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【明日、ママがいない最終回を迎えて】誰も傷つけない表現はなく、誰も救わない表現もまたない

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1話で提示された逆説

フィクションによる誇張の問題についても少し書いておきます。

この作品はドラマであり、誇張された表現があります。それが実態と解離していることは当然あり得ます。それはこのドラマだけでなく、全ての表現物に対して言えることです。フィクションだけでなく、ニュースでもドキュメンタリーでも同様です。
昨今いろんなコンテンツが世の中にはありますが、誇張やバイアスがあって僕らに提示されています。

それでも題材によっては配慮が必要になるわけですが、その配慮とはなんなのでしょうか。配慮が必要な題材と必要ない題材はどのようにして決定されるのでしょうか。


児童養護施設での職員と子供達の暮らしを描いたドキュメンタリー映画「隣る人」のパンフレットに掲載されていたインタビューで、「光の子どもの家」の理事長菅原哲男氏がこういうことを語っています。

「児童虐待防止法ができあがるころ、いろんなメディアから取材申し込みがあって、私たちはこどもが特定されないように相当な規制をかけて許可した経緯があったんですね。その規制は例えば、子どもの顔にボカシをかけたり、「光の子どもの家」の「ひ」の字も出さないようにしたり。ニュースの間に挟まれる特集だったのですが、それを子どもたちも見ました。中高生女子がターゲットになっていたので、その子たちがとてもショックを受け、非常に不快だったようでした。「わたしたちは何か悪いことをしたのか」と。悪いことをして、非行少女みたいなことでボカシを入れたのかと、私のところに抗議に来たのです。
そのとき、胸を突かれる思いがしました。守るつもりが差別をしていた。
<中略>
たとえば、私に抗議に来た女の子たちは「甲子園に出る高校球児たちは誰もボカシが入ったりしない」と言うんですね」
出典:隣る人パンフレット 発行日2012年5月12日 編集:大澤一生 ©アジアプレス・インターナショナル

ドラマや漫画などで高校球児たちが誇張されて描かれることはあります。では養護施設の子供達はどうなのでしょうか。ボカシという配慮(という名の差別と菅原さんは解釈しておられます)こそが子どもを傷つけたとしたら、誇張して描かないという配慮は果たしてどう受け止められるものなのか。
菅原さんは「守るつもりが差別をしていた」という言葉は『明日、ママがいない」の提示した逆説「可哀想と思う方が可哀想」にも通じるものがあるかもしれません。

映画のパンフレットのインタビューによれば、その後光の子どもの家では取材に関して子供たちがOKなら親の承諾を得た上で顔出しも認めるということになったそうです。子供達の主体性を尊重した判断です。


このドラマは、第一話の時点でこの逆説に触れていました。第一話の時点で実はきちんと方向性を示していたのではないでしょうか。


『明日、ママがいない』について前回書いた時には、誰も傷つけない表現などない、と書きました。それと真逆のことも言えると思うのです。誰のためにもならない表現もまたないのではないか、と。
このドラマが施設関係者を傷つけた可能性はあります。しかし同時に誰かの心を救っているかもしれない。ネットでは多くの賞賛も批判も寄せられ、放送中止を求める声明が出されましたが、もし少数でもこのドラマが誰かの心を救っていたのなら、放送された価値はあるのだろうと思います。


誰かを傷つけるかもしれないので、表現は規制がされる必要があり、誰を救うかもわからないから表現の自由は守られる必要もある。表現の自由と受け手の選択の自由の2つをできる限り尊重する以外、このジレンマに対する回答はないのだろうと思います。



陳腐な言い方ではありますが、だから「みんなで考える」しかない。施設長のこの最後の台詞はドラマの締めとして適切だったんじゃないでしょうか。

杉本穂高 / Hotaka Sugimoto
映像ビジネスの未来を模索する

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