……マール、レールガンはどう?」
こいつは何を言ってるのだろうと、不快感を露わに苦い顔の太郎。彼はマールの「大丈夫よ。再起動したわ」との報告に親指を立てて応える。
「"こちらEAP2。これは、責任を取らされる事態なのか? すまない、教えて――"」
「んな事今はどうでもいいだろうが!! 責任とるもとらないもこれからの動き次第じゃねぇすかね!!」
たとえ冗談にしても笑えないと、通信機へ向かって叫ぶ太郎。彼は向こうから何の反応も返ってこない事を確認すると、うんざりとした声色で返す。
「ワープ地点を逆に包囲するってのが定石なんだろうけど、奥側が機雷原になってるから難しいと思う。全艦隊を後ろへ下げて正面で受けるのが鉄板だけど、状況的に逃げた方がマシなんじゃないかな……とりあえず、そう司令官に伝えてくれるとありがたいんだけど」
太郎の提案に、「"こちらEAP2、了解した"」との返答。太郎はほっとひと安心かと息を吐くが、続けられた言葉に唖然とする。
「"おい、撤退だ!! さっさとオーバードライブをするんだ!!"」
通信機から漏れる、EAP2の内部へ向けての声。太郎は「おいおい」とひとり呟くと、続ける。
「いや、あんたが司令官だったんかよ……って、ちょい待ち!! ばらばらにワープしたんじゃ各個撃破されちまうし、ワープ先を特定されたら終わりですぜ!? 組織的に撤退しないと!!」
EAP2の旗艦方面から発生したドライブ粒子の活動に、慌てて制止の声をかける太郎。"逃げる"と"戦術的撤退"のふたつは全く別物で、前者は致命的な損害を生みかねない。
「……つーか、だめだなこれ。この人が例外的なんだと思いたいけど、そうじゃなかったら――」
接敵判定の知らせを伝えるBISHOP上の表示を眺め、いま一度ため息を吐く太郎。
「この戦争、負けるな」

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