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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク) 作者:Gibson

第1章 ゴーストシップ

第10話

第二章からは、隔日掲載を目標に投下していきたいと思います。
「ちょあああぁああ、た、助けっ、どぶんぐるっ!?」

 無重力空間の中で、前へと回転しながら壁へと激突する太朗。彼はそのまま弾かれるようにして天井方向へと浮遊していく。ビリヤードの弾がクッションに弾かれるのと同じ原理だろうか。

「ミスター・テイロー。はしゃぐのは構いませんが、そのままだといつまで経ってもステーションにたどり着けませんよ」

「んな事言っても、ちょ、止まれ、あがふっ!!」

 肘や膝を酷くぶつけながらも、なんとか手足をクッションにして床へと着地する太朗。もう二度と無様な回転をしないぞと意気込むと、彼は這いつくばったままの姿勢でステーションの桟橋へと移動する。かなり不気味な恰好だろうが、安全には代えがたい。

「ちょっと、テイロー。そっちからのロックが……ひぃ! 気持ち悪!!」

 スライド式の自動ドアを潜り抜けた先には、太郎を見下すようにして腕を組むぴっちりとしたスーツ姿の女性。スーツとは言っても太郎に馴染みのあるサラリーマンが着ているアレでは無く、オレンジを基調とした奇抜なデザインのもの。スモーク加工されたヘルメットで頭部が覆われている為に表情は確認出来ないが、恐らく相当呆れた顔をしているはずだろうと太郎は予想した。

「……ふっ、この移動方法は人類にはまだ早すぎたようだな」

「えぇ……そうね。正直ドン引きだわ」

 太朗は照れ隠しに「そう褒めるなよ」と笑いながら勢い良く立ち上がると、そのままの勢いで再び中空へと浮き上がる。先程の頭を打ち付けた際の痛みを思い出して頭を抱える太朗だったが、咄嗟にマールが太朗の足を掴み、事なきを得る。

「半信半疑だったけど、あんた本当に地上人なのね……ステーション育ちでそんな馬鹿をやる人はいないわ。ここは屋根があるからいいけど、吹き抜けだったらそのまま宇宙の塵よ?」

 太朗はマールに足を掴まれたまま、彼女が掴んだ壁を走るワイヤーに引かれてステーション側へと引っ張られて行く。ワイヤーは速度の違う複数種が壁の高さ毎に存在しているようで、マールは次々とワイヤーを切り替えてぐんぐんと加速していく。

「動く歩道ならぬ、動く手すりってやつですか。あの、マールさん。ちょっと早すぎませんかね!! 体勢の問題もあってめちゃくちゃ怖いんですけどぉおおおおおおお!!」

 マールが最も高い位置にあるロープを手にすると、まるで足が抜けるのではと思うほどの強い加速に叫び声を上げる太朗。

「あのね、桟橋からステーションまでいったい何十キロあると思ってるのよ。ちんたらやってたら日が暮れるわ」

 廊下に対して仰向けになった状態のまま。それこそ飛ぶようなスピードで廊下を引かれて行く太郎。あまりの恐怖で失禁しそうになる彼だったが、その胸は暖かい興奮で包まれていた。目の前には言葉を発せば返してくれる人間がおり、廊下にはすれ違う多数の人々の存在があったからだ。



「…………綺麗だ」

 ステーション内部。ようやく重力の存在するそこへ這う這うの体で辿り着いた太郎は、ヘルメットを脱いだマールの素顔を見てそう呟く。緑の瞳に赤い髪。そして通った鼻筋に大きな瞳。身長こそ低かったが、密着したスーツから見えるボディラインは素晴らしい物があった。

「そう? ありがと。でもアイスマンにそう言われてもね」

「アイスマン?」

「あんたの様に冷凍睡眠から目覚めた人の事よ。ちょっと待ってなさい。船籍の登録と貴方の戸籍を作って来るわ。失礼」

 マールはそう言うと、太郎の髪の毛を無造作に一本抜き取る。彼女はそれを胡散臭げに眺めると、何かの操作端末へと向かって歩いて行く。

「いてて、先に言ってくれよな……でも、なるほど。DNAで登録するのか。つうかそんな簡単に戸籍って作れんのかよ」

 誰にともなく呟いた言葉だが、ベルトに吊り下げられた小梅がそれに答える。

「肯定ですミスター・テイロー。銀河帝国のニューラルネットワークには、登録されている全ての住民のDNA情報が保管されています。あの髪の毛のDNAが他のどれとも一致しないとなれば、何の問題無く戸籍の登録が成されますよ」

 小梅の言葉に「ほえぇ」と気の抜けた返事をする太郎。ニューラルネットワークという言葉の意味はわからなかったが、彼は恐らくインターネットのようなものだろうと想像する。

「しかしすっげぇ人の量だな……ここはあれか。空港のゲートみたいなとこか」

「えぇ、その認識で正しいと思いますよミスター・テイロー。正面に見えるゲートを超えるまでは、厳密にはステーションの内部とは言えません」

「なるほど。という事はあれだな。逆を言えばあれを越えなければ戸籍が無かろうがなんだろうが構わないと?」

「ご明察ですミスター・テイロー。様々な事情で戸籍を持たない人々が、ここで取引や何かといった用事を済ませるのは良くある事です。それでも入港料は徴収されるわけですから、ステーション側としても悪い事では無いわけですね。手間もかからなければ資源も使わない。良い客というわけです」

