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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク) 作者:Gibson

第1章 ゴーストシップ

第13話

「買い手がつかない? え、そんな事あるの?」

 驚きと共にスパナを取り落とす太朗。それをマールが「危ないわよ」と拾い上げる。

「あるの、ってそりゃあるわよ。商売ってのは買い手と売り手がいて初めて成り立つものよ。こんな田舎のステーションで軍用装甲板を欲しがる人間なんているわけが無い。そんなの考えてみれば当然よね……正直迂闊だったわ」

 太朗はマールからスパナを受け取ると、再び廃棄品の解体作業へと戻る。

「そっかぁ……言われてみりゃ確かになあ。平和な村にマシンガンの訪問販売したって売れるわけがねぇよって感じか」

「例えはアレだけど、そんな感じね。もっと人の多い所か、もしくはニーズの高い場所へ売りに行くしか無いわね。一番欲しがってるのは軍だろうけど、そうなると間違いなく出所を誰何されるわ」

 マールの声に「そいつは勘弁願いたいなぁ」と太朗。彼は自分に後ろめたい何かがあるとは思っていなかったが、出来れば面倒事は避けたかった。

「ほらほら、これは銀河の神があんたにここに居ろって言ってるのよ。どうせ無重力下での歩き方もしらないようなアイスマンが旅に出た所で、結局常識の無さから挫折するに決まってるしね」

 にやにやとした顔でマール。太朗はぷいと顔を背けるが、マールが言っている事もあながち間違いではないとも思っていた。

「まあ、実際の所問題はそこなんだよな……小梅がある程度なんとかしてくれるとは思うけど、こいつもこいつでおかしい所があるからなぁ」

「おかしいとは随分な言い様ですね、ミスター・テイロー。私はあくまでAIであり、人間ではありません。AIとしては常識的だと思いますよ?」

「嘘だっ!! お前のようなAIがそうそういてたまるか!!」

「あら、本当に随分な言い様ね。小梅がかわいそうじゃないの」

「いやいや、聞いて下さいよマールたん。酷いんだぜ、こいつこの前さぁ――」

 沸き合いあいとした様子の三人。一見いつもの至極のどかな日常に見えなくも無いが、太朗はどこかぎこちなさを感じていた。そしてそれは恐らく気のせいでは無く、きっとマールもそう感じているだろうと彼は思った。

「――って感じなんだよ。酷いと思わない?」

「ふふ、それはあんたが悪いんじゃない……さて、そろそろ時間よ」

 マールの言葉に、BISHOP内の時刻表示を確認する太朗。それはいつも通りの作業を終える定時を示しており、いつもであれば歓迎すべき時間ですらあった。

「そっか……んじゃこれで終わりだな。あっという間の三ヶ月だったけど、楽しかったよ。色々と勉強になったし、ちゃんとお給料も出たしな」

 ウインクをすると作業用の手袋をはずし、右手を差し出す太朗。マールとの間に用意された新しい契約は3ヶ月の間の生活支援であり、今日がその期日にあたる。

「ほんとに助かったよ。君には凄く感謝してる……その、出来ればでいいんだけど……」

 いつに無く真剣な表情の太朗。そんな太朗にマールは自らの手を少し上げかけるが、迷った様子の後にそれを力なく下ろす。

「駄目よ。あんたを助ける理由が無いわ」

「はは……まぁ、そうだよな……」

 ぎこちない空気と、沈黙。
 やがてマールが太朗から視線を外し、出口の方をちらりと見やる。

「お取り込み中の所失礼します。ミス・マール、ミスター・テイロー。私はひとつ謝罪をしなければならない事があります」

 耐え難い沈黙への助け舟と解釈したのだろうか。いくらかの笑顔と共に「何よ改まって」とマール。

「はい、ミス・マール。3ヶ月間の生活支援として改めて作成して頂いた契約書についてですが、こちらミスター・テイローの承認を頂くのを失念しておりました。いわゆる"うっかり"というやつです」

 小梅の声に、ぽかんとした表情の二人。何をいまさらといった表情のマールが、何かに気付いたようにはっとする。

「そ、そう。小梅くらい人間に近いAIだとそういう間違えもするのね……いいわ、気にしないで……その……ありがとう」

「いいえ、お礼と謝罪をするのはこちらですよ、ミス・マール。ですので、申し訳ありませんがミス・マールに課された対価は3ヶ月間の生活支援ではなく、"当面の生活支援"となります」

 そこまで来て、ようやく状況に気付いた太朗。彼は小梅に向けて驚きの表情を向けると、マールへと視線を移す。

「ほ、ほら、言った通りだろ? こいつはこいつでおかしい所があるんだ。だから俺達だけじゃあ不安でさ。本当は俺も君をさっさと自由にしてやりたいんだけど、ね。ほら、契約がさ」

「えぇ、そうね。契約でそうなってるなら、仕方ないわね……ふふ、小梅。そうよね?」

「えぇ、そうですともミス・マール。処分できた船体素材の収入から、ロックボーイの修理費は支払済みとなっています。現時点でミスター・テイローの生活支援を止めてしまっては、契約不履行となってしまいますね」

 小梅の声に「そっかぁ」とわざとらしくマール。

「契約不履行で帝国政府に捕まるのは困るわね。ステーションへの支払いが出来なくなっちゃうから、ロッキーを取り上げられちゃうわ……えっと……その……い、言っておくけど、ロッキーの為だからね!! 決してあんたの為じゃないわ!!」

