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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク) 作者:Gibson

第2章 ライジングサン

第22話

「総員、気を~付けっ!!」

 アランの掛け声に合わせ、合計20人の男女がびしりと姿勢を正す。太郎はそんな自分の社員達を眺めると、「まるで軍隊やな」と苦笑いする。社員はほとんどが年若い男女だが、中には50近い年配までもが含まれている。

「はい、休んで下さい。えーと、この度は~……って、めんどい挨拶は抜きにしよう。みんな一列に並んでくださーい」

 がらんとしたフロアの一室に響く声。顔を見合わせながら一列に並んだ社員に対し、太郎はひとりひとりにねぎらいの言葉と封筒。そしてアルコールの入ったコップを手渡していく。

「あい、みんな持ったね。その封筒については副社長のマールたんから説明があります。はい、どうぞ先生」

 舞台袖へ消えて行く芸人のように、すすっと後ろへずれる太郎。マールは「たんは人前では止めなさいって言ったわよね」とぶつぶつ言いながら、一歩前へ出る。

「はい、皆さんご苦労様です。えー、皆さんのおかげでライジングサンコープは、想像以上に順調な成長を遂げています。この度、この最重要指定大型ステーションの一つであるデルタにオフィスを持つ事が出来た記念として、皆さんに特別ボーナスを支給したいと思います。その封筒は今回の特別ボーナスの明細書ですね……えぇ、いまどき紙媒体と風変りなのはわかってますが、社長の趣向なので」

 ボーナスと聞いて、顔を綻ばせる社員一同。太郎は新米社長ながらもそれをも暖かい気持ちで眺めると、こういうのも悪くないなと笑顔を作る。

「ボーナスとは言っても、そこまで多いというわけではありません。あまり期待はしないでね。ですが、今後も会社の業績と相談しながらこういった機会を設けたいと思っています……って、このスピーチどう考えても社長の役目よね。なんであたしなのよ」

 マールの突っ込みに笑い声を上げる社員達。アランも部下である便利屋組4名と共に、白い歯を見せている。

「いやぁ、コミュ障の俺にはそういうのキツイっす。はい、それじゃ飲みましょうかー。かんぱーい!!」

 太郎の声に合わせて返される乾杯の声。帝国に乾杯の音頭を取る習慣は無かったが、太郎の説明するままにアランが周知させてくれていた。パーティーを始めるタイミングとして悪くは無さそうなので、太郎はこれを今後も習慣化していこうと決めていた。

「新築オフィスで記念パーティーとかマジでリア充だな。くそっ、なんだろう。この滅茶苦茶にしてやりたいという黒き衝動」

「いや、なんで自分が主催したパーティーで不穏な事言ってるのよ……というかリア充って何?」

「リアル。つまり現実世界での生活が充実してる奴って事だな。ちくしょう!! おめぇらみてぇな奴らの事だよ!!」

 叫びながら隣のフロアへと走りゆく太郎。ぽかんとした社員一同。

「いや、あんたそのリア充の筆頭じゃない……なんなの?」

 マールが小梅を見ながら呟く。小梅は「さあ?」と首を傾げた。



「よう大将。こんな所でひとり酒か?」

 四角い、まだ何も置かれていないフロアでひとり。柔らかい人工繊維製の絨毯へ大の字に寝転がっている太郎。ここはいわゆる社長室として利用する予定の部屋だが、船に乗る事の多い太郎には、恐らくほとんど使う機会は無いだろうと思っていた。

「まあ、みんなでわいわいってどうも苦手でね。会社が順調なのはいいんだけど、あれだね。未来ってのは何もかもがあっという間に進むね」

 天井を見上げたまま太郎。それにアランが「何かの哲学か?」と発する。

「いやいや、そのまんまの意味だよ。うちってまだ立ち上げてほんの数か月の会社じゃない? 正直社員が増えるとか全く考えてなかったんだけど、気付いたら大人数よ。まだペタ星系でドンパチやってた頃からひと月しか経ってないんだぜ?」