 小梅の言葉に感心の溜息を吐き出すと、せわしなく動き回る人々を観察する太郎。そこにはタコのような見た目の生き物がいるわけでも、小人のようなサイズの人間がいるわけでも無い。地球と違う所と言えば、人々の肌、瞳、髪の色等が実に豊富な種類に溢れているという事くらいだろうか。

「ちょいとガッカリではあるな……虫型のエイリアンとか期待してたんだが」

「昆虫型という事でしょうかミスター・テイロー。であれば帝国領内に存在しないわけではありませんが、この星系では一般的では無いようですね」

「いるのかよ!! まじで!?」

 たった今一般的では無いと言われたばかりではあるが、わずかな期待と共にあたりをキョロキョロと見渡す太郎。当然お目当ては見つける事が出来なかったが、代わりに何やら羽の生えた人間やら角の生えた人間やらを発見する。

「まじ半端ねぇなおい……うおっ、小梅さん小梅さん。あれもしかしてロボットっすか?」

 太郎の指し示す先には、光沢のある金属の体を持つ人型ロボットと思われる姿の男。リアルな造形で作られた顔はぱっと見人間に見えるが、肘や膝といった機械の関節が剥き出しになっており、動作の度に滑らかな挙動を見せている。

「えぇ、そうですねミスター・テイロー。有機素材を使っていればサイボーグとなりますが、あれは恐らくロボットでしょう。見たところ最新タイプのボディのようですね。羨ましい限りです」

 小梅はそう言うと、太郎の作成した車輪をくるくると回して見せる。

「そう、か……やっぱお前もああいう体がいいよな。なんかみすぼらしくてゴメンな。そうだ、船売っぱらってお金入ったらさ。小梅にああいう体買っちゃるぜ」

「……ありがとうございます、ミスター・テイロー。ですがお気持ちだけで結構ですよ。あれは非常に高価な代物です。今はそれよりも使うべき所が沢山あるでしょう」

「や、でもさ……あ、帰ってきたか」

 太郎は視線の端にマールの姿を見つけ、軽く手を上げる。

「はい、船籍の登録に戸籍登録証。これであんたもいっぱしの帝国市民ね。あと、なあなあの関係になるのは嫌だからこれに調印して頂戴。あんたとあたしの売買契約証よ」

 太郎は上げた手で、そのまま黒いチップを受け取る。

「なんでしょう。SDカード?」

「違うわ。って、あんたどれだけ古い時代から来たのよ。それはパルスチップって言って……あぁ、もう。貸しなさい」

 マールはうんざりとした様子で太郎からチップを取り上げると、それを太郎の額にぺたりと押し当てる。マールの「BISHOPを立ち上げて」という言葉に素直に従うと、太郎はBISHOP上に「売買契約書」という関数が追加されているのが確認できた。

「こうやってデータを脳波として直接送る為のチップよ。知ってるかもしれないけど、BISHOPの関数群は何もプログラムだけというわけじゃないわ。データベースも関数扱いなの。一時記憶扱いだから、辞書を覚えたりは出来ないけどね」

 太郎はマールの言葉に「便利なもんだなぁ」とのんびり返しつつ、送られてきた契約書の中身へと目を通していく。内容は先ほど交わした口約束をそのまま実用化するというもので、太郎にとって不利とも有利とも付かない内容だった。

「これをどうすれば……あ、なるほど。署名関数と接続してサインね。OKOK。小梅、俺契約とか良くわかんないけど、これ大丈夫よね? 後で高額請求されたりしない? こちとら契約証もっとんのやでぇ!! みたいな」

「映画の見すぎですよミスター・テイロー。それとパルスチップは直接接触でしか情報を取得できません。それを私にも送って頂けますでしょうか」

「あ、そうなの? って、そりゃそうか。じゃないと情報だだ漏れやね……ほい」

 太郎は自分の額に張り付いていたチップを剥がすと、小梅のランプ部分にぺちりと張り付ける。

「……はい、結構ですよミスター・テイロー。契約内容についても問題は無さそうです。しいて言えばミス・マールに課せられる対価が"当面の生活支援"という曖昧である点が気になります。が、そこはミス・マールの人柄を考えれば信用するに足りるでしょう。ですよね、ミス・マール?」

 小梅の冷静な声色。マールはそれに苦笑いを返すと、太郎の腰に吊り下げられた小梅の体をぽんぽんと優しく叩く。

「あんた、所有者なんかよりもよっぽど優秀ね。今度そのあたりもしっかりと書いた契約書を作り直すわ。それでいい?」

「えぇ、もちろんですよミス・マール。やはり貴女は信用に足る方のようです」

 笑顔を作るマールと、いつも通り無表情な小梅の声。
 しかし太郎には、小梅の声が実に楽しそうだと感じた。


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