第17話
「ど、どうすりゃいいんだ……シ、シールド!! タレットも起動!!」
高鳴る鼓動と、耐え難い緊張。太朗は先ほど胃の中を空っぽにした事に感謝すると、震えた声で指示を出す。そんな太朗に、イラつきの混ざったマールの声。
「シールドはビーム? フィジカル? タレットベイに弾薬を装填してないわよ。落ち着いてテイロー。まだ敵は遠いわ」
マールの方を見て何度も頷く太朗。彼は自分がこんなにも恐怖している事に、彼自身が驚いていた。そしてその理由は、自分以外の誰かの存在だという事に思い当たる。
「こちらB112、ワインドらしき影が横切った。D024の方へ向かってる」
「こちらC111!! こっちにもいる! 視認できるだけで二つだ。ちくしょう、うじゃうじゃいやがるぞ!!」
「こちらD024、助けてくれ! ワインドに襲われてる!」
「こちらC164。ルート、指示をくれ。スキャンが駄目だ、何も見えない」
次々と飛び込んでくる悲鳴じみた通信。太朗はBISHOP上に流れるログに目を見開き、浅い呼吸を繰り返す。
「ま、待ってくれ。どうすれば、俺、責任なんて……」
急すぎる展開についていけず、シートの上で起き上がる太朗。
「ミスター・テイロー、相手の数があまりに多すぎます。こういった場合はまず一箇所に集まるのが定石かと思われます。避難経路の座標を計算できませんか?」
冷静な小梅の声に「わ、わかった」となんとか返すと、全神経をBISHOPへと集中させる太朗。焦る気持ちを押さえ、ひとつひとつ丁寧に座標を導き出していく。
「出来たぞ! 小梅、他の船に送信して。マール、兵装に関しては任せるから、その、少し時間を……」
「……わかったわ。ねぇ聞いてテイロー。これから何が起こっても決してあんたのせいじゃ無いわ。慰めでも、気休めでも無いわ。事実よ。お願いだから、覚えておいてね」
マールは落ち着いた声でそう言うと、兵装の起動を操作し始める。「それはどういう……」と口を開く太朗だが、小梅の冷徹な声がそれを遮る。
「コールサインD024、反応消失しました」
唖然とした表情で小梅を見る太郎。
「それって……さっきの人、死んだのか? こんなにあっけなく?」
「不明です、ミスター・テイロー。交信が途絶えただけの可能性もありますし、何らかの方法で脱出した可能性もあります」
「いくらなんでもこんな数……テイロー、4つがこっちに向かって来てる。およそ5分後に射程圏内に入るわ」
「待ってくれ、待ってくれ!!」
あまりに急すぎると、叫び声を上げる太郎。マールや小梅がなおも情報を提供してくるが、脳裏によぎった映像がそれらを全て打ち消す。
小惑星帯に浮かぶ、無数の船の残骸。
無重力下を漂う壊れた小梅。
青白い顔をした、マール。
「だめだ……だめだだめだ!!」
広い宇宙船の中で、ひとり佇む自分の姿。
「"ひとり"は嫌だ!!」
シートを立ち上がると、小梅を抱きかかえる太朗。あっけにとられるマールを残して部屋を飛び出すと、太朗のみが知っている暗号のかかった部屋へと走る。
「ミスター・テイロー?」
音は聞こえていたが、それを声として認識していない太朗。彼は素早く暗号関数を連結させると、部屋の中へと足を踏み入れる。
部屋の中には、巨大な機械。
天井までそびえ立つ、箱とケーブルの化け物。
そして、冷凍睡眠装置。
「ミスター・テイロー。小梅はこれを推奨できない行動と考えます」
広い部屋に響く小梅の声。太朗は何も返さず、冷凍装置の中へと体を埋める。
「戦闘、戦術、艦隊操作とかなんか、なんでもいいから」
目を見開いたままの太朗。小梅が「しかし――」と続けるが、太朗がそれを遮る。
「なぁ、やばいんだろ? マールは冗談であんなこといわねえよ。20のワインドって普通はありえねぇ量なんだろ? なぁ小梅、頼むよ」
無表情な機械の顔を見つめる太朗。
