第26話
「ミスター・テイロー、接敵までおよそ60秒です」
「りょーかい小梅。進路右前方。機関停止。左回頭30度。接敵のタイミングをずらすぞ」
太朗は船の針路を右にしばらくずらした後、その船体を左に傾ける。敵から見れば、プラムは斜めに進んでいるように見える事だろう。
「プラムからスターダストへ。そっちはどう? 作業進んでる?」
「"こちらスターダスト。進んでるっちゃ進んでるが、あまり芳しくない。桟橋が使えないから宇宙服で直接乗り移ってもらっているんだが、やっこさん達どうにも不慣れなようだ"」
「こちらプラム、了解。気付いてるとは思うけど、敵さんうじゃうじゃ出てきてる。なるべく急いで欲しい」
「"こちらスターダスト。あぁ、わかってる。15分もすれば収容完了するはずだ。幸運を祈る"]
通信機からもたらされた声に、顔をしかめてみせる太朗。日常での15分などあっという間だが、戦闘中のそれは何倍もの長さに感じる。
「幸運ね……既にこの状況が不運のように思えるぜちくしょう。全タレット射撃開始。ひとつずつ確実に仕留めていこう」
放射線によるビームの拡散から、いつもより近い距離での射撃開始。8条のビームが青い光を放ちながら宇宙空間を駆け抜け、やがてどこへともなく消えていく。
「くそ、フレアの活動が不安定だな。線量が安定しねぇ」
太朗は恒星アデラの強い光に舌打ちをすると、射撃計算に修正を加えていく。やがて再度吐き出されたビームが敵機を捕えた時、放射状に広がった敵からの攻撃が次々に開始されていく。
「うへぇ!! デートは一対一が相場って決まってるもんだろ。こんないっぺんに相手できっか!!」
20近い敵のビームは初弾こそ免れたものの、徐々に修正されていく弾道がやがてプラムの船体を捕え始める。
「マール、ジャミングできるか?」
太朗の声に「やってみるわ」と答えるマール。売り上げの一部を使って新調したプラムのビームジャマーが稼動を開始し、飛来するビームの軌道を湾曲させ始める。
「おほ、こいつはいいや。装置に無理がかからない程度に、定期的に強弱を切り替えてくれ。かなり時間が稼げるだろうよ。小梅ちゃん、シールド制御頼んだぜ」
普段であればとっくに目減りを始めているだろうシールドの残量が、ずっと9割近い値を示し続けている事に安堵の息を漏らす太朗。小梅が制御するシールドは、必要量だけを上手く発動させる事でバッテリーの消耗を極限まで押さえ込んでいる。
「こんなクソ難しいビームシールドの制御なんて良くやれるよな……さすが万能AI小梅様」
船舶に搭載されているシールドは、全開にして使用し続ければわずか30秒もしないうちにバッテリーが切れてしまう。シールドはいわゆるバリアの様に常に張り続けて使用する物では無く、相手の攻撃が命中する瞬間に起動するものだ。
さらに拡散したビームの威力が単純にバッテリーの減少量に繋がるというものではなく、あくまで起動した際のシールド強度がバッテリーから使用される。つまり敵のビームの威力が10だろうが100だろうが、同じ100のシールド強度を発生させれば、同じ量のバッテリーを使用してしまう事になる。10に対しては10。100に対しては100のシールドを発生させるのが理想だ。ただし射撃の角度や位置、減衰等の様々な要因から、適正値を割り出すのは非常に困難と言える。
「ありがとうございます、ミスター・テイロー。しかし慣れればどうという事はありませんよ」
小梅の声に「無茶いわんと」と苦笑いを見せる太朗。確かにやれば出来ない事は無いだろうが、20もの対象から無秩序に発せられるビームに対するシールド制御を続ける。それは想像するだけで気が狂いそうになる作業だろうと太朗は思う。
「ミスター・テイロー。相手は単純に弾道と対象の差異から射撃の調整を行っているように見受けられます。船の軌道を不規則に動かしてみてはどうでしょうか?」
「うーん、悪く無い案だけど今はやめとこう。バッテリーがやばくなったらビームジャマーをオフにしてそうするといいかもな。今は射撃の精度を優先しよう」
「なるほど。了解です、ミスター・テイロー。敵6番、9番が沈黙。7番が健在ですが、何らかのジャミング装置を使っていると推測されます」
「にゃるほど。んじゃそいつは後回しで。数を減らすのを優先」
「ねえテイロー、レーダー上の敵性反応数が変化してないわ。これってまずくない?」
マールの声に慌ててディスプレイを確認する太朗。確かに彼女の言う通りだと数値をにらみ続けていると、ふと反応数が3つ程上昇する。プラムが相手を打ち落とし続けているにも関わらずだ。
「くそ、ステーションの向こう側からも出てきてやがるんだな。光学式スキャンはこれだから……今度スキャナのスタビライザー(安定化装置)でも買うか?」
