第46話
「ねえ、テイロー。気付いてる?」
プラムの管制室にて、モニタを睨みつけているマールの声。太朗がそれに「おうさ」と応じる。
「前と後ろ。両方とも数万キロ先ってとこかな? プラム程の美人になると、ストーカーの数も半端ないな」
プラムのセンサーが感知した、定期的に訪れる微弱な粒子の流れ。太朗やマールであれば間違いなく見逃していただろうノイズに紛れたそれだが、小梅の目をごまかす事は出来なかった。
「およそ7時間前から連続しています、ミスター・テイロー。後方のそれは予想が付きますが、前方からのはいったい何でしょうね?」
「う~ん、わかんねぇなぁ。ちょいと専門家に聞いてみますか」
太朗は小梅の発した疑問に首を傾げると、モニタを引き寄せて通信を繋ぐ。
「ベラさん、前後2ヵ所からスキャンの電波をキャッチしたんだけど、後方は多分帝国軍だと思うんだ。前方から来てるスキャンが何だか予想がついたりします?」
やや遅れて、通信機より返るベラの声。
「"そうだねぇ。いくつか思いつかないでもないけど、どれも楽しい内容じゃあないね。可能なら妨害してやんな。無警告で撃沈した所で、誰も困りゃしないさ"」
ベラの答えに、自分がこれから向かう先はいったいどんな所なのかと、思わず苦笑いの漏れる太郎。
「とりあえず、スクランブラをかけてみようか。使った事ねぇけど、これってどういう仕組みなん?」
「単純ですよ、ミスター・テイロー。相手側から発せられた各種スキャン粒子を、デタラメに乱反射させてお返しするんです。上手く使えば相手を欺く事も出来るでしょう」
「ほ~、つまるところあれか。ステルス機能みたいなもんやね?」
「肯定です、ミスター・テイロー。可視光線も攪乱されますので、使用すれば他の船からはかなりぼやけた映像として映るはずです」
「おおぅ、なんか表現規制の対象になったみたいで嫌だな……っと、ちょっと待て。俺は今、凄い事を思い付いたんじゃないか?」
「ほぅ、何でしょう、ミスター・テイロー。ちなみにスクランブラを逆算する技術は、動画データのモザイクを外せるかどうかとは全く関係がありませんよ?」
「くそっ、神なんていないんだ!!」
シートから崩れ落ちるようにして、床へと倒れる太郎。
「いや、何考えてんのよ……というか、あんた精神判定受けてたわよね? E判定に満たなかったの?」
床に伏したまま、力なく「うん……Cだった……」と呟く太朗。C判定は13歳から16歳程度の成長度に適用されるものであり、閲覧できる各種映像には制限が設けられている。
「C判定て……普通出ないわよ。あんた、遊び半分に適当な回答したんでしょ。残念だけど、来年の判定を待つしかないわね」
完全に図星である為、「うぐぐ」と唸り声を上げる太郎。
「だってよぉ、まさかあのテストがこんなにも日常生活に影響が出るなんて、予想つかねえって。俺、アイスマンなんだぜ?」
懇願するような太朗に「あたしに言われても知らないわよ」とマール。「夜22時以降の外出には保護者が必要とか、どんだけだよ」と、太朗が虚ろな表情で続ける。
「まぁ、しょうがねぇわな……あぁ、小梅。前からの電波、適当にスクランブラっといて……後ろのはまぁ、どうでもいいだろ」
明らかにやる気の無い様子の太朗。マールはそんな太朗を横目で見ると、ひとつ溜息を付く。
「ねぇ、テイロー。この先はアウタースペースよ。何か忘れてるんじゃない?」
「ん~、あぁ、そうかもですね……魂的な何かを忘れちまった抜け殻ならここにいるぜ……」
「あっちは無法地帯よ。向こうに付いたら好きにすればいいじゃない」
「……ミナギッテキタァ!!」
素早く、ネックスプリングで起き上がる太朗。しかし失敗した上に、起き上がった拍子にシートへ衝突し、額から血を流す。
「ちょ、ちょっと、だいじょう――」
「アンセンサード!! アンセンサード!!」
太朗は鼻息荒くシートへ飛び乗ると、いつにない素早い動きでBISHOPを組み上げ始める。彼は初めて触る装置だというのに、あっという間にそれの攪乱関数を強固なものに組み替え始めた。
「……時々、あんたって人間がわからなくなるわ」
マールの呟きに、小梅が笑顔で同意した。
宇宙を行くプラムⅡの遥か後方。徹底的な光学迷彩によって姿を消した10隻を擁する艦隊が、その高性能なセンサーを用いて静かにあたりを伺っている。注意深く偽装された微弱なパルスが周囲に放たれ、まさに電子制御の為だけに作られたアンテナだらけの一隻が、それを受け取る。
「ディーン閣下、御報告したい事が」
音が伝わる空気が存在しない宇宙において、物理的な音が相手に届く心配は無い。しかしそれでも重苦しい沈黙に包まれた司令室において、背骨に鉄の芯が通されたかのような姿勢の軍人が、直立不動の姿勢で発する。
「なんだ。まさか見失ったとでも言うんじゃないだろうな。そうだとしたら、私は君を整備班の下っ端にまわす必要があるだろうな」
帝国軍分遣隊の提督であるディーンが、シートに深く腰を沈めたまま答える。その眉間にはしわが刻まれ、目はレーダースクリーンをじっと見つめている。
「いえ、対象の補足は継続しています。その点について心配は無いのですが……」
