第35話
「E35、E52撃墜。E17沈黙。送られてきた情報は正しいようですね、通信へのジャミング量が減少しました」
小梅の無機質な声が響き「よし」ガッツポーズを取る太郎。
「接敵までの予想時間は?」
「え、えっと……およそ1分よ。それよりテイロー、これはどういう事?」
モニターを指差し、たった今破壊した数隻のワインドの残骸を指し示すマール。そんなマールに「ふへへ、見たか」と返す太郎。
「実弾兵器だってまだまだ使えるっしょ。ビームと違ってロクなシールドがねぇから、当たりゃ一発で装甲到達だ」
得意気に胸を張る太郎。それにマールが「そうじゃなくて」と続ける。
「あの弾頭、誘導兵器でしょ。相手のビームに対して複雑な動きをしてるから、それはわかるわ。でも、どうやって? 弾頭にセンサーやら何やら、一式詰め込んだの?」
「いや、さすがにそれはサイズ的に無理っしょ……あぁいや、実は魚雷の方はそうなんだけどね。ネタバレきついっすよマールたん」
「いや、あんたそれ、一発いくらするのよ……」
「アハ、アハハハハ……」
マールからかかる強烈なプレッシャーに、乾いた笑いを発する太郎。マールはふんと鼻を鳴らすと「で?」と続ける。
「今撃ってるレールガンの方は、いったいどんな仕掛けをしたっていうの?」
「んー、別にそう複雑な事をしたわけじゃないんよ。レールガンの弾頭にちっちゃいシールド発生装置を乗っけたのと、BISHOPで直接運動操作できるようにしただけやね」
「……はぁ!?」
およそ淑女らしからぬ表情で、太郎を睨みつけるマール。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよあんた。今発射してるアレ、全部あんたがリアルタイムで制御してるって事?」
マールの言葉に「おうよ」と軽く答える太郎。ちらりと横を見ると、小梅までもが驚いた顔でこちらを見ている。
「ミスター・テイロー。貴方は今……E44撃墜……貴方は今、ロックオン制御の方も担当していると小梅は理解しています。実際、高速で動き回る標的を17、同時にロックし続けておりますね」
「んだね。あ、でも今ひとつ落としたから16じゃね?」
「それは失礼を、ミスター・テイロー。それより、何とも無いのですか?」
小梅の不可解そうな表情に「何が?」との太郎。
「何が、じゃないわよテイロー。普通、そんな事してたら脳が焼き切れたっておかしくないわよ。いったいどれだけの演算処理をしてると思ってるの?」
「いや、そう言われてもな……別に普通だぜ? あ、でも会話してるとちょっぴり忙しくなるけど」
「……呆れた。でも、あんたのギフトが何か、これでわかったかもしれない」
マールの発した言葉に「まじで!?」と意識を向ける太郎。その瞬間にロックオンが4つばかり外れてしまい、慌てて作業に集中する。マールは自らもビームタレットを制御しながら「多分だけど」と間を開ける。
「状況から察するに、ふざけたレベルでのマルチタスキング(並列処理)だわ。誰もが持ってる能力だけど、あんたの場合その数が"桁違い"みたいね。正直、目の前で見せつけられてなかったら、とても信じられないわ」
太郎の目を見ながらマール。太郎はきょとんとした顔で、マールを見返す。
「えっと、何それ。大をしながら小も出来ますよ的な?」
「……さいっっっていの表現ね。今、久々に死ねばいいのにって思ったわ」
「久々ってどういう事!? そう思った事があるの!!?」
「それを疑問に思うという事は、自覚が無かったという事でしょうか、ミスター・テイロー。詳しく説明いたしますと――」
「やめて!! それ以上は言わないで!?」
ふたりの言葉にいくらかのショックを受けつつも、新たなロックオン先を探してBISHOPを操作する太郎。それとは別に、彼の頭の中に展開された無数の関数群の中で、ミリ秒単位でカウントダウンされる数字がゼロに近いものを発見する。
――"軌道修正 ちょっと右"――
太郎の改良した軌道修正関数「ちょっと右に移動関数」が高速飛翔する弾頭へ命令を伝え、その進路をいくらか右にずらす。ワインドの放ったデブリ焼却用ビームが弾頭のすぐ左側へ抜けて行くが、さらなるビームが次々と放たれる。
――"回避運動 ぷるぷる避け"――
対象となる関数群ブロックに「ぷるぷる回避関数」と名付けた軌道修正プログラムを連結させる太郎。同時に弾頭へ積まれたシールド発生装置の起動を行い、彼は細切れに展開されたいくつもの移動制御関数を、まるでシューティングゲームをプレイするかのように操作し始める。現在敵に向かって飛んでいる6つの弾頭、その全てを。
