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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク) 作者:Gibson

第1章 ゴーストシップ

第14話

「しかしなんつーかさ。利便性を追求していくと、やっぱ味気が無くなってくもんだよな」

 既に売却済みとなり、ほんの十日もすれば知らない他人が使う事になるだろうマールの職場で、マールと共にディスプレイ上を眺めながら太朗が呟く。

「言葉の内容そのものには同意するけれど、いったい何の話?」

 画面上をスクロールする手を止めてマール。

「いやね、こういうミッションを選ぶ時ってさ。"へいお前、見かけねえ面だな。ここにあるのがEランクの仕事で、新人向けだぜ。せいぜいがんばんな"的な受付のおっさんとのやり取りがあるもんだと思うんだ」

 太朗の言葉に、定位置となったベルトの先で小梅が返す。

「ゲームのやりすぎはよくありませんよ、ミスター・テイロー。それに銀河帝国に散らばる何十億というミッションの記憶をおっさんに課すというのは、それはいささか酷というものでしょう。現実的に考えると、カウンターに数千万人のオッサンを配置する必要があります」

「気持ちわる!! つうかおっさんで大抵の事解決できるだろそれ!!」

「あぁ、ゲームの話ね。地球ではそんな感じなのかと思って焦ったわ……あ、これなんてどうかしら。アルバステーションからエーデステーションまでのチップの輸送。外宇宙方面だし、チップだから場所もとらないわ」

 マールの指差す項目へ目を向ける太朗。そこには他のミッションと同様、目的、報酬、期間や発注時期。その他契約における注意点等が書かれていた。それらは企業としての責務であるミッションとは関係の無い物だが、旅の路銀稼ぎ。すなわち地球探索の資金稼ぎとして、太朗達にとっては今後積極的にこなしていくべき仕事の数々であった。

「エーデステーションってのは、スターゲイトで……えぇと、2つ先か。移動距離は約3光年? 外宇宙までの距離が3万光年だから……わぁお、気が遠くなるな」

「ふふ、そうね。でも最初の一歩としては悪く無いんじゃないかしら。それにあくまで情報の収集が最優先だから、実際に外宇宙を探し回る必要は無いわ。とりあえずは超大型ステーションに行くのを目標にしましょう」

 マールはそう締めくくると、ディスプレイ上の受諾ボタンを押下する。すぐさまニューラルネットワークからマールのPCへと契約書が送られ、彼女はそれをパルスチップへとダウンロードする。

「はい、どうぞ。ライジングサンコープ、最初の仕事ですよ。"社長"」

 にやにやとした表情で太朗へチップを差し出すマール。太朗はそれを受け取ると、陶酔しきった表情で両手を上げる。

「ふふ、よかろう……いずれ銀河帝国に覇名を轟かせる我が社の原初たる一歩として、この仕事を遂行してやろうでは無いか」

「まぁ、運ぶのは大量の男性用ポルノのホログラフチップだけどね」

「中身ポルノかよ!! くそっ、夢を与える大切なお仕事ではあるけど、すっごい複雑な気分……あ、でもちょっと試してみてもいいかな。やっぱさぁ、責任持って運ぶからには商品の内容を良く知っとく必要があると思うんですよテイローさん的には。スケベ心とかじゃないよ? スケベ心とかじゃないよ? 純粋に仕事上のモラルとして――」

「きっと童貞にはキツイ内容よ?」

「どぅ、どうど、どう童貞ちゃうわぁ!! むしろブイブイ言わせてるわぁ!!」

「はいはい、そうですねミスター・H・テイロー。ところで購入した宇宙船がドック入りしたようですよ。引渡し準備も整っているようです」

 小梅の声に顔を見合わせる二人。二人は勢い良く立ち上がると、ステーション内の高速移動レーンへ向かって駆け出していく。

「うおぉ、やばい。テンション上がってきた。どんな船になってんのかな?  ちゃんとドリルついてるかな?」

「いや、あんた散々3D図面で確認済みじゃない。ていうかドリルって何よ? ちょっと待って、あんた今"ちゃんと"って言った? え? ほんとに付けたの?」

「ドリルは男のロマンだぁ!! 馬鹿にするなちくしょぉぅ!!」

「何かドリルにトラウマでもあるのですか、ミスター・テイロー。心理学上では男性器の象徴として捕えられる事もあるとされていますが……あぁ、なるほど。そういう事でしたか」

