第21話
「社長!! 積荷の搬入、終わりましたぜ!!」
銀と赤の縦ストライプという独特な作業着を着た、アランの便利屋仲間の一人。無重力下でも動けるよう水泳キャップのような帽子を被っており、太朗にはなんだか古い囚人服のようだと感じる。
「そのうち制服とかも作った方がいいのかな……はーい、ご苦労さーん」
太朗は手を振ってそう応えると、やたらと体積の増えた駆逐艦プラムを見やる。プラムに元々用意されていた格納スペースは既に搬送予定の物資で溢れ返っており、追加のカーゴを左右へぶら下げる形となっている。さらに元々スラスターの合間にジョイントされていたロックボーイの他に、アラン達の所有している快速船スターダスト号が下部へジョイントされている為、プラムは両手に持ちきれない程の買物をしてしまった無計画な男のような有様となっていた。
「せっかくの綺麗な船なのにこうなっちゃうとなんだかね……まあ、財布は潤うし、素晴らしい事ではあるんだけど」
太朗の隣で様々な決済をまとめているマールが呟く。
「そりゃまあ、搭載率220%なんて運び屋からすれば夢のような状態だからね。実際お金もおいしいっちゃおいしいんだけど、いいのかな?」
「いいのかって、何が?」
「だって、何の資格も持ってないような俺達が、一時的にせよ人の命を預かるわけじゃん? その辺政府は気にしたりしないのかな。地球じゃタクシーひとつやるのだって資格が必要だったぞ?」
太朗は今も連なるプラムへと乗り込んで行く人々の長蛇の列を見て、そう呟く。この人々はペタ星系からの脱出を決めた少なくない人々の内の一部で、要するにライジングサンコープへ引越し資金を支払う事の出来た比較的裕福な人々だ。元々廃坑星系としての行き詰まり感があった上に、今回のワインド騒動が引き金となった形で、今この星系のステーションはどこもかしこも引越しブームとなっていた。
「政府は歯牙にもかけないわよ。帝国は寛容だけど、裏を返せば無関心という事でもあるわ。銀河帝国共通の憲法はたったひとつ。自由と自己責任よ」
マールはさも当然とばかりにそう発すると、再び決済の作業へと戻る。太朗は行き過ぎた自由主義なんじゃないだろうかと疑問に思うが、それがはたして正しい考えなのかどうかを判断するだけの社会常識を持ち合わせていなかった。
「アランからテイローへ、乗り込みは今の列で最後だそうだぜ。きっちり1424人。荷物も搬入が済んだそうだ」
BISHOPへと届いた通信に、「お疲れ様」と返す太朗。アランは確か向こうにいたはずだと、太朗はステーションのゲートラウンジにある窓から桟橋を覗き込む。
「大将、俺はもちっと下だぜ……そうそう。多分それだ。今手を振ってるぜ」
太朗はプラムの下側で手を振っている宇宙服姿のアランを見つけ、自らも手を振り返す。宇宙服とは言っても太郎の記憶にあるそれと一致しているのは、せいぜいが頭のドーム状ガラス位のもの。与圧を空気では無く素材そのもので行っているようで、いわゆる全身タイツに近い形だ。アランはジェットパックを器用に操作し、再びプラムの損傷具合の点検をし始める。
「ほんと何でも出来るんだなぁ……拾い物っちゃ失礼だけど、いい人材をゲットできたっぽいな」
外を眺めてぼそぼそ呟く太朗。それに「えぇ、そのようですね」と小梅。
「失敗をした事が無いのが自慢だと仰ってましたが、そう豪語するだけの経歴をお持ちのようですよミスター・アランは。仕事を選り好んでいたと言われればその通りでしょうが、非常に慎重であるという事でもあります」
小梅の冷静な分析に頷く太朗。
「暴走しがちな俺らのストッパーになってくれるといいんだけどね……ところで小梅、ルート割り出しの方は出来た?」
