第36話
「ぅおおおおお、無理無理無理無理、死ぬ死ぬ!!」
アルファステーションの桟橋付近にて、HADに乗り込んだ太朗が叫ぶ。
「"おいおい。頼むから何かに衝突なんてのはよしてくれよ。換えの部品も何もほとんど無いんだ"」
先ほどから危なっかしい動きをする太郎のHADを見ながら、スコールが通信越しにつぶやく。彼はアイススケート選手のようにスピンしている太朗の元へ向かうと、無線越しにBISHOPを連結させ、その動きを静める。
「"残念だったなテイロー。お前さんにはHAD運用の才能は無いらしい"」
通信機より聞こえるアランの声。太朗は「ちくしょう」と悔しさを滲ませるが、正直なところ、胃からこみ上げる吐き気をなんとかしたいという気持ちの方が大きかった。
「こういうロボットの操縦って憧れだったんだけどなぁ……って、これさ。俺だけ方向おかしくね?」
太朗はスコールのHADに引かれながらぼやくと、不恰好にドッグへと到着する。ほとんど逆立ちといった格好のままケーブルに捕えられ、整列する5つのHADの中でひとつだけひっくり返った機体というシュールな光景へ。
「"あんなでかい宇宙船を操縦しといて良く言うぜ。それよりあんた、本当に軍の部隊じゃないのか?"」
探るような声色でスコール。太朗がそれに「残念ながらね」と答える。
「帝国はあっちこっちで大忙しみたいだから、ここみたいな辺境にはあんま来そうにないやね……それより、研究ステーションの方はまだ見つからないっすかね?」
圧倒的な数の差があったものの、ステーションに備え付けられた防衛機構と10のHAD。そしてプラムⅡによる集中攻撃により、100近くいたワインドは文字通り宇宙の塵と化した。数が数ゆえにプラムⅡもいくらか危険になる場面があったが、大容量のシールドバッテリーはその実力を十分過ぎるほどに発揮した。フリゲートクラスのワインドに、巡洋艦のシールドや装甲を貫く事は難しい。
現在その残骸をライザ達の輸送船がかき集めており、マールがサルベージャーとしての経験からその指揮をとっている。全てを積むことは出来ない為、積み込む物は限定したいからだ。アルファステーションはその退避時に何もかもが持ち出されてしまっていた為、ここで商売を行うというのは現実的では無い。であれば、せめてその代わりにサルベージをというマールの発想だ。
「"それこそ残念ながらって奴よ、坊や。今怪しい所を片っ端からスキャンをかけてるから、時間の問題だとは思うけどねぇ"」
通信機から返って来たのはスコールでは無く、そのボスにあたるベラの声。太朗はそれに「うーん」とうなり声を上げると、まだ見ぬ博士についてを思い描く。
アルジモフ博士が居るというアルファ研究ステーション。それは太朗達のいる居住ステーションとは別のステーションであり、現在行方不明となっていた。通信記録を読み取った小梅によると、ワインドの襲撃から逃れる為に元の座標から移動したとの事らしい。その後通信が途絶えてしまった為、ステーションに残った人々によりその捜索が続けられている。
「無事だといいんだけどなぁ……」
太朗はスコールの手助けを受けながらHADより降りると、ベラや小梅の待つステーション管制室へと向かう。いまだに苦手とする無重力空間を這うように進むと、重力制御された管制室で安堵の息をつく。
「おかえり、坊や。HADの乗り心地はどうだったい?」
太朗を出迎えたのは、彼とほとんど変わらない身長を持つ、切れ長の目が特徴的な女性。マールの燃えるような赤いストレートとは対照に、ふわりとしたウェーブのかかった青い髪。袖を通さずに羽織っただけのジャケット。彼女は頬を走る大きな傷を歪ませて余裕をもった笑みをたたえると「座んな」とシートのひとつを仰ぐ。
「どうも何もないぜベラ。こいつ、HADの操縦に関しちゃからっきしだ。危うくあんたの機体をおじゃんにする所だったんだぜ?」
「ちょ、余計な事は言わんでいいんですよ!?」
パイロットヘルムを脱ぎ去り、黒い短髪の顔を覗かせるスコール。タイトなスーツのシルエットが鍛え上げられた肉体を描き出し、太朗はアランを細身にしたらこんな感じだろうかと想像する。
「モニタで見てたから知ってるさ。そんな小さい事は気にしないでいいんだよ。坊やは命の恩人なんだ。堂々としてな」
ベラは叱られやしないかとおどおどしていた太朗にそう発すると、ジャケットから親指程の大きさの葉巻を取り出し、咥える。「いるかい?」というベラに首を振る太朗。「本物の葉巻だよ?」というベラに、太朗はもう一度首を振る。
「しかしすまないねぇ。もうちょっとはっきり伝えられたら良かったんだが、あんたらを勘違いさせちまった。さっきも言った通り、博士はこの星系にはいると思う。けれども、このステーションにはいない」