「君ほんとにAIなんですよね!!?」

 太朗は無重力空間へ到達すると、マールと共にすっかり慣れっことなった高速移動用のワイヤーを掴み、桟橋へと向かって加速していく。

「でもさ、まじで大丈夫なんかな。素人目に見てもかなり無茶な設計だろあれ」

「そう? 歪ではあるけど、設計士はプロなんだし大丈夫じゃないかしら。それに船の中枢部分だけを他所から持ってくるなんて良くある話よ。あんたの乗ってた船は相当高性能だったみたいだし、心配ないと思うわ」

「それについては小梅も太鼓判を押させていただきますよ、ミスター・テイロー。あの船のBISHOP連動システムはかなりの物があります。というか、それが理由で売却を控えていたのでは?」

 訪れる沈黙。「も、もちろんだともー」と太朗。

「……呆れた。ねぇ小梅。この馬鹿から目を離しちゃダメよ。何をしでかすかわからないわ」

「無茶言うなよぉ!! 初めて触る船なんだから比較検討できるわけねぇじゃぁん!!」

 居住区を通過し、ゲートを越えた二人とひとつ。ゆるいカーブに従ってそのまま桟橋を進むと、BISHOP上に表示されている指示通りにドックへと到達する。

「…………わぁお」

 ドッグに係留された新造駆逐艦を見て、太朗が感嘆の息を吐く。全長320メートルに及ぶ黄土色の鉄の塊は、重要箇所に見覚えのあるIN型のブラックメタル装甲板が張られている為に、印象的なツートンカラーを作り上げていた。ふたつの巨大な核融合エンジンのスラスターが後部に伸び、左右には4のタレットベイが円形の模様を描き出している。既にバッテリーが稼動しているようで、各所に存在する窓や表示灯が青白い模様のような光を発し、主の受け入れ準備が完了している事を示している。

「凄いわね……これで運ぶのがポルノ映像ってのがアレだけど」

「その通りなんだけど感動に水差すのやめてくれない!!?」

「元はサンダーボルト型駆逐艦ですが、完全に別物となっていますね。中枢、砲塔、装甲板と変えていますから、当たり前といえばその通りではありますが」

 二人とひとつはしばし船のまわりを観察すると、いよいよ中へと乗り込む。真新しい鉄の輝きと、眩しく光る照明の明かり。BISHOPにはモジュール化された各種設備が完全動作している事が表示され、太朗は自らの財産の大半を費やしたこの船に満足を覚える。

「ここが中央司令室ね。なかなか居心地が良さそうじゃない」

 二人は操艦に必要な様々な操作盤の並べられた部屋へと足を踏み入れる。ここは太朗の乗っていた宇宙船の中枢を改装して作ったもので、BISHOPによる制御が出来ない状況になった場合等。各種動作がマニュアルでも出来るように、船の制御システムへと直結された操作盤が配置されている。しかし最も重要な事は、ここが船の回転軸上に位置しているという事だろう。船が急激な旋回を行っても、少なくともここは無事だ。

「だな。ドリルがついていない点を除けば完璧だ……しかし椅子が10もあるのに使うのは二人だけってのは寂しいな。誰か雇う?」

 太朗の言葉にかぶりを振るマール。

「お金ってのは使えば無くなるのよテイロー。人を雇うのは収入が安定してからにするべきだわ。株主のひとりとしても、無駄遣いは許容できないわね」

 マールの言葉に「まぁ、そうよねー」と太朗。マールは自らの貯金の一部とジャンクヤードに残されていたサルベージ品を処理した資金で、ライジングサンコープの株式を10%程取得していた。よってマールには会社の運営に関して口を出す十分な権利が存在していたが、太朗はそんなものが無くてもマールの意見は聞くつもりだった。

「出発はいつにする?」

 太朗が操舵盤を指で撫でながら発する。

「明日よ」

 太朗の質問に即答するマール。太朗は驚いた表情でマールを見ると、「挨拶や何かはいいのか?」と返す。

「私に家族はいないし、親しい友人にはもう済ませてあるわ。ニューラルネットワークにアクセスできれば別の星系からでも連絡できるし、あまり今と変わらないわよ。今だってしょっちゅう会ったりするわけでもないしね」

