「魔法ブラスト in YOKOHAMA! ファッファッファッ! この超広範囲魔法で小賢しい魔物共を一掃じゃわい! ノスタルジックエコロジー! ホレッ! どんな巨大な魔物も一撃粉砕なのじゃー! この魔法はどうじゃ? ん? 今のはメライガではない……ケアイミじゃ……ッッッ!」
古に伝わりし伝説の魔法使いといえば、このように活躍する姿を思い浮かべるであろう。
俺も中学二年生の頃は、自分が大魔法使いになる想像をよくしていた。
いや想像じゃなくて大魔法使いになる一歩手前だったんだけど。
あーあ、中学二年生があと三カ月長かったら『ダークエターナルマウンテンブラスト』くらいは使えるようになっていたはずなのになー。あー本当に惜しかったわー。才能はあったんだよなー。もったいないわー。三時間しか寝てないわー……。
「何度でも言ってやるわい! 肩たたき券70枚程度がオマケで付属してこようが誰がついていくか、死んでもお断りじゃ!」
「なんてキレやすいじじぃなんだ! 今時の若いもんと変わらないじゃねーかよ! 小遣いくれよ! 年金もらってるんだろ? オモチャ買ってくれよ!」
ジョブチェンジをして勇者になった俺は、伝説の魔法使いをお供にするため、怪しい勧誘をしているところだった。
小さい頃から憧れていた魔法使い。しかも伝説級の魔法使いを目の前にしてテンションが上がらない訳がない。
どうしても一緒に旅がしたくて何度も頼み込んでみるのだが、じじぃはかたくなでなかなか頷かない。
まぁ俺は勇者……つまり雇用者側なので、俺のほうが労働契約的に立場は上なんだが……。
「わしゃ嫌なんじゃ! イジメダメ! ゼッタイ!」
むぅ……こんなに嫌がるとは一体どういうことだろう。世界が滅びるかもしれないんだから、力を貸してくれたっていいじゃないかよ。
「えーじゃーなにさ? 一体そこまで嫌がる理由なんてじじぃ的にあったりするワケ? YOUの悩み聞いちゃうYO? 解決しちゃうYO?」
「ぬぅ……なんて陽気な男じゃ。ポジティブというかウザいというか。仕方ないのぉ……少しだけ、ほんのさわりだけ教えてやるわい。耳の穴をかっぽじって聞くがいい!」
伝説の魔法使いは真剣な面持ちで語り始めた。
「何年前の話になるかのぉ……わしは伝説の魔法使いなどと呼ばれておるくらいじゃから、昔は魔王討伐に仲間と一緒に行った事があるのじゃ。あの時は人生で一番というほど修行をしていたのでな、まさに随一の魔法使いと呼ばれておったわい」
ほう、なるほど。
さすがは伝説の魔法使い。そのくらいの格でないと困るよな。
それでこそ、この風格が出るというものだ。
「そして決戦の日、わしらは魔王討伐に向かったわけじゃが……それは激しい戦いで熾烈を極めるものじゃった。奴の力は強大で、仲間達は次々と倒れていった……。一矢報いて傷を負わせたりもしたのじゃが、致命的なダメージは与えられなかったわい。なにせわしらをいっぺんに相手にして、それでも互角かそれ以上という奴よ」
じじぃの語り口は威厳と迫力に満ちていた。
俺は生唾を飲みこみ聞き入ってしまう。
「そして随一と呼ばれたわしでさえ、仲間の中では足手まといじゃった……悔しかったのう。そんなわしを守るように、他の仲間たちは次々と魔王によって無残にやられてしまったのじゃ。最後に残ったのはわしともう一人。そやつと協力して最後の攻撃を繰り出そうと命を振り絞り、究極の終焉魔法の詠唱準備をしていた」
両手を持ち上げたじじぃの姿は、その時のすさまじい光景を物語っているようだ。
しかしその手をぐっと握りしめた途端、力なく膝の上に落とした。
「いよいよ撃ち放たんとした刹那、最後の仲間もやられ……いざ放った終焉魔法は暴発し、あたり一面が爆発の渦に飲まれた。わしは意識を失い、気が付くと村の診療所で治療されとった、というわけじゃ」
どこか遠い目をしたじじぃは、昔話が終わったと同時に目をつむった。
なんという壮絶な戦いなんだ。
魔王と戦うというのはそれほどの戦力と覚悟が必要なのか。討伐などと軽々しく言えるほど決して容易ではない、たやすいことではない、ということか……。
「あの戦いでわしだけが生き残ってしまった。一緒に戦った仲間たちは本当に気が合う奴らでな。毎晩といってもいいほど、魔王を倒した後の世界の事ばかり語り合ったわい。店を開いて儲けると意気込んでおった。英雄になって道場を開き、そこで弟子たちを募ると息巻いておった。片思いだった村の娘に告白すると決めておった。自由気ままに旅がしたいと言っておった。みなそれぞれであったが……わしは幸せに感じておったわい。本当に平和を取り戻すことができると信じておった」
