第12話
宇宙を漂流する巨大な隕石と、それに鼻先を突っ込んだ壊れた宇宙船。太郎はその宇宙船を支えるロックボーイの副長席に収まり、BISHOPの画面をじっと眺めている。ロックボーイのコクピットは機体前面にあり、ドーム状のガラス――実際には強化樹脂だが――には太郎の隣。すなわち運転席に座るマールの姿が確認できる。
「ステンバーイ、ステンバーイ…………今よ!!」
マールの声に合わせ、ロックボーイの機体制御関数を操作する太郎。隕石にめり込んだ船の骨組みに結び付けられたワイヤーがロックボーイによって引かれ、不格好に折れ曲がりながらねじ切られていく。
「機体出力、フィジカルシールド出力、共に安定しています。もう20%程出力を上げても大丈夫そうですよ、ミスター・テイロー」
ロックボーイの操作パネルに連結された小梅がランプを明滅させながら発する。太郎は鼻歌交じりに出力を増加させると、本来ロックボーイが可能とされるカタログ上の限界を超えた挙動でワイヤーを器用に牽引する。
「……はいストップ!! 後はアームで切断すれば行けるわ。二人ともご苦労様。久々の大物ゲットね」
太郎はマールの声にふぅと息を吐き出すと、座席に深く寄りかかる。
「早いとこ離れようぜ。いくらシールドがあるつっても、万が一って事もあんぜ?」
「えぇ、そうね。爆薬の処理なんて本当は専門家に頼みたい所なんだけど……よしっ、はずれたわ」
マールの声に外へ目を向けると、隕石へ突っ込んだ前半分を残してゆっくりと離れて行く廃棄船の姿。
「しかし隕石破壊用の船が自分で隕石に突っ込んでどうすんだかね。神風かっての」
太郎のぼやきにマールが笑って答える。
「カミカゼってのが何だかはわからないけど、その通りね。でもいいんじゃない? 衝突のエネルギーで隕石の軌道はそれたわけだし。何より私達サルベージャーの飯の種が増えるってのが大きいわ」
「ミス・マール。僭越ながら申し上げますが、他人の不幸を喜ぶような発言は……ミス・マール、至急船を加速して下さい。切り離しの衝撃でいくつかの起爆剤が再稼働を始めています」
小梅の声に、一瞬時が止まるコクピット内。次の瞬間マールが「再計算!!」と叫び、「任せろ!!」の声がそれに返る。
「おいおいおい、冗談じゃねぇぞ。やっぱやめときゃ良かったんだってこんな仕事!!」
「ううう、うるさいわね!! ギャランティが良かったのよ!!」
太郎はワイヤーの力点から考えられる最適な姿勢を素早く再計算すると、計算結果を関数群として小梅へとすぐさま送り込む。それを受け取った小梅は宇宙船の余力等を掛け合わせた値をさらにマールへ転送し、マールが様々な経験。ロックボーイの癖や廃棄船の挙動等を考慮した上で、最も適切と思われる操舵関数を実行する。
「あだるもすっ!!?」
急加速した船体に、座席へと強く押し付けられる太郎。着ている対加速スーツが体を締め上げ、脳にまわる血液を確保しようとやっきになる。
次の瞬間、眼球を焼切るかのような閃光。
球状に広がる粒子の衝撃波。
「デ……ブリ……焼却……」
「ミス・マール、それは小梅にお任せください」
太郎と同じように加速に耐えるマールの声に、小梅が平然と答える。すぐさまロックボーイに搭載してある8基のデブリ焼却ビームが稼働し、船へと飛来する隕石の欠片を焼き消していく。
「でかいのが……くる……ぞ……うんぬちくしょおおお!!」
太郎は叫びながらBISHOPを使い、レーザーで焼ききれないだろう大きな破片から、それを避ける進路へとロックボーイの姿勢を調整する。カーブによって増加した加速度に意識を失いかけた頃、多数の巨大な破片がロックボーイのすぐ脇を通過していく。
「うぐ……うぅ……た、助かった!?」
船の加速が止まり、ようやく締め付けから解放される太郎。頭から下りて行く血液に、強烈な立ちくらみのような症状を覚える。
「えぇ……なんとかね。隕石の爆破も出来たから、ステーションの環境課から追加のギャランティをむしり取れるわよ」
「そいつは良かったな……なぁマール。どうせすぐバレるから白状するけど、ぶっちゃけちょっと漏らした」
「そう……大丈夫よ。わたしもだから」
「そっか…………へへ」
「そうよ…………ふふ」
助かったという安堵から、笑い声を上げる二人。
「ここは、私も可動オイルあたりを漏らしておくべきでしたかね」
小梅の声に、さらに笑い声を張り上げる二人。せまいコクピットで足をばたつかせ、無造作に四肢を放り出す。
「あーもう、笑い過ぎてお腹痛いわ……ねぇ、あんた。やっぱり地球を探しに行くのなんてやめなさいよ。私達、きっと良いチームになれるわ」
打って変わって真剣な声のマール。太郎は「かもね」と返すと、腕を組んで枕代わりにする。
「実際のトコさ。自分でも良くわかんないんだよね……もし地球を見つけて帰れたとしても、そこはもう俺の知ってる地球じゃないかもしんないし」
「だったらなおさら……」
太朗は窓から星星を眺めると、「でもな」と続ける。
