第102話
「作業船は今すぐ要塞方面へ退避!! 全艦迎撃準備!! 敵が来る!!」
インカムに向かって叫び、自らもベルトをきつく締め上げる太朗。
「マール、戦闘態勢に入るまでの時間は?」
「スキャナーへの電圧を各所へ戻すだけだから、2分もあれば」
「了解。小梅、船体チェック。戦闘関連」
「システムオールグリーンです、ミスター・テイロー。艦載機管制システムの一部が更新されていますので、そちらは未定」
「ん、了解……RS1からEAP2へ。多数の敵の接近が予想されます。指示を下さい」
掃海作業を行っているEAP連合艦隊の旗艦へ向け、戦闘準備を行いながら尋ねる太朗。彼はEAP2からの報告を待つために耳を傾けていたが、いつまで経っても返答が無い為にもう一度同じ報告を行う。
「"こちらEAP2。広域スキャンには何も映っていない。誤認では無いのか?"」
ようやく返った通信機からの声に、顔をエッタの方へと向ける太朗。彼女は太朗の視線に気付くと、レーダースクリーンから外れた何も無い地点を指差す。
「そっちの方って事は……RS1からEAP2へ。敵はEB2993方面から。誤認では無い。繰り返す。EB2993方面から敵多数接近の恐れあり」
報告の後、再び沈黙。太朗はシートへ腕を乗せ、立て肘でじっと返答を待つ。
「"……こちらEAP2。やはり広域スキャンには何も映っていない。そちらの誤認の可能性が疑われる。もう一度――"」
「ごちゃごちゃうっせぇぞ!! 誤認じゃなかったらお前責任とれんのか!!」
慎重と言えば聞こえはいいが、どうにも呑気なEAP2からの反応。太朗はイラつきから声を荒げると、「マール、頼む」と短く発する。
「もうやってるわ……ノイズが凄くてあれだけど……見つけた!!」
小さく右手をぐっと握り、手応えの声を上げるマール。太朗はすぐにマールから転送されてきた指向性スキャンの結果へ目を通すと、それをEAP2へと送信する。
「EB2993方面にドライブ粒子の動きあり、だ。じきに空間予約に変わる方へ100万クレジット賭けてもいいぜ。早いとこ頼むよマジで」
通信機へ向け、苦い顔で発する太朗。彼はどうせまた返答に時間がかかるだろうと、しばらくそれを放っておく事にする。
「アラン、ファントムさん、そっちはどうっすか?」
第3艦隊の指揮を執るアランと、第4。つまりバトルスクール艦隊を率いるファントムは、それぞれ太朗の第1艦隊と共に付近の警戒に当たっている。最も戦力の高い第2艦隊は、現在ベラの指揮でEAP1の主力艦隊と行動を共にしている為、ここにはいない。
「"こちらRS3。戦闘準備は出来てるが、出来ればちょいと時間が欲しいな。作業船がいくつか出払ったままだ"」
「"こちらRS4。学生達が青ざめてる事を除けば、特に問題は無いよ。左翼からそちらへ向かうから、君は後退してくれ。座標を送るから、そこで合流しよう」
「こちらRS1、了解……座標もらいました。アラン、相手は数が多いみたいだから、やばそうだったら人だけ拾って作業船は破棄で」
太朗はそう言うと、送られてきた座標へ向けて船を後退させ始める。プラムの船外モニタに薄いガスの膜が発生している様子が見てとれ、小梅が反ドライブ粒子の放出を始めた事がわかる。太朗が「他の会社には?」と尋ねると、「散布の要請を送ってあります」と小梅。
「相変わらず仕事が早いやね……おーい、EAP2さんまだっすかぁ?」
何をやってるのかと、苛立たしげに発する太朗。彼は「どうしたのかしらね?」と顔を向けて来るマールに、わかりませんのジェスチャーを返す。
「12社も集まってんだぞ? こんなんでまともに指揮できんのか?」
レーダースクリーンを見やり、首を傾げる太朗。この場には戦闘艦だけでも100隻近い船が存在し、EAP傘下の企業がそれぞれの艦隊を組んでいる。掃海が得意な船を数隻だけ用意した企業もあれば、ライジングサンのように24隻もの戦闘艦を用意した会社もある。
「"こちらEAP2。君らが言う事が本当だとしてだが、出来ればここの安全は確保しておきたい。君らには270、45方面を担当を任せる。座標を送るので確認してくれ"」
ようやく来た指示に、ほっと胸を撫で下ろす太朗。しかしそこへ、小梅からの無慈悲な報告。
「ミスター・テイロー。送られてきた座標は、機雷原の真っただ中です。僭越ながら、到達する事すら難しいと判断します」
小梅からの報告に、ぴくりと頬を引きつらせる太朗。彼は「もっかいやり直せ!!」と通信機へ向かって叫ぶと、どうやらEAP2からの指揮はあてにならなそうだと判断する事にした。