「わ、わかってる。わかってるって……しかし実にテンプレ通りのセリフをありがとう。生で聞けるとかちょっと感動だわこれ」

「何をぶつぶつ言ってるのよ……さぁ、ほら。行くわよ」

 マールは上げたままとなっていた太郎の手を掴むと、走り出す。

「計画を練らなきゃならないわ。あんたどうせ船さえあればなんとかなると思って、ロクに考えて無いんでしょ? やっぱりあたしがいないとダメね」

 図星をつかれた太郎は、手を引かれたまま苦笑いを浮かべる。

「やるからには、絶対見つけるわよ!!」

 いくらか圧倒されながらも太朗は、
 返事の代わりに手を強く握ることでそれに応えた。



「まず、会社を創る必要があるわ」

 ジャンクヤードの狭いオフィスで、顔を付き合わせる二人とひとつ。

「や、ごめん。全く話が見えない。なんなんすかね、企業じゃないと旅行ひとつさせてくれないんすかね銀河帝国ってのは」

「えぇ、そうよ」

「いくらなんでも意味が、ってマジかよおぉい!!」

 太朗の叫び声に耳を押さえるマール。

「別に旅行自体が禁止されてるわけではありませんよ、ミスター・テイロー。問題はそれにかかる時間ですよね、ミス・マール」

「えぇ。地球を探すために星系を移動していくとすると、どうしてもスターゲイトを使う事になるわ。でも普通に順番待ちをしてたら数ヶ月か、場合によっては数年は待たされることになるわ」

「数年!? 豪華客船並みの予約状況じゃねえかよ。冷凍睡眠でもしてろってか?」

「そうね、そうする人もいるわ」

 マールのさらっとした断定に、両手を上げる太朗。

「ワァオ……もう驚くのを止めたくなるな。でもまぁ、話の流れ的にあれか。企業にはファストパスをくれるって事だな?」

「ご明察です、ミスター・テイロー。企業は銀河帝国の中核を成す組織ですから、スターゲイトだけでなく様々な優待が受けられます。同時に義務も発生しますが、中央に行くつもりでなければ問題無いでしょう」

「そうね。私達は外へ向かってくわけだから、多分大丈夫。ゲートに関しては賄賂を贈るっていう手段もあるけど、出来ればそれは最後の手段にしたいわね」

「そりゃまぁ、相手に弱みを握られるって事でもあるからなぁ……ちなみに義務ってのは何ですかね。法人税払えよ的な?」

「税金は別に個人も企業も一緒よ。むしろ高額になれば個人の方が高いわ。義務っていうのはガバメントミッション。つまり政府の発行するお仕事を定期的に行わなければならないって物よ。内容は色々だけど、ぶっちゃけお金で解決する事も出来るわ」

 太朗はマールの言葉に、テレビゲームでよくある選択式のクエストを想像する。しかし発行するのが政府であり、お金で解決できるという所に夢の無さが詰まりきっているとも感じた。

「ふむ……政府のお仕事ってあんまいいイメージ無いんだけど。どんなんがあるんすかね。全く想像がつかないんすけど」

 太朗の言葉に、考える様子を見せるマール。

「えぇと、基本的にはお役所のお手伝いよ。どんなのがって言われても、色々としか……独特なのは警察任務とかかしら?」

「警察? いやいや、そういうのは本業に任せようぜ」

「本業? 警備会社の事?」

 本当にわからないといった様子のマール。太朗自身も混乱しながら続ける。

「いや、警備会社? え、あれ? 警察無いの? 政府が税金で組織してるようなやつ。警察だよ?」

「無いわよ。っていうかそんなの作ったら内戦で帝国は滅ぶわよ。60兆を見守る警察なんて、そんなの軍より肥大化するのが目に見えてるじゃない。反乱でも起きたらどうするのよ」

「60兆……驚かねえぞ。俺はもう驚かねえぞ」

「ミスター・テイロー、ちなみに60兆という数字は戸籍登録をしている人間のみの数字です。実際の人口はその倍から数倍はいると言われております」

「うぇへ、てことは最低120兆てことか? もうあれだね。スケールが違いすぎて意味がわかんねえよ。なんだよ120兆て。細胞の数かっての」

 白目をむくと、だらりと椅子へ寄りかかる太朗。それを引いた目で見るマール。

「博識ですねミスター・テイロー。ですが人体の細胞の数は約60兆個です」

「俺とマールで?」

「120兆。でもなんか気持ち悪いからやめて。あんたと同じ物が60兆個もあるって、ちょっとアレだわ」

「アレってなんなんでしょうかねアレって。すっごい気になるけど聞きたくない感が半端ないっす……でもやっぱマールの言う通りだな。俺、何も知らなすぎだわ」

 改めて自分の無知さを感じ、その無鉄砲さに恥じ入る太朗。マールは「今更よ」と太朗の鼻を軽く小突く。

「会社かぁ……名前なんにすっかね……」

 ぼそりと呟いた言葉に、マールが案を挙げ始める。

 その後も話し合いは長々と続けられ、ステーション内に作られた人工的な夜が終わりを告げても、明かりが途切れる事は無かった。
 そして議題と課題も、同様に尽きることは無かった。



筆者も、こういう仲間が欲しかったとです……
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