太朗の目を見据えるベラ。太朗は気圧されそうになる自分を感じ取るが、表には出さないようにする。状況的に彼女がミスリードを誘った事は間違いなさそうだったが、そもそもそれについてどうこう言うつもりは無かった。それになにより――
「"テイロー、不用意な動きは慎めよ。彼らガンズアンドルールコープは、仁義を重んじるマフィアだ。恩人である俺達に何かするとは思わないが、敵とみなされれば容赦は無いだろう。現にステーションの砲台はこっちを向いてるし、HADは包囲隊形を敷いてる。とんだ歓迎振りさ"」
ステーションの桟橋へ向けて移動していた際に、秘匿通信よりアランから伝えられた言葉。これを思い出すと、とても口答えしようとは思えなかった。
「ま、まぁ、残念だけどしょうがないよ。それに研究ステーションの所在がわからないってんじゃ、結局ここの大型スキャナーに頼らざるを得なかっただろうし」
結果論ではあるものの、これは事実である。船に積まれたスキャナーでは、とても星系の向こうまで見通すことなど出来ない。
そんな太朗の言葉に、にこりとした笑みを浮かべるベラ。アンチエイジングの発達した未来ゆえに年齢はわからないが、恐らく20代後半から30代にかけてだろうかと太朗は当たりを付ける。
「ところでベラさんって、いわゆるマフィアンコープってやつなんですよね? どうしてステーションの防衛を?」
「んん~? マフィアがステーションの警備をやってちゃいけないのかい?」
「あぁいや、そういうわけじゃないですけど」
ベラの見下すような視線に、思わず口ごもる太朗。意図して威圧感を与えてきているのかどうかはわからないが、怖いものは、怖い。
「ふふ、そうさね。こんな辺境なステーションだと、帝国の影響力も随分弱くなるもんさ。そうなると当然、やってくる人間の種類も変わってくる。あたしらみたいな荒くれ者の方が、"色々と"やりやすいのさ」
「色々と」を強調し、口の端を釣り上げるベラ。それに対する太朗の「色々とねぇ……」という呟きに、「別に珍しい事じゃないさね」とベラ。
「何も帝国の法を片っ端から破ってるってわけじゃないんだ。外の連中に比べれば、あたしらなんて可愛いもんだよ。それにどこの企業だって、大抵はあたしらみたいな連中を抱えてる。ユニオンだったり部署だったり、ただの協力会社だったり。時には秘密協定なんて形もあるみたいだけどね」
ベラの言葉に、どうやら自分が想像していたような組織とは違うようだと、考えを改める太朗。言われて気付いたが、確かにニュース欄にマフィアンコープを非難するような項目があった試しは無い。あまりピンとは来ないが、マフィアはマフィアで社会の歯車に組み込まれているようだと彼は判断する。
「けれどさ。そういう坊やこそ、ちょいと変わったなりをしてるじゃないか。商船が伊達を気取るにゃ、ちょいと本格的が過ぎるんじゃないかい?」
何か、探るような視線のベラ。それに「プラムの事?」と太朗。
「こっちまで情報が届いてるかはわからないけど、今やどの会社も武装船を持つのが当たり前になってきてるよ。正直、警備会社の哨戒だけじゃおっつかないのが現状じゃないかな」
「ふむ……まあ、この有様を見ればさもありなんって感じだけどね。坊やは軍あがりかい? なかなかに場数をを踏んでる様子じゃあないか」
「いやぁ、まあ、なんていうか。色々あって」
まさか軍学校の教育課程をオーバーライドしましたと言うわけにもいかず、言葉につまる太朗。ベラはそんな太朗に勘違いをしたのだろうか「まあ、言わなくてもいいさ」と納得した様子の頷きを見せる。
「ところで坊や。ちょいと提案があるんだけど、会社の経営権を握ってるのは事実上アンタひとりかい?」
太朗は嫌な予感を感じつつも「はい」と正直に答える。それを見て満足気な表情で頷きを見せるベラ。彼女は何か続けようとしたのか口を開くが、そこへ今まで操作盤の前で黙りこくっていた小梅の声がかかる。
「ミスター・テイロー。ステーションの指向性スキャンが移動中の大型建造物を捕えました。この付近で他に登録されている建造物は無い為、研究用ステーションと推測されます」
小梅の声にはっと顔を上げる太朗。彼は「よし」と気合の入った声を上げると、プラムの格納されたドックへ向けて走り出す。するとそこへ「ちょいとお待ちよ」とベラ。
「殴りこみをかけるってんなら、あたしらも連れてきな。邪魔はしないし、役に立つってところを見せてやろうじゃないか。それに――」
にやりとした、恐怖を誘う笑み。
「これから同じユニオンの仲間になるんだ。助け合ってこその共同体ってもんだろう?」
さらっと発せられた台詞だったが、そこには有無を言わせぬ響きがあった。

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