第6話
「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー」
「ハッピバースデー、ミスター・テイロンリー」
「やめて、傷つくからそのあだ名やめて。というかディア・テイローでいいじゃん。ゴロ的にも俺の心的にも!?」
「私にも自由意思というものが存在します」
「あ、なんだろう。目から汗が出てきたよ」
「感涙ですか、ミスター・テイロー。いやはや、私は罪な女のようですね」
狭い管制室に響くふたりの声。一見穏やかとも取れるその雰囲気とは裏腹に、太郎は緊張によって手が震えるのを感じていた。
「さて、馬鹿やってないでもう一度チェックだ。オーバードライブ装置は?」
「システムグリーン(問題無し)」
「バッテリー残量」
「グリーン」
「照準、及び位相先の確保」
「共にグリーン」
「シールド。こいつは最低限でいい」
「グリーン。システムオールグリーンです、ミスター・テイロー。もう5回目ですよ。いい加減覚悟をお決めになったらどうですか?」
小梅の言葉に唸り声を上げる太郎。彼は血走った目でBISHOPを起動させると、再び宇宙船の細かいシステムのチェックに入った。
「だってよお、チャンスは一回。失敗したら終わりなわけだろ? それこそこの1年の努力が水の泡となり、俺達は緩慢な死を迎えるわけだ」
「ミスター・テイロー。お言葉ですが、私は太陽光充電で半永久的に生きられますよ」
「いやいや小梅さん。そこは一蓮托生って事にしとこうよ。しとこうよ」
太郎は頭の片隅でプログラムを展開しつつ、目の前でゆらゆらと揺れる小梅へと手を伸ばす。
「うーん、やっぱ不格好だな。せめてもうちょっとまともな工具があれば良かったんだけど」
太朗は小梅の丸い胴体から伸びる二本の車輪。というよりは十字の棒を、指でくるくると回す。
「小梅としては十分助かっていますよミスター・テイロー。少なくとも地面にある配管に躓く事は無くなりました。これは大きな進歩です」
小梅はランプを明滅させながら、太朗によって取り付けられた新しい足を回してみせる。地面を突く度にコツコツと音を立てるのが太朗にとっていくらか不満ではあったが、AIである小梅には全く気にならないようだった。
「まぁ、暇に飽かせて作ったにしては上出来だぁな……エラーチェック終了。こりゃいよいよ決行か?」
太朗はここ一週間で作成したエラー検知用のプログラムを終了させると、大きく伸びをして寝転がる。
「それは重畳ですミスター・テイロー。しかしその言葉は142時間前にも聞いています。小梅としては信憑性を疑いますね」
「そう言うなよカワイコちゃん。一回こっきりのチャンスなんだ。慎重に慎重を重ねたってやりすぎって事は無いだろさ。実際最初のチェックではエラーが出ただろ?」
「肯定ですミスター・テイロー。しかしバッテリー供給の偏りでトイレが一時間使えない事くらい、どうでも良いではありませんか。たとえ漏らしたとしても小梅は気にしませんよ。週に一度か二度、からかうだけです」
「嫌過ぎるだろそれ!! なんか微妙に間隔が空いてるから忘れた頃にズバッと来るよね!?」
太朗は突っ込みがてら小梅の丸い胴体を小突くと、大きく深呼吸をひとつする。彼はそのまま無言で目覚めた時に使用していた冷凍装置へ収まると、BISHOPを起動しながら発する。
「もし……もし仮にだ。ドライブが失敗してどうしようも無いと解ったら、そのまま俺を冷凍してくれ。ここで一生を終える覚悟なんて無いし、死ぬとわかったら正直怖くて仕方が無いと思う」
太朗はBISHOPに集中する為、体の力を抜いて目を閉じる。
「……了解しました、ミスター・テイロー。恐らくそうはならないと思いますがね。貴方にはBISHOPの才能があり、船の施工は驚く程順調に進みました。自信を持って良いと思いますよ。ありていに言うのであれば、貴方は恐らく天才です」
冷凍装置のすぐ傍にまわりこんだ小梅が、ランプの明滅と共にそう発する。太朗は苦笑いを浮かべながら首を振ると「他にやる事が無かっただけじゃん」と軽い調子で返す。
「それでもですよミスター・テイロー。確かに貴方が睡眠時と食事時。そして……まぁ、色々とお楽しみになっている時以外の時間。それを全て船の設計に費やすというのは私の想定外でした。しかし、それでも工期は予定の半分以下となっています。それを才能以外の言葉で表す表現があるのでしたらぜひ拝聴したいものですね」
「べた褒めやな……そいつはどうもありがとう。っていうか見てたの!!? 死にたい!!」