「270、45っつーと、左斜め、前下か。正面EAP2で受け持って包囲陣取りたいんだろうけど、無理だろ。機雷がわんさかあるんじゃ機動戦なんて出来るわけねえじゃん」
半ば愚痴のようになった呟き。太朗はそれを、念のためにとEAP2に送信しておく。まともな人間がいれば、気付いてくれるかもしれないと。
「テイロー、黒いのが来るわ。白いのも沢山!!」
不安そうな顔つきで、エッタ。太朗はいよいよかと覚悟を決めると、先にタレットベイを開いておく。
「来たわ、テイロー!! 大量の空間予約。全部でおおよそ80よ!!」
マールからの報告に「わかった!!」と応えるが、思ったよりも少ない数に訝しむ太朗。
「……複数個所展開か、もしくは波状攻撃でもしてくるんか?」
眉間へシワを寄せ、考え込む太朗。彼は自分が相手側であればどうするかを想像し、頭の中で戦闘のシミュレートを繰り返す。
「……両方?」
嫌な予感と共に、到達した答えを呟く太朗。これはまずいと周囲を確認しようとするが――
「ミスター・テイロー、残念なお知らせです。後方宙域へ空間予約が固定されました。じきに敵艦隊がワープインしてくる物と思われます」
小梅からの報告に、ひと足遅かったと舌打ちをする太朗。空間予約された地点には他の艦隊がおり、当然反ドライブ粒子を散布していたはず。しかしそれでも予約が成されたという事は、どうやら相手は強力なワープスタビライザーを搭載しているらしい。ほとんど至近とも呼べる距離へのオーバードライブ。
「RS1からNY1へ!! すぐに後退して下さい!! 全艦180度転回!! 全速前進!!」
太朗の命令に従い、その場でぐるりと旋回する8つの船。やがてそれぞれが核融合の炎を発すると、敵のワープ地点へ向けてぐんぐんと加速していく。
「"EAP2からRS1へ。なぜ後退している。勝手な真似は――"」
「アホか!! 囲まれたら全滅しちまうだろが!!」
太朗はEAP2からの通信へ向かって叫ぶと、勝手にやれとばかりに通信を切断する。宇宙船はシールドによって敵の攻撃から守られてはいるが、シールドはビームを完全に分散させる事が出来るわけでは無い。下にあるのが分厚い装甲板であればどうという事も無いかもしれないが、エンジンのスラスタとなれば一大事だ。
「"RS4からRS1へ。敵のワープ地点へ急行する。しかしお粗末な司令官だね。うちの生徒の方がずっと優秀だ"」
通信機から、ファントムの声。太朗は全くだとそれに同意すると、「大丈夫っすかね?」と声を掛ける。ファントム率いるRS3はバトルスクールの生徒が中心となった艦隊であり、人間相手の実戦経験はほとんど無い。
「"至近距離での撃ち合いなら、長距離のそれに比べて実力差が出にくいものさ。相手はワープスタビライザーを多く詰んでいるはずだから、単艦あたりの戦闘力で言えばこちらが上のはずだね"」
ファントムの説明になるほどと納得すると、ちらりとBISHOPを確認する太朗。そこには小梅の計測するドライブ粒子の活動具合がグラフで表示されており、まもなく最高値に達しそうだった。
「敵、ワープインするわ!!」
叫ぶように、マール。太朗は目を見開いてレーダースクリーンを見つめると、青い光の矢が船の形状を形作る様を見届ける。
「2、4……34隻。フリゲートと駆逐。くそっ、巡洋艦もいるな」
レーダースクリーンは、すぐさま始まった砲撃戦に青い筋が入り乱れる。太朗の艦隊はまだ距離があり、RS4も到着まではいくらか掛りそうだった。
「NY1-4、中破。同1-6中破……訂正。大破。NY1小破……」
小梅から淡々と告げられる被害報告。太朗はぐっと唇をかみしめると、そうする事で船が早くなるかのように機関へ全速命令を発し続ける。
「くそっ、ニューヨークの社長さん、新しい船買ったつって喜んでたのに……距離は!!」
「じきに射程圏内に入ります……ですがミスター・テイロー。ビームでは誤射の危険が大きすぎます」
「わかってる、レールガン発射準備!! 艦載機、弾頭発射と同時に発艦!!」
誰へともなく叫ぶ太朗。BISHOPで行う船体制御に叫ぶ必要など無いが、溢れ出るアドレナリンが彼にそうさせる。
「テイロー、また来るの!! 他のがいっぱい!!」
太朗はエッタの声に「くそ、やっぱりか!!」と叫ぶと、再びレーダースクリーンを注視する。
「……おいおい、多過ぎんだろこれ。冗談じゃねぇぞ」
レーダー上に表示された新たな空間予約の数は、少なくとも100を越えている事は間違い無さそうだった。

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