(いわゆる弾幕系は苦手なんだけどな)
はっきりとした意識の元で活動している自分と、半覚醒状態の自分。現実とBISHOPという二つの世界で、ぼうっとした意識の世界。すなわちBISHOPの世界での太郎は、遠方から飛来する莫大な量の「問題関数」を片っ端から処理し続ける。
問題関数には、ビームの飛来。ロックオンの解除。弾頭の目的への接近。船体の異常等といった、船から伝えられるありとあらゆる情報が含まれていた。それらは対処の必要なものから無視するべきものまで、文字通り全ての情報の流れと言えるだろう。
(や、シューティングって言うより、ブロック崩しか)
比較的間近に迫った問題関数の最後の一つを片付けると、ふぅとひと息を付く太郎。弾頭制御はかなりの神経を使う為、ジャマーを持つ敵を片付けた後は控え目な攻撃へと移る事にした。戦いはいつまで続くかはわからず、廃れた兵器となっている弾頭は補給の目処が立たない。ビームにも発射量に限界が無いわけではないが、実弾のそれとは桁が二つほど違う。
「ビームと違って弾数に限りがあるからな……小梅、そろそろ通信繋がると思うんだけど、どう?」
太郎の声に「少々お待ちを」と小梅。太郎は空いた時間を利用してモニターを弄ぶと、ステーションで戦いを繰り広げている兵器をズームアップする。
「うおっ、なんだこれ!! ロボ? モビルスー……にしてはちょいとイカツイか。なあアラン、ステーションで戦ってるあれ、なんだかわかる?」
「"こちらスターダスト。何って、HumanoidAssaultDroneだろ。HADだ。知らないのか?"」
「ハッドっていうのか。めっちゃカッコイイな。あれって高い?」
「"んー、何を基準に答えればいいんだ。そりゃ他のドローンに比べれば高いが、フリゲートや何かの宇宙船程じゃあない。操縦者を選ぶし、軍では採用されてないな。民間の兵器だ"」
アランの答えに「ふうん」と鼻を鳴らす太朗。彼の脳にオーバーライドされた知識はあくまで軍の教育課程におけるものであった為、アランの言う通り民間でしか使われていない知識であれば知らないのも当然だった。
「操縦者を選ぶってのは、何か特別な才能が必要って事?」
「"んー、そうだな。ギフトとまでは行かないが、反射的自己投影関数。自分の体を動かす意識をBISHOPの関数に置き換える力だが、そいつの構築にある程度の才能が必要だな"」
「自分の身体を動かす感覚であのロボを動かせるって事か……うーん、かっちょいいし色々利点もあるんだろうけど、いくらなんでも危なくね?」
「"そうだな。最大の欠点は、人が乗る必要があるって事だろう。反応速度を除けば軍の無人ドローンの方があらゆる面で優秀……あぁいや。直接BISHOPで操縦できるから、無人兵器のように専門化する必要が無いか。万能型と言えなくもないかもな"」
「なるほどねぇ。帝国軍は何百も小型船を積めるような空母があるわけだから、そもそも必要ねえって感じか。通信用、ジャミング用、みたいに専門のドローンや船を飛ばせばいいんだもんな」
「"そういう事だ大将。そもそも帝国は圧倒的多数で押しつぶす戦略が基本だしな。ちなみにうちの船に積もうって考えてるなら、悪い考えじゃないかもしれんぞ。スペース的に八機かそこらはいけるだろうし、燃費はかかるが整備や何かにも使えるぞ"」
「ほぅほぅ、あのかっちょええロボがうちの船に……うへへ、悪くねぇっすね」
アランの声に、HADについての想像を膨らませる太朗。あやうく意識の多くがそちらへ流れそうになった時、管制室に小梅の声が響く。
「ミスター・テイロー、コネクションジャミングを使用していたワインドが一掃されました。現地との通信が可能と思われます」
太朗は小梅へ黙って頷き返すと、モニターに映し出された人型兵器をズームアップする。様々な機構の上に厚い装甲が成されているのだろう。とてもスリムとは言えないが、力強さを感じさせる力士のような体型。太朗はあれを自分で操縦できたらとは思ったが、同時に、あんな激しい動きをすればものの5分もしないうちにグロッキーだろうと確信をする。
――"緊急回線 DRN-001"――
太朗はBISHOP上に表示された遠方からの通信表示を確認すると、すぐさま回線を開く。耳に届けられたHADの操縦者と思われる声に安堵の息をもらすと、努めて明るく振舞うことにした。
何故だかはわからないが、それが一番良いだろうと、彼は思った。

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