「いいえ、何も見てませんよミスター・テイロー。しかし随分幅広いジャンルをお好みのようですね。さすがの私も――」
「やめて!! なんかすっごいもう、やめて!! いくよもう!! はい、スイッチオーン!!」
太朗は半ば投げやりにプログラムを起動させると、ぎゅっとつぶった目の奥で次々と実行されていく命令群を見やる。
――"プログラム ノア 起動"――
――"バッテリー回路迂回 実行"――
部屋の照明が落とされ、あたりは完全に闇に包まれる。空調を含めたあらゆる機械の動作音がぱたりと止み、太朗の納まる冷凍装置の小さな音だけが耳の奥に残る。
――"姿勢制御チェック 問題無し"――
――"着地点空間予備確保 問題無し"――
――"目標 SG-3835 スターゲイト付近"――
体に感じるほんの微細な揺れ。それが次第に大きくなり、やがて部屋中を揺るがす巨大な地震のようになっていく。太朗はシリコンで出来た装置の一部をぎゅっと掴むと、歯を食いしばる。
「さああああああ、すきにににににしやがれえぇえぇえぇえぇ!!」
――"オーバードライブ 起動"――
瞬間、突き抜けるような高い音。
即座に訪れる、完全な静寂。
先ほどまでめまぐるしく表示されていた何千もの関数群がぴたりとその動きを止め、整列された空間の上で静止する。
(俺は、死んだのか?)
太朗は最初、そう思った。
音も動きも、そして光さえも無い世界の中。そこが死後の世界で無い事を示したのは、この一年間を共にした彼の相棒だった。
「ミスター・テイロー。おめでとうございます。ドライブは問題なく稼動しました」
恐る恐る目を開く太朗。しかし当然、あたりは闇のままだ。
「…………はは」
「現地相対時間2000ミリ秒後。船内時間約15分後には目標に到着します」
「やった……やったぞ!!」
「バッテリー残量。姿勢制御。生命維持装置。どれも問題ありません」
「ちくしょお!! やってやったぜオラぁ!! 見たか俺様の実力を!! うわっひゃーい!!」
太朗は暗闇の中へ飛び出すと、体中を打ち付けるがままに地面をのた打ち回る。やがてその手が勝手知ったる球体に触れると、暗闇の中にぼんやりと光るそのランプへと口付けをする。
「ん~まっ!! 小梅、お前のおかげだ! ありがとよ!!」
「ミスター・テイロー。小梅は生後1年と少しです。おおよそ銀河帝国のあらゆる条例と照合しても、間違いなく犯罪ですよ? このド変態」
「変態だろうがなんだろうが構うもんか。拘置所だろうが刑務所だろうがバッチ来いだ。少なくともそこには誰かいるんだろ? うへへ、天国じゃねえか」
太朗は船内で過ごした孤独な一年を思い浮かべると、今ならどんな境遇でも我慢が出来ると思った。小梅は孤独を支えてくれた唯一の存在だが、彼女はAIであり、ヒトでは無い。最大限に感謝はしているが、孤独の深い部分まで埋めてくれる存在にはなり得なかった。
「人に会ったらまず何をすっかなぁ。まずは、挨拶? あ、やべえな。そのあたり全くわかんねえぞ。大丈夫かな。失礼な人だと思われないかな?」
高揚した気分のまま、まだ見ぬ未来人との迎合を妄想する太朗。しかしそんな彼をあざ笑うかのように、小梅が冷静な口調で発する。
「感激に浸っている所申し訳ありません、ミスター・テイロー。ひとつ問題が発生しました」
暴れまわっていた体をぴたりと止める太朗。
「……問題って事は、少なくとも良い報せってわけじゃなさそうだな」
「肯定ですミスター・テイロー。しかしこれは避けられなかった偶然としか言い様がありません。この船には十分なスキャニング(探査)装置が詰まれていません」
「もったいぶるねえ、小梅ちゃん。スキャンって、何。隕石とかそういう奴?」
「否定ですミスター・テイロー。ある程度の隕石ならばやりすごせますし、船に直撃する確立は数えるのも嫌になる程コンマの後にゼロが続く程度にはあり得ません」
「と、いうことは?」
「はい、ミスター・テイロー。ドライブ着地地点付近に、恐らく高い確率で他の船が複数存在します。脅威度は不明ですが、恐らく民間の客船という事は無いでしょう」
「複数……ね。客船じゃないっつー、その心は?」
「はい、ミスター・テイロー。対象の船付近から高エネルギー反応が連続して検知されています」
十字の車輪をぐるぐると回し、ランプを明滅させる小梅。
「対象の船は高い確率で、何らかの戦闘行為を行っているものと推測されます」

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