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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク) 作者:Gibson

第2章 ライジングサン

第25話

 遠ざかるスターダスト号。それが肉眼では確認するのが難しいだろう距離まで到達した頃、アランより通信の声が届く。

「"こちらスターダスト。ステーションまでの距離2キロメートルの地点に到達した。これよりアプローチに入る"」

「こちらプラム。スターダスト、アプローチ了解。十分に注意してくれよ」

 太朗はアランへそう返すと、新しく作成した姿勢制御関数のテストを始める。ゆらゆらとプラムの船体が不規則に揺れ、再び元の軌道へと戻る。

「旋回性能、約8割で運用可能です、ミスター・テイロー」

 小梅よりもたらされた運用結果に満足の頷きをする太朗。プラムは先の衝突により二基の姿勢制御用スラスターが故障しており、他のスラスターで代理補助出来るよう、操船に対する各スラスター出力を調整する必要があった。

「マール、呼びかけの方はどう?」

 太朗の声に「だめね」とかぶりを振るマール。

「やっぱり向こうの受信機に何か障害があるんじゃないかしら。事前送信に返答があるから、ハードが故障してるわけじゃないと思うんだけど……」

 ううんとうなり声を上げるマールに「了解。でも一応続けてて」と太朗。

「にしても、太陽風の影響がでかいな……ビームがえらい湾曲しちまいそうだ。小梅、放射線による影響の予想値を求めといて。こっちでも計算するから近似値を使おう」

「了解です、ミスター・テイロー。ですが、あまり今の小梅に期待はしないようお願い致します。正直、自信がありません」

 思いがけぬ小梅の言葉に、おもわず「ぁえぇ!?」と素っ頓狂な声を上げる太朗。小梅の横ではマールが同じ様に驚きの表情を見せ、小梅を覗き込むように顔を向けている。

「おいおい、どうしたってんだ小梅さん。随分、らしくない台詞じゃねえか。何? なんかそういう、アンニュイなお年頃?」

「否定です、ミスター・テイロー。AIに精神があるかどうかはわかりませんが、小梅はいたって健全です……あぁいえ、健全だと推測します。問題があるのはニューラルネットとの接続の方ですね」

「接続て。いやまあ、それについてはさっき聞いたけど。まさかネットが無いと生きられない自宅警備員じゃあるまいし、何が問題だってんだ?」

 太朗の言葉に「問題だらけですよ、ミスター・テイロー」と顔を向ける小梅。表情の無い機械の目が、太朗を捉える。

「小梅に搭載されている記憶領域は、一般的なAIに比べて確かに巨大な物を持っています。しかしニューラルネット上にある膨大な情報に比べれば、ごく些細な量に過ぎません。つまり今までのように、確かな情報に基いた状況判断や各種計算が出来ないだろうという事です。まことに遺憾ではありますが、小梅は今の状況に混乱し、情報量と関係の無い事案においてもその整合性に疑問を感じています。論理思考回路に問題があるわけではありませんし、各種接合知識機構にも問題は無いと検知されています。量子回路のトンネル効果がエラーを連続する可能性は――」

「ちょ、ちょーっと、ストップストップ。すまん、何を言ってるのかさっぱりわからん。できれば俺っちみたいなゴミにもわかるよう、簡単にお願いできませんでしょうか」

 まくしたてるような小梅の弁に、思わず口を挟む太朗。それにマールが肩眉を上げ「えぇと」と続ける。

「要するに小梅は、"不安"だって事?」

 マールの声に、ぐるりと顔を向ける小梅。

「不安……えぇ、その通りです。小梅の現状を表すに、非常に的確な言葉です。流石です、ミス・マール。そうです、小梅は非常に不安を感じています」

 小梅の答えに顔を見合わせる二人。

「えっと、あれか。今まで完璧なカンニングペーパー見ながら試験受けてた奴が、急にそれを取り上げられた的な?」

「例えとしてネガティブ過ぎるとは思うけど、そういう事でしょうね」

 太朗は小梅の状況をなんとなく理解は出来たが、かといってどうすれば良いのかがわかった訳ではない。困り果てて頭をかいていると、小梅が「教えて下さい」と口を開く。

「ミスター・テイロー。こういう状況下に置かれた時、人間はどうやって行動をしているのでしょうか?」

 太朗を見上げるように、じっとその目を見つめる小梅。

「どうって……そらまあ、頑張るしかねえんじゃねえか?」

 太朗の答えに「えらい適当ね」としかめ面のマール。彼女は続いて「でも、そんなものかもね」と苦笑いを浮かべる。

「いやいや、そんなもんだって。なあ小梅、俺なんてよ。つい昨日まで平和な日常で惰眠を貪ってたはずなのに、気付いたら未来のわけわかんねえ宇宙船で大宇宙を漂流してたんだぜ? いけるいける。ニューラルネットが何だってんだ。そら不安かもしんねえけどよ、なんとかなるもんだって。人間なんてみんなそうしてんだしよ」