うっすらと開けたじじぃの目には涙が浮かんでいた。そして深々とため息をつき、残る気持ちを吐露する。
「それがまさか全員死んでしまうとはな……そうしてわしだけが生き残った。……今では何の希望もない。魔王と刺し違えて死んでしまったほうがマシじゃった。どうして一人で生き残ってしまったんじゃろうな……。だからわしはこの惑星の果てで一人で住んでいるのじゃ。他人と関わらなければ、もう二度とあのような悲しい思いはしないじゃろうて」
そうだったのか。大事な仲間を全員失った悲しみ……このじじぃの過去にはそんな事があったのか。
じじぃの負った心の傷、それは中々癒えることはないだろう。それなのにまた同じ思いをさせるかもしれなかったのか、俺は……。
「じじぃ! それなら仕方ねぇな! 老い先短いじじぃにこれ以上悲しい思いをさせて、ポックリいかせる訳にはいかねぇし。別の方法でも探してみるわ。……ごめんな、悲しい思い出を掘り起こさせちまって!」
いや実際、仲間が死にまくりとかブルっちまったよ……てか話がシリアス過ぎて、なんてコメントしようか迷ったわ。
あそこからギャグに持っていくのは無理だし、俺のせいで死にでもされたらこの先の人生暗くなっちまうよ。
「じゃーな! じじぃ! 邪魔したな! 残りの人生、せめて楽しく生きていきな!」
俺は外へ出ようとドアノブに手をかけた。
「……待てい」
「んぁ?」
急にじじぃに呼び止められて驚いてしまい、若干情けない声で返事をしてしまった。
「おいおい、じじぃの昔話に長々と付き合ってやるほど俺は暇じゃねーんだよ。肩たたき券ならテーブルの上に3枚置いといたからそれを使ってくれ。ただし……使用可能期間は10 年 後 か ら だけどな!!」
「そうじゃないわい。お主に話を聞いてもらいたい訳でも、肩たたきをしてもらいたい訳でもないわい。……ま……老後の世話くらいは……頼……も……ムニャムニャゴホゴホッ」
虚勢を張って交渉用の切り札だった肩たたき券まで渡したというのに、じじぃは引き止めるのをやめない。っていうか老後の世話の話、マジに受け取ってたのかよ。
「あーん? なんだって? 最後のほうに嫌な内容が聞こえかけたんだけど。何か用かよじじぃ」
「ゴホンッ! どうやらお主は今までの勇者とは何かが違うようじゃのぉ。なんとも言えないのじゃが何か運命を感じるのじゃ。そう……とてつもなく重い運命じゃ」
「そりゃそうだ! 俺は勇者だからな! 当たり前だろうよ。くそじじぃでもそれがわかるくらいにはまだボケてないようだな」
さっき魔王の凄さを聞いて、少しだけちびっちゃったなんて言えないわな。
「なんて口の悪いやつじゃ……。それより本題じゃ。お主の魔王討伐の旅には同行できぬが、わしの魔法を教えてやらんでもないぞ?」
ぬ……なに……!? 魔法……だと……!? 魔法を教えてもらえる……ですと……!? ……教えてもらえるんですかー!?
「本当ですか!? 師匠! 是非ともお願いしますです! あのコレ! つまらないものですが! 受け取ってください!」
俺は瞳を輝かせ、手に持っていた手作り朝食券3枚を魔法使いに無理矢理手渡した。
「なんじゃお主は! いきなり態度を変えよって! しかも手作り朝食券って……! ……ちょっと気になるのう。作ってくれるのか?」
「あーそれ使用開始日が15年後だから、じじぃは生きてないかもな」
「なんでそんな内容にしたし!? そしてやっぱり口悪いし! もう少し年寄りを労らんかい!」
「オネガイシマス シショー ボクニ マホウヲ オシエテクダチャイ」
「うわ、棒読みになった……とにかくじゃ。教えるにあたって、ある試練をクリアしてもらおうかのう」
長いあごひげを撫でながら、フードの下からこちらを試すように眺めている。
「やるに決まってるだろ! いいからさっさとその試練とやらを言え!」
ノータイムで催促する俺に対し、呆れたじじぃの表情が怪訝なものになる。
「お主、そのうち取り返しのつかん失敗をしそうじゃのう……まぁよい、その試練とは……」
「その試練とは……?」
ゴクリ……そんなにもったいぶるなんて、一体どんな試練なんだよ……?
