第18話
「…………いいともぉ!!」
奇声と共に身体を起こす太朗。あたりをきょろきょろと見渡すと、そこが宇宙船プラムの医務室だという事に気付く。
「おはようございます、ミスター・テイロー。いったいどんな夢を見ていたんですか?」
頭の上から聞こえた声に、「いや、グラサンが……」と大きく首を仰け反らせる太朗。機械で出来た顔を傾げる小梅。
「体調はいかがですか。生体スキャンの結果は異常無しと出ていましたが、脳の中まではわかりませんから。それと余った皮は医学的に有用性が証明されています。堂々といきましょう」
「何の話!!? あ、嘘、なんとなくわかるから言わないで。聞きたくない聞きたくない」
太郎は、再び口を開きかけた小梅を手で制すると「調子は悪く無いよ」と立ち上がる。
「状況は?」
出口へと歩きながら、短い質問。小梅が口を開く。
「はい、ミスター・テイロー。現在我々は、目的地へ向けて長距離ワープドライブ中です。貴方が倒れてから約8時間が経過しましたね。ところでコールサインC111の方を覚えておいででしょうか。彼がニューラルネットワークをあえて見つかるようハッキングし、帝国政府との連絡をつけました」
「おおう、そいつはぶっとんだアイデアだな。助けてくれるって?」
「そうですね。一時は彼への暗殺ミッションが政府により立てられたそうですが、事情が判明するに従ってただちに取り下げられたとの事です」
「暗殺って、そりゃまた穏やかじゃねぇなぁ……帝国がどうやって治安維持してるのか、なんとなくわかった気がするわ」
中央司令室へと到着し、中へ足を踏み入れる太朗。ディスプレイで何やら作業をしていたマールが太朗の姿を見つけると、無言のまま彼の前へとやってくる。
「二度と、相談も無しにあんな事しないで頂戴。せめて事前に一言欲しいわ」
「いやいや、気にするようなこっても――」
「私達はパートナー。そう思ってたのは私だけ?」
太朗の声に被せるようにマール。太朗は二の句を継げず、「ごめん」とだけ発する。
「ん、お願いね。まあ、あの状況じゃあ仕方無いかもだし、結果的にあんたのおかげで助かったんだけどね……わたしの方こそごめんね。言いがかりかも」
マールの声に、なんとも言えない苦笑いを浮かべる太朗。
「いやいや。それにそれもどうだかな。動揺して取り乱したせいでもあるし、終わってみれば大した事無い奴らだったじゃん? もしかしたら普通にゴリ押しでもいけたのかも」
「いえ、それこそどうでしょうね、ミスター・テイロー。アステロイドベルトから抜ける判断をしたのも、迎撃の指揮をとったのも貴方です。もしかしたらを追求するのは悪いことではありませんが、素直に誇って良い事でしょう」
小梅の声にいくらか救われた気持ちになる太朗。彼はもう一度マールへ謝罪の言葉を発すると、外の映像をディスプレイへと表示させる。
「結局さ……準備不足で、無鉄砲だったって事なんだろうな。想定してた覚悟と違いすぎたっていうか」
ワープによる高速移動中ではあるが、いつもと何も変わらない星々を眺める太朗。銀河は広く、星は遠い。たかだか数光年移動した所で、ほとんど景色は変わらない。
「まあ、そうね。正直それは私にも言える事だわ。幼い頃に夢見た冒険の延長線上で考えてたのかもね……ここが現実だって事、もうちょっとしっかり認識しないと」
遠い目をしたマールに「だなぁ」と太朗。
「でも、夢見るのも冒険するのも悪い事じゃねぇけどな。ロマンを捨てたらそいつはタダのおっさんだぜ」
ニヤリと似合わないウインクをする太郎に、マールが笑い声を上げる。
「なぁにそれ。じゃぁわたしの場合はタダのオバサンって事? それは嫌ね。せいぜい夢を追いかけないとだわ」
「ふへへ、そうしろそうしろ。ねぇ、ところでマールたん。さっきからBISHOPいじってるけど何をやっとるん?」
「何って、オーバードライブ装置の制御よ。C111の彼、アランっていうんだけど、彼のおかげで目的地側のゲートが稼動を始めたのよ。帝国政府の許可が降りたから、今ここの座標へ向けてゲートを開いてもらってるわ」
マールの説明になるほどと頷く太朗。以前に小梅からしてもらった説明によると、ゲートは"押して引っ張る"物らしい。そこから考えると今は、"引っ張られている"という事なのだろう。彼はマールの手助けをしようとBISHOPを立ち上げるが、そこに見えた景色に疑問符を浮かべる。
「なんだこりゃ。オーバードライブの制御関数……なんだよね。初見の関数がかなりあるんだけど」
「そりゃそうよ。元のままじゃ到着まで何日かかるかわからないわ。メイエンジンのバッテリーがドライブ装置側に流れるように、あたしが"いじった"のよ」
「いじった? この短時間で?」
驚く太朗にマールは作業の手を止め、「あたしの"ギフト"だから」と続ける。
「機械工学制御。それがあたしのギフトよ。こんなんでも小さい頃は天才ってもてはやされたんだから」
「ギフト? あ~、なんかいつか言ってたな。俺に"ギフト持ち?"って聞いてたあれか。それってなんていうか、いわゆる特別な才能的なあれか?」
「そうね。別に凄く珍しいってわけじゃないけど、ある特定分野におけるBISHOPの構築速度が異常値に達した人がそう呼ばれてるわ」