「あぁ~、まぁ言われてみりゃあそうだな。展開が早すぎてついていけねえってか? ペタの連中の引っ越し終わらせて、その後毎日を輸送、輸送と。ん、確かに42日間しか経ってねえな」

 BIOSHOPで確認したのだろうアランの言葉に「そうそう」と頷く太郎。

「多分地方ニュースに乗ったのが大きいんだとは思うけど、優秀そうな人材は集まって来てるし、仕事は捌ききれない位あるわけで。なんか順調すぎて怖いんだよね」

 太郎はそう言うと、このあたりの星系に流されたニュースについてを思い出す。それは「男性用ポルノ運送業者、漂流船を救う!!」との見出しがついた先日のアステロイドベルトでの攻防についてのもので、これが現在会社にとって良い方にも悪い方にも作用していた。

「知名度が上がったおかげで、人も仕事も来るしで文句は無いんだけど、来る仕事来る仕事どれもがポルノ関連商品ってのはおじさんどうかと思うんだ」

 太郎の台詞に「確かにな!!」と笑い声をあげるアラン。

「笑いごとじゃねえって。俺なんてニューラルネットの掲示板でさ、"童貞の守護者"とか言われてんだぜ? いや、それ守るもんじゃねえだろと。捨ててけよ。お前らそれは積極的に捨ててけよと」

 アランはさらに大きな笑い声を上げ、苦しそうに床へと寝そべる。太郎はそんなアランを横目に続ける。

「最近じゃ、直接うちにアダルトグッズの注文までしてくる奴もいんだぞ。いやいや、俺達それ運んでるだけっすから。作ってねえし、小売とかやってないから。大体なんなんだよ、今俺の駆逐艦には自慰用グッズ744万とんで320個が積まれてんだぜ? もうそれ駆逐艦の正しい使い方じゃねえよと。全部で何トンあると思ってんだあれ。もうそんだけ質量があると重力が発生しそうで怖ぇよ。俺はいったい何と戦ってんだよ」

「やっぱG(重力)じゃねえか?」

「あぁはいはい。自慰とGね。やかましいわ」

 太郎はそう返すと起き上がり、手にしたアルコールをぐっとあおる。アランは太郎と同様に起き上がると、「まあいいじゃねぇか」と続ける。

「今はまだロクな情報も集まってねえけどよ。そのうち地球についての有力な情報が入ったら、それこそドカンと金を使う事になるわけだ。いや、金だけじゃねえな。情報ってのは必ず漏れるもんだから、いくらもしねえうちに金の匂いにつられた銀河中のゴロツキが集まって来るだろうよ。そうなると自分達を守るのに必要なのは、組織力だ」

 アランの言葉を真剣な表情で聞く太郎。

「中央に近い位置で見つかったのなら、利権をどれだけ抑えられるかが勝負になる。逆に外宇宙方面だったら、シンプルに武力だな。お前さん、ギガンテック社の超弩級艦と殴り合って勝てると思うか?」

「いやいや、勝負にすらなんないでしょ。スキャンすら届かずに全員蒸発だ」

「そういうこった。別に利権の全部を握る必要はねぇだろうけどよ、最低限発言力を持てるだけの力が無いと結局は全部失うぜ。俺はそういう連中をごまんと見てきたからな」

 太郎はアランへ「そうだよなぁ」と発し、ぼんやりと今後の展望についてを考える。
 まず、地球に関しての何らかの情報。存在については疑う余地こそ無いが、何の繋がりもない状態だと見付けるのは至難だろうと太郎は思う。メートル法を代表する各単位や暦の関係から――1年が偶然同じ365日になるとは考えにくい――自分という存在が無くともまず間違いなく地球は存在するはずで、そのあたりの歴史や語源の研究者や何か。そういった人々から有力な情報を引き出せるのがベストだと彼は考えていた。
 次に、見つけた後の事。アランの言う通り、各種利権を得る必要があるかどうかは置いておくにせよ、出来れば掘りつくされた廃坑星のようになって欲しくは無いと太郎は強く思う。今も海があればだが、美しい青き星はできればそのままでいて欲しいと。故郷を汚されて喜ぶ人間はあまりいないだろうと。

