第43話
デルタステーションから、3つ程ジャンプした先。帝国の物流を担う大動脈である「中央・デルタ間ライン」を構成する中継点のひとつにて、三百年間続いて来た製造コープ"マキナ"の長い歴史が、今まさに終えようとしていた。
「ありがとうございます。これでようやく……ようやく肩の荷がおります」
テーブルへ、まるで擦りつけんばかりに頭を下げる壮年の男性。その姿は力なく、彼は明らかに疲れ切っていた。
「あぁ、いえ。なんていうか……その、こっちの都合でこうしたわけですし」
「そ、そうですよ。頭を上げて下さい。お互いに得になる話でしたら、なおさらです」
製造会社マキナの買収における事後処理の為にやってきた太朗とマールは、てっきり怒鳴られる物かと覚悟をしていた。
マキナはステーションの整備部品を製造していた平和な会社であり、そこを弱みに付け込むような形で非常に安く買収したのだ。マールの予想通りマキナの経営はかなり厳しい物があったようで、それこそ方々への借金で首が回らなくなる寸前といった体だった。ワインド騒動による仕入れ値の乱高下が経営悪化の原因であり、会社の持つ本来の生産力とは無関係の要因。すなわち、買い叩いたのだ。
しかし蓋を開けてみればご覧の有り様。ふたりはどうしたものかと、想定外の事態に慌てる事となっていた。
「"ちょっと、どうするのよテイロー。なんか、今にも自殺しちゃいそうな程暗いんだけど"」
「"いやいや、縁起でもねぇって。つかどうすんだよこれ。完全に作戦ミスじゃねぇか"」
ヒソヒソと相談するふたり。太朗は背後から感じる強烈な威圧感に、ちらりと後ろを振り返る。そこには万が一に備えて連れてきたベラの、鬼のような形相での立ち姿。太朗はただそこへ居てくれればいいと頼んだはずだが、どうやら"彼女なり"に気を使ってくれているらしく、今にも相手を殺さんばかりの殺気をその身にまとっている。
(ありがた迷惑すぎますぜベラさん。つか、俺が怖ぇよ)
今の彼女なら銀河帝国の誰が見ても、間違いなく一目でスペースマフィアだとわかるだろうと太朗は思う。軍服を元にデザインされたタイトなスーツに、羽織っただけのジャケット。明らかに拳銃のものと思われる何かが、シャツに独特な膨らみを持たせている。
「契約するんならさっさとしちまいな。てめぇのトコの事情は知らないし、知りたくもない。こっちは法に則って、まっとうにそっちを買い占めたんだ。今更ジタバタしても無駄だって事は、わかるよな?」
ずいと乗り出したベラが、丁寧に。そして良く響く、彼女独特の低い声で発する。
「えぇ、えぇ。もちろんですとも。仕事があるのでしたら、社員達は全力で取り組んでくれるはずです。えぇ、お約束します」
目を伏せたまま、何度も何度も頭を下げるマキナの元社長。さすがにいたたまれなくなったのか、ベラが「どうすんだ?」とでも言いたげな視線を送って来る。
「えぇと、ほんともう、頭上げて下さい社長さん。あぁいや、元社長さん? これだとなんか嫌味っぽいか……あー、とにかく。発注する品をちゃんとつくってくれるんなら、それだけで十分です。空いた生産力をどう使おうかとか、そういった事は自由にしてもらって構わないんで」
自分より倍以上も年上にこうも頭を下げられると、太朗としてはどうしても申し訳なさが先だってしまう。マキナの元社長はようやく恐る恐るといった体で顔を上げると「自由に、ですか?」と不思議そうな顔をする。
「えぇ、まぁ。買収ったって子会社になるだけで、ライジングサンに吸収合併するわけじゃないっすからね。経営権は普通に使って下さい。よっぽど変な事でもしない限りはこっちも口は出しませんよ」
太朗とマールからすれば、この買収は実験的であるという側面が強い。製造業の経営ノウハウも知らずに大規模な工場を運営すれば、それこそ運任せのような経営になってしまうだろうし、なにより失敗した時に手が付けられなくなる。だからといって適当に扱うつもりは無いが、マキナの買収は今後の為の布石という見方が多くを占めていた。
「は、はい。ありがとうございます。それでさっそくなのですが、うちは何を作るのですか?」
ようやく顔色の戻ってきた、元マキナ社長。それに「えぇと……」と言いよどむ太朗。
「一見平和じゃないけど、平和の為の道具っていうか……」
「ははは、まるで謎かけですね。なんでしょう。電気警棒か何かでしょうか?」
「惜しい!!」
「おぉ、そうでしたか」
「艦載砲用大型弾頭兵器の、砲弾っす!!」
元マキナ社長の顔が、固まった。
「やっぱ300年も続いた企業を背負うとなると、重圧も凄いもんなのかね?」
「そうね。随分喜んでたものね、これで会社を潰さなくて済むって」
ステーション内の高速移動車の中。向い合せに座る太朗とマール。買収に関わる内容は何の問題も起こらずに終了し、ふたりはどこか食事にでも行こうかと歓楽区へ向かっていた。予定よりも早く会合が終了してしまった為、時間を持て余していたからだ。
「ぶっちゃけ俺だったら胃に穴が空いてるな。代々続く会社が自分の代で潰えるとか、例え責任は無いとしてもストレス半端ねぇだろ」