「ふぅん。だからマールは機械いじりが得意なわけね。納得だわ。船舶の解体なんて普通ひとりじゃできねぇもんな。最初はマジキ……もとい、マジすげぇって思ったからな」
うんうんと頷きながら太朗。また、太郎は漂流中の宇宙船にマールがいたらいったいどれだけ助かった事だろうとも思う。マールはいくらかの沈黙の後に「ありがと」と呟くと、大きくシートへもたれかかる。
「でも、そのおかげで勘違いしてサルベージャーなんかになっちゃったわ。普通の人と同じように企業にでも勤めてたら、もっとずっといい人生を送ってたかも……ひとりで何でもやるのは難しい事だって気付いたのは、それこそいい年になってからよ」
マールの告白に「そっか」と太朗。
「でも、サルベージャーかっこいいじゃん。あたったらデカいわけだし、さっきの話じゃねえけど夢があっていいんじゃねぇかな」
「そうね……ふふ、そんな事言うのあんたぐらいよ。やれゴミ漁りだの、やれ賭博師だの。みんなヤクザな商売だって言うわ。仲間を集められれば良かったんだろうけど、なまじプライドが高かったからそれもね」
「そっかぁ……ところで"高かった"って過去形にしたな?」
「あはは、いじわるね、テイロー。でも、うん。そうね。素直じゃないのは認めるわ」
笑いながら天井を見つめるマール。太朗は彼女の横顔を見つめると、「ところで」と話題を変える。
「結局原因はなんだったんだ? 事故にしちゃあ、嫌なタイミングで嫌な奴らがいた気がするけど。不幸体質とか御免だぜ?」
太郎の質問に「それなんだけど……」とマール。
「どうやらワインドが意図的に妨害したんじゃないかって話よ。最近帝国全土で新型のワインドが発生してるみたいだし、ワープジャマーを取り込んだワインドがいてもおかしくないかもね。迷惑な話だけど」
「あ~、部品があればなんでも利用するんだっけか? なんかサルベージャーみてぇだな」
太郎は「一緒にしないでくれない?」というマールへ笑って見せると、ワインドについて思いを巡らせる。彼は自分がまさにそうであったように、ワインドによる被害者が増えるかもしれないという事実には懸念を覚える。しかしそれと同時に、運び屋としての稼ぎは増えるかもしれないという、経営者的な感想も頭に浮かぶ。
「快速船じゃなくて、軍船にして正解だったかもな……」
ぼそりと呟く太郎。足の速い船であれば逃げる事は出来たかもしれないが、現在プラムの後ろをワープ中の三隻は救えなかったかもしれない。太郎は彼らに対して責任を負う必要など無い事は理解していたが、寝覚めが悪くなるだろうという点はどうしようもない。
「こちらC111、聞こえるかい大将」
BISHOPを通して聞こえてきた声。「あいさー。アランさんでしたっけ」と太郎。
「そう、アランだ。よろしくな大将。スターゲイト管理局との交渉が終わったぜ。賠償金として一隻につき200万クレジット出すとよ。個人的には悪くない額だと思うが、どうするよ。みんな決定権はあんたに譲るそうだ」
「200万……ぉぉぅ、今運んでる貨物10往復分かよ。おっと、うちの財務省がOKサイン出してるんで、それで行きましょう」
「了解。それじゃあ俺達が100、大将のとこに500で申請しとく。確か大将のとこはコープだったよな? ガバメントミッションとして認定されたみたいだから、しばらく楽を出来るぞ」
「ごひゃっ!!? いやいや、半分はさすがにぶばは」
賠償金の半分というあまりの割合の高さに、思わず断りを入れようとする太郎。しかしその口は、素早い身のこなしで近寄ってきたマールによって塞がれる。
「気持ちは、もらって、こそよ。テイロー」
とびっきりの笑顔のマール。あまりに純粋なその笑顔に恐怖を覚えた太郎は、素直に「はい」と頷く。そこへ再び通信機からの声。
「しかしお互い災難だったな。あんたの船に助けられるまで、俺は5回はお袋に祈っちまったよ。"お願い、ママ、助けて!!"ってな」
「あはは、そりゃまぁ…………あれ? あ、いや。うん。そうだね、俺も心の中で祈ってたよ……ちょっと、用事があるんで失礼」
太郎はそう言うと、アランの「どうした?」の声を無視して回線を切断する。
「あんた、ご両親がいるのね。ふたりとも健在なの? あぁ、その。あんたが地球にいた時の話よ」
後ろからかけられた声にビクリとする太郎。そういえば彼女は天涯孤独の身だったなと思い出す。
「まあ、俺が覚えている限りは……そう、だったはず」
「はず? ふふ、変な答え。おおかたあまり連絡をとってなかったんでしょう。ご両親はやっぱりあんたに似てるの?」
「あ? あぁ……そうだな。良くそっくり親子って言われてたよ。ちょっと気分が悪いんで、部屋に戻っていいかな」
そう言って部屋を飛び出す太郎。怪訝な様子のマールの声が後ろから小さく届くが、彼はそれを聞こえなかった事にする。
「わかってた事なんだけどなぁ……」
太朗は、初めてマールに嘘をついたという罪悪感から、小さく溜息を付く。
彼は良く知っているはずの両親の顔を、
その欠片すらも思い出す事が出来なかった。

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