「ミスター・テイロー、この駆逐艦は強力ですし、もしかしたら多数を相手でも――」
「"もしかしたら"じゃダメなんだよ小梅!!」
小梅の言葉を遮って叫ぶ太朗。
「船は確かに新型かもしんないし、そりゃ分厚い装甲もつけてるさ。でも乗ってるのは素人なんだよ。勉強したっていってもたかが知れてる。小梅、時間が無いんだ!!」
「…………ミスター・テイロー。帝国海軍士官教育のオーバーライドでよろしいでしょうか?」
小梅の声に、強がりの笑みを見せる太朗。
「ありがとう小梅……よっしゃ、早いトコ頼むぜ。マールが寂しがるからな」
太朗の歪な笑みから視線をはずす小梅。彼女は太朗のそばにあるケーブルへと、自らの指を連結させる。
「急ぎなので、睡眠は行わずにそのまま行きます。ミスター・テイロー、"歯を食いしばって下さい"」
小梅の声に何かを返そうとする太朗だったが、代わりに出たのは言葉にならない叫び声。
走馬灯のように駆け巡る、雑多な記憶。
飛来する莫大な量の情報。
脳がその受け入れ準備をする間もなく、
黒くオーバーライドされていく。
――"兵装知識"――
「光学兵器運用要綱……実弾兵器運用要綱……」
――"軍艦制御"――
「戦闘機動制御……回避機動制御……電子戦制御……」
――"近接戦闘"――
「照準制御……未来予測……暗号射撃……」
――"作戦指揮"――
「陽動……強襲……索敵……隠蔽……奇襲……」
――"艦隊運用"――
「集団統率……通信掌握……隊列制御……」
――"特殊制御"――
「…………………………………………」
「ううぅぅぅああああああぁぁぁぁぁ!!」
血走った目で、転げ落ちるように飛び出る太朗。無意識で吐き出した胃液が不快感と共に喉を焼く。痛覚が無いとされる脳が、その痛みに叫び声を上げる。
「ミスター・テイロー、息をゆっくりと吸って下さい。そして吐くのを忘れないように」
見開いたままの目で小梅を眺める太朗。彼女の動きにあわせ、ゆっくりと呼吸を整える。
「げほっ……いぃいこう、ここうめ。まあるが、まってる」
太朗はぐちゃぐちゃになった頭のまま、小梅に寄りかかるようにして立ち上がる。右目には艦内の映像が。左目には膨れ上がった関数群の表示されるBISHOPの画面が。
「ふふ……ふふふ……ぁれ。なんで俺わらってんだ。あぁ、くそっ、頭が痛ぇな」
太朗はひとりぶつぶつと呟くと、中央管制室の扉を開く。
「テイロー!! どこいって……ちょっと、大丈夫?」
青い顔をしてマール。太朗はぎょろりと目だけを動かして彼女を確認すると、「大丈夫。お叱りは後でな」とシートへ収まる。
「機関出力80%。危険度3以下のデブリは全部無視。レーザーは正面集中。艦隊への予測合流位置を変更。シールド、タレット共にビーム。予備シールドはフィジカルで衝突対策へ」
太朗はBISHOPで素早く命令を送ると、マールと小梅への作業分配を行う。
「あんた……あの装置を使ったのね?」
「ん、ちょいと軍学校での6年間を仮体験しただけさ」
「ミスター・テイロー。間も無く接敵します。艦船の集合時間までは残り120秒」
太郎は小梅の声に「ほいよ」と返すと、船をひときわ大きなデブリへと横付けする。
「急速反転」
「はぁ!?」
「きゅーそくはんてん、だよマール」
太郎はそう言いながらBISHOPを操作すると、船を縦に180度回転させる。今まで後ろへ流れていた景色が逆転し、すさまじい速度でバックしているように感じる。
「サンダーボルトの兵装は正面へ集中してるのさ。機関停止。岩石を壁にそのまま巡航。小梅、ターゲットをロックオン」
「ロックオン了解致しました。最接近脅威ですか?」
「ん、全部」
機械らしからぬ驚きの動きを見せる小梅。それを尻目に、太郎はBISHOP内にあるタレットのロックシステム全てを同時起動、それぞれを並列操作し始める。まわりにある障害物から微弱な引力までもを計算に入れ、デブリと敵性飛行物とを切り分けていく。
