第33話
「ユニオンっすか……利権関係で揉めそうな気がするんで、出来れば遠慮したいんだけど」
太郎はユニオンについてさほど詳しいわけでは無かったが、自由気ままという言葉がふさわしい風潮であるライジングサンに慣れた身。彼としては、それが阻害されるのは避けたかった。
「"それを事前に防ぐ為の契約書じゃないかしら。別に今すぐ決断する必要があるわけじゃないし、話だけでも聞いてくれると嬉しいわ。きっと興味を引かれると思うから"」
ライザの声にひとつ鼻を鳴らすと、一度送信音量をゼロにする太郎。
「って言ってるけど、どう思う? ストーカーと手を組めますかね?」
「どうも何も、彼女の言う通り内容がわからないんじゃ答えようが無いわ。けど、これだけ大きな会社が買収やユニオン傘下に入れって話じゃなくて、ユニオンを"組もう"って話は珍しいわね。口ぶりからすると対等なものだわ。ストーカーは置いておくとしてね」
唇へ指をあて、考え込むようにしてマール。太郎は彼女の言葉から話だけでも聞く価値がありそうだと、再び回線の音量を上げる。
「わかった。それじゃそっちの提案を聞かしてちょ。どういった協力体制を想定してるんすかね?」
太郎の声に、いくらか暇そうなそぶりを見せていたライザが視線を向ける。
「"そうね、基本的には業務提携の形で、守秘義務は第三段階でどう? 方針決定権、及び共有資産の使用権はそちらが35で、こちらが65。当然お互いの会社への口出しは基本的には無用。拒否権もありよ"」
「ふむ……小梅、守秘義務の第三段階ってのは?」
「はい、ミスター・テイロー。第三はユニオン脱退後50年間持続する守秘義務に当たります。非常に強力なものですね」
「なるほどねぇ……そっちの考える、各々のメリット、デメリットは?」
「"私達のメリットとしては、貴方の保有する軍事力。これからの情勢を考えると、非常に魅力的だわ"」
「軍船を持ってるコープは他にもあるぜ?」
「"テイローさん、あまり侮らないでくれると嬉しいわ。確かに軍艦を保有するコープはありますけど、その運用ノウハウとなると話は別ですわ。昨日今日で軍船を買い入れたコープなんて、まともに軍船を扱えるわけがないもの。それに兄がこう言ってたの。あの男は間違いなく専門的な教育を受け、高い技術を持っているだろう、って"」
「そういや船の記録を見られてたんだっけか……まぁ、それについては了解。続けて下さいな」
太郎は決してライザを侮っていたわけでは無かったが、思っていた以上に頭に来ていたのだろうなと自己判断をする。ライザは気を取り直すように一度咳払いをすると、続ける。
「"こちらのデメリットとしては、そうですわね。そちらの4倍近い規模に対する、発言権と共有資産使用権の小ささかしら。正直な話、ユニオンが軌道に乗るまでこちらは赤字でしょうね"」
「まぁ、共有部署をつくるにせよ、船を買うにせよ。こっちがおんぶにだっこになりそうだもんなぁ」
「"えぇ、そうですわ。そしてそれは、そちらのメリットでもありますわね。他にも色々と提供できる技術や情報があると思いますの。生鮮食品の輸送手段を持ってまして? 精密機械やレイザーメタルの輸送に興味は無くて?"」
「なるほど……そいつは正直かなぁり魅力的だあね」
太郎の声に「では」と期待の籠った声のライザ。それに太郎が「けど」と被せる。
「個人的に言わせてもらえば、まだうちの持ち出しの方が多い気がするぜ」
「"あら、それはどうして?"」
「ん、わかんないっすかね?」
「"えぇ、ご教授頂けると嬉しいわ"」
太郎は弾力のあるモニターの縁を手で掴むと、ぐいとそれを引き寄せる。
「"こっちは命を張っからだよ、ミス・フランソワーズ。200人も率いてんのに、そんな事もわかんねえのか?"」
太郎の挑発的な物言いに、凍りついたかのような空気が流れる。ライザは眉間にシワが寄る程に鋭い視線を太郎に向け、唇をいくらか震わせる。隣にいたマールが何か言いたげに口を開くが、彼女は諦めたかのようにそれを閉じた。
「おうっふ、な、なんすかねマールさん。近いっすよ」
シートの背もたれにあごを乗せ、太郎の眺めるモニターを後ろから覗き込むマール。映像回線にはギリギリ映らない位置で彼女は「続けなさいな」と発する。太郎は鼻腔をくすぐる香水の香りにどぎまぎしながらも、彼女の口がUの字を作っている事に気付く。
「なんか知らんけど、えらいゴキゲンやね……えぇと、そういうわけで、このお話はご破談という事でいいかな。ほいじゃ」
太郎はストーカー行為により元々印象が悪かったがゆえに、自分がかなりきつい言い方をしている事は重々承知していた。よってこの話もこれで終わりだろうと、回線を切ろうとする。
「"待って……侮ってたのがこっちだってのは、認めますわ。ごめんなさい。それに、まだそちらの対案を聞いてないわ。交渉が終わったと考えるのは早計じゃないかしら"」
ライザの声は小さく怒気を含んだものだったが、表向きにはそれを感じさせない声色。太郎はその精神力に驚きつつも感心するが、残念な事に交渉を進める気は無かった。
「いやまぁ、こっちも刺々しい言い方をして悪かったよ……んー、対案ねぇ。方針決定権と資産使用権を、こっちが51でそっちが49。これを飲めるなら、受けるぜ」
誰が見ても、明らかに無理とわかる条件。
「"ねぇ、テイローさん。そんな条件をこちらが飲めると思って? もし私が賛成したとしても、他の役員が反対しますわ"」
