第23話
デルタステーションを基点として、時には物を。時には人を。そして大体においては大人のおもちゃの搬送を、今日も忙しく続けるライジングサンコーポレーション。小型の戦闘用フリゲート艦を新たに二隻購入し、合計5隻の宇宙船を持つ身となった太朗。その中でもやはり最大の稼ぎ頭となっている駆逐艦プラムを前に、社長である太朗が新人の女性社員の口元へと耳を寄せる。
「ん~、聞こえないなあ。もうちょっとハッキリお願い」
耳へ覆いをするように手をあてる太朗。労働に対する年齢制限のない銀河帝国では比較的当たり前である十台前半の年若い女性社員は、顔を赤らめ、おどおどとした様子で答える。
「はい、その…………です」
ぼそぼそといった女性社員の声に、太朗がずいと身を乗り出す。
「大事な積荷の確認ですよー。ほらほら、リストになんて書いてあるのかなぁ? もっと大きな声で言ってみようかぁ?」
「えっと……おと……おと……な……の……」
「んん~?」
「おとなの……その……」
「んんん~? なんだって? おじさん聞こえないなぁ」
「うぅっ……お……おとなの……えあ……あぅ……」
「はぁはぁ、ほ、ほら、もうちょい。もうちょい大きなあるむふぁんぼすっ!!?」
奇声を発しながら崩れ落ちるように倒れ伏す太朗。彼の後ろには、たった今太朗の股間へ致命的な一撃を加えた足を持ち上げたままの格好のマール。
「何を真昼間から堂々とセクハラしてんのよあんたは。帝国法にセクハラに対する規定は無いけど、ステーション条例は別よ?」
神に助けを請う太朗を汚い物を見るような目で見下ろすマールは、「もういいから行きなさい」と女性社員を向こうへと追いやる。
「いったい何にそんな……"おとなのエアダスター活用術"……はい? エアダスターって、あのエアダスターよね? 何なの。まじで何なのよこれ。どこをどうすればこれがアダルトカテゴリになるのよ……逆に気になるわね。そこが狙いかしら」
マールはおよそ女性らしからぬしかめ面でリスト画面を眺めると、手早くリスト照合を終了させる。船の積荷にはそれぞれ専用の電子タグが取り付けられており、たとえ雑多に詰まれていたとしても正確に個数を把握する事が出来る。当初こそ半手作業で行っていたそれらの取り付けも、現在では全てオートメーション化されている。安い船の修理用アームを、マールが電子タグ取り付け機に改造したからだ。
「次はアデラ星系だったっけ。せっかくデルタに戻ってきたと思ったら、次の日にはすぐ出立。運び屋ってのも決して楽じゃないわね……ほら、何寝てるのよテイロー、起きなさい。置いてくわよ」
「い、いや……おめぇの……せいだろ……使い物に……」
「はいはい、大丈夫よ。二十年近く使わなかったんだから、今更使う機会なんてきっと来ないわよ。ほら、早く行くわよ」
マールは太朗の腕を掴むと、半ば引きずるようにしてプラムの出入口へと向かう。太朗は引きずられるに任せ、マールの物言いに対して抗議の言葉を発し続ける。
「ちくしょぅ、いつかひぃひぃ言わせたららもすっ!!」
マールに鼻先をはたかれ、太朗は今度こそ黙る事にした。
「ジャンプドライブのカウントが始まりましたよ、ミスター・テイロー」
小梅の無機質な声が中央管制室へと響く。太朗はそれに「おっけ」と答えると、カウントダウンされていく数値をBISHOP上で眺める。
「テイロー、念のためもう一度確認しておくけど、本当に行くのね?」
すっかり座りなれただろうシートから身体を起こし、太朗を見据えてマール。太朗は「もちのろんっす」と答えると、親指を上げてみせる。
「なんてったって、俺は童貞の守護者らしいからな。守るべき人がいる。なら行かにゃあなるめえ。なぁ小梅さんよぅ」
太朗が可能とする精一杯の渋い顔でそう答えると、操作中のパネルから顔を上げる小梅。
「ミスター・テイロー。私には良くわかりませんが、他人の貞操を守る事に何か価値でも見出したのですか? 正直ドン引きですよ」
「ふっ、好きに言うといいさ。あ、でも傷付くからもうちょっとオブラートに包んでね小梅ちゃん……ちなみに未来のアダルトコンテンツ、まじハンパねえぞ。これあったら彼女だろうが嫁さんだろうが、もう必要ねえんじゃねえの? って本気で思っちゃうくらいやばい。特にホログラフな。触れない事を除けば実物がそこにあるのと何も変わんねえっすよ。後ろに回り込めるとか感動の極みだわ」
「はぁ……未来って言われても、あたし達からすると現代なんだけどね。ちなみに、なんとなくあんたの狙いがわかったわ。道ずれでしょ」
マールの声にニヤリと口の端を歪める太郎。彼はおもむろに立ち上がると、両手を大きく広げる。
「そうさ!! 俺は先日アランと全銀河童貞連合の発足を決断した……ふふ、帝国よ。童貞を守護する事で銀河中の出生率を下げ、じわじわと真綿で首を絞めるかの如く緩慢な死を与えてくれる」
「あんた、帝国になんか恨みでもあったっけ?」
「ない。ぶっちゃけ八つ当たりだな」
即答した太郎に心底呆れた顔、そして同情の視線を向けるマール。
「……まあ、趣味なら好きにすればいいけど。ちなみにアデラ星系は恒星の活動期だから、ここしばらくは太陽風の電磁波障害が酷いわよ? 当然ながらワインドの活動も報告されてるみたいだし、正直いつかみたいにならないか不安だわ」
