第31話
「はい、では契約書をBISHOPにてお送りします。あぁいえ、もちろんわかってますよ。次の仕入れ後にはまた寄らせてもらいます。はい、はい。えぇ、生活物資ですか? あ~、うちは輸送船が無いので、スペース的な問題が……あぁいえ。もちろんやれるだけやらせてもらいますけど」
プラムⅡの管制室にて、ディスプレイへ向けてぺこぺこと頭を下げる太郎。モニタには取引先の社長が映し出されており、満足気な表情を見せている。やがてモニタ越しに話し合う二人は二本の指を揃えて額に当て合うと、その回線を切断する。
「ふう。なんつーか、拍子抜けだな。立ち寄った最初のステーションで全部売れるとはさすがに思わなかったぜ。帝国から発表があった通り、こっちは相当やべぇんだな」
モニタの表示をネットワークマップに切り替えながら太郎。プラムⅡの運用を開始してからの二か月の間に、マップの色合いは以前と大きく様変わりしていた。
「非常事態宣言のレベル2だなんて、およそ八百年ぶりだそうよ。でも、無関心かと思ってた帝国もやる時はやるのね。まさかあんな方法で被害を抑えるなんて、思いもしなかったわ」
指を唇にあて、太郎と同様にモニタを眺めながらのマール。太郎はそれに「んだなぁ」と帝国の動きについてを思い返す。帝国全域に及ぶと思われたフラクタルネットワークの断絶による情報の遮断。銀河帝国政府はそれに対し、原始的ではあるが非常に効果的な対処を素早く行っていた。
「ぎりぎり通信が届かねぇ場所に中継用の船を大量に配置するとか、思い付いたとしても本気でやろうとは思わねえよ。三百万隻の通信艦が銀河中に散らばったんだっけ? どうなってんだよそれ」
「正確には288万5232隻ですね、ミスター・テイロー。皇帝陛下の勅令で予備艦艇から破棄寸前のものまで、全てを一斉に駆りだしたそうですよ。今頃通信機の製造会社は空前の好景気となっているでしょうね」
「思い切った決断よね。授業で習っても実感した事は無かったけど、やっぱり帝政ってのは危機管理に強いわね。これが議会だけだったら、今頃まだ対策会議を開こうかどうかで揉めてる所ってのがせいぜいだわ」
三人の眺めるネットワークマップには、帝国中枢を中心に巨大な青いエリアが生まれていた。帝国の配置した通信艦がまるで電柱のように配置され、おおよそ全銀河の5割のエリアを接続。残ったエリアも以前のように細々としたまだら模様では無く、ある程度のまとまりをもった大きさの集合体へと色合いを変えていた。
「でも一番驚いたのはあれだな。ソーラーシステムネットをニューラルネットって呼ぶようにしろってやつ。これってつまり、帝国は以前のニューラルネットワークを復旧させる予定がねえって事だろ? 何があったんだろうな?」
太郎の疑問に、腕を組んで唸り声を上げるマール。
「うーん、気にはなるけど公表はしなさそうよね。帝国始まって以来の危機と呼んでいいレベルだったわけだから。あるとすれば、新しいニューラルネットが前のそれと同レベルまで戻った時?」
「その可能性が高いと思われますが、いささか無理があるようにも思えます、ミス・マール。通信艦のリレーで繋ぐとは言っても、アデラ星系のようにおおよそ現実的では無い距離の隙間があるエリアもあります。また、蓄えられた情報量は以前の数百分の一かそこらでは無いでしょうか」
「そこら辺はあれだな。新しい技術の発見を待つしかないって感じだろな」
太郎はぼんやりと超光速通信の技術的側面について考えるが、どうせ理解の及ぶ所では無いとすぐに頭から振り払う。
「難しい事は専門家に任せよう……ところでマールたん。後ろのあれ、どうすっかな? ジャミングでもかけちゃろか」
うんざりとした声色の太郎に「やめときなさいよ」とマール。
「それにそもそもジャマーは積んで無いじゃない。邪魔して来るわけじゃないから、条例違反をしてるわけでもないし……いっそマフィアンコープにでも頼ってみる?」
二人が話しているのは、プラムⅡの後方数キロの地点に浮かぶ輸送船の数々について。彼らはどうやらプラムⅡの戦闘力をあてにしているようで、デルタを出発してから付かず離れずの距離を勝手について回って来ていた。
「でもイラッとはするよな。おめーらストーカーかよと。"プラムⅡさんのクアドロパルスエンジンまじたまんねっす"とか思ってんだぜきっと。ど変態だな」
「あら、実際にプラムのエンジンはたまらない位に綺麗よ? 可能であれば舐め回してあげたいわ。実際にやったら中毒死しちゃうけど」
「うわぁ、ここにも変態がいたぁ……ちなみにさっき言ってたマフィアンコープってのは何? 暴力団的な怖い人達の集まり?」
「失礼ね。ええと、そのボウリョクダンってのは良くわからないけれど、怖い人達の集まりってのは正解よ。各地のステーション条例や帝国法のグレーゾーンで商売してる人達の事ね」
「……わぁお。まんま刺青が大好きな人材派遣業の方々じゃないですか。今回みたいな時、その人たちならどうするんだろね?」
