第28話
お待たせいたしました。更新再開です。
「におく、はっせんまん、くれじっと?」
280,000,000crd
今まで目にした事の無い桁数の金額。最近の輸送価格の高騰や危険地域への配達というボーナスを加えても、一度の輸送による利益は大体100万前後という所。プラムの購入資金が4000万弱といった所だった。
「ワインド討伐が800万……守秘義務代が追加も含めて8000万……そして身柄の引き渡しが2億と。これは決まりね。あの子達、政府か軍の関係者だわ。"詮索するつもりは全く無いけど"」
「"ん、懸命な判断だ、マール殿。それ以上の詮索はあまり歓迎できない"」
マールの声に即座に返された通信機からの声。太郎は「あまり、じゃねえだろ」と苦笑いをする。
「"説明や補足の必要は無いとは思うが、規則なので口頭でも確認する。君らはこの一連の出来事を決して口外せず、また一切の質問を認めない。契約は即時実行され、機密上から内約は全て輸送費として統一される。違反した際の罰則は未規定だが、君らに対する高額の暗殺ミッションが立てられる事になるだろう。以上は把握できたかい?"」
「おうよ。でもさ、そこでノーって言えるアイアンハーツの持ち主が今までにいた事は?」
「"ふふ、君はおもしろい男だな。確かにそこで拒否を出来る人間は……いや、ひとりいるか"」
思わぬ反応に「おぉっ?」と耳をそばだてる太郎。
「"ファントムという男がノーを突きつけてきた事があるな。帝国相手に良くやるよ。向こうの小さい船には元帝国軍人が乗っていただろう。彼に聞いてみるといい。よし、では契約締結だ"」
通信が切られると共に、次々と解放されていく各システム。
「"スターゲイトは起動してある。ジャンプ後は君等の自由だ。願わくば、今後二度と会う事が無いといいな。お互いの為に"」
青く染まり、ぶれ始める視界。
「全く同感っすね!!」
意識を失う時に似た感覚。最後に一言そう叫ぶと、太郎は既に見知らぬ空間へと移動していた。
「……さて、ほいじゃ帰るとしましょうか」
遅れてやってきたスターダスト号を確認すると、疲れからぼそぼそと発する太郎。二人からは、同意の声が上がった。
――"ドッキング完了 ようこそデルタステーションへ"――
決まりきったアナウンスの元、誘導された桟橋へとドッキングを果たすプラム。桟橋付近ではプラムの惨状を目にした人々が、いったい何事だろうかと興味深そうな視線を送ってくる。
「おかえりなさいませ社長。しかし派手にやりましたね……やんちゃ盛りの子供だってもうちょっとマシな格好で帰ってきますよ」
ステーションゲートまで出迎えに来た社員のひとりが、実に呆れたといった顔でプラムを見やる。
「何があったかは聞かないどいてくれると嬉しいね。男には誰にも言えない秘密がひとつやふたつ、あるものさ」
「はいはい、ハードボイルドハードボイルド。守秘義務から何も言えないんだけど、安心していいわ。三人とも無事だし、経済的損失も負ってないわよ」
「なげやりな突っ込みありがとぉう!!」
三人は一度会社のオフィスへ顔を出すと、挨拶もそこそこに自室へと閉じこもる。距離で言えばそれこそ実感が沸かない程の距離を帰ってきた事になるが、コープとしてジャンプドライブを使用する事が出来る太朗にとって、ここまでの道のりはわずか2日足らずといった所。まだ戦いの興奮は残っており、ステーションに帰ったらゆっくり休むと決めていた。しかし――
「……暇だな」
文化や趣向の違いから、どこで笑えば良いのか良くわからない未来のコメディ番組を見ながらひとりごちる太朗。生活のほとんどは船上で行われている為、オフィス近くに借りたアパートにはほとんど物が置かれていない。
「ぶっちゃけここいらねえよな……今度解約しとくか」
ステーションで生活するようになって数ヶ月が経過した太朗だが、いまだにひとりで外へ出かけるような事は滅多になかった。太朗自身が引きこもりがちな性格だというのもあるが、彼には何が安全で何が危険かを判断する事が出来ない事が大きかった。知らないうちに高速移動車のレーンへ足を踏み入れ、肉片になる一歩手前だった事は一度や二度では無い。
「だいたい味気無さ過ぎんだよな、ステーションの中って。移動は全部窓すらねえ高速移動車だし、買物はもっぱら通販が主流。彩りが無さ過ぎんぞ」
卵型をした高速移動車を思い浮かべながら、アランやマールに連れられて行った店々について考える太郎。空間や自然植物が贅沢品な為、少し開けた公園のような場所で過ごすひと時の価格が、色々な場所の凝りをほぐしてくれるサービス精神旺盛なマッサージ師のいる店とさして変わらない値段だと知った時の驚愕は、今でも良く思い出せる。
「公園かマッサージかっていったらマッサージを取るだろ普通……ちょ、ちょっと行ってみようかな」
太朗は身体を起こすと、滅菌用の紫外線照射機で体を照らし始める。マニュアル通りの時間を照射した後は、5分で強制的に水が止められてしまうシャワーを時間一杯まで浴びる。欲を言えば湯船につかりたいと彼は思ったが、ステーションで水は貴重品だった。
「よ、よーし、おじちゃんはりきっちゃうぞー……あ、事前に予約とか取った方がいいのかな。ググって見るか……あ、ググるって今でも使うのかな。検索検索……て、ニューラルネットは落ちてるんだっけか。星系ネットの方でいけるかな」
「えぇ、ソーラーシステムネットの方は生きてるわよ。ところでどこかお出掛け?」