「えぇ、終わっていますよミスター・テイロー。御要望通り時間優先で策定しておきました。ジャンプ回数は18回。ミス・マールが候補として算出した周辺ステーションのミッションを受けるのでしたら、24回で8割が実行可能です」
「うーん。いや、今回は遠慮しとこう。いくら自己責任ったって、こっちが気にするかどうかは別問題だからな。次は50匹のワインドが出てくるーなんて事態も可能性としてはゼロではないやん?」
そう言って肩を竦めて見せる太朗。小梅が割り出したのは、プラムに乗り込んだ人々を各星系へ送り届ける為の最短ルート。マールは彼らを届けがてら各地のステーションで輸送ミッションを受けていくべきだと主張したが、太朗はあまり乗り気がしなかった。そのうちそんな事も平然とやれるようになるのかもしれないが、今は人の命を預かるという責任が必要以上の重圧となる可能性の方が高かった。
「まあ、どうせ先の見えない長々とした旅路なんだから、のんびり行くさ。焦っては事を仕損じるってね……しかしほんと、偉い人気やねうちの船は。俺もあれぐらいモテてもいいと思うんだ。社長として」
太朗は桟橋で暇そうにしている他の船舶を眺めると、いくらか申し訳ないような気持ちも覚えながらそう発する。
「当然ですよ、ミスター・テイロー。移住者の希望は安全ですから、軍船以上にそれを実現できる船はありません。これがワインドでは無く他の要因でしたら、逆に駆逐艦に乗ろうと思う人など皆無でしょう。燃費や乗り心地。なにより搭載量、つまり値段にしても、良いところなど一つもありませんから」
「俺もあれぐらいモテても~の下りはスルーですか。そうですか」
小梅のはっきりとした物言いに、いくらか唇を尖らせて太朗。彼はプラムはいい船だぞと言い返そうとするが、小梅の言葉は何も間違っていないので取りやめる。軍船なので当たり前だが、他の民間の輸送船に比べると確かに快適性は低いだろう。
「スペースの関係からどうしても大部屋になっちゃうしな。そこは我慢してもらうしか無いか……さて、ほんじゃ出発といきましょうか」
立ち上がり大きく伸びをすると、のんびりとした足取りで歩み始める太郎。小梅が彼の後を少し遅れて続く。
「ミスター・テイロー、少し背が伸びましたか?」
小梅の声に振り向く太郎。
「まさか。成長期はとっくに終わってるよ」
「テイロー、今すぐニュースを見なさい!!」
ペタ星系で乗客を乗せてから約半月。各星系への輸送もおおよそ半分を終えた頃、あまりの暇さに眠ろうとしていた太郎の元へマールからの緊急通信が入る。駆逐艦プラムの中央指令室で一段高くなっている艦長席で横になっていた太郎は、半ば転げ落ちるように床へとダイブする。
「いづづ、なんかこの格好久しぶりだな……」
太郎は顔面から地面に突っ込んだ状態でエビ反りになったまま、BISHOPとニューラルネットとを接続する。
「ニュース……あぁ、これかな?」
太郎は各ニューストピックに添えられた閲覧者数が、他のそれらに比べて二桁近く高い数字となっている項目を選択。細かく展開されるいくつかの情報の内、最も数値が高いものへと目を通していく。
「えっと、何々、全銀河でワインドの活動が活性化。ワープジャマーやビームジャマーを使用する新型も登場……こいつは俺達が戦ったあいつらだな。えぇと、帝国政府は非常事態宣言レベル1を発令。各自治体に警戒を呼び掛ける、か。今後ワインドの被害によるスターゲイトやステーションの賠償保障は、これを強制としない? うわ、まじか。えげつねえな」
「ねぇテイロー、ニュース見たかしら? 私達運が良かった……って気持ちわる!!」
