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この時代、魔物には知能などないというのが通説的な考えだったが、未来においてそれは覆されていた。
大魔導ワイズマン・ナコルルがぶち上げた学説。
それは彼等魔物は魔族と異なる存在であり、かつ高い知能を持つというものである。
当初は与太話でしかなかったそれは、勇者と聖女が白神狼と呼ばれる強大な魔物を仲間に引き入れ、国王の前に連れてきたことによって事実として認められた。
白神狼はあろうことか、人間の姿へと姿を変え、そして自らが魔物であり、魔族と異なることを国王に奏上したのだ。
つまり、その事実によれば、今俺の目の前にいるクリスタルウルフにも言葉は通じるはずだった。
クリスタルウルフは魔物の中でも上位の存在であり、言葉の通じる可能性も高い。
それなりに知能があるはずだからだ。
だから、俺は呼びかけた。
そしてその賭けは成功する。
クリスタルウルフは俺の呼びかけに答え、その物騒な魔力暴走を引っ込めてくれたのだ。
もともと、その技は、自らの子供を守るためにのみ使われるもの。
その安全を真摯に訴えかければ、通じると思ったことは成功だったらしい。
クリスタルウルフはそして、俺に対し、誓約に応じることを求め、俺はそれに乗った。
誓約は、魔法的契約の一種で、破るとペナルティが生じる。
そのペナルティがどういうものかは、場合によるのだが、クリスタルウルフとの誓約はかなり大きなペナルティがあるらしいことをその口調から感じ取れた。
けれど、だからといって、断るわけにはいかない。
要は、裏切らなければいいのだ。
その態度をクリスタルウルフは気に入ったらしい。
親父からもらった亜竜の宝玉を誓約の証として俺は差しだし、クリスタルウルフはその角を折って俺に差し出した。
すると、クリスタルウルフの欠けた角が復活し、亜竜の宝玉の持つ赤に染まった。
聞けば、角も、宝玉も魔石らしく、形状の加工は簡単なのだという。
そうして誓約を終えて、クリスタルウルフは俺に自分の住処を告げて、いつでも歓迎することを約束すると去っていったのだった。
テッドはその様を見つめて、それから息を吐いて色々叫んでいて、それは村に戻っても続いたのだった。
◆◇◆◇◆
森に出る前に、テッドと話した。
内容は、クリスタルウルフとの誓約について、それに魔法についてだ。
これは現代ではまだ広まっていない知識だから、あまり言いふらされては困る。
すると、テッドは基本的には秘密にしておくことに同意してくれたが、どうしても隠しきれない連中を数人挙げた。
それは、俺とテッドの思い人、カレンに、村の子供集団の中でもなんとなく他の者と一線を画して幹部みたいな扱いになっている数人。
三馬鹿と呼ばれる、コウ、オーツ、ヘイスという少年たちと、視力矯正魔導具たる眼鏡をいつもかけているフィルという少年だ。
このあたりにはいくら隠してもいずればれてしまうだろう、というテッドの言葉に俺はそれもそうだとうなずき、結果として俺、テッド、カレン、三馬鹿、フィルの七人で秘密を共有していこうという話に落ち着いた。
三馬鹿は前世でも軍に入り出世したし、フィルも学者兼管理として王国の中枢に食い込んでいたから、そういうことも含めて彼等は仲間に引き込んでおいた方がいいだろう。
そう思ってのことでもあった。
村に帰り着くと、テッドの母親のフレイが野良仕事をしていたので、森で狩ってきた魔物を渡した。
その際、フレイおばさんが森から獣の叫び声を聞いたというので、それについては安心するようにと親父が言った。
クリスタルウルフが出たが、すでに倒した。
毛皮類は傷だらけにしてしまったのでもってこれなかった。
もしかしたら他にもいるかもしれないが、見つけても絶対に手を出さないよう、猟師連中に伝えてくれ。
大要そのような台詞で、親父が言うならそれで十分なのだろう。
実際フレイはそれを信じてうなずき、よく伝えておくと言った。
それから家に戻り、狩ってきた魔物を裁いた。
テッドが帰る段になり、親父は改めてテッドに今日のことは秘密にしておくようにと念押しした。
その際、ソステヌーの学術究理団を引き合いに出して脅していたが、少し言い過ぎたのかテッドはふるえていた。
学術究理団とは、つまりいかれた学者の集団で、ソステヌーという街をその根城にしている盗賊すら恐れるような者たちだ。
一般的に、悪いことをしたら彼等がくる、というような言い方で脅しに使われる。
テッドはまさにおびえたのだから、その使い方は正しいのだろう。
それから、テッドが家に帰った後、親父は俺の方を振り向いていった。
「さて、ジョン。詳しいことを聞かせてくれるだろうな?」
やはり、親父の目はごまかせなかったらしい。
一連の数々の出来事が、親父に俺に対する疑問を抱かせたらしかった。
俺の息は、止まった。
◆◇◆◇◆
一枚板で作られたテーブルを挟み、親父と母さんが対面に座っていた。
時間は刻々と過ぎていくが、なんといいっていいのかわからない。