「ただでさえ狭い船室がさらに狭くなるわよ。それって運び屋としてどうなのかしら?」
「その話は後にするべきでは無いでしょうか、ミスター・テイロー。ミス、マール。そろそろシールド残量が半分になりますが、対して想定される戦闘時間は半分に到達しておりません。あまり芳しくない状況かと」
小梅の冷静な声に「やっぱきっついか」とぼやく太朗。撃ち漏らした敵の何隻かがプラムを取り囲むように攻撃を加えてきており、至近距離からの高い命中弾を吐き出し続けている。既にプラムは10を超える敵を撃墜しているが、敵の数は一向に減る様相を見せない。
「こちらプラム。アラン、そっちの様子はどう? こっちはちょっちきついっぽい」
「"こちらスターダスト。すまんが予定より遅れそうだ。今のところ3割ほどを収容した。子供用の宇宙服が無いんでかなり面倒な事になってる"」
「子供用って……置いてかれたのは子供?」
「"あぁ、そうだな。全員じゃないが小さいのばっかりだ。話によると優先して管制塔へ避難させられたらしいが、その出入り口が事故で塞がっちまったらしい。真っ先に助けようとしたのが仇になったとは、神を呪いたくなる話だな"」
アランの報告に、沈黙が訪れるプラムの船内。
「……なぁ、小梅。シールド残量がゼロになった後、プラムはどれくらい戦える?」
戦闘に必要な計算をしながらも、呟くように発する太朗。小梅が太朗を見上げ、口を開く。
「不明です、ミスター・テイロー。シールドが無くなれば装甲頼りとなりますが、船の全てが装甲板で守られているわけではありません。単純に浮いていられる時間というのであればそれなりの時間だとは思いますが、継戦能力となると話は別です。運による所が大きいかと」
小梅の回答に「わかった」と太朗。彼は今も減り続けているシールド残量へと目を向けると、覚悟を決める。
「船の中枢を除き、区画封鎖。空気があると爆発が起きちまうからな。予備シールドはエンジンの保護を全力で頼む」
太朗の声にその意図を感じとったのだろう。静かな声色で「わかったわ」とマール。しばらくすると船内に振動が訪れ、遠くから重い扉が閉まった音が聞こえて来る。
「はぁ……コンテナ以外の積荷は全滅だろうな。仕方ねえとは言え、大損害だ」
「そうね……けど、お金はまた稼げばいいじゃない。命には代えられないわ。20機目の敵を撃墜確認。しかし敵が間抜けで助かったわね。一斉に襲われてたらおしまいだったんじゃない?」
「確かにな。単純に"近寄って攻撃する"って行動をしてるだけだ。組織立った行動を取るようになったら、それこそ帝国が揺れるかもしんねえな」
「そうなったら歓迎できない時代の始まりですね、ミスター・テイロー。さあ、そろそろシールドが底を突きます。お二人とも、"頑張りましょう"」
小梅の声に、にやりとした笑みを向ける太朗とマール。やがていくらもしない内にシールドの残量計がゼロを指し示し、船体へ強い振動を運んでくる。
「うぐっ!! くそ、シールドがねえとこんなに揺れるもんなのか!!」
がんと殴られたような衝撃に、シートを強く握り締める太朗。ディスプレイの表示が一瞬乱れ、再び元へ戻る。
「上部装甲板破損、ダメージレベル4。3番タレット破損。砲身がひとつ焼ききられたみたいだけど、まだ撃てるわ」
「了解。小梅、ワープジャマーを使われたらすぐに知らせてくれ。そいつを真っ先になんとかしないと、このまま宇宙の塵だ」
「はい、了解です、ミスター・テイロー。敵25番撃墜、12番沈黙。予備シールド残量85%」
度重なる衝撃に歯を食いしばる太朗。小さな悲鳴を上げるマール。三人はアランの報告を待ち続け、ただ懸命に戦い続ける。射撃をし、ジャミングをかけ、回避運動を取る。レーダー上の光点がプラムを取り囲むように入り乱れ、蜂の巣をつついた哀れな男を連想させる。
――"船体損傷率 30% イエローアラート"――
BISHOPに表示される警告。船が大きく揺れ、太朗の耳にどこからか耳障りな破裂音が届けられる。
「ミスター・テイロー、第4ブロックの隔壁が損傷しました。3番カーゴを破棄します。敵34番、28番が沈黙。総数は42機に増加。予備シールドの制御機構に異常発生。手動に切り替えます」
小梅の目がせわしなく画面上を動き、その手が制御装置を人間にはおおよそ不可能な速さで操作し始める。そこへひときわ大きい振動。そして爆音。
「2番タレットが砲塔ごと吹っ飛んだわ。付近一帯が全部レッド(機能不全)! テイロー、もう限界よ!!」
「くそっ、アラン!! まだか!! こっちはもうだめだ!!」
通信機越しに叫ぶ太朗。
この時点で戦闘開始から、13分30秒が経過。太朗には目標としている残り1分半が、まるで永遠のように感じていた。

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