第39話
宇宙空間を高速で飛行する、金属の弾頭。大気と重力の存在しない宇宙では、撃ち出された弾丸はほとんど完全な直進運動となる。6つの弾丸はやがて不格好な寄せ集めの船へと到達し、その身を引き裂いていく。注意深く観察している者がいたならば、その弾頭が衝突寸前に複雑な回避運動を行っていた事に気付いた事だろう。
「あれ一発で1万……斉射一回で6万……うぅ、駄目よマール。背に腹は代えられないわ。必要経費、必要経費……でも……」
モニターを睨み、ぶつぶつと歯を食いしばるようにしてマール。太朗はその様子にいささか申し訳ない気持ちになりながらも、続く弾丸をタレットへと装填する。
「E24沈黙、E31中破損壊、対象から微力ながらもフィジカルシールドの反応が検出されています。残念ながら一撃必殺とはいかなそうですね」
状況を冷静に報告する小梅。太朗はそれに「ビームの撃ちあいよりゃずっと有効さ」と軽く返す。
「少なくとも斉射一発で一機落とせるわけだからな。ドローン全機射出。アラン、みんなを頼んだぜ」
「"こちらスターダスト、了解。ただし握ってるのは猛犬の手綱だ。捌ききれなくても文句は言うなよ"」
通信機より返るアランの声。太朗はディスプレイの表示を切り替え、アラン達のいる格納庫を船外から映し出す。
「"ブルーコメット隊、ちょいと行って来るよ"」
「"ブラックメテオ隊、出るぞ"」
「"おい、お前らちょっ……くそっ! スターダスト、発艦!!"」
ドックベイから飛び出して行く6つの人型兵器HADと、それに続く高速船。隊長機であるベラとスコールのそれは、判り易く赤い塗装で塗られている。
太朗はHAD積み込みの際、赤い塗装は目立つ事のではとベラに質問していたが、全く問題無いとの答えが返ってきていた。電子戦の発達で隊長機を隠匿する事が難しく、可視光線での目視という限定された状況下でしか不利になる要素が存在しない為、機体のカラーリングは一般的に行われている事らしい。対して、近くにいる仲間とはモニタ上でのやり取りも多く、衝突回避という利点も存在する。
「あっちはあっちで大変そうだな……小梅、シールドの方はどう?」
太朗の声に、ぐるりと顔を向ける小梅。ただし手はせわしなく動き続けており、恐らくBISHOPの操作だけで追いつかない部分をカバーしているのだろうと太朗は推測する。
「今の所、想定範囲内です、ミスター・テイロー。今のままの砲撃であれば、およそ30分近くはシールドで防げると計算しております。ただし装甲板の摩耗が激しく、ある程度の段階で転回する事をお勧めします」
「30分ありゃあいけそうだな。装甲についても了解。言われてみれば、確かに正面だけで受けてるもんな」
シールドによって拡散されたビームの残り香は、わずかながらも装甲を溶かし、削って行く。プラムⅡにつけられた装甲は巡洋艦の名に恥じる事の無い分厚いものだが、それとていつか限界は来る。それにこれだけ大量のビームに晒され続けていると、当然別の問題も発生してくる。
「テイロー、正面外装部周辺の温度が急上昇中よ。現在局部平均約1050度。2000を超えたらアラートよ!!」
「うえぇ、熱か!! 旋回性能を一時的にカット!! 冷却へ!!」
――"姿勢制御 省電力化"――
――"迂回回路 起動"――
――"循環冷却 ブースト"――
BISHOPによる命令がすぐさま実行され、今までスラスターへまわされていた電力の多くが冷却設備の方へと回される。プラムⅡの中を、血管のように駆け巡る導管。その中を冷却材が激しく循環し、ブーストされた巨大なラジエーターによって素早く放熱されていく。熱を持たせた冷却液を宇宙空間へ放出し、冷えた所で再び受け取るミスト式ラジエーターは、数少ない船外へ露出した機構のひとつでもある。