「なら、それを宥めるのが君の仕事なんじゃね?」
温度の差こそあるが、モニタ越しに見つめ合う二人。数分にも思える数秒が沈黙の内に流れた後「"ちょっとお時間を頂けるかしら"」とライザ。太郎はそれに頷くと、回線の音量を落とす。
「ふいぃ、やっぱ話し合いってな疲れるやね」
「お疲れ様です、ミスター・テイロー。しかし強い精神力の持ち主ですね、ミス・ライザは。格下ともいえる相手からあんな扱いをされれば、普通は癇癪を起してもおかしく無さそうなものです」
「え、そんなに酷かった?」
「いや、正直あんた、かなり怖かったわよ。ちょっとだけカッコ良くなくもなかったりした気がしたりしたかもしれないけど」
「いや、何言ってっかわかんねえよ。でも、まじっすか……ほら、あれじゃね。自分達だけ安全な所にいて、そんであれこれ指図するような構図って考えるだけでも最悪じゃん。いくら規模に対して有利ったって、決定権は向こうが握るわけだしさ」
太郎の声に「まぁねぇ」とマール。彼女はテイローと同じく交渉は終了したものだと判断したのだろう、自分の席へ戻るとオーバードライブの再計算をし始める。太郎も何か手伝う事は無いかとBISHOPを立ち上げるが、そこへ再び回線が開かれる。
「"テイローさん、さっきの条件。受けますわ"」
あんぐりと口を開ける太郎とマール。「正気か?」と尋ねると「狂ってるように見えて?」とライザ。
「"でも、おかげさまでスピードキャリアーの人員を25%カットする事になりましたわ。あぁ、彼らについてはご心配なさらないで。費用はこちら持ちで、新しい別会社を立ち上げるだけですから。でも、ここまでさせたんですから――」
モニタ越しに、艶やかな笑みを見せるライザ。
「"どうぞ責任をお取り下さいましね、テイローさん"」
太郎に出来た事は、引きつった顔で乾いた笑いを発する事だけだった。
その後、アルファステーションへ向けての移動を再び開始した太郎達は、ライザ率いる三隻の輸送船と共に話し合いを続けながらの交易を行った。同じユニオンであるとは言っても別会社である事に変わりないが、共同交易に関しては売り上げを折半する形としてまとまっていた。
ふたつのコープはお互いの船へ乗船してみたりステーションで歓談を行ったりと、出来るだけ交流を図り、連携の為の努力を始めていた。お互い同業者であったにも関わらず手にしているノウハウは全く別方向であった為、その情報交換だけでも大きなメリットとなりそうだった。
「いったい何なんですの、この地図!! 結局、貴方がたの方が軍との繋がりを持っていたという事ですの!!」
ライザが最も驚きを示したのが、例の太郎特製ネットワークマップ。彼女がそれに裏切りだとばかりの怒りを示した為、その誤解を解くのに一苦労があった。
「他社が知らないような抜け道もこんなに……こっちが危険区域? この記号は? ねぇ、もうちょっと詳しく教えて下さらない。いくらでも払いますわよ?」
ビーコンを頼りとしたスターゲイトによる移動が不安定になった現在。正確なネットワークマップの存在は、まさしく宝物と言えた。どこをどう通れば比較的安全であるか。近道はどれか。近々繋がるだろう星系はどこか。そういった情報を地図から読み取る事が出来るからだ。
「や、必要があれば情報は送るけど、まんま持ってくのは勘弁してちょ。それ外にもれたらやばいかもだからさ」
一時期太郎は、自分だけが所持しているこの地図を、一般公開するべきではと考えた事がある。自分だけが安全を手にしているという、後ろめたさを感じていたからだ。
しかしそんな考えも、小梅の一言によって全く逆方向へと変わる事となる。
「ミスター・テイロー。軍も同じようにこういった地図を保有していると思われますが、それでも公開に至っておりません。理由はいくつか考えられますが、最も大きな点として情報漏えいによる影響があるかと推測します。ミスター・テイローは、この地図をワインドが手にした事態というものを想定した事がおありでしょうか?」
現在帝国がなんとか治安を維持できているのも、主要なスターゲイト付近に戦場が限定されているからというのが大きい。軍はニューラルネットを介した通信を行う事で連携した作戦行動を起こす事が可能であり、守るべき対象もまとまっている。
小梅の言う通りこの地図をワインドが利用する事になれば、境界線上のあらゆる場所が戦場になる可能性がある。孤立した場所での戦闘など悪夢以外の何物でも無いし、それだけ戦力を分散する事にもなってしまうだろう。
ワインドがスターゲイト用のビーコンを利用している事は今までの経緯から明らかであり、場合によっては境界線上にある全ビーコンの破壊――通信の断絶は物理的な封鎖に等しい――すらも考えられる。そうなれば中央領域以外のエリアは全滅。被害は億から兆へと跳ね上がる事になる。
「"おい、テイロー。正面を見てみろ。青いもやの様な星雲が見えるか? あれの下に見える大きな光があるだろう"」
デルタを出発してから10日後。先行しているスターダストから、通信機越しに送られてくるアランの声。
「"あれがアルファ星系だ。ようやく到着だな。そして情報通りであれば――"」
モニタ越しに目を細める太郎。最後のジャンプのカウントダウンが始まり、緊張に身構える。
「"絶賛戦闘中との事だ。早いとこ博士をさらって、逃げようぜ"」

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