ソチのリンクで観たフィギュアスケート 演技と点数、そして五輪ならではの視点(渡辺佳子) <ソチ五輪コラム>

gooニュース2014年3月16日(日)10:00

 たとえば、他の大会では浮いて聞こえることもあったソトニコワ選手の、不協和音ぎみのカルメンや、不思議ビートのロンド・カプリチョーゾ。これらの曲が耳に訴えてくる強さの意義があの場で初めてわかった気もします。たたみかける旋律やビートが、彼女の攻めるスケーティングや難度の高いジャンプを後押ししたようにも見えました。羽生選手のショートの強さとビートのある「パリの散歩道」も、最初から観客のノリがよかった上に、ジャンプを次々とものすごい回転速度で決めまくっていったので、最後は会場全体がヒューヒューとコンサート会場のように盛り上がっていました。

 もちろんジャッジはプロであるべきなので、会場の反応がスコアにつながるとは思えませんし、そうなっては困ります。そしてスケーター本人がどう感じたかは聞いてみなければわかりません。ですが、ロシア代表やロシアとゆかりのある選手以外は「きっぱりアウェイ」、しかもロシアの選手と競り合っている上位選手になればなるほどアウェイ感が強くなるという雰囲気が漂うリンクで、シーンと見ていられるよりは少しでも反応があったほうが心強かったのではないでしょうか。あの場にいた観客としては、そう感じました。

 そんな中、不思議にもピアソラの曲は、なぜかアウェイの空気に負けない強さがありました。ああいう物悲しいけれども太さと主張のある旋律は、ソチ五輪のリンクでも存在感があったのです。今季、ロシア開催の五輪なのになぜかピアソラを使う選手が多くて謎だったのですが、もしもピアソラの旋律のパワーを知っていて選んだ陣営があったとしたらあっぱれな戦略です。

 キム・ヨナ選手のフリーもピアソラでした。彼女の場合は、2007年の東京世界選手権のショートでこの曲を使って神演技をしたジェフリー・バトルに憧れて、同じ「アディオス・ノニーノ」を選んだと聞いています。この曲の美しさは、女子シングルフリー最後の滑走者として、大会全体をしめくくるパフォーマンスにとてもマッチして映えていたと思います(マニアックな情報ですが、ジェフリー・バトルは現役引退後、振付師として活躍しており、羽生選手の「パリの散歩道」パトリック・チャン選手の「エレジー」はともに彼の振付。ソチ五輪男子シングルの金銀メダリストの振付ですから影の功労者とも言えます!)。

 さて、先ほど、ロシアの大作曲家の曲に観客の反応はいまいちだったと書きましたが、唯一と言ってよい例外が浅田真央選手のフリーでした。ご存じのように使用楽曲は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。あれだけのジャンプを粛々と着氷していく姿を見て、さすがのロシアンたちも感心したのか、拍手がだんだん大きくなっていた直後での渾身のステップ。この時には日本人応援団の席が多く割り振られていたショートサイドからだけでなく、会場すべての方向から大きな手拍子がわいて、まるで日本国内の競技会のような応援態勢になっていました。帰国後に日本でのテレビ放送録画を見たのですが、ずいぶん会場音をしぼっていますね。あの会場全体からうわーっとわき上がり浅田選手に降り注がれた手拍子の音量を体感していただけないのが残念です。

 機会があれば動画で各国の五輪放送を検索してご覧になってみてください。会場音がもう少し現地に近い放送もありますので。そして各国の解説も、最高の賛辞を送ってくれています。「これこそチャンピオンの滑り」とか「彼女の最後まであきらめない姿勢こそアスリートのお手本」とか…。フランスの放送解説を務めていたフィリップ・キャンデロロ氏は「日本のみなさんはきっと彼女を誇りに思うでしょう」と言っていました。