「こちらC111、あんたが見えたぞ。援護する。どれを狙えばいい?」
「こちらC164、君らの後ろにいる。電波障害が酷くてロックできない」
「マール、ロックオン座標をC111とC164に転送して。タレット1番、2番発射開始。小梅、シールドは任せたぜ」
やがてデブリの隙間から現れる複数のワインド。いつか見たそれと同じように、寄せ集めの部品で作られたでたらめなデザイン。攻撃を開始したプラムのタレットがビームを吐き出し、その中のひとつを貫通破壊する。
「敵性反応消失。一機撃墜よ」
「いょっしゃ、どんどん行っとこう!! 3番、4番も開け!!」
プラムに搭載された四基の二連装タレットが、それぞれ一秒に一発。八条のビームを狂ったように吐き出し続ける。青い光がデブリにキラキラと乱反射し、戦闘中という事をさておけば非常に幻想的な光景。
「こちらB112、遅れてすまない。ワインド3つに追われてる。なんとか出来るか?」
太郎は立て続けに2機のワインドを始末すると、意識をB112と思われる飛行体へと向ける。
「こちらルート、そのまま真っ直ぐ飛んでくれますか。マール、機関を動かして。みんなを置いてかない速度で後ろへぎりぎり目一杯」
そう言うと、返事を待たずに砲撃を開始する太郎。デブリの中を潜り抜けるようにして小さな宇宙船が現れ、それに続くワインドが1機爆散する。それに触発されたのかどうかは不明だが、残りのワインド二機が進路をこちらへ向ける。
「ミスター・テイロー、敵2機がこちらへ射撃を開始、別の3機が射程圏内に侵入。C111が1機を撃墜」
「りょーかい、小梅ちゃん。シールド制御頼りにしてるぜ」
「テイロー、アステロイドベルトを突破するわよ」
小惑星帯の残骸から、勢いよく後ろ向きで飛び出す3機の宇宙船。それを追う形で飛び出してきたワインドがプラムの集中砲火によって沈黙する。さらに飛び出してきた3機のワインドがビームを放ち、プラムのシールドを削って行く。
「力押しなら負けねえぞこんちくしょう!! 伊達に"駆逐"艦じゃねえんだ!!」
他の船の盾になるような形で、ひたすらビームを放ち続けるプラム。ワインドはレーザージャミングを行う事でプラムの攻撃の妨害に出ていたが、ジャミングによるレーザーの湾曲すら即座に計算に組み込んだ太郎がそれを打ち落とす。
何の策も無い正面からの撃ち合いは30分近くも続き、やがてプラムのシールド残量が20%を切った頃。最後のワインドが光と熱を放ちながら動きを止めた事であたりに静けさが戻る。
「出て来い……出て来い。全部打ち落としてやる」
ディスプレイとBISHOPを睨みつけたまま、血走った目で太郎が呟く。そこへ小梅が落ち着いた声で発する。
「ミスター・テイロー、総撃墜数が25に到達していますよ」
「25? あと3つ……あ、後ろのみんながそれか」
「そうね……はぁ。生きた心地がしなかったわ。問題が無くなったわけじゃないけど、とりあえず命拾いしたわね。ちなみに船体は無事よ。いくらかやられたけど」
マールの言葉に船体チェックを開始する太郎。彼女の言う通り船体装甲板のいくらかが焼かれたが――シールドはビームの全てを拡散するわけでは無い――内部の構造体に到達した打撃は無さそうだった。
「こちらC111、助かったぜ大将。帰ったら一杯おごらせてくれ」
「こちらC164、見事な戦いだったぜ。なあみんな、スターゲイト管理局からの賠償金、一部ルートに振りむってのはどうだ?」
「こちらB112。C164、あんたの案に賛成だ」
通信機から聞こえて来る健在を知らせる声に、心よりの安堵を覚える太郎。彼は目を閉じてシートを倒すと、早々に意識を手放した。
上書き

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