「その試練とは……『キシリトール村の住民たちを、今日中に全員笑わせる』じゃ!!」
「ナ……ナンダッテー!!」
あのネガティブな村人たちを今日中に全員笑わせる……だと!?
村人の数は確か50人ぐらいだったか?
うん、これならいけるぞ。20分もあれば余裕だろう。
「あそこの村人は全員ネガティブな者ばかりじゃ。お主のそのヘンテコなギャグで笑わせるのは中々難しいと思うが、やってみ……」
「ウッシャー! こんな簡単な試練でいいとはミスったなじじぃ! 俺はお笑いマスターなんだぞ! よーし今すぐ笑わせてくるぜ! じゃーまた後でな!!」
「ミスったなって……別にそういう意味でもな…………あ」
俺は魔法使いの話を最後まで聞く間も無く家から飛び出していった。
「全くわしの話を聞かん奴じゃ……先が思いやられるわい。しかし変わった男よのぉ。あのポジティブさ加減は半端じゃないわい。奴ならもしかしたら、全ての村人をポジティブにできるやもしれんな。いや、もしかしたら魔王すらも……つい期待してしまうわい。わしもすでにポジティブな気持ちが移ってしまっているみたいだしのぉ」
「よっしゃあ! キシリトール村までお願いします!!」
例の如く幻の秘術『サンダーヒッチハイク』で村に戻ることにした俺は、道中にとっておきのギャグを思い出したり、新たなギャグを生み出すことに専念していた。
「フフフ……我ながらすごいギャグを思いついてしまった……フフフ……思い出す度に自分でも笑っちまう。旅をしながら思い出す度(たび)にってか? ……プフーッッッ! 最高だ…! さらに足袋(たび)を履いていたら……プククク……おもしれぇ……」
ここで自分だけが笑っていても意味がない。
ギャグの鮮度を保つため、移動中は心に宇宙を思い描きひたすら集中していた。
移動中……宇宙……集中……おっと韻を踏んでしまっていた。
「プクク……ギャグじゃねーのに笑えてきやがる。やっぱり俺は天才だな……」
ギャグを考えながら乗り継いだ台数は総数90台になった。
乗せてくれた運転手の何人かに何故か気味悪がられて降ろされたので、行きより乗り継ぎ台数が増えてしまったのだ。
俺、何か悪いことしたかな。
ともあれ俺は意気揚々とキシリトール村へ戻ってきた。
しかしキシリトール村ってネーミングセンス……。これはヤバいだろう……最初の村人しかキシリトール村の名前を言ってなかったし、そもそも名前と村自体に全然関係性がないし。
というかセンスがない。俺のセンス抜群の超高等ギャグが通じればいいんだが……不安にもなってくる。
「まぁ問題はないな! ギャグのアップもすでに終えていて臨戦態勢だ! まずは村のモブ共に、俺のキレにキレているギャグを披露していこうかぁ!」
村に入ると村名を教えてくれた、あの第一村人の老人を発見した。
まずはこいつから血祭りに……じゃなくギャグをお見舞いしてやろう。
「へい、お爺さん! 俺の話を聞いてくれ!」
「大声を出すでないわ……わしゃ歯がボロボロなんじゃ……しかも二時間しか寝てないんじゃ……」
「歯がボロボロなんて、とーっても歯がゆいよね!」
「え」
老人はビクッとした後、口をポカンと開けた。
俺は気にせずギャグを続ける。
「ミカンジュースを作ってやるよ! あれ、ミカンがみっかんないなー!」
「……」
モブ老人は口を開けたままこちらを見ている。
もう一息、というところか……。
「ミカンにタレをつけて食べるの? このバカタレが!」
「…………」
老人の顔がだんだんと真顔になっていく。
「生で食べたほうがなまら(北海道弁)美味しいよ?」
「………………」
無言でこちらを見ている老人に負けじと、渾身のギャグを披露する俺。
「イースター島にはイス沢山!」
「……………………」
くっそ、まだ笑わないか! こうなったら、とっておきのギャグを――。
「オイスターソースをかけた? オイ! スターだけだぞ! かけて許される人種は!」
「なにを言っとるんじゃ……」
老人はぽつりと呟き、どこかへ行ってしまった。
あれで笑わないとは……。老人に合わせて作った、80年代を意識したギャグがいけなかったのだろうか……。
いや、考えるのは後だ。早く次の村人を笑わせに行こう。
今度は就職に失敗し続けたニートだ。
「ニートの君! ニーッと笑ってみたまえ!」
「は?」
全然ウケてない……逆になぜだか睨まれている気がする。
なんで……? 俺なんて言おうと思った瞬間、若干笑っちゃったのに。
「なんなんですか? あなたは……」
笑うどころか敵意満載で返されてしまう。
あれ、ちょっと怖いぞこいつ。キレる十代か。
「就職に失敗したシュウ! ショックだっただろ!」
「もうあっちいってください……!」
シュウ(勝手に命名)はどこかへ去ってしまった……。
「シュウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥウウゥ……!」
悲しみを背負った彼に俺の叫びは届かなかった。
何故だ……俺の一体何が悪いってんだ……? ねぇどうして……?
