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2011年3月の記事一覧

 明30日、法務委員会で15分間質問の機会をいただいた。前回9日に続いて一月に二度も機会をくださった関係各位にこの場を借りて厚く御礼申し上げる。
 明日は以下の二点について政府の見解を質す予定である。
 まず、福島第一原発における三名の作業員の方の被曝に関する東京電力の担当役員等の刑事責任について。私は、作業員の方の被曝にかかる東京電力の管理者の責任は、業務上過失どころか「未必の故意」を含む傷害罪も適用される事案ではないかと考える。この点について政府の認識を問うつもりである。

 もう一点は、犯罪抑止という観点からの被災地における犯罪の重罰化である。今、被災地では実に卑劣・卑怯な犯罪が横行している。このような「火事場泥棒」には、厳罰をもって処すのがふさわしい。刑法の規定をより重罰にすることを特別立法制定を提起したい。
 
 この模様は、「衆議院TV」にてインターネット生中継される(法務委員会をクリック)。是非、ご覧いただきたい。
 
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 今回の東北関東大震災とそれにともなう福島第一原発の事故で株価が下がり、燃料が不足し、一部の商品の買い占めが横行している。行方不明者の安否、被災者の方々の救援は十分に進んでいるとはいえない。

 まさに戦時のような非常事態が発生しているのである。マーケットメカニズムにゆだねて大丈夫なのだろうか。

 また、災害のための増税を主張する者も出てきている。まさに、今のような非常事態にあっては、一時的な減税をしたり(これからみんなで手弁当で助け合おうというのに増税とはいかがなものか)、株価の暴落にともなう金融機関からの中小企業の貸しはがしを禁止し中小企業の連鎖倒産を防ぐとかしなければならない。

 また、いつの時代にも、人の不幸につけこんでぼろもうけをしようとするやから(投機家、買占屋)がでてくるものである。そうさせないためにも一時的に統制経済を実施すべきなのである。

 ただし、菅総理、枝野官房長官、与謝野経済財政担当大臣だけにまかせておくのは酷なので、しっかりした経済の専門家を何人か中心にすえるのだ。

 今からでも遅くない、国は緊急事態の宣言を発出せよ。与野党連絡会議などという形式的なものではあまり意味がない。すべての野党の関係者及び能力のある自衛隊制服組、警察、消防、経済官僚、信頼できる学者・専門家などを政権中枢に入れて、挙国一致でこの国難にあたるべきであろう。

 現場で命がけで被災地の救援や原発の制御・給水などにあたっている方々に心から敬意と感謝を申し上げる。
 
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 マグニチュード9.0の未曾有の大災害が起きた。

 こういう場合に「あれが悪い」とか「どうしてこんなことになっているのだ」というような無責任な評論家であってはならない。与野党一致団結して国難に対処しなければならない。

 したがって、菅直人総理大臣及び枝野官房長官には党派を越えて応援すべきだと考えている。

 しかしながら、誠に恐縮ながらあえていくつかのことについて私なりにご苦言を申し上げたい。

 そもそも最高指揮官は前線に行くべきではない。私は菅総理が支持率回復のためにパフォーマンスで現地視察したのではなく、単に元市民運動家として現場主義の精神で現地に急行されたと理解したいが、これは誤りであったと思う。

 本来最高指揮官は対策本部に陣取り、情報収集に専念し、ただしい情報だけをふるいにかけて集めて、政治的な決断を行うものである。政治決断には責任が伴うことはいうまでもない。

 しかるに、震災発生直後の視察というのは最高指揮官としてやって良いのだろうか。素人ながら、私は菅総理が福島原発などを訪問したことは時期尚早であったと考えている。

 たとえで言えば、ある家屋が燃えている中、消防士のみなさんが消火活動にあたっている最中に、消防士でもなんでもないとても偉い人が現場に来て、いったん消火活動を中止させて現状報告と今後の対応策を協議させているようなものである。その間、どんどん家屋が燃えていることはいうまでもない。

 菅総理がなすべきは、東京電力の報告にも疑問を差し挟むことができる、その分野の専門家を派遣して正確な報告をさせることではなかったのではないか。

 また、菅総理が現地視察されている最中に東京での閣僚レベルの意志決定はどのように行われていたのか知りたい。よもや、総理不在のために半日遅れたということはないと信じたい。

 大震災にあたっては、一刻一秒の猶予も許されない。いろいろなご苦労は分かるが、最高指揮官としては、現地の被災者のかたがた及び命がけで復旧作業にあたっているみなさんの魂をゆさぶるような、みなが「よし、もっともっとがんばるぞ」、「みんなでがんばろう」という国民の一体感とやる気をおこさせるようなご発言をしていただきたいものだ。そのように変わると信じている。