簡潔、丁寧を指針とする軍人。その彼らしからぬ言い淀んだ姿に、ディーンがちらりと視線を上げる。軍人はディーンの視線を真っ直ぐに受け止めると、わけがわからないといった様子で口を開く。
「こんな事は今までにありませんでした。提督、こちらの存在が向こうに暴露した可能性があります」
軍人の報告に「はぁ!?」と、およそ普段の彼らしからぬ声を上げるディーン。軍人は一瞬驚いたように眉を上げるが、すぐさまそれを戻す。
「今から5分と22秒前、対象がスキャンスクランブラを起動させました。先ほど御報告しました別艦隊に対するものかと推測しましたが、こちらからのスキャンもかく乱されています。その結果……その……」
視線を、管制室の大型スクリーンへと向ける。それに続き、高さ5メートル近くもあるスクリーンいっぱいに、アニメ調に描かれた非常にグラマーな水着姿の女性が映し出される。女性ははずれてしまった水着へと片手を伸ばし、もう片方の手で自らの胸を押さえている。片手に収まりきらない乳房には、精神判定による閲覧制限で使われるモザイクが施されており、それは見る者を妙にいらだたせた。
「光学スキャンによる対象の船影が、あのような見た目で表示されています。可視光線に対するスクランブルを用いて描いているのだとは思いますが、いったい何をどうすればそんな事が可能になるのか、私にはわかりません」
軍人の冷静な報告に"自分にだってわかるものか"といらだつと、ディーンは机を一度、強く叩いた。
「おぉぉ……これが向こうのスターゲイトか。帝国のと違って長細いんやね」
太朗がディスプレイに映し出された船外の映像に、感嘆の声を上げる。そこにあるのは帝国で広く使われている円筒形のスターゲイトと違い、四角く、長細い形をしたスターゲイト。カメラをズームさせると、およそ数キロに及ぶ巨大な装置の上に並ぶいくつもの艦船の姿が確認できる。
「かなり古いタイプのスターゲイトです、ミスター・テイロー。既に帝国では何百年も前に使われなくなった型ですね。あのように上へ並び、ワープします。船が一直線上に並ぶ必要があるので、帝国の円筒形それに比べると著しく非効率でしょう」
「にゃるほどねぇ……ぶつからないように、前後には並ばないってのは一緒なのか。だったら上下左右に居座れる円筒形の方がいいわな」
「でも、帝国の大拡張を支えた屋台骨でもあるわね。今の円筒形スターゲイトが開発されるまで、およそ千年近くも使われ続けたのよ。信頼性で言えば抜群だわ」
遠目に見るとまるで一枚の鉄板のように見えなくもない、巨大な装置。太朗はここへ到着するまでに要した数日の旅路を思い返すと、彼からすると当然の疑問を発する。
「んー、これさ。なんで帝国領のスターゲイトから直接ここに飛べないの? 前に聞いた話じゃぁスターゲイトは"押して引っ張る"わけだろ?」
太朗の質問に、小梅がにこりと答える。
「ミスター・テイロー。我々が数日に渡って通過してきた空間には、見えない線が存在すると考えればよろしいかと。帝国の影響が及ばない場所という事は、帝国の替わりとなる勢力が存在するという事です」
小梅の答えに、上を見上げて考える太朗。
「見えない線、か……勢力ってのはいわゆるアウトローコープとかその辺だよな。つまりここから先は――」
適切な言葉を捜し出し、発する。
「外国みたいなものか」
太朗がぽつりとそう続けると、しばらく室内に不思議な沈黙が下りる。何かまずい事を言っただろうかと焦る太朗をよそに、マールが不思議そうな顔で小梅へと顔を向ける。
「外国というのは、国家が複数個存在した場合。自国以外の事を指す言葉ですよ、ミス・マール」
小梅の言葉に、納得の顔色を見せるマール。
「へぇ、あんた難しい言葉を知ってるのね。そうね、ガイコクみたいなものだわ。向こうは帝国の勢力がやってくるのを歓迎しない所も多いだろうし、気軽には来れないようにしてるんじゃないかしら」
そういえば銀河帝国は唯一の国家組織だったなと、マールの発言から思い出す太郎。太朗はもしかすると、外国という言葉が一般的で無くなったのは数千年も前の話なのかもしれないなと想像する。
「"坊や、いま大丈夫かい?"」
太朗が帝国の歴史についてを考えていた時、通信機より発せられたベラの声。続いて太郎のBISHOP上に、見覚えの無い星間地図が送られてくる。
「"その地図をしっかり頭に入れとくんだよ、坊や。そいつの青いエリアはこのあたりの勢力が定めた中立地帯でね。そこを移動してるうちは、まぁ安全だろうさ。そこを出るなら、それなりに警戒が必要だろうね"」
ベラの言葉に、地図をまじまじと眺める太朗。そして「……うわお、まじっすか」と声が漏れる。
「せいぜいスターゲイトまわりしか青く無いんすけど。どんだけ世紀末なんすか」
太朗の声に、苦笑いを浮かべる一同。太朗はとんでもない所に来てしまったといういくらかの後悔と、若さのもたらす妙にわくわくとした気持ちを、一言に集約して表す事にした。
「なんつーか、冒険だな」

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。