○ 五輪から世界選手権へ

 フィギュアスケート黄金時代といわれる昨今の日本。昔からの女子人気に加え、バンクーバー五輪以降に高橋選手が牽引した男子人気もあいまって、ソチ五輪でブームが頂点を迎えた観があります。ルールから周辺事情まで網羅し、国内の地方試合まで足を運び、海外のBクラス競技会まで遠征したりストリーミングで追ったりするスケオタ層も育ちました。そこまでいかずとも、試合放送があるたびに観戦するファンの数も以前とは比べものにならないほど増えたと思います。そうして、次第に目が肥えてきた観客を前にすることになったためでしょうか。選手も関係者も、プログラムや曲選びが、知らず知らずのうちにマニアックに向かう傾向があったと思います。「直球表現ではおもしろみがないのでは?」「それではこんな曲はどうだろう」「こんなストーリーでアピールするのはどうだろう」と。

 ですから五輪に対しても、究極の選曲で、自身最高のパフォーマンスを、との意気込みがあったと思います。ですけれども実際の五輪を観客として体験してみると、もしかしたら、誰もがスケートに詳しいわけではない五輪のリンクでは、そこまで凝ったマニアックさは必要ないかもしれないと思った次第。それより求められるのは、初めて演技を観ることになる大多数の観客が、すんなりのっていける曲だったり、思わず拍手したくなるようなわかりやすい演技だったり。ですから、プログラムや音楽、パフォーマンスの組み立て方には、特別な五輪用マーケティングが必要なのかもしれません。

 五輪というのは「お祭り」要素が強いのですね。なので、ストイックに丁々発止としのぎを削る戦いというより、国と国とが「うちらがいちばん!」とアピールし合うイベントに近い感覚。団体戦はもちろんのこと、フィギュアスケートの個人戦も、今回はとくにロシア開催だったからでしょうか。国を意識した応援の側面が強かったと思います。次期五輪開催地の韓国の平昌ではどのような雰囲気になるか、私も今回が初めての観戦だったので読めませんが、多かれ少なかれ、普通の競技会よりも国が前面に出てくるものというのは変わらない気がします。その中でどう日本代表として個人のパフォーマンスをアピールしていくか、これは事後検証・事前調査を含め、研究してみる余地はあるのではないでしょうか。

 なお、観客の反応について補足を。現地や帰国後にTwitterで、同様に現地観戦していた人の感想を追っていると、同じ試合を観ているのに、座った位置や周りの観客の様子によってものすごく感じ方に差が出ています。ですので私がお伝えした感想は、私が座った席で感じた超・個人的見解として読んでいただければと思います。試合日によっても観客にかなり差があって、ペアと男子はロシアのメダルが最初から期待できたり、英雄プルシェンコ選手が登場するとあってか、ものすごく気合いを入れて「ロ・シ・ア」コールをしようと集まってきた人が多い気がしました。男子の日などは通路に大太鼓を抱えた男性が出現して音頭を取っていたほどです(本当は持ち込み禁止なはずなんですけどもね、笑)。団体戦でロシアが金メダルを獲得した直後でしたので、その熱狂がそのまま残っていたのかもしれません。

 とはいえ、ロシアの観客もやたらと騒いでいる人たちばかりではなく、スケート好きで1人で観に来ていて、拍手するポイントを心得ているおじさまや、男子ショートで早々とプルシェンコ選手が棄権してしまった後、手持ちぶさたになったため日の丸を振るのを手伝って日本選手を応援してくれた若者もいました。みなさんがテレビを通してお聞きになったであろう、地鳴りのように床を踏みならしながらのロシアコールは、本当に隣の人との会話も聞こえなくなるほどの大音量で、私も最初は引き気味でしたが、毎日聞いているうちに次第に慣れてきて、最後には一緒に「ロ・シ・ア」と身体を揺らしたりしていました。五輪というのは本当にお祭り気分が場を支配するのですね。4年に1度の勝負試合というのに、いつもの競技会のピーンと空気が張り詰めたような緊張感というより、むしろゆるい空気で、これも私には意外でした。