 蓮ほう節電担当大臣、辻元清美ボランティア担当総理補佐官という人事にも驚いた。今、必要なのは知名度の高い政治家ではなく、誰も名前を知らない専門家である。政治主導も結構であるが、このような大災害にあっては、専門家の知識と政治家の決断と責任が肝要なのである。

 私が総理大臣であったら、先方が受ける受けないは別としてあえて野党自民党の谷垣自民党総裁を副総理兼防災担当大臣に任命するのだが。

 なお、ご皇室について、ここでは詳しく申し上げるわけにはいかないが、私なりにあらゆる人脈を駆使して関係者にご進言申し上げた。とにかく太古より連綿と続く皇統をどんなことがあってもお護りしなければならない。

 今日の午後、不眠不休で今回の大地震の対応に追われているわが同志の某大臣政務官いわく、「皇統さへお護りできれば、自分たちにどんなことがふりかかろうとも、後顧に憂いなく、そのまま笑って死んでいけるよね。」

 けだし、そのとおりである。

 いずれにせよ、国民が一致団結して対処しなければならない。これからが肝心である。
 
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 本日午後東北地方を中心に大地震が発生した。

 私はたまたま偶然浜松にいた。ちょうど地震発生時に階段をいそいでおりていたので気がつかなかった。まわりの人たちがいうには結構浜松でも揺れていたという。浜松の震度は3のようだ。横浜の両親に連絡したらかつてないような揺れだとのこと。

 東京の議員会館の秘書のH君が妻にいうには、議員会館はかなり揺れていたとのこと。

 それにしても、国会会期中は金曜日はほぼ100%東京におり、夕方に浜松に戻るのだが、なぜか昨日の木曜日「地元に戻らないと」と思って、15時からの比較的重要な会合を途中で抜け出して16時03分東京発の新幹線で浜松に戻った。

 東京発の新幹線がとまっているので今日東京にいたら浜松に帰って来れなかったかもしれない。不思議なことがあるものだ。

 しかし、実はちっぽけな存在の私のことなどどうでも良いのだ。

 大事なのは被災地の方々である。国と全国の地方自治体あげて被災地のみなさんの一刻も早い救出活動と復旧作業をすすめなければならない。みんなでできることからはじめようではないか。(その場合ひとりよがりや押しつけではなく、現地の人に迷惑のかからない形での支援が大切である)

 菅直人総理はつくづく運が良いなと思った。これで「外国人からの献金問題」がトップニュースから消えたのだ。天上界の神々が菅直人総理にもう一度チャンスを与えたのか、それとも地底の神々がなんとか菅直人総理をやめさせないように策動したのか。

 私はいかなる宗教団体にも所属していないが(多くの国会議員は便宜上複数の宗教団体の信者になっている)、唯物論者ではなく神々の存在を信じているのでふとそう感じたのである。

 菅直人総理大臣の外国人からの献金問題発覚直後の大地震、そして地震の発生源は菅直人総理と敵対している小沢一郎氏のおひざもとの岩手県である。何か偶然とは思えないではないか。

 地底の「根の国底の国(ネノクニソコノクニ、又はネノクニカタスクニ)」の神々は何にお怒りなのであろうか。これから何が起こるのであるか。われわれは何をなすべきか。

 今回のことをたかが自然現象、天災と受け止めて良いのであろうか。政治とは本来国家の繁栄と国民の幸せ、世界平和を祈りそれを実現させる「まつりごと(=「政」の訓読みは「まつりごと」)」なのに、党利党略や個人の欲得、足の引っ張り合いに走っていることに神様がお怒りになったからではないか。でも犠牲になるのはいつの時代も為政者よりも無辜の民なのである。

 いつだったか国会議事堂のてっぺんに雷が落ちた。これを天上界からの神の警告と受け取った国会議員は何人いたのであろうか。

 天上の高天原(タカマノハラ)に坐します神々がわが国と国民をお護りしてくださいますように、被害が最小限にくいとめられるよう祈るばかりである。

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 本9日、私の所属する法務及び文部科学委員会が開かれたが、ありがたいことに両委員会でそれぞれ短時間の質問の機会をいただくことができた。関係各位に心より感謝申し上げたい。