 小梅を指差しながらそう答える太朗。彼は「なんの解決にもなってねえけどな!」と偉そうに胸を張ると、親指を立てて見せる。

「人間は皆そうしている、ですか…………わかりました。では――」

 目の前のディスプレイへと向き直る小梅。

「小梅も頑張る事に致しましょう。ミスター・テイロー、計算結果をそちらへ転送します」

 太朗はマールと笑みを交し合うと、小梅から送られてきた計算結果に目を通し始める。計算は太朗が想定していた値と寸分の狂い無く、そして太朗のものよりも明らかに正確なもの。

「へへ、そうこなくっちゃな。アラン、そっちの状況はどう?」

 太朗の呼びかけに答える通信の声。

「"こちらスターダスト。大将、あんたらの言ってた通りだぜ。手動による光信号でのSOSを受け取った。中に閉じ込められた人間が多数残されてるみたいだな。おそらく三桁近い人数だ。これより救出活動に入る"」

 アランの声に、頷きあう三人。

「こちらプラム。よろしく頼むよ。ワインド他、なんらかの脅威の兆候は?」

「"こちらスターダスト。わからんな……あぁ、いや。今情報が来た。ステーションの内部ドックに多数のワインド有り、だとよ。気付かれたら飛び出してくる可能性が高いな"」

「こちらプラム。了解。こっちも残り4分半でそっちに到着する」

「"こちらスターダスト。早いトコ頼むぜ大将。スターダスト号は逃げるのは得意だが、戦うのはいまひとつだからな"」

 アランの声に「あぁ、わかってるよ」と答えると、ようやくカメラに捕える事が出来た遠方の宇宙ステーションをじっとにらみつける。円筒形をしたステーションを後ろから追っている為、こちらからは白い皿のような形状に見える。

「ん、なんだ?」

 丁度その皿のような円形をズームしていた時、一条のうっすらとした白い筋のようなものがステーションから伸びていくのが太朗の目に映る。

「ミスター・テイロー、光学スキャンが動体物質を二つ捕えました。向かって右方向のドッグからです」

「今丁度見てたぜ。必要ねぇだろうけど、一応識別信号」

「識別信号反応無しよ、返って来たのはスターダストだけだわ」

「だよねぇ……ロックオンと牽制射撃。もったいないけど、スターダストの方に行かれるとやばい。ステーションにだけは当たらないよう注意して」

 太朗はそう言いながら素早く対象の二機をロックオンすると、全タレットを使用した一斉射撃を開始する。放射線や重力といった各影響を計算していない為に完全にめくら撃ちとなってしまっているが、敵をひきつける為には十分な効果を発揮したようだった。

「敵性反応、進路先をこちらへ変更したようです。非常に早い加速ですね、小型船のようです」

「おっけぃ、ほんじゃ次は狙ってくよぅ」

 太朗は敵の進路や太陽風の強度から予想されるビームの適正角度を再計算すると、すぐさまそれを射撃管制装置へと送り届ける。

「わ、初弾命中よ!! なによ小梅、やっぱり全然大丈夫じゃない!」

 ビームの直撃により動きた止めたワインド。声を上げるマールに小梅が「ありがとうございます」と答える。

「普通この距離じゃあたんねえんだけどなぁ。あぁ、あいつら放射線の影響まで頭まわってねえのか?」

 残ったワインドがプラムへ向けてビームを発してくるが、それらは太陽風の影響を受けてゆるやかなカーブを描きながらプラムより逸れていく。結局そのワインドがプラムの砲撃によって破壊されるまで、一度もプラムに対する命中弾を出す事は無かった。

「まだまだAIより人間の方が柔軟って事ね。敵に小梅みたいのがいれば別でしょうけど」

 マールがほっと息をつきながら発する。

「恐っとろしい事を言わんでくれよマール。相手がみんな小梅みたいのだったら、人類に明日はねぇぞ……うお、なんじゃこりゃ!!」

 ディスプレイに表示された光学スキャンによる三次元レーダー。太朗の目に映ったそれには、信じ難い量の動体物質の存在が表示されていた。

「ミスター・テイロー、敵性反応は22機。訂正、24機です。先ほどのは偵察機といった所でしょうかね?」

「うぇぇ、わからんけど数的にはいつかやったのと同じ位だな……あぁいや、状況が違うな。こらまずいかも」

「状況が違うって、どういう事? 今のところ太陽風はこっちの味方をしてるように見えるけど」

「そこはそうだけど、マールたんよ。サンダーボルトの装甲とタレットは前面集中型なんだぜ。前みたいに後ろへ引きながら撃てるならともかく、こっちから向かってったらどうなるよ?」

 太朗の説明に「なるほど」と声を上げるマール。

「四方八方から群がられると困るって事ね……理解したわ。今の所ワープジャマーを使われてる形跡は無いから、いつでもジャンプできる準備はしておくわ」

 マールの声に「そいつは名案やね」と太朗。彼は放射状に広がりながら飛来するワインドをレーダー上で確認すると、どうしたものだろうかと首を捻る。

「まあ、頑張るしかねえんだよなぁ」

 迫る光点を見つめ、太朗は大きく溜息を吐いた。


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