……シュウも後回しだ。先に違う村人から攻略していこう。
次の村人を発見した。川べりで釣りをしていた三平だ。
ぼけーっと川をながめている三平に近づき、ぼそっと呟く。
「村人を見るとムラムラしてくるぜぇ」
「!?」
ものすごい顔をされた。若干引かれている。
「君は卵の黄身は好きかな?」
「……え?」
方向性を変えてみるとちょっと表情が緩んだ。……というか理解できないといった顔をしている。
しかし、シュウよりはマシな反応だ。これならいける、そう思った俺はギャグをたたみかける。
「いやーこんだけギャグを披露すると疲労してくるわ」
「え……あぁ……ギャグか……。ハハ……そう……ね……ハハ……面白いと思うよ……?」
苦笑かよ!
一番ダメージくらうわ! なんでウケないねん! ふっざけんなっっ!
次は武器屋のおっさんにしかけてみようじゃないか。
「よう、おっさん!」
「いらっしゃい。相変わらず売れてない武器屋だよ……死にたいわ……」
相変わらずのテンションで迎えてくれたおっさんに、とりあえずジャブを軽く当てる。
「武器屋は不器用じゃダメだよな」
「……いらっしゃい。ここは武器屋だよ」
知ってるよ。
「それよりもカタラーナについて語らなアカン!」
「……銅のソードは156ペソマンドルになります……」
……よし……次にいこう。
謎の通貨単位に疑問が湧かないでもないが、残念ながらショックが上回った。
次は村長だな。頭さえとっちまえばこの戦……俺の勝ちだからな。
西にある村長の家に着いた俺は玄関前で大声を出す。
「村長おおおおおお!!」
「うるさい!! なんじゃお前か……結局、伝説の魔法使いには会えたのか?」
何故か村長の隣には女の子が座っていた。もしかして、連絡が取れないとか家に来てくれないとか言ってたヨーコちゃんか? 何もかも終わりとか言っときながら何やってんだ色ボケ村長。
「俺は村長の言葉を尊重していたから無事に会えたぜ! 村長のお気に入りのヨーコちゃん、よーこそキシリトール村へ!」
スゥ――。
宇宙の静寂がここ、キシリトール村で再現された。
まるで最上級のクラシック音楽のコンサートに、突然現れた音痴が『石焼き芋の歌』を歌うのを見て静まりかえる観客たちのよう……よく分からんたとえだね。
「ねぇねぇ村長……あのブランドの財布とバッグ買ってよ~。そしたらイイコトしてあ・げ・る」
反応を窺っていた俺を無視して、ヨーコちゃんが村長にしなだれかかる。
どうやら村長にプレゼントをオネダリしていたようだ。
「うっしっしっし、どうしようかの~。ヨーコちゃんのサービス次第かな~? うっしっしっし」
どうやら色々とお楽しみの途中だったようだ。
邪魔はしちゃいけねぇ。蚊帳の外に放り出されてしまった俺は、光の速さで村長の家を脱出した。
「やられたっっ! くそっっ! ふっざけんなっっ! 全くギャグが通じないっ」
こんな調子では今日中に終わらないぞ……。
「もうこうなったらパワーで押し切るしかねぇ!」
ヤケクソになった俺は、大広場に住民を集め、いよいよありきたりな変顔、超初級の布団が吹っ飛んだクラスのパワー型ギャグ、そこらへんに落ちているホウキでギターのマネをするという、村人を笑顔にするということを放棄(……ププ)し始めているようなやり方で笑いをとりにいく。
が、ダメ……ッッッ!