 まず、法務委員会で11時45分から12時までの15分間質問した。冒頭、外国人の献金問題について江田五月大臣にただしたのに続いて、大臣が所信で人権侵害救済法案成立にむけた積極的な立場を表明したので、これまでの千葉景子元大臣、柳田稔前大臣に対する質問に続き、江田大臣にもこの問題について反対の立場から質問した。また、司法修習生の給費制についても存続すべしという立場で大臣の見解をただした。

 次に、文部科学委員会で13時40分から14時まで20分間、朝鮮高級学校への就学支援金支給について、あらためて高木義明大臣の認識を問うた。

 小学校における外国語特に英語の学習についても慎重な立場から質問した。

 詳しい模様は、『衆議院TV』にてご覧いただきたい(法務委員会文部科学委員会)。

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法務委員会にて


文部科学委員会にて

今日は地元浜松市にいる。

さきほど日本と世界の歴史にはまっている小学校五年生の長男が三年生の次男に向かって次のような質問をしていた。

長男:「ねえ、第二次世界大戦の内、日本とアメリカが戦った戦争のことを何と呼んでいたか知っている。」

次男:「うーんわかんない。お兄ちゃんなんて言う戦争なの。」

長男:「『太平洋戦争』って言うんだって。そう本に書いてあったよ。」

それをかたわらで聞いていた私は思わず子供たちの会話に割っていってこう言った。

私:「確かに今の学校の試験に出たら『太平洋戦争』が正解だろうね。しかし、君たちのご先祖様の日本人がアメリカと戦っている時に実際何という戦争と呼んでいたか知っているかな。」

長男、次男:「『太平洋戦争』っていって日本とアメリカが戦っていたんじゃないの。」

私:「今度機会があったら昭和16年12月から終戦の年の20年8月の新聞や雑誌を調べてごらん。アメリカの『Pacific War(太平洋戦争)』の日本語訳としての『太平洋戦争』という表現はごく一部にあったかもしれないけれど、実は当時は『大東亜戦争(the Great Asia War)』とう名前だったんだよ。」

長男・次男:「そうなんだ。知らなかった。学校では教えてくれないのかな。」

私は何も歴史を美化するとか歪曲しようとは思わない。しかし、本来の正解はこうではないだろうか。

正解:大東亜戦争(ただし、戦後の米占領下以降に米語訳の『太平洋戦争』という呼称が使われるようになったのでこれも正解とする。)

過去への反省の意味をこめて歴史の真実に立ち返って堂々と当時のわが同胞が使用した『大東亜戦争』という名称を使うべきではないか。『太平洋戦争』は良い戦争で『大東亜戦争』は悪い戦争なのか。

人を殺すという意味では、戦争はすべて悪である。本来『聖戦』などというのは地上界の人間が自分たちの都合で勝手に正当化し美化するために使っているだけのことだ。私はそう考えている。

みなさん、どう思われるか。

(『大東亜戦争』という名称の方が良いと思う方もアメリカの『太平洋戦争』が定着しているのでこっちの方が良いと考える方も「政治ブログランキング」へのクリックお願いします。)

 今日も夜遅くに浜松の自宅に帰ってきた。

 明日は早いのでそろそろ寝る。

 また、あした。

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 ようやく地元浜松に戻った。今日の午前中は約1時間にわたって英国人教師のC先生から英語を勉強した。

 英語会話というよりも英作文の勉強である。まだまだ修行が必要である。

 思うに、日本一の後援会作りをめざしているが、こうなったら英語ももっともっと上をめざしたい。みなさんどう思われるか。

平成23年3月3日(木)ついにわが議員会館に日章旗が置かれることになった。神奈川県在住の有力支援者のQ氏に寄贈していただいた。この旗店は山谷えり子先生にご紹介いただいた横浜市内にあるメザキ旗店である。

旗一式は郵送されると思ったら、私が地元に戻っている時に社長の目崎さんがわざわざ議員会館に来られ日章旗を設置してくださった。

今年は日独交流150周年の記念すべき年なので、卓上用の日独の国旗もあわせて注文した。これも落選中からお世話になっている元在デュッセルドルフ日本商工会議所会頭のX氏に寄贈いただくことになった。

しっかりとQ氏とX氏のネームプレートをつけさせていただいたのであった。

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 そろそろ寝ないと。毎日なんとか睡眠時間を7~8時間近くとっている。

 年中無休だから食事と睡眠が勝負である。過去5年間は支援者廻りのしすぎで歩けなくなって整形外科の先生に診てもらった以外はお医者さんにかかったことはない。

 究極の健康法は体を冷やさずに温めること、そして腹八分目であろう。もちろんたまに洋食を食べるのは良いが、基本は和食であろう。

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