中央指令室へ飛び込んできたマールが、エビ反り姿の太郎を見て眉を顰める。
「何をどう間違えたらそんな恰好になるのかいっぺん録画してみたいわ……それより見た? 今後ワインドが原因による被害に対して、公共施設への賠償義務が無くなるらしいわよ」
いくらか興奮気味のマールに対して「見た見た」と太郎。
「多分、無視できないくらい賠償金の支払いがかさんだって事じゃねえかな。関連トピックに保険会社がバンバン潰れてるってのもあるし、こりゃ一大事やね」
「えぇ、そうね。今頃きっと自己安楽死施設が大賑わいよ。どこか特定の場所で大発生してるわけでも無いみたいだし、これからどうなるのかしらね?」
マールの言葉に「うーん」と唸り声を上げる太郎。
「一応帝国軍が動いてるって記事もあるし、帝国中枢が駄目になるって事は無いんじゃねえかな。正直あのワインドが千いようが万いようが、帝国の正規軍からしてみりゃゴミみてぇなもんだろ」
太郎の声に「それはそうかもだけど」とマール。
「でも地方までは絶対に派遣しないわよ。簒奪事件があって以来、帝国は軍を分けたがらないから」
「さんだつ? ってなんだっけ。王様とかそういう立場を奪うやつだっけ?」
「えぇ、そんな感じよ。昔帝国の軍のいくらかが大規模演習で中央を開けた際に、残った軍だけで中央を掌握しようとした事があったらしいのよ。急遽引き返してきた演習軍数万隻とにらみ合いの末、結局は軟着陸したみたいだけど。ぶつかってたら間違いなく内戦よね。考えるだけでも恐ろしいわ」
マールの語る事件に「ほえぇ」と感嘆の声を発する太郎。銀河を統べる大帝国に危機があった事にも驚きだが、数万隻の軍艦がにらみ合うというスケールのでかい戦場を想像すると、純粋に男の子としての血が騒ぐ。
「帝国軍の編成からすると、およそ2百の超弩級艦と5千の戦艦。それと2万の巡洋艦か。プラス駆逐艦が5万隻とその他小型艦船が数十万て……もうこれ想像がつかねえよ。どう戦うつもりだったんだよこいつら。小さい頃に言ってた"ひゃくおくまんえん!!"とか"ぼくのかんがえたさいきょーのかんたい"とか、もうそういったレベルだろこれ」
呆れた様子の太郎に「確かにね」と笑いながらマール。
「実際にそうならなくてホント良かったと思うわ。あと、会社の運営に関係するニュースもあるわよ。送るわ」
すぐにBISHOP上へと送られてくるニューストピック。太郎は送られてきたそれへ目を通すと、「なるほど」と顎に手をやる。
「恒久ミッションとして、ワインド各種の撃破と情報に懸賞金ね……戦闘はなるべく避けたいけど、場合によっちゃいいかもな。できれば本職に任せたい所だけど」
太郎にも、本職。つまりバウンティハンター(賞金稼ぎ)や警備会社といった、戦闘艦を多数保有する会社とは、まともにぶつかっても全く勝ち目が無いだろうという事はさすがに想像がついた。経験も規模も資金も人材も、何もかもが桁外れに違う。
「けど、あれやね。せっかく戦闘艦持ってるんだから、色々やれる事思い付くのは確かやね。ぐへへ。こりゃ春が来るかもしれねぇっすよ」
太郎は頭に浮かんだ案の内、いくつか実現が可能そうなものを精査し始める。確かに海は荒波だが、追い風であれば構うものか。太郎は努めてそう思う事にする。
「春、ねぇ……私には冬に思えるわ。ステーションに季節は無いけれど」
ディスプレイ上の星々を眺めながらマール。
銀河帝国に。
時代の波が押し寄せようとしていた。
生活のとっかかりがまとまった所で、第二章終了です。
第三章からは相当忙しく商売に戦いにと挑んでもらう事になりそうです。

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