 さて、3月最終週には今季最後の大会、世界選手権(ワールド)が、さいたまスーパーアリーナで開催されます。

 男子は、五輪の表彰台にのぼったパトリック・チャン選手とデニス・テン選手は残念ながら欠場ですが、羽生選手は出場です。先に書きましたが今季の3大大会オール制覇がかかっています。その他、ソチ五輪では本来の力を出し切れなかった、ハビエル・フェルナンデス選手やケヴィン・レイノルズ選手もやってきます。彼らには「クワド番長」として、ぜひ力強い4回転をショートから披露して欲しいものです。今季で引退を表明している、アメリカのジェレミー・アボット選手、チェコのトマシュ・ヴェルネル選手も出場します。彼らはスケーティングが非常に美しい選手ですので、高橋選手に代わって出場する日本の小塚崇彦選手とともに、上質な滑りの醍醐味をこれでもかと見せつけて欲しいなと思います。中国若手のハン・ヤン選手も来ます。現在1枠しかない中国男子の世界選手権代表枠をどこまで増やせるでしょうか。これぞGOE加点をジャッジがつけたくなるだろうという大きなトリプルアクセルをお見逃しなく。

 ちなみに、小塚選手がショートに使っている「アンスクエア・ダンス」という曲は7拍子という難しい拍子なのですが、これにピタリと手拍子を合わせる日本の小塚ファンの技術力の高さにも注目を! 今季ラストの試合で、これをまた聞くことができるかと思うと、それもまた日本開催の大会だからこその楽しみのひとつです。

 女子は、キム・ヨナ選手がすでに競技引退を発表しました。上位陣の中からは、五輪で銅メダルを獲得したコストナー選手、4位のグレイシー・ゴールド選手、5位のユリア・リプニツカヤ選手が出場します(この原稿を書いている段階ではソトニコワ選手の出場は未定)。日本の五輪代表、鈴木明子選手はこれが現役最後の試合になりますし、村上佳菜子選手も五輪で十分な実力が発揮できなかった悔しさを晴らす気は満々だと思います。彼女たちが今回はどのような「勝負3回転コンビネーション」を跳んでくるか、期待したいと思います。そして浅田真央選手は五輪で達成できなかったショートとフリー、両方でベストの演技をすることを目標にしているはずです。彼女のトリプルアクセルを生で見てみたいと今回初めて観戦を決めたファンの方も多いようですね。生観戦では、テレビとは違うスピード感や華やかさを感じることができると思いますが、実況も解説もCMも入らないので、試合そのものは淡々とサクサクと進んでいくことに驚くかもしれません。

 フィギュアスケートのフィギュアとは、図形という意味。そもそもは氷に図形を正確に描くテクニックを競うところから始まりました。私が初めてテレビで競技を見た札幌五輪では「規定競技」の得点の比重が高く、上位選手は規定が得意な選手たちでした。規定が苦手だといくらフリーが得意でも挽回できなかったのです。そこから規定が廃止になり、採点法の変更の歴史を経て、今のルールと採点方式となって競技が行われてきました。しかしこの五輪前後には、ジャッジの匿名性に関する問題点が指摘されてきています。ジャッジが採点したGOEとPCSのスコアは試合後に公開されますが、どのジャッジがどの点をつけたのかという点に関しては、シャッフルされて表記されるため、詳細がわからない状態になっているのです(ジャッジ1として紹介される審判の採点がJ1の列にあるわけではないということ)。現行採点法が採用されて10年、そろそろ、どのジャッジがどういう採点をしたのか公表したほうがよいのではないかという動きが出ているようで、今年の国際スケート連盟総会の議題にのる模様という記事を読みました。

 今季を最後に現役を引退する選手が多い一方、こうした動きもある。来シーズンからはいろいろなリセットがあって、また新しいフィギュアスケートの時代が始まっていくのかもしれません。どの選手が今後活躍していくのか、五輪直後の世界選手権を見るとわかるとも言われてもいます。そんな変わり目にいる2014年3月ですが、今は、ベテラン選手も若手選手も分け隔てなく、今季最後の世界選手権に出場する選手たちを応援したいと思います。合い言葉はひき続き「祈・全員神演技」で!


<筆者紹介> 渡辺佳子(わたなべ・けいこ) 美容ジャーナリスト。1980年代半ばから女性誌の美容記事の企画&取材と執筆を開始。札幌五輪でジャネット・リンのフリー演技を見て以来のフィギュアスケートファンとしても有名。


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