「そうそう、ちょっとマッサージ屋に……って、はい?」
後ろからかけられた声にゆっくりと振り向く太朗。そこには何食わぬ顔で太朗を見下ろすマールと小梅の姿。
「ちょっと話したい事があっただけなんだけど、忙しいなら後にするわよ。ちなみに振り向くのは別に構わないけど、あんたの粗チ――」
「あーあー、聞こえなーい聞こえなーい!!」
全裸のまま耳に手を当てる太朗。マールは肩を竦ませると、クローゼットの中から下着を引っ張り出してくる。彼女は太朗に極彩色の下着を手渡すと、部屋の中央に置かれた大きなソファへともたれかかる。
「なんで下着の置き場所が割れてるんですかね、小梅さん」
下半身を背け、上半身だけを小梅の方へ向けて太郎。それに首を傾げる小梅。
「不明です、ミスター・テイロー。しかしミス・マールの意図はわかります。不快な物を覆い隠すためでしょう。具体的に言うと粗チ――」
「あーあー!! お前を作った奴はやっぱりどこかおかしいぞ!!?」
太朗はいそいそと下着を見に付けると、少し顔を赤らめながらその場に座り込む。マールの「気持ち悪いわね」という台詞が聞こえた気がしたが、それは無視する事にした。
「マールたん、乙女ってのは恥じらいをなくしたら終わりだと思うんだ」
「同意するけれど、それってあたしの事? 見るのと見せるのとは違うわよ」
「ぐうの音も出ねえっす!! ……とまあ、それはさておき。何の用でしょうか。暇っちゃ暇なんで……あ、お茶用意しますね」
太朗自身なんで敬語なのだろうと疑問に思いつつも、数少ない勝手知ったる機械装置。すなわち電気ポットから人数分のカップへとお湯を注いで行く。
「あら、いい香り。あんた紅茶なんて飲むのね……こう言ったらなんだけど、意外だわ。どこのメーカーかしら」
マールは陶器のカップを受け取ると、その香りに目を細める。小梅も受け取ったカップを興味深そうに眺め、マールと同じように香りを嗅ぐ仕草を見せる。彼女に水分摂取の必要は全く無いが、ひとりだけ手ぶらでは仲間はずれのようで可哀想だと太郎は考えていた。
「メーカーは、ちょっとわかんねっすね。この前配送先のおっさんが……おっさんとかまずいな。取引先の社長さんが名産品なんでどうぞってくれたんよ。バクーステーションだったかな?」
太郎の言葉に、カップを持つ手がピタリと止まるマール。
「バクー産……これ、本物の茶葉って事? 合成じゃなくて?」
睨みつけるような目に「お、おう」と、どもる太郎。
「はぁ……まぁいいけど。成金だと思われないように外では注意してね? 多分これ、一杯で200クレジット近くするわよ」
マールの指摘に頷きながら、頭の中で大体の計算をする太郎。物価が太郎の知っている地球と大きく違う為に単純比較は出来なかったが――金属や工業製品は驚く程安い――こと一般生活において、1クレジットが大体1ドル。すなわち100円かそこらに相当する感覚だろうかと彼は考えていた。
「……おほっ、一杯二万円のお茶か……意識したらもう、あれだな。味なんか全くわかんねえ。ちなみに話したいことって何?」
「せっかくのバクー茶葉なのにもったいない……えぇと、そうね。この前のあのお金。テイローは何か使い道を考えてるのかなって」
「あぁ、例の3億? 何って、会社の船でも買おうと思ってるけど」
なんだそんな事かと、さらりと発する太郎。マールがそれに複雑な表情を向け「でも」と続ける。
「あれは全部が全部、会社での収入というわけでもないわ。いくらかは個人的な収入として扱っても良いのよ?」
マールの言葉にかぶりを振る太朗。
「ぶっちゃけ社長としての給料だけで十分に生活できるっぽいから、ポケットマネーが増えた所であんま楽しくないのよね。地球にいた頃は一生遊んで暮らせるだけの金が欲しいって真剣に神に祈るくらいだったけど、環境が変われば人も変わるんやね。今は会社が成長するのを見てる方が楽しいかな?」
どこか遠くを見るように笑顔を作る太郎。その言葉にいくらか謙遜が含まれるのは確かだったが、太朗の偽らざる本音でもあった。どんな形にせよ、人の役に立てるというのは不思議な満足感をもたらしてくれると彼は感じていた。そんな太朗にいくらか感心した様子のマール。
「ふぅん……まあ、いいけどね。それでどうするの? ひと口に船といっても色々あると思うけど。また戦闘艦?」
マールの問いに親指を立てて見せる太朗。
「おう。今度は巡洋艦を買おうと思って」
決して狭くは無い部屋に広がる沈黙。何か言いたそうに口を開閉させるマールだったが、やがて諦めたように溜息をつく。
「そう。まあアンタの事だから何か考えがあるんでしょうから、それはいいわ。巡洋艦となると、2億くらいは使うことになるのかしら……ねぇテイロー。余った一億の使い道に提案があるんだけど」
人差し指を立てて太郎に顔を寄せるマール。太朗はいくらかどぎまぎしながらも「なに?」と冷静に返す。
「それを元手に交易をしてみない? ただ荷物を運ぶだけじゃなくて、実際に商品を売り買いするの。私達……というよりあんたにだけど。せっかくの専門知識があるんだから、それを活かさない手はないと思うのよ」
マールの遠まわしな言い草に、いったい何だろうかと首を傾げる太朗。やがて彼女の言いたい事に思い当たると、納得の頷きを返す。
「なるほど。軍需品か」

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