「う~ん、まあそうなんだけどさぁ。誰も行きたがらない所だからこそ利益が出るわけで、そういう隙間を狙うのが俺達ライジングサンなわけじゃない?」
太郎の声に「まぁねぇ」とマール。ライジングサンは比較的珍しい軍船持ちの輸送コープであり、大手には無い小回りの利く配送を売りとして成長し始めている企業だ。太郎は正攻法で大会社とぶつかる位ならば、多少無理をしてでもライバルのいないやっかい事に集中した方が、まだ"安全"だと思っていた。
「まあ、うちにしては珍しく日用品を積んでるし、たまには人の役に立つ物の輸送もいいかもね。相変わらず半分はポルノ商品だけど」
「ポルノだって社会の役に立ってますよ!!?」
「否定はしませんが、そろそろジャンプドライブが始まりますよ。ミスター・テイロー」
小梅の台詞と共に揺れ始める船体。太郎はこれから起こるだろう頭痛と耳鳴りに覚悟を決め、青く染まって行く外の景色を眺め続ける事にする。以前のように嘔吐する事こそ無くなったが、いまだに苦手である事に変わりは無かった。
――"ジャンプドライブ 終了 目標地点到着"――
BISHOPへ決まりきったアナウンスが流れ、青白く染まった視界が徐々に解けていく。太朗の目に見慣れたプラムの中央管制室の姿が映り始め、事故防止の為のシステムロックが解除される。
「……いよっし、座標確認。ジャミングされた形跡は?」
「恒星からの相対位置、目標座標と一致。ジャミングによる妨害もありません。船体システム、オールグリーンです、ミスター・テイロー」
「アデラ第1、第2ステーション、共にビーコンが立ってるわ。位相ずれも無し。ただし半端じゃない線量の放射線が飛んでるから、スキャンレーダーを光学式に切り替えた方がいいかも」
「うしうし、じゃあそれでお願い。いつも通り問題無しやね。ほいじゃアデラ第一ステーションへ、オーバードライブどんっ」
既にもう何十回となく繰り返されたやり取り。二人の報告に満足した太朗は手早くオーバードライブを起動させると、飛び込むようにしてシートへと収まる。揺れる船体が太朗を大きく揺さぶり、その身をはるか遠方へと送り届ける。やがて開始と同様の振動が訪れ、ディスプレイに映し出された船外の映像が高速でこちらへ近づく――実際には逆だが――ステーションの映像を届けてくる。
「え、ちょ。近くね?」
到着間際による減速中とはいえ、恐るべきスピードで船体の脇を通り過ぎて行く宇宙ステーション。やがて振動と共に船が静止すると、ステーションからほとんど至近と言っても良い距離に落ち着く。
――"警告 大型建造物と衝突の危険あり"――
「あぁいや、わざわざ警告ありがとう。でも通り過ぎた後っすから……ってやばい!! 機関全開!!」
「もうやってるわ!! 方向制御して!!」
太郎のBISHOPに表示されているステーションとの距離。それが驚くべき速度で0へ向かって値を減らしていく。ディスプレイ上にはどんどんと大きくなるステーションの姿が映し出され、不気味な圧迫感を運んでくる。
「小梅さん、なんでステーションが動いてんすかね!?」
衝突経路から抜け出そうと、姿勢制御関数を操作しながら太郎。
「不明です、ミスター・テイロー。アデラステーションに限らず多くのステーションは移動可能ではありますが、通常は事前に政府へ通告するのが慣例です」
「"こちらスターダスト! テイロー、今すぐ切り離してくれ! 衝突コースだ!!"」
太郎は通信から聞こえてきた声に「わかった!」と返し、ロックボーイの代わりにジョイントされているスターダスト号を切り離す。
「ぅぉおおおおおおおおお!!!! 小梅さんフィジカルシールドォオ!!」
意味が無いとわかっていても、ディスプレイから仰け反るように体を反らせる太郎。画面一杯に映し出されたステーションの外壁。窓や何かといった単調な模様が高速で流れて行く。
「ちょぉぉおおあがっっ!!?」
船体へ走る強い衝撃。マールの叫び声が上がり、小梅が地面に倒れ伏す。
――"ジョイント機構 破損"――
――"姿勢制御スラスター4番 6番 各破損"――
――"船体姿勢 想定外運動"――
BISHOP上に明滅する大量の警告表示。太郎は朦朧とする頭で船体がステーションへ衝突したのだと理解する。
「いでで……くそ、船が回転してる……そ、そうだ。アランは? 無事?」
「"こちらスターダスト。間一髪で回避したが、いくらか装甲板をもってかれちまった。メインシステムは無事だ"」
アランの声に太郎は安堵の息を漏らし、プラムのすぐ脇を飛ぶ細長い快速船をディスプレイに表示させる。全長50メートルの急降下しているハヤブサといった形状のスターダストは、自らが発した金属片を避ける為、慎重にその姿勢を制御し続けている。
「くそっ、なんだってんだ。プラムの初損害が衝突事故って、笑えねえぞちくしょう!!」
太郎はなんとかプラムの回転運動を打ち消すと、徐々に遠ざかって行くステーションを睨みつける。
「ミスター・テイロー。少しまずい事になりました」
積荷は大丈夫だろうかとカーゴのチェックをしようとしていたテイローに、冷静な小梅の声。太郎とマールは顔を見合わせると、小梅の続きを待つ。
「先程から何度も試しているのですが、ニューラルネットへの接続が出来ません。どうやら我々は、孤立しているようです」

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