「E26撃沈、E29沈黙。シールド残量75%。正面温度、約600度で安定。ミス・マールの配線がさっそく役に立ちましたね」
船体設備の電圧コントロールは、本来ここまで自由に行えるものでは無い。ほとんどが自動化されてる上に、常識的な運用を前提とした回路が組まれている。普通は姿勢制御を犠牲にして他の機能をブーストするような事は、まずしないだろう。これが可能となったのは、ひとえにマールによる改造の結果で間違い無さそうだった。
「まわりが真空だから熱が逃げてかないのか……なんであんな馬鹿でけぇラジエータがついてるのか。ようやく理解したわ」
「正確に言うと放射熱でいくらか冷めはしますが、ビームの熱量に比べたら微々たる量ですね。熱く火照った体はなかなか冷めないものです」
「やめて小梅さん!! その言い方はなんかやめて!!」
プラムⅡの砲撃により4機目の駆逐艦を撃破した頃、飛び立ったアランやベラ達からも撃墜報告が流れ始める。アランの乗ったスターダスト号がワインドのエンジン機構へ向けてジャミングをかけ、速度の落ちたそれへ向けてスコール率いるブラックメテオ隊が襲い掛る。ベラは後方からスコール達を援護するようにライフルによる狙撃を務め、シールド残量の少なくなった敵の船体を撃ち抜いていく。
「"さぁ、これで6つ目。坊や、あとはこっちに任せな"」
ベラの提案に「了解っす!!」と太朗。彼は小型船の攻撃にまわしていたビームタレット4機を、対駆逐艦の砲撃へと戻す事にする。
「いけそう……だけど、距離が近いな。迂回回路遮断、回頭右90の上45。機関全速」
ラジエーターに回していた電力を再び姿勢制御機構へ戻すと、プラムⅡの船体を大きく右へと転回させる太朗。敵に対して横腹を晒す形となり、攻撃の集中する箇所が変更される。
「くそっ、正面装甲がぼこぼこになっとる……装甲板の修繕費も馬鹿になんねぇんだぞ」
決して安くは無い、装甲板の修理費を想像しながらぼやく太朗。そこへ「どうでもいいじゃない」とマール。
「レールガンの弾頭に比べれば安い物だわ。ほら、やっちゃいなさいよ。ばーんって。駆逐艦サイズだかなんだか知らないけど、いい気味だわ」
焦点の合わない目のマールに「ハハハ……」と乾いた笑いをもらす太朗。彼はなるべくマールの事は考えないようにすると、再び実弾の斉射を行う。小さな悲鳴が聞こえた気がしたが、それは聞こえない事にした。
「E22撃沈。E30沈黙。シールド残量50%。この状態が続けば、勝率は9割を超えるものと推測します」
「あ、そういう計算すると何かのフラグが立った気がするんで、やめてくれますかね」
余裕を見せた後に訪れる窮地。映画や小説における物語のテンプレートを思い浮かべ、苦い顔をする太朗。
「まぁ、現実と物語とじゃ違うわな……現実世界じゃ早々逆転劇なんて起こらないんだぜ。じゃあな、ワインドさん」
太朗は再びレールガンの斉射を放つと、その弾道制御に全神経を集中する事にした。
大きな逆転劇が起こる事もなく、ただただ順調に推移していく戦況。戦術や連携を持たないワインドは、単純な力押しを跳ね返すだけの力を持たない。プラムⅡに取り付いた小型のワインドをベラやスコールが仕留め、遠方の駆逐艦はレールガンの弾頭に食い散らかされる。やがて9度目のレールガンが放たれた事で、宇宙に再び静けさが訪れた。
「随分大きいわね……200メートル近くあるのかしら。サルベージが楽しみだわ」
破壊したワインドの傍を、ゆっくりと通り過ぎるプラム。船外モニターを見つめるマールが興奮気味にそれらを観察し、使用した弾頭分の見返りを得ようと鼻息を荒くする。