「最悪なのは誰かに先を越される事だなぁ。特に資源開発系のコープだったりしたらヤヴァイ」

 ぼそりと呟く太郎。それに「ありえなくもねえな」とアラン。

「確かに懸念はそこだな。お前さんの話が本当だとすると、地球の最大の魅力となるのは生物資源や精神的象徴としてだろう。残っていれば歴史や文化もか。鉱物資源はぶっちゃけいらんな」

「まあ、正直7割が海じゃあ開発するのも面倒だろうし、わざわざ地球で採掘する必要も無いよね」

「そういう事だな。だが柄の悪い採掘系コープはそんな事は気にもしねえだろう。生物資源や何かは利益が出るまで時間がかかるし、先行投資も相当に必要だ。うかうかしてたら他のコープに持ってかれちまうだろうし、歴史的な価値でも認定された日にゃあ、開発中止だ。十中八九さっさと掘り始めちまうだろうな」

 太郎は自分ひとりが地球についての命運を背負う事になるとは思っていないし、その可能性も無いと確信している。そもそも地球の現在の状態がわからないし、なつかしの日本やアメリカといった国家が残っているかどうかすらもわからない。場合によっては核戦争後の荒れ地世界という可能性すらあるだろう。だが、少なからず影響を与えるだろう事は間違い無かった。

「もしかしたら……その。前々からずっと悩んでたんだけど。地球からしてみれば、銀河帝国に組み込まれず。それこそ今のままひっそり暮らしてる方が幸せだったりしないかな」

 不安から、弱気な発言が出る太郎。アランがそれに「本気か?」と訪ねる。

「あぁ、いや……いつか心無い誰かに見つかるくらいなら、俺がちょっとでもいい方へ持ってった方がいいと思う。地球についての執着心なら、多分銀河一だろうしね」

 俯いてそう語る太郎の背中に、アランがばしりと張り手を加える。

「そうだぜ大将。本当に地球の存在を確信してるのは、あんただけだからな。悪い言い方だけどよ。俺達も信じちゃいるが、別に地球へ愛着を持ってるわけじゃあない。俺たちは俺たちで金だの夢だのなんだのと、大将のおこぼれに預かろうとしてるわけだ。だが、だからこそあんたについてく。つまりだ大将、これは"大将と俺達でやるべきなのさ"」

 太郎は叩かれた勢いでいくらか咳き込むと、アランの持ち上げたグラスに自らのグラスを軽く当てる。

「……そうだな……そうだよな。ありがと、なんか覚悟がついたぜ。やっぱ伊達に歳食ってねえなアラン。さすがライジングサンの魔法使いだぜ!!」

「おう、社長を支えるのが社員の務めさ。それよりその魔法使いってなぁなんだ?」

「…………いや、忘れて。なんでも器用に仕事を片付けるから、まるで魔法のようだねというか」

 まさか30過ぎても童貞でいる男に付けられる称号と言うわけにもいかず、慌ててごまかす太郎。そんな太郎にアランが「ふうん」と続ける。

「悪いあだ名じゃねえな。これからはウィザードを自称していくか。ウィザード・アラン……ん、いいじゃねえか。登録名を変えちまおう」

「や、ちょっ」

 太郎が止める間も無く、BISHOPで社員名簿の名前を変更するアラン。

「……ま、いっか。今の内謝っとくぜアラン……ようし、会社でっかくして地球目指すぞぅ!! やる事は一杯だ!!」

 目標と覚悟が定まった為、底から湧くようなやる気に溢れる太郎。彼はここへ来てから失われつつあった自分の明るさを思い出すと、とりあえずアラン以外の社員に魔法使いの意味を教える事に決めた。


こんなんでも悩んでました、テイロー君。
地味な話が続きましたが、次話からまた派手な展開に。
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