「そう考えると、確かにね。帝国には1000年以上続いてるコープも沢山あるけれど、そういった会社を運営するのってどういう気持ちなのかしらね?」
二人は決して高くは無い天井を見上げると、しばし無言の時が過ぎる。太朗はそんな時間が決して嫌では無かったが、何か落ち着かないのも確かだった。ベラがいればもう少しマシだったのかもしれないが、残念ながら彼女は先にプラムへと戻ってしまっていた。
「その……しかし、あれだな。砲弾作るって言ったら、社長さん驚いてたな。設備的に無理なんかな?」
「うーん、無理ならはっきりそう言うと思うわ。でも、張り切ってたじゃない。新しい挑戦だって」
「いや、あれ明らかに開き直ってただけだろ」
苦笑いと共に突っ込みを入れる太朗。会話は再び途切れ、またもや訪れる沈黙。太朗はどうしたものかと次の話題を考え始めるが、そこへアランからの通信が入る。彼は助かったとばかりに、それを繋げた。
「"せっかくのデートの所、邪魔して悪いなテイロー。軍がお前さんとの面会をご要望だとよ。場所はデルタ星系のはずれで、時刻は明後日の正午だ。何かをされる様な事は無いと思うが、一応気は引き締めておけよ"」
「帝国軍に対する有力な情報提供をありがとう、テイロー殿。しかしアランから話を聞いた時、また君かと思ったのが正直な所だね」
ライザの兄であるディーンが、太朗の目をじっと見たまま発する。
「あはは、俺も野郎の知り合いはもう十分なんで、出来れば妙齢の女性との再会とかが良かったんだけどね。あ、これって軽いノリで大丈夫な会合?」
太朗の声に「構わないさ」とディーン。おおよそ軍人らしくない細い線の体に、短く揃えたライザと同じ金髪の髪。太朗は彼が叩き上げでは無く、恐らくエリートコースを進む軍人だろうとあたりを付ける。
「この広い銀河で再びこうやって繋がりを持つというのは、確率としてどれくらいのものなんだろうかね。一度計算してみたい所だ。ところでライザはどうだい、君の役に立っているのかな」
30代と思われるディーンの声は、スコール程では無いが落ち着いていて低く、手を組んだ姿からは余裕のようなものが感じられる。
太朗はぐるりと顔を巡らし、ディーンの所属する帝国軍分遣隊の擁する戦艦グレイアローの応接間を眺める。そこは様々な調度品で彩られ、とても軍艦の一室とは思えない程の豪華さを見せつけてくる。棚やテーブルといった調度品は木製――驚く事に木製だ!!――で、細かい鮮やかな装飾が施されている。ワイヤーで固定されたシャンデリアは太朗の感性からするといささか派手過ぎだが、クリスタルの細やかなきらめきは、素直に綺麗だと感じるだけの美しさがある。
「すげぇなぁ……ちなみに俺のっていうか、俺"が"役に立っているかの方が心配なんじゃないんすかね、ディーンさん」
天井を見上げたままで太朗。その指摘に、にやりと笑みを作るディーン。
「それはいささか卑屈が過ぎるだろう、テイロー殿。協力関係というのはお互いに利益があるから成り立つものだ。しかしその様子だとうまくいっているようだね。安心したよ。会社も随分成長しているようだ」
太朗はディーンへ「それなりにね」と返すと、ユニオンの変遷についてを思い返す。
アルファステーションへの道のりで生まれたTRBユニオンは、中央から切り離された辺境の地であるアルファ星系との交易を続け、今までに無い多大な利益を上げている。
ライザの持つ輸送船を太朗のプラムが護衛し、その地図とワープ計算を以って先導する。そしてアルジモフ姉弟が市場調査を行い、同時に周辺星域の安定と掌握を行う。これらは現在非常にうまく回っており、TRBユニオンは合計で千名を超える企業共同体へと成長していた。
ライジングサン単体をとってみても従業員200名を超えており、デルタ星系の本社。アルファ星系の支部とで順調な利益を上げている。一部物価の爆発的な値上がりという大きな問題はあったが、今の所なんとか耐える事が出来ている。子会社であるRSマキナはこれからだが、RSグループの体質を改善してくれるものと期待している。
太朗の唯一の懸念としては、ライジングサンが輸送会社というよりも、むしろ警備会社としての側面が強くなり始めている所だった。今のところそれで困る事は無かったが、当初の目的と違う流れというのは戸惑いを生む。平和な輸送会社に就職したつもりが、いつの間にか戦闘艦に乗っていたという社員も少なくない。
「いつの日か、従業員一億を超える大会社になる日が来るかもしれないね。そうなったら、私も転職を考えた方がいいのかな?」
肩を竦めながらディーン。太朗は恐らくジョークのつもりなのだろうと感じたが、本当にそうなのかの判別が付かず、苦笑いをするにとどめる。
「ふふ、冗談はさておき、本題に入ろうか。そうだね……正直に話して欲しい」
言葉を区切り、ずいと身を乗り出すディーン。
「君はいったい"どこ"の管轄の者だね?」

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