「ふぅん……そっか。ちなみに引越しはどうするん? 私物や何かも全部売り払っちまったわけ?」

「引越し? 何を言ってるのよ。もうあんたの分も終わってるわよ」

 マールの声に「へ?」と太朗。そこへ小梅の声が入る。

「ミスター・テイロー、ステーションの居住区は全てモジュール単位で作られております。船の構造も同じですので、ステーションから切り離して部屋ごと積み込めばそれで終了です。地上のように荷物だけを運ぶ必要は無いのですよ」

「さいですか……やっぱすげぇな未来。っていうか、良く考えてみりゃどっかに定住するわけでも無いし、当たり前か。つまりこの船自体が――」

「えぇ、私たちの家って事」

 太朗の言葉に続け、マールがにやりとしながら。太朗はその言葉で言い様の無い高揚感に包まれると、「へへ、そっか」と笑顔を返す。穏やかな空気の流れる中、太朗のBISHOP上に通信が入っている事の表示が浮かび上がる。

「ミスター・テイロー、桟橋から外線のようです。通販業者からのようですが、何か購入されたのですか?」

 小梅の声に「お、来たか!!」と太朗。

「ちょっち取りにいってくるぜ。大枚はたいた価値があるかどうか、テイローちゃんワクワクドキドキ」

 妙にウキウキとしながら扉から外へ消えていく太朗。マールは怪訝そうに表情をゆがめると「何かしら」と小梅を見やる。

「さぁ、何でしょうね、ミス・マール。何やらこそこそとやっていたので、小梅はあえてそっとしておきましたが」

「こそこそって、気になるわね……もしかしてこの船の積荷みたいなものかしら? 会社のお金でそんなの買ってたら説教どころの話じゃないわね」

「いえ、それは無いでしょう、ミス・マール。会社資金の帳簿は全て付けてありますので、買ったとすればミスター・テイローご自身の稼ぎからでしょう」

「テイローの稼ぎ? あぁ、わたしの手伝いの給料ね。そういう事なら構わないけれど……でも複雑な気分ね。もうちょっとまともな事に使って欲しいわ」

「ミス・マール。彼は童貞なのですよ?」

「あぁ~、そうね。まぁ私も人の事言えないけど」

 女同士――と呼べるかはいささか怪しいが――で太朗が聞いたら憤慨しそうな話をしていると、その本人が何やら大きな箱を抱えて司令室へと戻ってくる。

「ふへへ、カタログ通りのいい代物だったぜ。なぁマール。俺こういうの使い方とか良くわかんねぇからさ、小梅と手伝ってくんない?」

「て、手伝う? いや、ちょ。馬鹿!! そういうのはひとりでやりなさいよ!!」

「そうですよミスター・テイロー。というか小梅に何を手伝わせるというのですか。あれですか? 形状が似ているからと当てつけですか? このド変態」

「……えぇと、すいません。何で俺こんなに責められてるんでしょうか」

 ひとりとひとつの言葉に、何が何やらといった様子の太朗。太朗は少し考え込んだ様子を見せると、特に気にした様子も無く箱を開け始める。

「いや、ちょっとあんた!! いくらなんでも……って、これ」

 箱を覗き込んでいたマールが、驚いた表情で中身を見つめる。そしてそれを無表情なカメラでゆらゆらと見上げる小梅。

「えぇと、その。悪かったわねテイロー。ねぇ小梅、これはあんたにみたいよ」

 こぶし大の大きさである小梅には、箱の中身は見えない。「私にですか?」と言う小梅に「おうよ」と太朗は発すると、箱の中から1メートル程の大きな機械仕掛けの人形を取り出す。

「いつも世話になってるからさ、お礼がてらに買ったんだ。最新型のはさすがに買えねえから、今はこんなんで勘弁な」

 太朗が取り出したのは古い型の人型AI用ボディで、人間の少女を模してつくられたもの。少女といってもまるで機械的な顔付きだが、愛らしい造形の顔付きと曲線的なデザインのボディ。それらは、少なくとも太朗の納得するだけの素晴らしさを備えていた。

「ミスター・テイロー……私は自分が恥ずかしいです」

 緑のランプを点滅させる小梅。もしかして気に入らなかったのだろうかと、表情を曇らせる太朗。

「ありがとうございます、ミスター・テイロー。いつか私の量子回路が焼き切れる時まで、このご恩は決して忘れません。さあ、早く私をその体へ移して下さい。きっと最新型などよりずっと良い動きをしてみせますよ」


太朗。ジャケ買い
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