「帰らなきゃいけないっていう、なんだろう。使命感みたいなものを感じるんだ……どう説明すりゃいいのか難しいな。骨を埋める場所って言えばいいのか? 結局の所俺はよそ者で、アイスマンだって事なんだろうな」
太朗の言葉に「そう……」とマール。彼女も太朗と同じ様に手を組むと、銀河の星々へと目を向ける。
「ステーションに埋葬の習慣は無いから、わたしには良くわからないわね……ねえ、地球ってどんな所なの?」
「どんな所って言われてもなぁ……まず海があるな。地表の7割は海。残り三割に人間も動物もせせこましく生活してて、少なくとも俺がいた時は自然も沢山残ってたな」
「7割が海って……非効率が過ぎるわね。テラフォームされてないの?」
「テラフォームってのは、惑星環境ごと操作しちまうってやつだっけ? ないない。人類はまだそんな技術は持ってなかったよ。自然と出来上がった環境の中で、なんとかそれを壊さないように頑張ってたな。エコってやつだ」
太朗の声に「ふぅん」と信じられない様子のマール。太朗はそれを横目に続ける。
「大気があるから星はほとんど見えないけど、かわりに空があって朝日や夕日が見れるぞ。行った事は無いけど、砂漠だったりジャングルだったり。永久凍土があるようなとこもあれば、裸でも生きていけるような熱帯地域もある。俺が住んでた場所だって、ちょっと離れれば自然のままの山だの川だのもあったよ」
「へぇ……一定の環境にテラフォームされた惑星とは随分違うのね。色々詰め込まれてるっていうか、カオスな環境だわ。川や山に行った事があるの? 危険だったりしない?」
「危険て。それなりに注意しとけば危ないなんて事はないよ。山に行けば川もあるし、小さい頃に散々遊んだなぁ。今はどうなってるかわかんないけど、そのまま飲めるくらいに綺麗だったんだ」
「飲めるって、川の水を? そのまま? 処理無しでって事? なにそれ。お宝の山じゃない!」
「お宝て……あぁ、そっか。ステーションで水は貴重品だったっけ……でもそれを言ったらキリ無さそうだな。植物なんて何千、何万種とそこら中にあるし、本物の家畜だっている。元がどんな物だったのかわからなくなったような合成食料じゃなくて、本物だぜ?」
太朗の言葉に必死で想像を働かせているのだろう。マールが眉間にしわを寄せながら遠い目をする。
「じゃあ、家は? どんな所に住んでたの?」
「家は住んでる地方によって様々だけど、基本的には石と木かな。鉄筋コンクリートも石に入るだろうし。うちは普通の木造二階建てだったけど」
「木造!? どんな豪邸よ!!」
マールが叫ぶように発する。
「ええと、じゃあ何。あんたはミネラルウォーターを飲みながら、本物の肉や植物を食べて。それでいて木で出来た住宅で生活してたって事? 馬鹿みたい。そりゃあ帰りたくもなるはずだわ……どんな楽園よそこは」
「あぁいや。別にそれが理由で帰りたいってわけじゃあ……」
太朗は慌ててそう言うが、マールはぶつぶつと考えに没頭しているようで、聞こえている様子は無かった。
「本当に……本当にあると思う?」
呟くようにマール。
「だから、さっきも行ったけど"思う"じゃなくて、本当にあるんだって。どこにあるか、今どうなってるかはわからないけど。少なくともあるのは間違いないよ。俺はそこから来たんだから」
太朗の言葉に、再び考え込んだ様子のマール。
「……ねぇ小梅。参考までに聞きたいんだけど、あなたはどう思う?」
今までじっと沈黙を続けていた小梅が、そのランプを久方ぶりに明滅させる。
「はい、ミス・マール。あるかどうかを断定する事は出来ませんが、小梅的にはかなり信憑性の高い話だと思います。ミスター・テイローの持つ知識や常識はいずれも前時代的なものに統一されており、驚くべき事に全て一貫性を持っています。妄想や騙りではこうは行きません。また、最もたる証拠と言えるものが無いわけでもありません」
小梅の言葉に驚きの表情を見せる二人。小梅は車輪をくるりと回し、続ける。
「ひとつは、ミスター・テイローが使用していた言語です。日本語と呼ばれる古代語で、今では一部の言語学者のみがその存在を研究している程度には一般的で無いものです。これを流暢に話せる人間はいくら銀河帝国広しと言えどもまず存在しないでしょう。そしてもうひとつは――」
息を呑む二人。
「DNA情報です。ミスター・テイロ-の持つDNA……失礼ながら調べさせていただきましたが、それは現帝国人類のDNAが持つ差異区分のほとんどを内包しております。有翼人から亜人と呼ばれる者まで全てです。この意味がおわかりになりますでしょうか?」
まさかという思いに、時間の止まる船内。
「人類単一惑星発生説。あながち間違いでも無いかもしれませんね」
ステーションには、いわゆる自然素材がほとんど存在しません。
金属は、有り余るほど存在します。

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