第15話
「システムチェック」
中央司令室で太朗が短く発する。
「システムオールグリーンです、ミスター・テイロー。素早い立ち上がりです。さすが新品といった所でしょう」
小梅が新調された顔を太朗に向け、小さく頷く。心なしか得意気な声色に聞こえたのは太郎の気のせいだろうか。「ステーションとの連絡は?」との太朗の声に「問題ないわ」とマール。
「出航許可は出てるし、スターゲイト前の空間も予約済みよ。ロッキーもしっかりジョイントさせておいたわ」
太朗は自分と同じ様にシートにもたれるマールと小梅の姿を確認し、それぞれへ親指を立ててみせる。
「そんな許可も取る必要があるのね。まじで俺だけじゃなくて良かったわ……さて、んじゃ行きますかー!!」
太朗はBISHOPを起動させると、船の始動関数を展開し始める。オートメーション化された発進関数は既に存在しているが、それに頼ってしまうといつまで経っても操船技術の向上が見込めない。
――"熱核バッテリー制御 出力半分"――
――"推進制御プログラム 安定稼動モード"――
――"巡航プログラム 起動"――
太朗が全体制御の関数を整えると、電気という息の吹き込まれた船が僅かな振動を発する。
「駆逐艦プラム。発進!!」
太朗の掛け声に合わせてマールが最後の発進処理を行い、船はステーションからゆっくりと遠ざかり始める。
「船体水平90度転回、オーバードライブ始動。目標、SG-3835スターゲイト」
続けざまに発する指令に、船は素早く反応する。わずか4秒足らずで旋回を終えた駆逐艦は、核融合でプラズマ化された水素のエネルギーを2基のメインスラスターより吐き出し、その巨大な鉄の塊を前方へと押しやる。
――"オーバードライブ 起動"――
突き抜けるような高い音。
静寂の中の安堵の息。
「問題は?」
太朗はそう訊ねながら、進行方向に対して常に寝そべるような形に自動調整されるシートから身体を起こす。
「異常はありません、ミスター・テイロー。というか発進とワープだけで異常が出るようであれば、設計会社を訴える事になりますね」
小梅の声に「確かにね」と太朗。彼は大きく伸びをすると、サイドボードから飲み物を取り出して口に含む。
「ちょっとあんた、何やってんの? もう着くわよ?」
かけられたマールの声に「へ?」と太朗。そしてすぐに訪れる振動。
「ちょ、ま、そういやすぐ近くなんだっけかぁあづううう!!」
コップから零れるコーヒーのような飲み物。茶色に染まる太朗の服。
――"オーバードライブ 終了"――
「……新品の船を出発からわずか2分で汚しちまったぜ……ワイルドだろぅ」
「どちらかと言えばチャイルドですよ、ミスター・テイロー。スクリーンに外部映像を流します。ミスター・テイローはスターゲイトをご覧になるのは初めてですよね?」
小梅の声に顔を上げる太朗。スクリーンには巨大な筒状の構造物が映し出されており、その周りには無数の大小様々な船舶が浮かんでいた。
「これがスターゲイトか……随分シンプルな形状なんやね。もっとゴテゴテしたのを想像してたぜ。サイズに関してはこれまた想像の100倍はでけぇけど」
太郎のBISHOPにはスターゲイトとの相対速度が時速200キロを超えていると表示されているが、いくら待てどもゲートに近づいている感覚が全く見えて来ない。あまりに巨大すぎる為、近くにあるように錯覚しているのだろうと彼は理解した。
「スターゲイト管制塔からビーコンプログラムが送られてきたわ。起動するわね」
太朗はマールに頷くと、自動実行されていくビーコンプログラムとやらを眺める。どうやらスターゲート内の所定の位置に誘導するプログラムのようで、BISHOPには単純な移動制御と衝突防止関数が連なっていた。
「うぉぉ、すげぇ量の船だな……これ全部いっぺんにワープさせんのか」
ゲートに近づくにつれ見えてきた、円筒形の内部に浮かんでいる無数の船。あまりに多すぎて数える気にもならないが、恐らく数百以上は間違いなく存在しているだろう。
「平面状に並んでるのは衝突しないようにか……うおっ、ちょ。なんすかあれ!! でかいってレベルじゃねぇぞ!?」
スクリーン上に現れた巨大な影。太朗は見間違いか何かだろうかと目をこする。
「ギガンテック社の輸送船だわ。こんな所に珍しいわね。たしか全長が4km近くあるんじゃなかったかしら? 引力に注意しないといけないわね」
マールの言葉にぽかんと口を開けたままの太朗。ビーコンプログラムによって誘導された先はその巨大な輸送船の真下で、太朗は自分がコバンザメか何かになったような気がした。
「うちもいつかあんな船を扱うようになれたらいいなぁ……」
太朗がぼそりとそう呟いた時、何やら周囲の空間が青白い光で満たされ始める。BISHOP上に増加するオーバードライブ装置の稼働率が表示され、その値は100%を超えてもなお上昇し続ける。
「えっと、小梅さん。オーバードライブの稼働率が4万%とかわけわかんない数値になってるんすけど、これ大丈夫なんだよね?」
「えぇ、心配いりませんよミスターテイロー。向こうのスターゲイトまでの距離から逆算すると、おおよそ15万%までは上昇すると思われます。通常のオーバードライブを1500回繰り返せば到着する距離となりますね」