そしてそれは親父たちも同様らしかった。
母さんが俺に言った。
「ジョン。あなたが何を隠しているのかは分からない。けれど、私たちに話すのがそんなに苦しいことなら……無理に言わなくてもいい。あなたが私たちの息子なのは、たとえどんなことがあっても変わらない……」
と。
親父もその気持ちは同様のようで、母さんに頷いて同じように謝罪を口にした。
そんな二人に、俺は申し訳ない気分になる。
だって、俺は、秘密を抱えている。
それは、一度死に、そしてもう一度生まれ直したということだ。
そのことが示すのは、俺が親父と母さんから、俺を育てる楽しみを奪ったということに他ならない。
本当なら、俺はもっと手の掛かる子供だったはずだ。
それは、親父と母さんに、大変ながらも子育ての楽しさというものを与えただろう。
それを俺は奪った。
そのことがたまらなく申し訳なかった。
何もいえなくなって、俺は立ち上がり、部屋に戻ろうとした。
けれど、母さんの勘の冴えは、この一瞬に猛烈な回転を示した。
母さんはふっと気づくように言った。
「もしかして、私たちを悲しませたくないから話せない、とか考えているんじゃないの?」
それは間違いなく事実だった。
そしてあっけにとられた俺を、親父が捕まえにかかった。
それからの二人は、さきほどまでの憔悴具合が嘘のようだった。
俺に爛々と輝く目で秘密の暴露を迫った。
それは、俺がどんな風でも受け入れるという信頼を示してくれたに他ならない。
そんな二人の様子に俺は覚悟を決めて、二人に秘密を伝えることを決意した。
けれど、そのために俺は一つの提案をした。
親父に対し、俺と戦ってほしいと、そういったのだ。
そうすれば、親父はたちどころに俺のことを理解してくれるだろうと思ったのだ。
戦士とは、そういうものだ。
親父は俺の提案にうなずき、その日の家族会議は終わった。
次の日の早朝、俺と親父は家の前で準備運動をし、それから戦いに入った。
お互いに構えるだけで、その技量が分かる。
親父のそれには隙がなく、そして俺の構えは親父のものと鏡合わせのように似ている。
親父はそれを見ただけで、何かを理解したようだった。
「……昨日までのへっぽこと一緒にしては悪いみたいだな」
そう言ったのだから。
俺は昨日まで親父の前では手を抜いていた。
それを、親父ははっきりと見抜いた。
戦いが、始まる。
◆◇◆◇◆
親父と俺の剣術は、この国に伝わる伝統的なものだ。
ルフィニア流と呼ばれるそれは、極めて合理的な思考、技術の集合体だ。
だからこそ、この国の兵士は皆これを学ぶ。
数合打ち合うだけで分かる親父の強さ。
その中で、親父は俺の奇妙さに気づいていく。
俺の技術が、動きが、子供のものではないということに。
俺はそれに対して無言で戦い、切りつけ、親父の思考を加速させていった。
そんな中で、思う。
強い、と。
親父はただひたすらに強かった。
前世を通して、親父は俺の目標だった。
今でも全く越えられていないのだなと突きつけられるような戦いは、けれど俺に高揚を運んでくる。
俺はそんな中でも勝機を見失ってはいなかったからだ。
俺には、切り札があるからだ。
何度も打ち合う中、限界に達した俺に、親父は言う。
「そろそろウォーミングアップは終わりにするか、ジョン」
俺はそれにうなずき、そして過去を思い出しながら、技の中に反映していく。
怒り、復讐心、絶望、殺気。
すべてを体中からかき集めた俺に、親父は一瞬気圧された。
親父に言う。
「親父、俺の真実を知ってくれ」
と。
親父はそれに答えて、構えた。
俺は続ける。
「……五十九代剣聖流……またのなを、スルト流。……いくぜ、親父」
俺の学んだ、前世の、未来の技術。
現代の剣聖は五十八代目だ。
だから親父は目を見開き、何かを聞きたそうに言葉を紡ごうとした。
けれど俺は殺気を向け、親父の台詞を遮った。
親父はそれを笑って受け、かつての剣聖流開祖の台詞を引用して構えた。
「……今は、剣にて語るのみ、か」
かつて王国の剣術大会決勝で開祖が対戦相手に言った台詞。
剣以外で語ることは無粋と切って捨てたその言葉。
それこそが、今この場で俺のもっともいいたいことに他ならなかった。
そうして、俺は向かっていく。
親父はこれが最後と思ったのだろう。
そのとっておきの技を出した。
「剣聖流、絶禍の太刀!」
それは剣聖流の中でも最強と言われる技だ。
誰も破ったことのないといわれるもの。
けれど未来においては……。
「スルト流、連禍!!」
発明された返し技。
俺はそれを放った。
俺と親父が交錯する。
それは一瞬のようにも、永遠のようにも感じられた。
けれど結果は。
「……驚いたぜ、ジョン」
そう言った親父の頬には一筋の切り傷が入っている。
なんとか、一撃入れることには成功したらしい。
けれど、そこまでが俺の限界だった。
限界まで酷使した体は視界を暗くし、足下から力が抜けていく。
そうして、俺の意識は暗闇へと消えていったのだった。

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