「確かにでかいワインドだけど、ただでかいってだけならアレが格別じゃね?」
大型スクリーンをあおぐようにして太朗。マールと小梅の視線がそこへ集まり、不可思議な物を目にした際の興奮と不安の入り混じった沈黙が訪れる。
「んー、戦艦サイズのワインドってわけじゃ無いよな?」
「えぇ、そのようです、ミスター・テイロー。対象にはエンジンも無ければ、タレットも存在しません」
「でも戦闘能力が無いってわけじゃ無さそうよね。大規模なジャミングをかけてきてたわけだし」
「だなぁ……なぁアラン。このスクラップの化け物みたいなのに心当たりがあったりしない?」
BISHOPで通信を繋ぎながら太朗。モニターに映し出されたドックには、備え付けられたディスプレイに群がる男女の姿が確認できる。
「"あぁ、テイロー。今こっちでも確認してた所だ。だが、残念ながらまったく心当たりは無いな。軍の報告書でも見た事が無い。もっとも俺が在籍してたのは10年近くも前だがな"」
「そっか……了解。ベラさんやスコールさんも同じだよね?」
「"えぇ、坊や。こんなおもしろいシロモンがありゃあ、とっくにあの博士が分解してる所だろうさ"」
「そっかぁ。ところでベラさん、アルジモフ博士とお知り合い?」
「"んー? あぁ、そうさね。あんた、名簿リストを確認してないのかい?"」
ベラの声に「名簿?」と疑問符を浮かべる太朗。彼はBISHOPでユニオンの名簿リストを表示させると、その中にベラの名前を発見する。
「ベラ・アルジモフ……うえぇ!! 親子っすか!!?」
驚きの声を上げる太朗に「"失礼な男だね"」とベラ。
「"あたしらは博士の孫だよ。そんな歳に見えるのかい?"」
ベラの声に「あたしら"も"?」と太朗。彼は再びリストをめくるが、そこへスコールの低い声がかかる。
「"スコール・アルジモフ。俺達は姉弟だ。お前、ユニオンの筆頭を気取るんなら、主要メンバーの経歴くらい確認しとくんだな。やる気あんのか?"」
少し不機嫌そうなスコールの声に、返す言葉も無く縮こまる太朗。
「ミスター・テイローはまだ若く、経験不足です。そのあたりを考慮して大目に見て下さいませんか、ミスター・スコール。貴方が彼と同様の年齢の時、同じ様な対処が可能でしたか? 既に指導者として成り立っていたと?」
無機質な。だが、力強い小梅の声。太朗とマールが、驚いた顔でそちらを見る。
「"……そうだな。腹立たしい言い方だが、言われてみりゃあそうだ。悪かったな坊主。忠告程度に聞き流してくれ"」
通信機から聞こえる声に「あぁいえ、すんません」と太朗。そもそも反省はしているが頭に来ていたわけではない太朗にとって、今は小梅の感情的とも言える言動の方が気になっていた。
太朗がそんな小梅へ何か声をかけようとした時、マールの「あっ!!」という叫ぶような声が管制室へと響き、意識がそちらへと反れる。
「テイロー、あれ見て……あれが何だか、わかる?」
マールの指差す先、大型ディスプレイに表示された不気味な巨大建造物。太朗はそれに目をこらすと、マールの訴えたい事が即座にわかり、指先が震えだすのを感じた。
「……なんてこった……これは」
驚愕の言葉を発する太朗。通信機からは、同様に驚くアラン達の声が漏れ聞こえて来る。太朗はディスプレイへ向けて数歩足を進めると、おぞましい物を見るかの様な表情で、口を開く。
「これは……工場だ……」
お仕事の関係上、次話は1日お休みさせていただくかもしれません。
土曜日なのに出勤とは、これいかに。

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