単純な興味本位で太郎。それに小梅が「少々お待ちを」と口を挟む。
「過去の事例に似たような事案を見つけましたよ、ミスター・テイロー。まずはわざとスキャンの解像度を下げた上で通信機の出力制御にも異常を発生させ、遠距離まで警告が届かないようにするようです。その後、届きもしない警告を何度も発した後、相手付近のデブリへ向けて武装の試験射撃を行うというのが常套手段ですね。精度の低い射撃であれば誤射が相手にぶつかる可能性は十分にありますし、スキャンへの細工等が見つからなければ、帝国内のあらゆる条例に違反しておりません。少し参考にして見ますか?」
ニヤリとした笑みを見せる小梅。太郎とマールは表情のついた小梅に嬉しく思いつつも、引きつった笑みを返す。
――"緊急通信 アラン"――
そこへ唐突に現れる、BISHOP上での通信表示。太郎はマール達へ黙るようにと手をあげて制すると、通信回線をオンにする。
「こちらプラム。緊急通信を受け取った。アラン、どうぞ」
「"やあ、大将。いいニュースだ。思わず緊急回線を開いちまったが、許してくれ。今大丈夫か?"」
アランの明るい声色に、ほっと胸を撫で下ろす太郎。自分のみに聞こえるようになっていたそれを室内スピーカーへと切り替えると、アランの声が管制室へと響く。
「"人類単一惑星発生説。憶えてるか? それを提唱してる偉い学者さんの居場所が判明したぞ。大物だ"」
伝えられたその内容に、思わずシートの上に立ち上がる太郎。
「ま、まじで!? どこっすかどこへでも行きますよいますぐがいいっすかね!?」
「"落ち着け大将。博士はアルファ星系にある研究用ステーションにいるとの事だ。そこで助手をしていたという男から得た情報で、かなり信憑性が高いと思う。男が働いていたのは1年近くも前だが、何十年もそこに住んでるって話だからな。今更引っ越したりもしていないだろう"」
「アルファステーションってどこだったかしら……うわ、ものすんごい遠い上に、中央通信圏から外れてるわよ……これ、行くの?」
BISHOPで検索をかけたのだろう。モニタ上に帝国地図を表示させながら問うマール。それに「行くさ」と即答する太郎。
「丁度積荷が空になったとこだし、一度デルタで目一杯品物を買い入れてから向かおうか。やべえ、テンションあがってきたな。博士ってくらいだから、やっぱ鼻がデカくて髪の毛モジャモジャなんかな?」
「ですから、漫画の読み過ぎですよミスター・テイロー。それともあれですか、地球のドクトルはそういった容貌が一般的だったんですか?」
「"はっはっ、髪の毛がモジャモジャなのは合ってるが、鼻は普通だな。写真があるから送ろう"」
しばらくすると、BISHOP経由で送られてくるカラー映像。博士が何かの式典に出席した時の模様らしく、笑顔でトロフィーのようなものを受け取っていた。
「イーザック・アルジモフ博士72歳、か。見た目がまだ40かそこらに見えるのは、いわゆるアンチエイジングってやつか?」
映像上でにこやかな笑みを見せる博士の姿は、太朗の常識からするとまだまだ働き盛りの壮年のように見える。
「きっとそうでしょうね。医療化粧品会社が言うには、年齢の半分までは肉体年齢を抑えられるって話だし。でも、見た目が若いのに中身は年寄りってどんな気分なんでしょうね?」
「って言ってるぜ。逆ではあるけど、ギャップにかけちゃ誰にも負けない小梅さん。一言どうぞ」
「はい、ミスター・テイロー。ミス・マール、男というのは得てしてギャップに弱いものであります。ミスター・テイローとて例外では無いでしょう」
「うん。聞いてないし、どうでもいいわ」
マールはその場で伸びをして立ち上がると「でも」と続ける。
「これで目的地は出来たわけだから、後は買出しね。空いたスペースは輸送を請け負うか何かして、カーゴに目一杯詰め込んじゃいましょう。稼ぎ時よ!」
勢いのあるマールの声に「おうよ!」と応える太朗。
「会社の留守は統括部長に任せるとして、何積んでくかなぁ。研究用ステーションって位だから、計算用の新型コンピュータとかどうだ?」
「だめよ、衝撃に弱いから直接注文でも受けない限りやめといた方がいいわ。それよりもうちょっと小型のワープスタビライザーを多数がいいわ。確実に売れるってわかってるわけだし」
「小梅もミス・マールに賛成です。危険を犯さずとも、確実に利益を出せる方がよろしいかと」
「"なあ、大将。アダルトグッズの仕入れも忘れないでくれよ。いまだにうちの会社の稼ぎ頭なんだからな。それとアルファステーション方面で商売をするなら、向こうにも拠点を作るべきだろう。現地スタッフは絶対に必要だ"」
新天地へ向けて、話し合いを始める四人。プラムⅡの上で始まったライジングサンコープの首脳会議は、疲れ切った太郎がその場に倒れるまで続けられる事となった。

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