太朗はなるほどと思いながらも、いくぶん不安な気持ちで急上昇していく数値を見やる。オーバードライブ装置がオーバードライブしているというのは、あまり楽しくないジョークだ。
「そろそろジャンプするわよ。コップに残った残りを撒き散らしたくないのなら、さっさと座った方がいいと思うわ」
マールの声に慌ててシートへと戻る太朗。べたついた服が気持ち悪いが、完全に自業自得だ。
やがて隣の船の姿が見えなくなるほど青白い光が強くなった頃、唐突にそれは訪れる。太朗の目に入る全てのものが二重にブレて見え、強い光を発しているかのように輝きを増す。眩しさから目を閉じる太朗だったが、光はまぶたの奥にまで到達する。
――"ジャンプドライブ 確認"――
真っ白に染まる世界の中、BISHOPの画面だけがいつも通りに関数群を映し出す。終わりに近づいたビーコンプログラムが最後の関数を実行し、BISHOPまでもがまっさらな空間へと変わる。
――"ジャンプドライブ 実行"――
「積荷は確かに受け取ったよ。ご苦労さん。報酬を口座に振り込んだから確認してくれ」
配達先のステーションにて、映像回線越しに笑顔を見せる取引先の男。太朗は男と同じように笑顔を見せると、BISHOP上から口座への振込みを確認する。
「最近はなんでもかんでも大型貨物船で輸送しちまうからよ。あんたのトコみてぇに小口でも引き受けてくれる所は助かるぜ。貨物船の輸送待ちとはスピードが段違いだからな」
太朗は貴重な情報を逃すまいと、男の言葉を注意深く聞く。今がまさにそうだが、こういった何気ない会話に商売のチャンスが転がっているというのは、いくら時代が進もうと変わらないはずだ。
「何か他にお手伝いできる事はありますかね。丁度空いてるんで、輸送でも何でも引き受けますよ」
太朗は"丁度空いている"という点を強調しながら発する。ディスプレイ上の男は「ふむ」と太朗を値踏みするかのように見つめる。
「ライジングサンコープつったっけか。聞いた事無いが新興企業かい?」
「えぇ、そうです。まだ従業員2名の零細ですけど、二人とも優秀ですぜ。サルベージ経験のあるメカニックに、電子制御の天才。船も二隻ありますから、結構色々やれると思いますよ」
「船が二隻……あんた、今朝入ってきた駆逐艦の所有者か! いやぁ、仲間内でちょっと噂になってたんだぜ。こんな田舎に軍用の駆逐艦が何の用だってな」
男の言葉に「失敗したかな?」と苦笑いを浮かべる太朗。後ほど装甲板に何らかの偽装をしておこうと心に留める。
「何でこんなモンの輸送なんてやってるのか知らねぇけど、あんたの船で運んでくれるってんなら仕事はあるぜ。ちょっと待ってな」
男はそう言うと、別の方向を見て何やらぼそぼそと喋り始める。太朗は手持ち無沙汰に隣のマールへ目を向けると、彼女はサムズアップを返して来る。そのまま行け、という事だろう。
「今からリストを送るんで、そっちのカーゴ(貨物)容量と相談して持ってく物を決めてくれ。行き先は外へ向かって4つ先だ。前金はいるか?」
男の言葉に再びマールへと視線を向ける太朗。彼女が首を横へ振るのを確認すると、「いいえ」と答える。
「ジャンプ料金は出せるから大丈夫っす。荷物は全部持っていきますよ。ここに来る前にカーゴは空になったんで、いいタイミングって奴ですね」
ニコニコと笑顔を見せる太朗。男は「それじゃあ商談成立だ」と人差し指と中指を揃えてこちらへ向けてくる。太朗はどうしたものかと逡巡した後、同じ様に指を揃えて持ち上げる。正解の行動だったかはわからないが、男は終始にこやかだ。
「搬入はそっちのタイミングに任せるから、可能であればできるだけ急いで運んでくれ。哀れな男達に早いとこ夢を見させてやりたいからな」
そう言って閉じられる通信回線。太朗はほっと一息つくと、マールへ向けてガッツポーズを見せる。
「やったわね!! あたし達運がいいわ。ステーション管理を通さない依頼だから、ステーションの中間マージン分がそのまま上乗せ利益になるわよ!!」
嬉しそうなマールの姿に、自然と笑顔になる太朗。
「にゃるほどねぇ。いいお得意先になってくれるといいなぁ……ちなみに4つ先ってのはスターゲイトを通る回数だよね? 前金を受け取らなかったのは?」
太朗の質問に、少女の姿をした小梅が答える。
「4つ先の解釈はその通りですよ、ミスター・テイロー。前金については一時的にせよお金を借りるわけですから、当然利息が発生します。現金があるのであれば、借りないに越したことは無いでしょう」
小梅の答えに納得の頷きを返すと、今一度口座の確認をする太郎。リストの最も下に"RECEIVE 50000crd"と書かれており、間違いなく仕事が完了したのだという事を実感する。
「スターゲイトを何回か使っちまえば消えちまう程度のお金だけど……へへ、なんかいいもんだな」
太朗は口座を開いたままのBISHOP画面をスクリーンショットで撮影すると、"重要データ"と分類されるカテゴリへと保存する事にした。
NEET脱出

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