まさに圧倒的……圧倒的敗北……っっっ!
ヤケクソテンションのギャグで奮闘していたが、時は刻一刻と過ぎていく。
ついには日が暮れ始めてしまい、集まっていた住民たちもいなくなってしまった。
とうとうお笑い十二闘神に見放されたということなのか……と絶望感に打ちひしがれる。
「くそ……俺はこの程度の男だったのか……今まで数々の笑いの試練を乗り越えてきたこの……俺が……? ありえねぇ……」
とうとう力尽き、俺は地面に倒れこんでしまった。
ポジティブ皇帝一四世と呼ばれた学生時代。ずっとその名誉ある称号を守り続けた俺でも、これは流石にネガティブになってしまうだろう。
「万策尽きた……か……」
と、暗闇に吸い込まれそうなほどネガティブになりかけていたその時だ。
「ん……?」
突然ロックでハートフルでバーニングな音楽が聴こえてきた。
バッと顔を上げると、そこには古き良き80年代の香りを漂わせる楽器屋があった。
そこはまさに髭の生えたおっさんがビールやウイスキーやバーボンなんかを飲みつつ、少しだらしない風貌で煙草を吹かしていそうな店だった。ルーズだが心地よいブルースロックギタリストから、ハードでメタルな熱いギタリストまで、ロックンローラー御用達の楽器店に見える。
名前は「ロックまみれ 本店」らしい。そんなところまでロックに営業しなくても。
そんな楽器店の店頭にショーウィンドウが設置されているのだが、その中には宇宙のように青く輝く究極的なギターが展示されていた。
あたりは暗いはずなのに、そのギターだけは輝いている。
究極のギターは宇宙の全てが詰まっているような圧倒的スケールを体現しており、見つめているとその青の深さに引き込まれていくような感覚に陥った。
「こ……これは……すごい……音を出す前から素晴らしい音色を奏でるだろう事が分かる……こいつが醸し出すオーラが全てを物語っている。ここから動く事ができない……っっ!」
運命すら感じたこのギターに、見れば見るほど、俺の心は惹かれていった。
しかし、このギターを手に入れるにしてもお金なんか持っていない。
この惑星の金銭感覚はわからないが、他に展示されているギターの値札を見ると桁のレベルが段違いだ。
他を寄せ付けないほど高価なギターであるということは、猿でも理解できるだろう。
いや、猿は無理でも、自宅の近所で飼われていた犬のジャック谷川なら理解可能だ。
しばらく時を忘れてショーウィンドウ越しにギターを眺め、心の中で賛美していた。
すると、店の中から店長であろうロック一筋な風貌の頑固オヤジが現れた。
名札には田中と書いてある。日本人なのだろうか。普通だ。
店長は一言も言葉を発さず、じー……っと俺を睨みつけてくる。
俺も負けじと――薄くなってきたであろうボサボサに傷んだロン毛の頭頂部だけには視線を送らぬよう――店長の目を睨みつける。
互いに言葉を交わす事もなく時が経った。言葉は交わしていないが、俺たち二人の間で音楽家の熱い魂が激しくぶつかっていた。
ふいに目を逸らした店長は店内に戻っていく。俺は勝った……っっ! と思いながら待っていると、店長が件のギターを持ってきた。
「貸してやる」
その一言だけ言い放ち、ギターを俺に寄こす。
落としたりしないよう細心の注意を払って受け取ると、店長は黙って店内へと戻っていった。
ギターを近くで眺めると、より一層この世のモノとは思えないほどの宇宙らしい深き青を感じる。
ストラップを肩にかけて構えた瞬間、俺の中でビックバンともいえる衝撃が走り抜ける。
ギターを手にしながら、自然と足は大広場へ向かっていった。
俺 は 最 強 だ !
試練のタイムリミットは あと四時間。
これが最後のチャンスになるだろう。
しかし、なぜだかクリアできる気がする!
ポジティブな気持ちを取り戻した俺は、ギターという武器を手にし、次のステージへ上がるため歩調を早めた。
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